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性悪王子が恋におちたら

作者: 咲倉 未来

••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••

この作品は

【短編:病んでるときも健やかなときも】

に登場するファウストが、祖国を出奔したあとの話になります。


※こちらの作品単体でも、楽しんで頂けます。


••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••

 大陸一巨大な軍事国家ダクネス国は、近年まで周囲の国々と刃を交えて領土を拡大してきた。


 その勢いは止まるところを知らず、いつか大陸全土を統治するのではないかと云われていたほどだ。

 国王は『征服王』という二つ名に恥じぬ強者であったが、あるとき病に臥せたことで情勢は一変した。


 直系の跡継ぎは娘が二人しかおらず、姉姫とその婚約者が国を継ぐことに決まると、なんと和平を望む政策へと切り替わったのだ。



 これには征服王の独裁に悩んでいた貴族や民だけでなく、周囲の国々もが歓喜した。



 ちなみに国内は戦争で疲弊しており、謀反(むほん)を企てる気力体力のある者は残っていない。

 周囲の国々も、大国と争えるほどの国力を持つ国は見当たらなかった。



 よってダクネス国の大胆な方針転換は、特に火種を生むことなく決着したのだった。



 そして現在――

 ダクネス国から周囲の国々に、妹姫の伴侶となる者を迎え入れたいと打診が出回ったのだが、未だ征服王の恐怖が薄れない国へ、貴人を送り出そうという国はひとつもなかった。



 少し考えれば分かるだろう。それってただの人質ではないか。

 やはり、ダクネス国は未だ大陸統治を諦めてはいないのだと、国々は思い知らされた。



 さて。

 この難題にとある国が手を上げてくれた。

 大陸端にある美しい海が有名な国、ソレイユ王国だ。


 実はこの国には王子が七人もいるので、まあ言い方は悪いが、ひとりくらいならどうなっても問題ないと判断したようである。


 というわけで、第二王子のファウスト・ソレイユが、ダクネス国の妹姫に婿入りするこが決まった。









 とある昼下がり――


 ファウストは、婚約者のクリスティーナとお茶を楽しんでいた。

 侍女が運んできたアフタヌーンティーがテーブルの上に並ぶと、クリスティーナが貝殻の形をした焼き菓子を勧めてくれた。


「ファウスト様。こちらの菓子は()()ソレイユ国出身の侍女が仕えていましたので、彼女に聞いて用意したマドレーヌです」


 貝殻に生地を流しこんで焼いたことが発祥とされる焼き菓子は、ソレイユ国で親しまれる代表的な甘味である。

 懐かしい代物を目にしたファウストは、ふわりとほほ笑んでクリスティーナの心遣いに感謝した。


「もしかして、わざわざ焼き型を取り寄せたのでしょうか?」


 ファウストが視線を合わせると、クリスティーナはぱっと目線を外して小さく首を横に振った。


「型は、侍女が()()持っていましたので用意できただけですわ」


 小さな声でもごもごと喋るクリスティーナは、緊張がとれないせいか未だに会話がぎこちない。



 ファウストがマドレーヌを手に取り一口食べると、口内に広がるバターの豊潤な香りに舌が喜んだのだが、思い出した祖国への感情は陰鬱(いんうつ)としたものだった。


 第二王子だった彼は、第一王子が優秀なせいで比較されては周囲に落胆されてばかりいた。

 あまり良い思い出がないので、この話題はちっとも面白くない。


(偶然ねえ。大方、会話の続かないクリスティーナを見かねて周囲が用意したんだろう。ご苦労なことだ)


 内心毒づいてみたものの、顔には微塵も出さないで美味しそうにマドレーヌを平らげる。

 その様子に安堵したクリスティーナは、遠慮がちに笑いながら頬を染めた。



(まるで、ままごとのような茶会(デート)だな)



 二人とも二十歳を超えたいい大人である。

 十代の子供がするような茶会を何度も繰り返すことに、少々退屈していた。


 それでも、ファウストがこの取るに足らないと思っている茶会に臨むのは、理由(わけ)がある。


(そろそろお出ましになるころかな?)


 茶会の中盤、クリスティーナの会話が多少なりとも慣れてくるころ。

 そう、ちょうどこれくらいのタイミングで、いつも事は起こるのだ。


「ごきげんよう、ファウスト様。クリスティーナも相変わらず華がないわねえ。もう少し着飾ったらどうなの?」


 凛とした通る声に、含まれる侮蔑(ぶべつ)の色。

 声の主にファウストは内心期待の拍手をおくるが、目の前に座るクリスティーナの顔は血の気が引いたように真っ白になる。


「お姉さま。来るなら前触れをくださいと何度も申し上げたのに。それに、いつもお茶会のときに来るのはなぜですか?」


「クリスティーナが上手くおもてなしできないと思うから、こうして来てあげているのよ。わたくし優しいでしょう?」


 そう言って、ファウストの肩にアンネリーゼが手を置いた。

 その仕草が艶めかしく見えてしまい、クリスティーナは悲しくなった。


「お姉さまの心配は不要ですわ」


「そう。――で、本当のところはどうなのです? 教えてくださいませ、ファウスト様」


 ファウストは、姉姫の意地の悪さに笑い、妹姫の悲嘆に愉悦を感じていた。


 己の性根が大概なのは自覚しているが、表情や仕草と心は別であり、生まれる感情は否定できても止めることは不可能だった。



 視線が合えば、アンネリーゼは直ぐにファウストの内心を察したようで、クスリと笑う。


「クリスティーナ、ファウスト様がお優しい方で良かったわね」


「お姉さまに言われなくても、存じています」


 なんとかクリスティーナが言い返したが、アンネリーゼの悠然とした態度が二人の優劣をくっきりと浮き彫りにする。


 その様子をみてなお、ファウストは口を開こうとはしない。なぜならば――


「アンネリーゼ、私が会議から戻るまで部屋にいると言っていただろう」


 声の主は、アンネリーゼの婚約者でありダクネス国総帥の息子、ジークベルトである。

 彼が来ると、アンネリーゼの表情はみるみる険しくなり、つんとそっぽを向くのだ。


「わたくしが、どこで、なにをしようと、関係のないことですわ。いちいち指図しないでくださる?」


「指図しているつもりはないよ。――侍女があなたを探していた。宝石商を待たせていると言っていたから伝えに来たんだ」


「ああ、そうだったわね。では皆さま。ごきげんよう」


 逃げるように去っていくアンネリーゼの後ろを、ジークベルトは一定の距離を保ったまま着いていった。


 この二人、将来のダクネス国を背負ってたつ女王と王配なのだが、非常に仲が悪かった。




「あの、ファウスト様。見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


「いいえ。私も勝手が分からず静観してしまいました。ご気分を悪くされたのでは?」


 ファウストが気遣わしげな言葉を選んで優しく微笑みかければ、クリスティーナは再び俯いて首を小さく横に振った。


「姉とジークベルトさんは、昔はとても仲が良かったんです。急に険悪になってしまいましたの」


 誰も喧嘩の原因を知らないらしい。

 アンネリーゼが一方的に頑なな態度をとり、ジークベルトは(とが)めることなく穏便に接し続けているのだとか。


(王配から外されることを恐れて、やり過ごしているのかな。まあ、どちらでもいいけど)


 この一連の茶番をファウストは楽しみにしているだけなので、詳細については興味がなかった。


「あの、姉も私もジークベルトさんも、ファウスト様が来てくださって感謝しているんです。特に私は、ターニス伯爵の件もありましたから……」


 ターニス伯爵とは、元は一介の商人だったのが武器商売で一気に財を成し、国へ貢献したことを理由に爵位を(たまわ)った、いわゆる成金貴族である。


 名をピエールと言い、国王陛下の覚えがめでたく順調に出世を重ねていた。


 国王が病床に臥せてからは、和平に転じた国政が商売に影響したようで、新たなる地位を得ようとクリスティーナの伴侶を狙って暗躍したのだった。


 ターニス伯爵の影響力は大きく、クリスティーナは国内の貴族と婚姻はあっというまに難しくなってしまった。

 他国への打診も断られ続け、その間にターニス伯爵が外堀を埋めていくという恐怖に見舞われたのだった。




「私は男ばかり七人も兄弟がいましたから。こんなにも贅沢な婿入り先に恵まれて感謝しかありません。お互いに丁度良かったですね」


「そういっていただけると、心が軽くなりますわ」


 ファウストは、始終笑顔を絶やさず物腰柔らかな態度で接してくれる、軍事国(ダクネス国)ではちょっと見掛けない美丈夫だった。

 王家の(こじ)れた人間関係にも理解を示してくれて、その人柄にクリスティーナは出会ってすぐに感動したものだ。



 先ほどの喧騒が嘘のように、静かな沈黙が流れている。


 もし他の人との茶会でこのように会話が途切れたのなら、クリスティーナは心苦しくなってしまい、気まずさを誤魔化すために菓子に手が伸びるだろう。

 

 そういう息苦しさが一切ないのも嬉しかった。


 クリスティーナから見たファウストは、まさに理想の王子様で、茶会を重ねるたびに想いを募らせている。








 それらが手に取るように分かるファウストは、傍観(ぼうかん)しているだけで面白くて仕方なかった。


(ああ、(しばら)くは楽しめそうだ)


 そんな理由で善人顔を続けられる性悪男なのだと、誰も気付いてはいない。



 ◇◆◇◆



 ダクネス国で未だ来賓扱いのファウストは、クリスティーナとの茶会以外は割と暇を持て余していた。


 面白いことを求めるこの男にとって、退屈は十分な行動理由となる。

 ただし自国と違って勝手が分からないため、無闇に事を企てることは難しかった。


 そうなるとまずは情報収集をとなるわけで、ファウストは毎日のように城の蔵書室へと足を運んでいる。


 クリスティーナも書物を好むようで、彼女は時間の許す限りファウストと一緒に蔵書室に付き添った。

 お蔭で二人は、とても仲睦まじいと噂されていて、周囲は良い婿が来てくれたと喜んでいるようだ。


「ファウスト様、この一角が農耕と各地域の特産物をまとめた書物の棚です。こちらは天文学、あちらには哲学も。本日はこのあたりにしましょうか」


「何日も通っているのに、まだ知らない棚があるのに驚きですよ。これだけの書物が管理されているのは凄い」


 軽い気持ちでダクネス国の内情を知りたかったファウストにとって、膨大な書物は彼を本当の目的から遠ざけてくれた。


 もっと手狭で最低限の情報蓄積だけなら分かりやすかったのに、これでは利用価値のある知識を収集するだけでも、大分時間をとられるだろう。


「姉が十年かけて整備しました。今はあのように奔放に振る舞っていますが、以前はとても真面目で努力家だったんです」


 クリスティーナにとって、アンネリーゼは女王になるべく日々研鑽(けんさん)を積む、逞しく美しい尊敬してやまない姉だった。

 ある日突然、まるで別人になったかのように全てを放棄して、今なお周囲に混乱を振りまいている。


「それは、気になりますね」


 ファウストにとって、アンネリーゼの変貌は少しだけ興味を掠めた。


(けど、人がガラリと変わることなど、そんなに珍しいことでもないか。まあ、理由を知りたいと思う程度に面白そうではあるかな)


 真面目な人間が狂人に、ロクデナシが真人間に。

 そういった変貌話は人の口に直ぐ上がるので、耳にする機会は多い。


 ファウストの兄も太陽のごとく輝かしい王子だと称されていたが、怪我をきっかけに廃人まで落ちぶれた。


 ――人など、簡単に壊れてしまうものなのだ


 そして一度壊れたのなら綺麗に元に戻らないことも多い。

 戻らないことに絶望して、さらに砕けて散る者の悲惨なこと。


 人の機微に聡いファウストは、そういう小さな選択や分岐のようなものに、不思議なくらいによく気付けた。



 物思いにふけりながら、ファウストは気になった本の背表紙に指を掛ける。目次の頁を開くと、心が満たされるなにかを求めて章題を読み進めていった。

 数冊選んだあとは、書き物もしたいので本を借りて部屋へと戻ることにした。




 その途中で、ファウストとクリスティーナはターニス伯爵と出くわした。

 彼は病に伏せた国王陛下の元に今なお足繁く通い詰めているので、遭遇しても不思議ではない。


「これはこれは、ファウスト様にクリスティーナ様。二人一緒とは仲がよろしいようですな。陛下が病に臥せていても関係ないようだ」


 ぱっと笑顔を浮かべて友好的な態度で近寄ってくるターニス伯爵に、クリスティーナが硬直してしまったので、ファウストは一歩前に出て背中へと隠してやった。


「彼女は私を案内してくれたので、そのように言われると困ってしまいますね。お手柔らかにお願いしますよ。ターニス卿」


「それは失礼いたしました。クリスティーナ様は献身的な才女と名高い方ですので、さぞ充実されていることでしょう。――あー、もし、よろしければこちらを。我が家主催のパーティの招待状です。ファウスト様とは、できればもう少し仲良くなりたいと思いまして」


 影響力を失った国王に代わる寄生先を求めるターニス伯爵は、次はファウストに擦り寄ることを思いついたようだ。


 察したクリスティーナは怯えながらも、その魔の手を除けようとした。


「そのようなもの、不要ですわ!」


「いいえ。私は周囲との繋がりを作らねばなりませんから。こちらはありがたく頂戴します」


 招待状を受け取ったことに、クリスティーナとターニス伯爵は驚いて目を見開いた。

 ファウストだけが、受け取った封筒を胸元のポケットに入れて笑顔でこの場に立っている。


「それでは私たちはこれで失礼します」


「――ええ、今後ともお見知りおきを。ファウスト様」


 ターニス伯爵が頭を下げたので、別れ際の表情は分からなかった。



 身をもってターニス伯爵の恐怖を体験していたクリスティーナは、招待状を受け取ってしまったファウストを心配し、今度は彼が巻き込まれるのではと恐れた。


「なぜ、招待状を受け取ったのですか?」


「言葉通りの意味ですよ。厄介者は表立って排除するのも危険ですからね」


「ですが、あの者は危険な思想の持ち主で、目的の為なら手段を選ばないような卑怯者です!」


 ファウストは胡散らしい男が面白そうでホクホクしているので、クリスティーナの言葉は全く届いていない。


「深入りしなければ大丈夫ですよ。それに私に注意が向くのならクリスティーナの平和が守られるでしょう」


 クリスティーナは自分のためだといわれて気持ちが舞い上がってしまい、それ以上追及できなくなってしまった。


「あの、気を付けてくださいね」

「ええ、もちろん」


 多少の衝突はあれど、ファウストとクリスティーナの日々は、このような感じで穏やかに過ぎていくのだった。







 ファウストには、少々苦手とする人物像がある。


「やあ、ファウスト。今日は誘いを受けてくれてありがとう」


「いいえ。順当にいけば義兄となるのですから、交流できる機会を頂けて感謝しています」


 ジークベルトに昼食とその後のティータイムを誘われたファウストは、男二人のなんとも華のない食事の席に着いていた。


 これが興味をそそる面白い相手ならば、性別問わずに楽しめたのだろうが、ジークベルトはファウストが苦手とするタイプなのだ。


 品性高潔で隙が無く、家臣の信頼を集める秀才な男。

 総帥の息子で武術に長けており、その体格は男のファウストでもうっかり目を奪われるほどに整っていた。


(嫌味なほどに出来た男で、しかもアンネリーゼ様の暴挙を文句ひとつ言わずに受け入れる度量まで持っているとは……)



 ジークベルトを見ていると、自国の優秀な第一王子を思い出す。



 歳が近いせいもあり、ファウストは事あるごとに比較された。


 決してファウストの出来が悪かったわけではない。

 兄の出来が異様に良かっただけだが、いつも基準を第一王子に置かれてしまい、他の王子は扱いに差をつけられることが多かった。



 食事をしながら、ファウストはジークベルトから投げかけられる質問に、王族として妥当な回答を述べていく。

 個人的な質問にも臆することなく応えてみせたのは、下手に隠して警戒されれば、行動制限を与えられると踏んだからだ。



 自らは、敵意もなく、善良な意志を持ち、ダクネス国に貢献したいと思う一人の人間なのだと演じておいた。



「ファウストは優秀だな。第二王子なら自国に留めておきたかっただろうに。ソレイユ国には感謝しかない」


「恐縮です。ですが自国には優秀な兄に他兄弟が五人もいますから。むしろソレイユのような小国でも父は側室を持っていたのに、ダクネス国のような大国で姫が二人では心許ないだろうと驚きました」


 少々込み入った話に触れたのは、根掘り葉掘り聞かれたので、なにか得るものがないのもつまらないと思ったからだ。

 書物で得ることのできない情報を、多少提供してもらいたいところである。


「まあ、いずれ知ることになるだろう。アンネリーゼとクリスティーナは王妃の子ではない。長期の遠征先で王が侍らせた踊り子の産んだ双子だ。離宮で囲っていたが、その後十年ほど王妃や他の側室と子が出来なかったために、王宮へと引き取られたんだ」


 二人が産まれたあと、王は遠征先で高熱病を患い、それが理由で子が出来ない体となっていた。


 ただしこの時代の医学において、それらを実証することはできず、当時は子を生すことを理由に多くの側室が召し上げられていた。

 子を生さず飽いた妃を武勲をあげた者に下賜(かし)してたところ、彼女たちが嫁ぎ先で次々に赤子を産んだことで、理由は分からないが子を生せない体となったことを国王は理解した。


 ただ、踊り子が産んだ子供は国王が傍に侍らせていたことと、容姿が王家特有の髪と目の色を受け継いでいたので、実子だと断言できたのだ。



「それは、方々全員が大変苦労されたのですね」


「そうだな。陛下は領土を広げることに没頭し、王妃と側妃は浪費が酷くなり国庫に穴が空きかけたこともある。戦争の賠償金はその補填でかなり消えた。我が国は領土が広いだけの貧しい国なんだ」


 ファウストは、ダクネス国の王都に来るまでの道中を思い出して納得した。

 戦火の爪痕を残す町並みの違和感や、王都で通った大通りに活気が無いと感じたのは、気のせいではなかったようだ。


「正直なところ戦争は金になる。手っ取り早く国を建て直すために、今一度他国を侵略すべきだと訴える者もいる」


「それは物騒ですね」


「その考えは、いずれ破綻する。賠償金が入っても自国が被害を受ければ、実質の利益など微々たるものだ。それらも混乱の中では無為に浪費されて終わる。平和の上に成り立つ国政が必要なんだ。アンネリーゼと私は王から実権を譲り受けて国を建て直そうとしているのだけどね」


 思いつめるジークベルトの顔を眺めながら、ファウストはふと浮かんだ疑問を投げかける。


「ジークベルト殿とアンネリーゼ様は、付き合いが長いのでしょうか?」


「私はアンネリーゼとクリスティーナが引き取られたとき護衛に選ばれたんだ。彼女たちのことは誰よりも近くで見てきたつもりだ。母親の出自を理由に満足な教育も与えられず、嫉妬と野心に狂った妃や貴族からの誹謗中傷も、なにもかも――。すまない、少々話過ぎたようだ」


「私としてはクリスティーナ様の昔の話を聞けましたから。とても有意義でした」


「ファウストは、本当にクリスティーナと仲が良いんだな。――羨ましいよ」


(脆弱な国政に、統治者の仲違い。――これは、崩すことなど簡単だな)


 だからこそ、今もターニス伯爵は暗躍しているのだろう。

 武器商人上がりの彼ならば、ふたたび戦争を望む者たちを統括することも容易だろうと想像がついた。







 ダクネス国でのファウストの日常は、どこか地に足のつかない感覚が纏わりついた。


 知るほどに闇が漏れ出てくる王家の内情。

 暗躍する貴族に、平和を望む一部の高邁(こうまい)な者たち。


 どこにも所属しないファウストは、クリスティーナと円満に過ごすだけ。


(――つまらないな)


 ままごとも、善人ごっこも、飽きてきた。


 ファウストは、数日後に開催される舞踏会の招待状を広げて眺めていた。

 場所はクリスティーナとよく茶会をする庭園の入り口近くで、ここは王族やその側近、使用を許された侍女が通るような回廊だ。



「あら、ファウスト様ではありませんか」



 この時間は、クリスティーナとの茶会を邪魔しようとするアンネリーゼが通る確率が高い。

 案の定、現れたアンネリーゼは嬉々としてファウストに寄ってくる。


「アンネリーゼ様、今日はどちらにお出かけですか?」


「ただの散歩ですわ。それよりなにを読んでいますの? ()()()()()()()()()


「面白い招待状を頂いたので、それを読んでいました」


「まあ、わたくしにも見せてくださる? ――へえ、ターニス伯爵主催の。確かに面白い招待状ですね」


 普段の奔放で意地悪な顔が一転、細められた目には叡智が宿る。

 けれどすぐに、いつものアンネリーゼに戻ると、ファウストの真意を探りだした。


「わたくしが同伴して差し上げましょうか? 知り合いもいないのでは会場で困るでしょうから」


 試すように問いかけられて、ファウストも駆け引きを楽しんだ。


「とてもありがたい申し出ですが、――よろしいのですか?」


 はたしてアンネリーゼは、ジークベルトの立場を軽視し、クリスティーナへの不義理を重ねる選択をするのだろうか。


「大丈夫ですわ。仮面舞踏会なら適当にやりすごせるでしょうし。それでは約束ね」


 どうやら彼女にとっては、どちらも取るに足らないものらしい。


 アンネリーゼの破滅をのぞむ感情は、ファウストが内包する一時の快楽に興じたくなる衝動と近しく、そのせいで二人は惹かれあってしまうのだった。



 ◇◆◇◆


 ――ターニス伯爵主催の舞踏会当日


 馬車に乗り込んだアンネリーゼとファウストは、互いに仮面を着けて談笑していた。


「わたくしが貴方と舞踏会に行くと知ったクリスティーナが怒鳴り込んできたのよ。あの子、自分が代わりに行くからって言っていたわ」


 話題は今日のことを知ったクリスティーナが、直談判にきたというものだった。


「あの子、珍しく夜会のドレスをきていたわ。ターニス伯爵の件以降、舞踏会には全く出なくなったのに。いつもそう。ちょっとでも上手くいかなくなると直ぐに諦めてしまう子なの。でも、珍しく一生懸命だったから思わず声を立てて笑ってしまったのよ」


「それは大変でしたね。――どこでバレたのでしょうか?」


「わたくしがそっと侍女に伝えるように言ったのよ。貴方がそういう男だって分かれば、いろいろと諦めがつくかと思ったの」


 アンネリーゼが、ファウストの性格に理解を示したので、ついに取り繕うことを止めた。


「へえ。私のこういった側面を知って、追い出さないとは寛大ですね。正直なところ驚きました」


「ふふ。これでも王女として頑張っていた時期もあるから、ある程度の見識も持っているつもりよ。――まあ、今となってはどうでもいいことですけどね」



 ジークベルトとクリスティーナ、そして本人の告白からも察するに、確かにアンネリーゼが次期女王として努力した時期はあったようだ。


「女王になられるのですから、今でも必要なことだと思いますが」


「……。私に求められるのは血を受け継ぐ子を産むことだけなのよ。今も昔も誰もがそう思っているの。私だけが女王になるからって張り切っていただけなのよ。バカみたいにね」


 アンネリーゼにとって、前を向いて励んでいた当時を思い出すのは、苦痛を伴った。


 しがない踊り子の娘。

 生まれの卑しいものが教養を身に着けたところで、誰も期待などしていなかった。


 それでも、近しい人たちに励まされ支えられて、時に泣きながら耐え忍んだこともあったけれど。


 父が病に倒れて、政に参加し改革を進めようとした矢先。


 アンネリーゼは関与できないように遠ざけられた。


 それまでの努力は周囲を納得させるための演出で、権力が手に入ったのなら不要とばかりに、全てを取り上げられたのだ。


――もう、何も心配いりません。あとは全て任せておけばいい


 他の誰かに言われたのなら、怒り狂って反論しただろう。

 それを突きつけたのが、よりにもよって、共に歩んでいくのだと信じて疑わなかった相手だったから――


「誰も私に女王としての責務を望んでいないのよ。――その証拠に、なにをしようが怒りもしないのだもの」


 思い出した苦痛を振り払いたくて、アンネリーゼはファウストが興味を持ちそうな話をすることをした。


「そんなことより、もっと面白い話をしましょう。クリスティーナの話なら、ファウスト様も興味がありますでしょう?」


 アンネリーゼにとって可愛かったはずの妹は、今は無駄な努力を諦めさせなければならない相手となっていた。内向的な妹は未だ周囲の軋轢(あつれき)に触れる機会が少ないせいか、夢見がちで、すぐに頑張ろうとする。


 ひたむきに努力していたころの自分と重なり、目にするたびに苦痛を感じていた。


 クリスティーナがいくら頑張っても、相手がファウスト(この男)では、いつかアンネリーゼと同じように傷つくことになるだろう。


 自分が犯した過ちを繰り返させないために、アンネリーゼは可哀想なクリスティーナの前に立ちはだかる。

 期待するな、夢を見るな。心を砕いて尽くすことなどするものではない、と。


 それなのに、妹は珍しく諦めようとしない。

 なら、ファウスト(本人)から嘲笑でもされれば、我に返って大人しくなるだろうか。



「クリスティーナったらね、ファウスト様が来ると決まってから大騒ぎだったの。海が美しい国と聞いて釣りをするかもしれないと言い出してね、それで池に魚を放って釣りを始めたのよ。あの子、針をドレスに引っ掛けてひっくり返って池に落ちてしまったの!」


「……海が有名だから、――釣り?」


「安直でしょう? 他にもね、ソレイユ国出身の者を探し出して、それこそ国境近くの町まで人を遣わせ、やっと見つけ出して侍女にしたの。彼女から聞いたソレイユ国の焼き菓子を作るからって道具まで取り寄せていたわ。しかも自分で焼けるようになりたいって言い出して。さすがに時間が無いから諦めたみたいだけど。普段なんでもすぐ諦めるから、努力の仕方も下手くそで無駄に騒いでバカみたい。本当に愚かな子でしょう」


 早く諦めて、アンネリーゼと同じように流される生き方になればいいのに。そうしたら――


(そうしたら、また優しくしてあげられるのに)


 ぎゅっと下唇をかんで、アンネリーゼは手が付けられなくなった感情を必死で抑えこんだ。





 急に黙り込んだアンネリーゼの不自然な挙動を見ても、ファウストは黙っていた。

 彼もまた何かを思い出しているようで、身に着けた仮面の奥の瞳は、どこか別の場所を眺めているようであった。



 会場に着くころには、二人の間に気まずい空気が流れていた。

 どうにも仮面舞踏会を楽しめる気分になれず、二人はフロアに入ることなく控室へと移動した。


 正直、このまま帰ってしまってもいいかと思うほど、ファウストの興はそれている。

 ただ参加を伝えた以上は、一度は主催に挨拶する必要があるだろう。


 ファウストはアンネリーゼを控室に残すと、適当な理由をつけて帰るためにターニス伯爵へ挨拶に向かった。



 その途中ですれ違った客が、ファウストの肩を乱暴に掴むと、壁へとたたきつけた。

 よく見れば相手は招待客に扮したジークベルトであり、仮面奥の瞳は殺意を宿してギラついていた。


「どういう了見だ、ファウスト。自分がとった行動を理解しているのか?」


 低く押し殺した声には迫力があったが、ファウストはまったく意に介さず、それどころか飄々とした雰囲気さえ演じてみせた。


「私は貰った招待状の舞踏会に参加しただけだし、知人の居ないことを心配したアンネリーゼ様が手助けを申し出てくれただけで、やましい話はなにもない。そもそも参加を止めて帰るところですし」


 全て事実なのだが、苦し紛れの言い訳にも聞こえる内容だ。


「……そうか、なにもないのなら、いい」


 抑えていた手を外したジークベルトは、今度もアンネリーゼの不祥事には触れないつもりなのだろう。


「アンネリーゼ様の素行の悪さには、さぞ頭が痛いでしょうね」


「……どういうことだ?」


 ジークベルトは、ファウストの唐突な話に一瞬警戒した。

 ただ、確かにアンネリーゼに対して辟易している部分はある。

 どうして急にあのように我儘で奔放に振る舞うようになったのか、未だに理解できずに戸惑ってもいた。


「彼女と話をしていろいろと察するものがありました。十分に環境は整っているように見えますから、あと一手というところでしょう」


「元に、戻る方法があるといいたいのか?」


「従順にはなるでしょうね。今もあらゆるものから切り離されて、安穏と過ごせる環境に身を置いていますし」


「当然だ。アンネリーゼはずっと傷つけられてきた。私はそういうもの全てから彼女を守ると決めたんだ」



 アンネリーゼがなぜ全てを放棄したのか。

 ジークベルトに当たり散らして、クリスティーナの努力を否定するのか。


 ファウストには、理解できた。


 この男は、アンネリーゼを守るという理由で、彼女が努力して得ようとしていたものを全て遠ざけたのだ。

 もしかすると挑戦する場すら与えなかったのかもしれない。


 そしてアンネリーゼが全く関与できない状況で、この優秀な男は全ての改革を進めてしまった。


 アンネリーゼは不要なのだと、証明してみせたのだ。




 なら、あとは一言伝えれば済むだろう。





 ジークベルトのために努力していたのなら、なおのこと心に響くかもしれない。






「『君が関わらなくとも全て上手く回ったから、そろそろ身の程を理解してほしい』って伝えればいい。彼女も、やっと諦められるはずだ」


「っ!」


 ファウストが見透かしたものを、ジークベルトは理解したのだろう。

 口元に手を当てて狼狽したあと、アンネリーゼの待つ部屋を聞き出すと走っていった。




 その後姿を見送りながら、ファウストはぽつりと呟いた。


「逆上して殴ってくれても、良かったんだけどなあ」


 ジークベルトが全てを否定して、己は一切悪くないと言い訳してくれたなら、面白かったのに。


(たいして面白くもなかったな)



 ファウストの中でジークベルトとアンネリーゼに対する興味が、一瞬で消えていった。

 乱れた上着の襟を正して、他の面白いことを思い描いていると、まるで応えるかのように次の者が現れる。


「大丈夫ですかな? ――これは、ファウスト様ではございませんか! ようこそ我が家の舞踏会へ」


「……。ターニス卿。挨拶が遅れて申し訳ありません」


「いえいえ。ターニス卿ではなく、私のことはピエールとお呼びください」


「ああ、ピエール。――よかったら私と面白い話をしないか?」


 ファウストにどう取り入ろうかと画策していたピエールは、逆に誘いをうけたことで飛び上がらんばかりに喜んだ。


「ええ、ぜひお聞きしとうございます。さあさあ、あちらの特別ルームへご案内しましょう!」


 二人はダンスホールの喧騒とは逆の方向へと、姿を消したのだった。





 ◇◆◇◆


 窓から朝日が差し込み、眩しさに目を細めたクリスティーナは、その清々しさとは真逆のどんよりとした顔で溜息をついた。


 昨晩、姉がファウストと一緒に舞踏会に出発したまま、未だに帰ってこないのだ。


 引き留めることに失敗したあと、ジークベルトに告げ口をして向かってもらったのだが、そちらも帰ってきていない。


 クリスティーナは、夜会のドレスを身につけたまま全員の帰りをずっと待ち続けているのだ。


(どうしましょう。大問題になっていたら……。主催のターニス伯爵に全ての責任を被せて失脚させるのはどうかしら?)


 一睡もしていない頭は、大分過激な対処法を勧めてくるようだ。


「ファウスト様もひどい。言ってくれれば、私が舞踏会にだって付き合ったのに――」


 その時、遠くでコツコツという靴音が聞こえてきて、思わず顔を上げた。


「っ! ファウスト様」

「おはようございます。クリスティーナ」



 クリスティーナは、ファウストがひとりでいることに安堵したものの、朝帰りに懐疑(かいぎ)したりと、感情に振り回された。

 あれこれ口煩いのは嫌われると分かっていても、聞かずにはいられなかった。


「あの、姉は一緒ではないのですか? ジークベルトさんも向かわれたのですがお会いにならなかったのでしょうか? 朝までは、どなたと一緒だったのです?」


「アンネリーゼ様とは到着してすぐジークベルト殿に交代してもらって、以降は会ってはいません。私は朝までターニス卿に付き合っていました。それよりクリスティーナは、どうしてここにいるのです?」


「心配で待っていたんです! それより、ターニス卿になにもされませんでしたか?」


「……。そんなことより、クリスティーナに聞きたいことがあるんですよ」


 廊下に椅子を持ち出して座っていたクリスティーナの前まで行くと、ファウストはしゃがんで彼女の膝の上に腕を乗せた。


 下から覗き込むようにクリスティーナの顔を見上げて、楽しそうに笑っている。


「偶然なんて嘘をついて、すっかり騙されてしまったよ。それに釣りの話も、どうして教えてくれなかったんです?」


「偶然……? 釣りって……。まさか! ――お姉さま、ひどい!」


「私が来るのを楽しみにしていて、準備を頑張って、失敗もいっぱいして、面白いことが沢山あったんでしょ? 内緒にするなんて、ひどいなあ」


 コテンと頭を膝にのせると、ファウストはクリスティーナに甘えだした。


 クリスティーナは、秘密にしておきたかった失敗談がバレたことを知り、羞恥で震えている。


「あ、あの。どうか忘れてくださいませ。私、恥ずかしくて死んでしまいます」


「ダメだよ、全部教えてくれなきゃ。せっかく面白いのに――」


「それはちょっと。――あの、ファウスト様? ――ね、寝ないでくださいね。――起きてください!」


 まるで飼い猫が主人の膝で甘えるように、ファウストは寝息をたてはじめた。


 クリスティーナに揺り起こされて部屋に連れていかれるまでのあいだも、面白い話を聞かせてほしいと言っては、彼女を困らせたのだった。







 さて。

 件の仮面舞踏会で揉めたであろうアンネリーゼとジークベルトは、あの日以降、その関係性をガラリと変えて、周囲を震撼(しんかん)させていた。


 例えば、昼間から長椅子に体勢を崩して座るジークベルトの傍らでは、蕩けるような顔をしたアンネリーゼが寄り添っているのだ。


 彼らから呼び出しを受けたファウストとクリスティーナは、二人の蜜月ぶりにげんなりとしている。



 驚いたことに、これほど甘ったるい空気をまといながらも、二人の会話は始終政の話で堅苦しいものばかりなのだとか。


 なんでそんなことが分かるのかといえば、甘い雰囲気に誘われて聞き耳を立てた愚か者がいたからだ。

 ついでにまだ正式な婚姻前なので寝室も別々なのが信じられないという、どうでもいい話まで聞こえてくる。


 周囲の者は未だ信じられないようで、二人の動向を見守り続けているのだ。






 二人を呼び出したジークベルトは、隙の無い笑顔を浮かべるファウストに、まずはターニス伯爵の件を問いただした。

 こちらも舞踏会以降、大きな変化をみせているのだ。


「ターニス卿が大きく方針転換したのは、ファウストが原因なのだろう?」


「私がターニス卿と新しい事業について話をしたのは事実です。きっとその後良い儲け話を思いついて武器商売から転換したくなったんでしょう。大した話じゃない」


「軌道にのったあとは、国営事業として共同出資に切り替えたいという話は?」


「さあ、いろんな話をしたので覚えていませんね。ただ、王家としては受け入れても問題ないのでは?」


 ファウストはすっとぼけてみせたが、あのがめつい男が利益を共有しようと提案すること自体、不自然なのだ。


 安易に乗っかるには、不信感がぬぐえない。


「まあ、細かい話は良いではないですか。ファウスト様に側近になっていただいて、窓口になってもらえば上手く運ぶでしょう。当事者なのですし、ね」


 アンネリーゼの助言に、ファウストは内心舌打ちをした。


 ジークベルトだけであれば、ファウストを警戒して距離を取っただろうに、アンネリーゼが隣にいるせいで上手いこと巻き込んでくる。


「ジークベルト殿の周囲には、沢山の側近候補がいるのですから、わざわざ後ろ盾のない私を起用する必要はないと思いますよ」


「私に諫言する者は珍しいからね。ぜひ傍に置きたいと思っているよ」


 アンネリーゼに先手を打たれて、ファウストはあっさりとジークベルトの側近に指名されてしまった。




 ジークベルトとアンネリーゼから解放されたファウストは、当てが外れて少し機嫌を悪くしていた。

 けれどその横では、とんでもなく機嫌を損ねて膨れっ面をしているクリスティーナがいて、ファウストは思わずその顔を二度見する。



(なにその顔。――――面白いんだけど!)


 食い入るように見ていたら、視線に気づいたクリスティーナがファウストを睨みつけてきた。


「どうかしたの?」


「お姉さまや、ジークベルトさまのほうが、ファウスト様と仲が良く見えました。これっておかしいと思います!」


「仲は良くないよ。やり込められていたの見てたでしょう?」


「ターニス卿とは、どんな話をしたのです? 彼ってとってもしつこいのに、どうやって考えを変えさせたのですか?」


 問われたものの、ファウストからすれば別に難しいことではないので、どう説明しようか悩んでしまった。


 人など、モノと金で簡単に考えをかえるのだ。


 ピエールの場合、一瞬で山のような財を成せる武器商売に執着していただけなので、他の商売をさも魅力だと感じるよう提案したら、あっさりと食いついてきた。


 ファウストは、人が生きている限り必要とするモノ――水、食料、家、衣類、その他諸々――を手広く扱うことをピエールに勧めた。今のダクネス国はどれも水準が低いので、需要は十分に見込めるだろう。


『でも、そういったものは一度行きわたれば終わりでしょう? それに他の者にも真似されやすい。とても儲かるようには思えない』


 そう言ってきたので、どんどん水準の良いものに入れ替えていけば、金に余裕のある者が良質なものに買い替えると教えてやった。人口が増えれば消費も増えるので、扱う範囲を広げておけば国が潤う速度で実入りも増える。


 ついでに、ピエールは敵も多そうなので、充実した事業のいくつかを王家と共有して、集まる嫉みを(かわ)すのもありかもね、と仄めかしもした。


 なんにせよ一極集中の一攫千金狙いは止めて、金の卵を産むガチョウの多頭飼いで市場を育てたらいいじゃないか、と適当に話を盛って酒を酌み交わしたのだ。


(ベロベロに酔っていたように見えたのに、しっかりと聞いていたのは流石だよ。ピエール)



 まあ、こんな込み入った話は面白みもないので、ファウストは簡潔にまとめて説明することにした。


「ターニス卿は商人だ。彼らは利のある話なら乗っかるのも早いってことで。クリスティーナに執着していたのも権力で金を稼ぎたかっただけだから、もう心配はいらないよ」


「――もしかして、私のためにターニス卿に接触したのですか?」


「もちろんだよ。戦争なんて始まったら君との時間が無くなってしまうからね。だから()()()()()()ことにしたんだ」


 ターニス伯爵から招待状を受け取ったときは、特になにも考えてはいなかった。


 ファウストの心が傾いたのは、舞踏会の日にクリスティーナのいじらしい話を聞かされたときだ。


 クリスティーナとの時間をもっと増やしたいと思ったファウストは、アンネリーゼとジークベルトが協力して政をするようにもっていき、ピエールが戦争から遠ざかるよう仕向けることにした。


 ただ、ピエールは成功したけれど、アンネリーゼを()くのには少々失敗したようである。


(まあ、概ね思惑通りにはなったから満足はしているけどね。――さてと)



「ところで、今日は何をして過ごす? 釣りにはいつ誘ってくれるの?」


「もう、どうしてそればっかり……。今日は、舟遊びを用意してあります。しばらくはダクネス国の文化を紹介することにします」


「うん、わかったよ。なら早く行こう」


 クリスティーナのまっすぐで不器用なアプローチは、ファウストの退屈を吹き飛ばすのに十分な威力を発揮した。

 彼女から向けられていた愛情の深さに気づけたとき、ファウストの心は一瞬で満たされ、気づけば恋におちていた。


 クリスティーナとの時間をたくさん確保したいと思ったファウストは、持てる知恵の全てを使って働きだす。奇しくもそれが、ダクネス国の和平と安寧に直結したのである。






 その年、臥せっていた国王が崩御すると、アンネリーゼは女王に即位してジークベルトと共に玉座に就いた。

 喪が明ける一年後には、ジークベルトとアンネリーゼ、そしてファウストとクリスティーナの四人で婚儀を挙げた。


 ちなみに。

 ピエールは武器商売の元手で新たな事業をはじめると、すぐさま国と提携して国営事業を隠れ蓑にし、過去の所業を清算していた。

 余程敵が多かったのだろう。その後は、安全な商売で順調に事業を拡大しているらしい。



 この一連の出来事がきっかけとなり、軍事国家ダクネス国は、大陸一豊かな国へ発展していくことになるのだった。


 ~End~

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