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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
海を越えた想い

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綾戸とアレッサ

薄曇りの午前、羽田空港。ガラス越しに射し込む柔らかな光が床に揺れ、旅客の足音がせわしなく反射していた。


アレッサは到着ロビーの真ん中で立ち尽くしていた。背中のバックパックは大きく、海外仕様らしく頑丈だ。しかし本人はあまりにも細く、空港の喧騒に完全に飲み込まれている。


「……えっと……どこ、出口……です?」


日本語で呟いてみるが、返ってくるのは周囲のざわめきだけ。胸元で震える光――ミラが、心配するように肩のストラップの影からそっと顔をのぞかせた。


「だ、大丈夫……です。ミラ、落ちつくです」


そう言いながらも足が動かない。目的地の住所はあるが、土地勘はゼロ。案内板の漢字もよく分からず、スマートフォンの地図もなぜか現在地を読み込めない。


そのとき。


人混みの向こうから黒い髪の男性が、小柄な猫の写真を片手に出てくる。コートの襟を立て、やや疲れた顔で周囲を見渡していた。


綾戸だった。依頼で“迷子猫探し”の最中で、手元のメモには猫の特徴がびっしり書き込まれている。


綾戸はふと、ロビーの中央で固まるアレッサに目をとめた。


金髪。薄い色の瞳。明らかに困っている外国人。肩の影から漏れる細い光――


(あの子、フェアリーを連れてるのか?)


瞬間、綾戸の直感が騒いだ。


人ごみをかき分け、アレッサに歩み寄る。


「あんた、迷子か?あ、英語とかのほうがいいのか」


アレッサはびくっと肩を跳ねさせ、ぎこちなく振り向いた。


「え、えっと……あ、あの……すみません……出口、どこ……です?」


日本語は丁寧だが、ところどころ妙にたどたどしい。綾戸は一瞬だけ表情を緩めた。


「日本語話せるんだな。出口ならあっちだよ。迷ってたのか?」


アレッサは胸に手を当て、ほっと息をつく。


「はい、はじめて日本来た、です……道、ぜんぜん分からない、です」


そのとき、バックパックからミラがひょこっと顔を出し、ぱあっと光を散らした。綾戸の眉が動く。


「えーっと、その子、あんたには見えてるんだよな?」


アレッサは一瞬ぽかんとし、それから慌てて口元を押さえた。


「み、見える……です。でも、あの……これは、見えないもの……のはず、です?」


綾戸は軽く肩をすくめる。「安心しろ。俺にも見えてる」


アレッサの目がまんまるに開く。


「えっ……あなた、見える人……です?」


「まあな。職業柄」綾戸はポケットから探偵事務所の名刺を取り出し、アレッサへ差し出した。「怪異専門の探偵だ」


アレッサは名刺を両手で受け取り、何度も読み返した。


「たん、てい……怪異……専門……?」


ミラがアレッサの肩で光をぱたぱた跳ね、“この人は安全だよ”と言うように揺れている。


その会話の直後、綾戸のコートのポケットがもぞりと動いた。金色の尻尾がぴょこんと飛び出す。


「起きたか、こん」綾戸がぼそりと呟く。


「む、ここ、どこじゃ……騒がしいのう……」


「お前がここだって言ったんだろうが」


寝ぼけ眼で顔を出したこんは、状況を把握した瞬間しゃんと背筋を伸ばした。「ふん! 猫は見つかったのか?」


アレッサは狐耳と尻尾に目を丸くし、「ち、小さい……です? かわ……こわ……かわいい、です……?」と混乱気味につぶやいた。


「かわいいで正しいのじゃ!」とこんが誇らしげに胸を張る。ミラが好奇心いっぱいにこんの耳の周りを飛ぶと、こんはくすぐったそうに耳をぱたぱたさせながらも嬉しそうだった。「おお、光るちみっこ……なかなか行儀が良いではないか」


綾戸は二人のやりとりを横目に、いつもの調子でため息をついた。「にぎやかになったな。ここじゃなんだ、少し場所を移そう。ところで、あんた名前は?」


アレッサはぱっと顔を明るくし、深くお辞儀をした。「ありがとうございます! アレッサ、です。助けてくれて……ありがとう、です」


綾戸は少しだけ目を丸くし、そして苦笑した。「じゃあアレッサさん、ついてきな」


アレッサはミラをそっと手のひらに乗せ、胸元へ寄せる。


「……心配してた、です。わたし、少し……怖かった、です。知らない国、ですから」


綾戸はふっと息を吐き、顔を横に向ける。


「まあ、誰だって最初は迷うだろ。 わざわざ、日本に来た理由は何なんだ?そのフェアリーが絡みか?」


アレッサは、胸の奥を握られるように手をぎゅっと縮めた。


「父の荷物。日本に、あるです。どうしても、確かめたいことが、あるです」


その言葉が決定的だった。


綾戸の瞳がわずかに鋭さを帯びる。


(やっぱりか。“あの呪物”の持ち主の娘)


だが、アレッサは綾戸の事情を知らない。困っている少女でしかない。


綾戸は深く息を吐き、優しい声のまま言った。


「分かった。乗りかかった船だ。力になれることは協力しよう」


アレッサはぱっと顔を明るくし、深くお辞儀をした。


「ありがとうございます! 綾戸……さん? で、いいです?」


「好きに呼んでくれ。そっちのフェアリーは話せるのか?」


ミラは首を振る。話せない理由があるのか、発話はできないのか。


感情表現は豊かなので問題ないと綾戸は判断する。


「まあ、大体わかれば問題ないか」


ミラが肩でくすくす光り、アレッサが必死に日本語を整えている横で、綾戸はしれっと猫の写真を取り出してロビーを見渡す。


アレッサが不思議そうに首を傾げた。


「それ、猫です?」


「依頼中の迷い猫。まあ一旦置いておいて、あんたを先に届けた方が早そうだな」


「でも、エアポートの中に猫がいるですか?」


ミラが“そうそう!”と言わんばかりに光った。


「こいつがここだって言うから来たんだが、やっぱり見当違いだよな」


再びポケットに潜ったこんをとんとんと突く。


「む、見当違いとは失礼な。確かにこの辺にいる気がしたんじゃが…。あっ!あっちじゃ!」


そう叫び、ポケットから飛び出そうとするこんを押さえつける綾戸。


人込みの視線が集まる先。丁度、黒猫が呑気に闊歩している。


「ほんとにこんなところに居るのかよ!悪い、アレッサさん、ちょっと待っててくれ!」


言うや否や綾戸は黒猫ににじり寄る。


「変な、でも、悪い人違うです」

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