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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
海を越えた想い

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古いパペットと新しい形

雨上がりの調査から数日。事務所の一角では、鈴が古びたパペットを膝に乗せ、静かにその“声”へ耳を澄ませていた。


声といっても音ではない。触れた指先に、微かな温かさと震えが伝わり、その奥にある願いが揺れている。


──だれかと、いっしょに。


たったそれだけの、儚い想いだった。

持ち主を探し出すことは叶わなかった。そもそも手掛かりがほとんどない。

それでも、人形自身が望むものはもっと単純で、小さくて、暖かいものだった。


鈴はそっと人形の頬を撫でる。ほつれ、裂け、綿の偏り――長く放置された痕跡がそのまま形になっている。


「……あなた、まだ生まれきれていませんね。誰かと一緒にいることで、形を保とうとしている……」


その独りごとのような言葉に、パペットは胸元をわずかに光らせて応えた。


鈴の脳裏にふと一枚の“像”が浮かぶ。


白い布。長い耳。ふっくらした胴体。誰かと寄り添う、小さな影。


それはまるで――“着ぐるみ”。


鈴はそのイメージをそっとパペットへ共有するように指先で語りかける。


「あなたがこうしていれば……ずっと一緒に居られるかもしれませんよ」


返ってきたのは、とてもはっきりとした肯定の気配だった。


その瞬間、鈴は静かに息を吸い、目を伏せた。


「……では、作りましょう。あなたの居場所を」


数日後


ミシンの音が事務所に優しく響く。裁縫箱、布、生地を広げた机のそばでは、鈴が丁寧に白い布を縫い合わせていた。


完成したのは――パペットそのものを“素体”にして縫い直した、小さなウサギの着ぐるみだった。


ふっくらした胴体と長い耳。もとの布地や縫い目をできるだけ残しながら補強し、外れた片目の代わりにバツ印のワッペンを縫い込み、もう片方の丸い目はそのまま活かした。


「できました!」


奏灯は駆け寄り、仕上がった姿を見た瞬間、息を呑んだ。「……これ、すごい」


鈴が微笑む。「この子も一緒に居ることを望んでいたので、この形が一番いいかなって」


奏灯はそっとパペットを抱きしめる。するとパペットの胸の光がふわりと広がり、まるで“ここにいていい”と応えるように淡く脈打った。


綾戸が感心したように腕を組む。「なるほどな。素体として縫い直したのか。そりゃ安定するわけだ」


鈴は頷いた。「はい。生まれかけの付喪神は、形が不安定ですから。奏灯ちゃんと共にいることで存在を繋ぎとめられますし」


こんが尻尾を揺らす。「つまりこれは……奏灯のために生まれ変わった姿なのじゃな!」


奏灯は照れくさそうに胸の前でパペットを抱きしめた。「うん。この子、ちゃんとぼくのそばで生きられるよ」


パペットはその腕の中で、嬉しそうに光を揺らした。


着ぐるみのウサギ……いや、奏灯の相棒となった付喪神は、静かに新しい生を受け入れていた。


そのとき、事務所の奥から気配がひとつ近づいた。朔夜だ。静かな足音でこちらへ来るが、視線は着ぐるみを纏った奏灯から離れない。


ふと、鈴の脳裏に悪戯心が灯る。


「朔夜様、見てください!可愛いでしょ?」


「別に。興味など——」そう言いかけたものの、朔夜の声はわずかに揺れた。


奏灯がくるりと振り返り、着ぐるみを掲げる。「朔夜さま、みて! できたよ!」


その瞬間。


朔夜の表情が、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ崩れた。


瞳がきらりと揺れ、喉が小さく鳴る。


(効果抜群!)と鈴は心の中で呟く。


こんは隣で尻尾をぴんと伸ばした。「朔夜、今めっちゃ顔ゆるんでおったぞ!」


「ゆ、緩んでおらぬ!」朔夜は即座に否定したが、その声はいつもの低い調子ではなく、どこか裏返っていた。


奏灯は無垢な瞳で首を傾げる。「朔夜さま、これ……かわいい?」


朔夜の肩がびくりと震えた。堪えているのが分かる。可愛いものが好きという弱点を、必死に隠してきた彼女にとって——奏灯の着ぐるみ姿は致命打だった。


「……ふ、ふむ。悪くはない。……いや、よく……できている……」


必死に隠す。がその石とは裏腹に声は上ずってしまう。


鈴が小さく笑う。「朔夜様、耳まで赤いですよ」


「赤くない!」


こんが横から囁く。「朔夜、かわいいものに弱いのじゃな。ん?なら、わらわに厳しいのも照れ隠しなのじゃ?」


「黙れ」


けれど、その“黙れ”は優しい音だった。


奏灯は嬉しそうに朔夜へ寄っていき、着ぐるみごと抱きしめられるように肩に頭を預けた。


朔夜はびくりと固まる——が、すぐに小さく息を吐き、そっとその頭を撫でた。


「……まあ、その……似合っておる」


ささやくような声だったが、奏灯は満面の笑みを浮かべた。


その様子を見ていた綾戸が、にやりと口の端を上げた。


「朔夜。おまえ、完全に落ちただろ」


朔夜の肩が震える。「落ちてなどおらぬ」


「いやいや、今なんて撫でてただろ。しかも優し〜く」綾戸がわざとらしく声を伸ばす。


「事実を捻じ曲げでない」朔夜はそっぽを向きつつ、耳だけは真っ赤だった。


こんがすかさず乗っかる。「照れておる照れておる!朔夜、わらわより奏灯の方が好きなのじゃな?」


「黙らぬか貴様ら」


朔夜の声は冷静を装っていたが、わずかに震えが混じっている。怒りか羞恥か。それは朔夜のみが知る。


綾戸は肩を揺らして笑った。「いや〜、朔夜が照れるとは珍しいもん見たな。記念日だな」


「綾戸、あまり調子に乗るでないぞ」


それでも朔夜は奏灯の頭から手を離さなかった。指先に残る柔らかい感触を、そっと大事にするように。



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