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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
海を越えた想い

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こんと零課

夕刻の警視庁・別棟。零課フロアは静けさの奥に、微かな重さを孕んでいた。端末の光がいくつも瞬き、その前で利根川が椅子に寄りかかりながらデータを眺めている。缶コーヒーを振りながら独り言が漏れる。


「また妙な件数増えてんな……マジで勘弁してほしいわ」


綾瀬は冷静な手つきで端末操作を続け、必要な情報を静かに整理していた。


竜胆は書類束を手に淡々とページをめくっている。その指先が止まったちょうどそのとき、フロアに軽快すぎる足音が響いた。


勢いよく扉が開く。


「応援要員の、こん参上なのじゃっ!」


その声が空気を一瞬で弾ませる。竜胆はほんの僅かに目を細め、利根川はびくりと肩を震わせる。綾瀬は端末を閉じて、静かな視線をこんへ向けた。


「ま、また派手に来たな」と利根川が呟いた。


「もちろんじゃ! わらわは綾戸の代理で来たのじゃ!」こんが胸を張った。


竜胆は書類を置き、腕を組んだ。「……綾戸の代理、か。そもそも応援を頼んだ覚えがないが」


「紅からの依頼じゃぞ?風邪で動けないから代わりに頼むと」


利根川が竜胆へ小声で言った。「騒がしさなら十分替えが効いてるな」


綾瀬がふっと笑みを浮かべた。「にぎやかになりそうですね」


竜胆はため息を落としたが、完全には否定しなかった。「……ちょうどいい。厄介な調査がある。使えるなら猫の手でも借りたい」


その言葉にこんの耳がぴんと立つ。「任せよ!わらわは狐じゃがな!」


竜胆が机に地図を広げた。都内のあちこちに赤いマーカーが打たれている。


「小規模な紛失物が一定範囲に集中している。妖怪や怪異が関わっている可能性が高い」


「流石にこれだけ短期間に重なるとうちに回ってくるか」と利根川が地図を覗き込みながら言った。


綾瀬が興味深そうに尋ねる。「こんちゃん、こういうの得意ですか?」


「得意に決まっておる!わらわの嗅覚と勘は天下一品じゃ!」


竜胆は冷静に返すが、その瞳には半分ほども信頼の色は乗っていない。「……本当に役立つなら助かるが」


こんは鼻を鳴らした。「当然じゃ!」


その直後、こんの耳がぴくりと揺れた。


「む……風の流れが変なのじゃ」


利根川が椅子から半身を起こす。「風?」


綾瀬が端末を操作しつつ顔を上げた。「空気の歪み……あ、本当ね。換気データの流れがおかしい」


竜胆が静かに目を細める。「風の異常……現場でも役に立つかもしれないな」


「もちろんじゃ!」とこんが胸を張った。


繁華街裏の路地。ビルの隙間で空気がくるくると渦を巻いている。夜の街は熱気を残しつつも、風だけが妙に軽かった。


こんはその中をすばしこく駆け回り、耳を立て、風の音を拾っていく。鼻先を地面ぎりぎりに寄せたかと思えば、一気に屋根の上へ跳ね上がる。


と利根川はただその動きを目で追うしかなかった。綾瀬は観察しつつ、端末に何かを打ち込んでいる。


やがて、こんが勢いよく指差した。


「あそこじゃ!」


古い換気口。中には丸まった幼い子供のようなものが、くすくす笑いながら人々の落とした小物を溜め込んでいた。


「ここ、ボクのおうちみたいで楽しかったの〜」と笑った。


利根川が肩を落とした。「人間じゃないよな。なんだこれ」


項垂れる利根川の肩に飛び乗り、こんがしげしげと観察する。


「おおっ!こいつは結構レアものじゃ。ちっこいぬらりひょん!」


竜胆が冷静に問いかけた。「落とし物を返さない理由は?」


「きらきらしてたから〜」


利根川が呆れた声で言った。「子どもかよ。あ、子供なのか」


こんが仁王立ちになり、胸を張る。「返すのじゃ! 飴をやるから!」


綾瀬が小声で呟く。「飴……効くんですかね……」


結局、こんの飴玉作戦は驚くほど効果的で、ぬらりひょんはすべての落とし物を返却した。


竜胆が静かに息を吐いた。「助かった。……馬鹿馬鹿しいが、お前がいなければ時間を食っていたな」


こんは尻尾を揺らしながら誇らしげに言った。「もっと褒めてもよいのじゃ!」


利根川が苦笑まじりに「思ったより大活躍でびっくりだわ」と呟いた。綾瀬も同意するように小さく頷いた。「状況を読む力、悪くないです。勧誘したいくらい」


その瞬間、竜胆が低い声で言葉を落とした。


「やめろ。これ以上怪異の人口密度を上げるな」



帰り道。利根川が肩にこんを乗せて揺らしながら言った。「今後もたまに顔出してくれよ」


「うむ! 呼べばいつでも行くのじゃ!」


綾瀬もタブレットにデータを打ち込みこんのおかげてで解決した案件をさばいていく。


「あー、こんなに一遍に片付くなんて。最高ですよ!」


竜胆は歩きながら、こんの頭を一度だけ、ぽんと軽く撫でた。「……ご苦労だった。次があれば、正式な任務として呼ぶ」


こんは誇らしげに胸を張り、尻尾を揺らした。


静かな夕焼けの道を、零課の三人と小さな怪異が影を伸ばして歩いていく。


その影はたしかに“小さい仲間”の形をしていた。



零課へ戻り、報告書をまとめていた竜胆は、ふとポケットの端末が未読通知を示しているのに気づいた。送信者は綾戸。時刻は――こんが零課に着く二時間前。


竜胆は眉をひそめつつメッセージを開いた。


こんは“こっくり系”の勘がちょっと強い。失せ物探しは、地図を置いて指で円を描くだけでもだいたい当てる。 遊び半分でもわりと当たりを引くから、困ったら試してみてくれ。お揚げを数枚積めば喜んでやる。


沈黙が落ちた。利根川が缶コーヒー片手に覗き込み、「あれ、でもこっくりさんしなかったよな?」綾瀬も今日の出来事を振り返りながら、「ええ、完全に勘と感覚で当ててましたよ」


「…………見なかったことにする」


綾瀬は口元に手を当て、柔らかい声で付け加える。「こんちゃんが活躍したのは事実ですし。力の使いどころは、まあ……さておきましょう」


こんが使ったのは“本来の能力”ではない。


だが、あの場では誰より早く、正確に失せ物の“気配”へ辿り着いた。鼻と勘だけで目的地へ一直線に走り抜け、零課の調査を短時間で片付けてしまったのは紛れもない事実だった。


竜胆は端末画面を指先で軽く叩き、ほんの一瞬だけ苦笑に似た息を漏らした。


「……まあ、役に立ったのなら、それでいい」


余計な詮索はしない。必要なのは“結果”だけだ。

竜胆はそう判断し、端末を静かに閉じた。



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