希望、そして彼女
なんか話のフラグを回収するとともに次のフラグを立てるみたいな書き方をしているのですが、時々そのフラグ同士が矛盾を起こしたり色々厄介な状況になったりで自分をものすごく悩ませます。助けてください
壁に手をつきながら正面に建つアパートに視線を向ける。
「嘘だろ」
引っ越し業者の作業着を着た男性二名がアパートの右から二番目の部屋から荷物をトランクに積んでいる真っ最中だった。空いた玄関から荷物を渡す彼女とお父さんが見えた。声と涙だけでははっきりとわからなかった彼女の気持ちが、今ほんのわずかに見えた横顔で彼女のすべてを伝えているように感じた。
「直接。行くしかないんだ」
全ての荷物の受け渡しが終わったようで業者の二名はトランクを閉め車に乗り込もうとしていた。その横を胸を張って歩く。
こんな時に俺がしょぼくれたら、きっと彼女はもっとつらい。
行ってほしくない。このまま近くにいてほしい。こんな気持ちがある一方で、きっと彼女は行ってしまう。もう会えなくなってしまうと分かっている気持ちがある。
それでも俺は前を向く。きっとうまくいかなくても、彼女には笑顔でいてほしいしこれからもずっと明るい未来であってほしい。
玄関の前まで来た。あとはインターホンを押すだけ。
突きだした左指がチャイムを鳴らす。
「はい」
出てきたのはお父さんだった。引っ越す直前に誰だよと言いたげな返事に一歩足を引いたのは仕方のないことだった。
「早紀。早紀さんはいますか?」
それでもめげずにいる。
お父さんは彼の顔を先ほど学校で見たため、少し驚きながらもすぐに彼女を呼んでくれた。
「そら?腰は大丈夫、なの?」
奥から出てくる彼女は笑っているような泣いているようななんとも言えない顔をしていた。彼女自身この場で泣いてしまったら彼もつらいと考えたからこその顔であった。
「早紀、俺なんで気づいてやれなかったんだろう」
近くまで来た彼女の手を両手で包み込む。我慢している涙がこぼれてしまいそうになる。下を向き目が痛いほど強く瞑る。
「早紀はここにいてほしい」
言ってしまった。あれだけ歩いている間に考えていたセリフはどこに行ってしまったのか。言ってはいけないはずの俺のわがままがそのまま声に出てしまう。
「だって早紀は。早紀はここにいたいんだろ」
顔を上げ目を開き彼女の方を見る。そうして涙が一粒手の上に落ちる。
「なんでだよ、なんで教えてくれなかったんだよ」
彼女への強い気持ちが込み上げてくる、彼女は一度も彼にここにいたいとは言わなかった。言ってしまったらきっと彼に期待をさせてしまうのではないかと、そう考えたから。
黙って涙をこらえる彼女の眼には、情けなくて、そしてとても頼もしい、かっこいいヒーローが映っていた。
「俺はなんでも口に出しちゃうし、言っちゃいけないことまで喋っちゃうこともある。でも。でも俺は言いたいことを言って損したことがないから」
意味の分からない言葉を並べ自分の感情をコントロールできなくなる。彼女に伝えたいこと。伝えなくてはならいもの。それは。
「何があっても。嫌なものは嫌って言わなくちゃ。自分に素直にならなくちゃ。一番大切なのは早紀。君の気持ちなんだから」
言い終わると同時に彼女を抱きしめる。言い切ったと、彼女に自分の感情をすべてぶつけたと。最高に馬鹿だな俺はと。全ての感情を吹き飛ばした俺が今したいと思ったその行動に素直になる。
雨のように流れる涙に鼻水が垂れた顔、どう見ても今の俺はかっこ悪いし、言いたいこともまとめられないただの馬鹿でしかない。
でもそれでいい。言わないで後悔するより言って後悔したい。それは俺のモットー、今の俺には後悔はなかった。
「空。ありがとう。本当にありがとう」
つられて涙を流す彼女は、本当に嬉しかったと心から思っている。電話での最後、きっと彼は自分のことはあって間もないただの友達、そのぐらいにしか思っていないのかと不安になっていた。助けてくれたのは気まぐれできっともうどうでもいいのではなどと考えてしまっていた。
でもそんなことはなかった彼は痛い腰を我慢して彼女に会いに来た、精一杯力を込めて気持ちをぶつけてくれた。それは今の彼女の心を、体を動かす原動力へと変化される。
「空。私お父さんに言ってくる」
背中を二回たたかれると同時に彼女は自分から一歩距離を置き涙でぐしゃぐしゃになった漫勉の笑みでリビングへと向かった。
俺はやった、やってのけた。これぐらいできなくて何ができるって言う。簡単なことだったじゃないか。彼女に会ってただ、素直になればいい。
素直になる。それは簡単そうで実は難しい。彼自身もまた素直になることをためらっていたのも事実。今は素直になれた自分を褒める、そして伝えられた喜び、自信に満ち溢れた笑顔で彼女を待った。
「お父さん」
リビングで待つお父さんに伝えるべき話を始める。
「あぁ、聞こえていたよ」
その一言は彼女を不安にもさせ安心もさせた。前の彼女なら不安、絶望その二つが頭に浮かぶだろう。「そんなことは今更無理だ」と「馬鹿なのか」と、結局無意味なんだろうと少し前ならそう察していただろう。でも今の彼女にはそんな感情はなかった。なんと言われようと伝えようとした自分の気持ちを誇りに思う。お父さんが言っていた「それは、無理かもしれないな」というセリフがふと頭に浮かぶ、「しれない」絶対ではない。もしかしたら行かなくても済むかもしれないと、そう思うだけでも気持ちが少し楽になる。
「ちょっと勘違いしているかもしれないからちゃんと話すな」
えっ、と声が出てしまいそうな返事に口を少し開けぼーっとしてしまう。それは玄関先に立つ彼も同じだった。
勘違い、私たちは変な妄想をして話を大事にしていただけなのか、はたまたお父さんが私たちの気持ちと正反対の考えを持っていてそれを勘違いと言っているのかどちらにせよもう少しでわかる。次に何て言われてもびっくりしないよう身構える。
「空君って言ったか。君もこっちに来なさい」
通路の奥から裏返った少し高い声で返事が聞こえる。少し年季の入った床がキシキシと音を鳴らしながらリビングへと近づいてくる。
「先ほどは助けていただきありがとうございました」
学校でのことか彼女をすぐに呼んでくれたことなのかはさておき、深々と頭を下げている彼がそういう。
「腰はもう大丈夫なのか?」
顔を上げると同時に心配そうに聞き返す。お父さんもまた彼女からいろいろと話を聞いているのか、彼に対しては優しそうに心配をしていた。
「え、えぇ一応」
曖昧な返事をしながら腰を下ろした。勝手に座り込むのかと心で思うお父さんは、しっかり者でもまだまだ中学生なのだなと心で思った。
「そのなんだ、空君は私たちが引っ越すのを知っているんだよね」
改めて問う、少なくとも引っ越すことは知っているのだろうと再確認のために。当然返事は「はい」早紀に前もって教えてもらったからだ。まぁ引っ越すことを知らなかったのであれば彼がここに来る理由もないのだと分かっていたからこその質問だ。
「その行き先までわかっているのか」
この質問に対する返事もわかりきっている、彼らの憶測で妻の家へと引っ越すのではないかと考えていてもおかしくはないが早紀にも教えていないのだから、行き先まではわかっていないだろうと。
「えっと、お母さんの所へ行くのでは?」
案の定お父さんの考えていたことは的中。ただ実際には妻の家へは行くことにはなっていない。
「やっぱり早紀と空君は勘違いしているな」
勘違い?と何が間違っているのかと頭の中で考える二人だが、今ある結論が最も答えに近いのではないのかと、結局それ以外の答えは出てこない。
「それじゃあ、どこに行くんです?」
張った声で問う、自分の考えが食い違ったのであれば悪いのは自分。ただちゃんと早紀に話していないのであれば話は別だと考えた彼は少し怒ったかのような口調になった。
「実はな二週間ほど前なんだが会社から連絡があって」
改まって姿勢を正す。聞いてはいけない話のような気もするがそれでも自分に話してくれるのであればしっかりと聞くのが義理。当然彼の年頃になればわかることである。
「会社に復帰してほしいと連絡があったんだよ」
お父さんの会社はホワイトとは言えなかった、突然のくびもあれば再就職を強いられることもあった。今回の件に関しては自分が全面的に悪いと分かっていたこともあり何も言えずに会社に従うことしかできなかった。
「え、いきなりですね。」
会社のことはよくわからないが早紀が引っ越し、転入してきたのは一カ月ほど前。少なくとも一カ月半ほど前には会社をくびになっていただろう。それから約一カ月が経たない、今から二週間ほど前に会社からのコンタクトを受け会社に復帰するとなるとは。
「そうなんだよ。実は俺が契約会社といざこざがあったというか。詳しくは言えないが問題が起きたんだけど」
うーんと少し話していいのか迷いながらも顎に手を当て話を続ける。
「その問題がちょっと特殊でなんというか企画の食い違いが起きて向こうの会社の方針と少しづれてしまったというか。ただつい三週間前にうちの会社に向こうの会社の社長さんから連絡が入ってねなんか社長さんはその企画書を気に入ったらしいんだ」
それはなんというかよかったのかな。とうなずきながら一語一句逃さないよう聞く。
その後坦々と私情を話すこと十分ほどでやっと引っ越し先についての話が始まった。お父さんの会社の件に関しては特にこれといったこともなかったが簡潔にまとめると、くびになったはずの会社に復帰を強いられて、復帰するまでの間の給料は支払われ契約会社との取引結果と夏のボーナスなどもろもろな場所から金が入ったらしい。たぶんこの話の流れから行くと引っ越し先はその金で借りるアパートかマンションになるんだろう。
「くびになる少し前に話になっていたことがあってな、会社の近くに一軒家の賃貸を借りる話になっていてそこに引っ越すことになったんだ」
彼の頭は中学生とは思えないほどに良くきれる。
やっぱりかと自分の考えが的中し目を瞑りながら頷く彼を見ながらお父さんは話を続ける。
「会社の近くの家はがギリギリ早紀たちが通う学校の学区内だから転校することはないんだよ」
大体の考えはあっていたがそこではじめて的を外す。少なくとも早紀が前通っていた学校へ転入するのではない、そういわれるのかと思っていたがまさか転校すらしなくてよいとは。
そこで疑問が浮かぶ。まず第一に今朝学校へ出向いた理由。そしてなぜそれを早紀に話さなかったのか。
今朝は早紀とお父さんの二人で学校に来ていたはずだから先生とお父さんの会話を早紀は聞いていたはず。それでもなお転校すると勘違いしていたのはなぜだろうか。
そしてなぜわざわざ勘違いをさせ早紀が悲しむような伝え方をしたのか。まったく意味が分からない。
「じゃぁ今朝学校に来ていた理由は?」
第一に浮かんだ疑問を濁すことなく聞く。その疑問に二つの可能性を考えた。
一つ目は引っ越し先がどちらの学区内かを聞きに行った。ただこっちはまずないだろう。それなら早紀が勘違いをする理由もない。早紀だけが廊下で待っていたとなれば話は別なのだが。
そして二つ目。
「実はな、早紀の二つ上の姉がこっちに転入することになったんだよ」
連続して的を外す。今考えれば二つ目の予想もとんちんかんな考えだった。早紀を少し驚かせるどっきりなのではと考えた彼もまた自分はまだまだガキなんだなと改めて感じる。
「えっ」
そこで早紀が久々に口を開く。確かに転校の話や引っ越しの話を勘違いしていたのだから姉の件に関して知らなくてもおかしくはない。
ただ早紀の驚き方は異常だった、まるで姉を拒絶しているかのように瞳孔に光が無くなったよな目をしていた。お父さんは気づいていなかったが彼は彼女の様子を少し変だと察して少し黙っていた。
またつらつらと話し始めるお父さん。心の中で少しは空気を読んでくれと思ってしまった彼は少し申し訳なくなった。
結局最後まで話を聞いてわかったことは二つ。早紀は転校をしないということ。二つ早紀のお姉ちゃんが転入してくるということ。一つ目が分かった時点で少しほっとはしたもののまだまだ疑問が残る。ただそんなものを考えたところでの話である。もう転向はしないと直接聞いたのだから勘違いも無くなり真実だけが残った。
「おい汚いの」
教室の角で一人小説をもって静かに席に座る女子生徒に一人の男子生徒が絡みに行く。彼女の顔は髪で隠れて薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
「聞いてんのか?おい。お前に言ってんだよ」
がんと肘から伝わる振動で小説を放してしまう。男子生徒は机の角を蹴ると周囲の生徒に向けて大声で笑った。
「あははこいつこんな本読んでるんだぜ」
放してしまった小説をつかんだのは男子生徒、小説の適当なページを開いて少し読んだ男子生徒はページいっぱいに埋まる文字を見て「こんなつまんねーものみてるのかよ」というように小説を放り投げた。
周囲から視線が集まる。どれもみな哀れなものを見るような目をしている。時々聞こえる悪口はもう聞きなれた。みんなからのこの視線も何も思わない。私物を投げられるのも捨てられるのも奪われるのもみんなみんな慣れた。もうどうでもいい。ただひたすらにもうどうでもいい、そう思うことが当たり前になっていた。
投げられた小説を拾いに立ち上がる女子生徒、避けるようにどいた男子生徒からよくあることなんだとわかる。少女が小説を拾うと同時に朝のチャイムが鳴った。
ドアの空く音とともにみんなは一斉に椅子に着く。
「早紀早く座れ」
あの人もまた見て見ぬふりをするのか。そんな感情すらも浮かんでこない。無言のまま席に戻る女子生徒を教師までもがひどい目を向けていた。
こんなものは日常茶飯事。誰も私を気に留めないし、私も誰かに何かをするつもりはない。ただ一人で静かに過ごせればいい。ただそれだけでいい。そう思う毎日。
そんな日々が一週間ほど続いた。人間というのはつくづく哀れだと思うことも多々あった。前まではみんな普通に接してくれていたし、私だって楽しく学校生活を送れていた。だけどたった一回の事だけで。たった一人が私にそうゆう目を向けただけで皆束になって同じことをする。きっと最初に私を馬鹿にした人が居なくてもほかの誰かが同じようなことを始めていただろう。人間なんてそんなものだ。
そんな考えをしてしまった自分自身もまた嫌になる。でも仕方のないこと。
昼食休憩中、いつも通りに一人ご飯を食べていた時だった。後ろのドアが勢いよく開けられる。それと同時に彼女の名前を呼ぶ声がする。そう姉だった。
姉はお母さんについていき私はお父さんについていく。私が決めたのではなく両親が勝手に決めたこと。お母さんは私よりも姉を選び、自分を選んでくれて自信が付いた姉はクラスのみんなと同じよう私を酷く罵った。