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夢見た『Dream Ending』アトバナ

作者: scissors


 漣の音を背景に、秋音は空港のロビーへと降り立った。

 絶えず流れるアナウンスを聞き流しながら彼女が最初に思ったことは、

 (……思ったより、暑くないな。)

 という事だった。


 『沖縄』、本やテレビで何度も見たことはある。日本最南端の都道府県。

 今、彼女は生れてはじめて『外』へと出たのだ。


 「本当に……ここに来てよかったのかな?」

 「……あの町から出るという選択をしたのは、他ならぬ秋音自身だ。なら、自分の選択に自信を持てよ。自信を持てないなら、持てるようになるまで俺が手伝う。」


 微かに漏れ出た弱音を、翔琉は子供をあやすように頭を撫でながらそう返す。

 翔琉の仲間とは、あの時空港で別れた。

 私の答えを聞いたとき、真っ先に手を差し伸べてくれたのは彼だった。

 二人きりだったけれど不思議と不快感はない。それどころか、安心できた。


 「それで……、これからどこに行くの?」


 荷物を受け取り、車で数十分移動する。

 降りてから、数分歩いたところで、ずっと胸にしまっていた疑問を打ち明けた。

 新条は、こちらを振り返りはせずに、立ち止まる。目の前には小さな孤児院があった。

 看板に手を触れ、遠くを見るような眼で新条は言った。


 「俺の……、生まれ育った場所だ。」


 「意外と早い帰還だったな。そんなに師匠が恋しいか?」

 「そんなんじゃないよ。色々あってな。」


 『院長』と書かれた部屋の中央には、一人の女性が腰かけていた。

 褐色肌に、やや丸っこい眼鏡に新条の様にタバコを銜えている。可愛いというよりは、かっこいいという言葉が似合いそうな人だった。


 「……その子は?」

 「【漣 秋音】、俺と似たような子さ。」


 その言葉につられて、女性の視線が秋音に向く。

 すぐさま、秋音は頭を深々と下げる。


 「……で、私にどうしろと?」

 「この子を、預かってはくれないか?」


 単刀直入に、新条は本題を切り出した。

 だが、女性は短く息を吐くと。優しく私に話しかける。


 「……すまない、少し翔流と話がしたい。席を外してくれるかい?」

 「わ、わかりました。」

 「そうだな……。場所は図書館でいいかな?ここのすぐ隣の教室だ。」

 「はい……。」


 少しの不安を感じながらも、秋音は部屋を後にした……。



 「……可哀想な子だね。同情はするさ。」

 「わかるのか?」

 「目を見ればね。あんなに不安だらけになって……。当然、訳は話すんだろうね?」


 そこで、俺は事の顛末を話した。

 ――シロナに依頼されて六連市へ行ったこと。

 ――冬華さんが、隕石に撃たれて亡くなった事。

 ――神社の事

 ――そして……、彼女の夢と能力の事。


 「……………………。」

 「……………………。」


 静寂が支配する。アリシアは息を吸い、そして大きく吐く。

 やがて、哀しそうに口を開いた。


 「……彼女は、『捨てられた』のかもしれない。家族にも、世界にも、ね。」

 「そうかもしれない……。だったら、俺が秋音の家族になればいいと思っているよ。一緒に、世界をつくればいいとも、ね。」

 「そうか……。それは、きっと『いい事』をしたんだろう……。」


 そう言い残し、自身のタバコに火を消す。


 「しかし、君のしたことは世界を破壊する行為だ。それはれっきとした『悪』であることを忘れてはいけない。……後悔はなかったか?無いのならそれは異常だ。むしろ、『自分自身の私利私欲のために、身勝手に世界を捨てた』と自覚した方がいいだろう。私は、君のした行為に対して、『後先も考えず。自分自身の感情に酔いしれ、仲間すら見殺しにした人間』として、評価せざるを得ないのだよ。……結論から言おう、『「(賢者の弟子)」には失望した』とね。」


 アリシアの目は本気で怒っていた。それは、己を押し殺した。『賢者』としての言葉なのだろう。だからこそ、何とも言えない重さがあった。

 だが、翔琉はその目を真正面で受け止める。それが、彼の『覚悟』の表れだった。


 「……後悔はあるよ。無い訳がない。言ってしまえば俺は仲間を裏切ったんだからな。冷静になった今になって考えれば、あの時あの場面ではみんなと一緒に秋音の敵になるのが正解だった」


 自嘲気味に翔琉は嗤う。

 それは自分の行いへの後悔か、己の無力さに対する嘲りなのか

 ……どちらにせよ、惨めに思えてくる。


 「でも……」


 それでも――。と彼は言う。


 「あの時あの場面をやり直せるとしても、俺は同じ選択をするよ。何度やり直しても、俺の答えは変わらない。必ず、秋音を救う道を進む」


  ――次いで俺の口をから出たのは、先ほどの自分の言葉の否定だった。


 「あの時にもし秋音を見捨てていたら、俺は過去の自分を否定することになっちまう」


 ――それは無意識に秋音と俺が似ていると思っているから出た言葉。


 「俺の過去を否定するってことは、アリシアとの出会いもアリシアに師事する事を決意したことも否定することになっちまう。それは今の俺を否定するってことだ。俺を構成する重要な出来事を否定するってことだ。俺にはそれを許容することは出来ない」


 視線を断ち切り、翔琉は頭を下げる。


 「だが、今の俺には”秋音も世界も”なんてワガママは言えない。言う力が無い。……だから、アリシア。もう一度、俺を鍛え直してくれ。今度こそ賢者(あなた)の弟子を名乗れるように!アリシアが胸をはって「こいつが私の弟子だ」と言えるように!」

 「………………。」


 短く息を吐く音が聞こえる。

 真夏だというのに、空気は冷え切っていた。


 やがて、ゆっくりとアリシアは口を開く。


 「……ならば、私が言う事は一つしかないな。」

 「………………。」


 アリシアは立ち上がり、翔琉に向かって歩き出す。

 しかし、翔琉に対しては一言もかけずに背後のドアを開け放つ。


 そして、彼女は彼女の『結論』を言い渡した。


 「――出て行きたまえ。【新条翔琉】、私はこの瞬間君を破門とする。」



その時、俺の顔はどうなっていただろうか。一瞬にして様々な感情が胸中を渦巻き、それらの感情に俺の表情はどう反応してるだろうか。

やがて俺は一つ息を吐く。わずか数秒の間に渦巻いた様々な感情は消え去り、たった一つの悲しく、寂しく、それでも確かな晴れやかさをもった感情で、真っ直ぐにアリシアを見つめ返す。


 「今まで、お世話になりました。」


 たった一言。それだけを告げてアリシアの背後のドアへ向かう。

 ドアを開け、扉の目の前にいる秋音と視線がぶつかる。きっと彼女は聞いてしまったのだろう。

 後悔と不安の念が、彼女の目が訴えていた。


 だからこそ、新条は無理にでも笑って見せた。


 「悪いな。せっかく沖縄まで来たのに慌ただしくなっちまって。俺はもう一度世界を見て回ろうと思ってる。まぁ、いわゆる武者修行ってやつだな」


 明るく、これからが楽しみだと言うふうに秋音と話す。ただ、秋音を心配させないために、破門されたのは秋音のせいじゃなく、俺のせいだと言うように。


 「そこで一つ提案なんだが、もし……、もし良ければ俺と一緒に来ないか?」


 なんでも無いことのように秋音へ告げる。世界は身近なものなんだと教えるように。


 「決して旅行みたいな気楽な旅とはいかない。修行と銘打ってるからには、それなり以上の危険がつきまとう。それでも、世界は広い。自分の知らない未知であふれている。それを自分の目で見て、聞いて、触れ合えるって考えただけで楽しそうだろ?」

 「……なんて、旅のポジティブキャンペーンみたいなことを言ったけど。ただ俺が、秋音と一緒に行きたいだけなんだ、ダメかな?」


 秋根は、多くの感情を押し殺し、ただ微笑みながら首を縦に振った。



二人が出て行った後の夕空を、アリシアはただ黙って眺めていた。


 「……不器用すぎだ。馬鹿者。」


 寂しく呟いたその声は、誰の元へも届くことは無かった。





 それから、新条と秋音は旅に出た。

 生命に触れ、社会に触れ、人に触れ、そして……血に触れた。


 「旅には慣れたか?」

 「もっと、英語を勉強しておけばよかったと後悔しているよ……。」

 「ははっ、そうだな。」


 アメリカの中心地から少し離れた荒野、モニュメント・バレー。

 沈みかけの太陽を眺めながら、二人はキャンプする。

 秋音は沸かしたてのコーヒーを新条に手渡す。始めこそ手間取ったが、今では、ここの料理担当は彼女のものになっている。

 一週間もいろんなところを旅しているだけで、様々なことを学んだ。

 楽しい事ばかりではなかったけれど、それでも秋音にとってこの時間は幸せで、夢心地なことだった。


 「さて、次はどこへ行こうかな。」

 「そうだね。ウユニ塩湖なんでどうだろ?」

 「あそこは相当北に下らないとな。結構時間かかるぞ?」

 「構わないよ。時間はいくらでもあるからね。」

 「そうだな……。明日も早くなるし、今日は寝るか」

 「そうだね。」


 お休みの挨拶をしながら、二人は深い眠りについた……。

 




 「ごめん……ごめんね?」


 届くことのない言葉をつぶやく。

 優しかった彼、傍にいてくれた彼。

 私は、本当に貴方に感謝している。


 だからこそ――。


 「…………さよなら。」


 私は、貴方のそばにいちゃいけないと思ったんだ。

 片割れにおいてあるコーヒーカップを手に取り、冷え切ったコーヒーを捨てる。

 そこには、茶色く変色した粉ものがまだ残っていた。


 荷物をまとめ、彼の後を去る。

 何度も何度も止めようとは思った。けれども、それを私の『強さ』が止めさせてはくれなかった。


 行き場もなく、目的もない荒野を歩く。

 秋音はただ真っ直ぐに歩き始める。


 「………………っ。」


 泣かない、泣いちゃいけない。

 そんな思いとは裏腹に、視界は滲み、足が震える。

 距離にして、たった数百メートルだ。それだけでも、心細くなりこの場で泣きじゃくりそうになる。

 だが、そんな涙はすぐに引っ込んだ


 「…………あらあら、一人でお散歩ですか?」

 「――っつ!?」


 急に声を掛けられ、思わず足を止める。

 いつの間にか、目の前の岩場に、一人の少女が腰かけていた。

 思わず見とれてしまいそうな赤髪を風になびかせ、少女は笑う。


 初めて会ったのにもかかわらず、なぜか、旧友にあったかのような懐かしさを覚えた。


 「こんばんは!いい夜ですね。」

 「こっ……こんばんは……。」

 「そんなに緊張しなくてもいいのに……。あっ、もしかして初めて会ったのかな?」

 「えっ?」

 「あっ、そっかそっか。ごめんね、『この世界』の君とは初対面だったね。」


 少女が岩場から降りると、右手を差し出してくる。


 「初めまして、【漣 秋音】さん。私の事は【コウ】って呼んで?」

 「はい……」


 そう答えながら、差し出された握手に応じようとする。

 が――


 「――っ!」


 まるで、静電気でも走ったかのように痛みが走り、すぐさま右手を引っ込める。

 【コウ】と呼んだ少女は、それが意外だったのか不思議そうな表情を浮かべる。


 「…………?どうかした?」

 「えっと……あの……」


 わからない

 根拠はない


 けれど、秋音の中の何かが【コウ】に対して警告を発していた。

 そうして冷静になれば、疑問点が次々に浮かんでくる。


 どうして、ここに少女はいるのか?

 なぜ、少女は何も装備していないのか?

 ……そもそも、何故、彼女が私の名前を知っているのか?


 「……あなた、何者ですかっ!?」


 半歩下がりながら、秋音はキッと少女を睨む

 少女は、今度は少し驚いた表情になる。


 「何者……うーん。旅人?」

 「ふざけないでくださいっ!」

 「ふざけてなんかいないよ?」


 少女の返答には耳を貸さず、秋音は速足で通り過ぎる。

 少女は、それを追いかけようとはせずに話しかける。


 「どこに行くんだい?」

 「あなたには関係ないです。」

 「そうかな?少なくとも、貴方の居場所は来た道を引き返したところだと思うけど?」

 「……っ。」


 その言葉に、秋音は思わず振り返る。

 少女は仮面のような意地の悪い笑みを張り付けていた。


 「いいのかい?せっかく人間関係を壊してまで君のそばにいてくれた人だよ?それを一方的に置いていくなんてあんまりじゃないか?」

 「違うっ……私は……」

 「どこが違うって言うんだい?……君はずいぶん酷いことをしたよ、なにせ、世界を『乗っ取った』んだからね。……けれども、あの青年は、そんな君を『救って』くれたんだ。十分じゃないか?それだけじゃない、居場所をくれた。目的もくれた。愛もくれた。これ以上何を望む!?それは、あまりにも『傲慢』なことだ。」

 「それはっ……。」

 「それなのに、君はどうだい?資格がない?強くない?全くもって笑えるね。そんなこと誰が望んでいるのさ!?君は、おとなしく彼の『救ってやれた愛玩人形』になってやればいい。」

 「違うっ!彼はそんな人じゃないっ!」

 「誰がそう言ったよ!?誰が証明した?『感情』なんて本人すら知りえないモノなんだ。それを他人が否定する資格が一体誰にある?」

 「違う違う違う違う違うっ!」


 両耳を塞ぎ、涙を流す。否定したい……けれど、『確信』が無かった。

 私は、自分のその弱さに、とても情けなくなる。


 「……消えちゃえばいいんだよ。」

 「――っ!?」


 優しい、コウの言葉が真っ直ぐ頭に響く

 まるで、私がそ()()()()()()()()()かのように。


 「……ねえ、秋音。一緒に旅をしない?世界旅行でも現実逃避でもなくってさ、一緒に世界を『見る』の、こんな世界、すぐに無かったことにできるよ?そしたら……そしたらさ、『正解』を探そうよ?」

 「正……解……?」

 「そう、君が胸を張って生きられるような世界を、探そう?」


 そう言って、コウはもう一度手を伸ばしてくる。

 なんだか、頭がボーっとする。まるで、夢の中にでもいるようだ。

 私は、その右手に向かって一歩、もう一歩と近づく。

 手を伸ばし、コウの手へと歩みを進める。


 あと少しで、手と手が触れ合うその瞬間、上空から堕ちる一筋の落雷が、それを許すことは無かった。

 目がかすむほどの閃光と衝撃波が襲う、体はもみくちゃにされ数メートル宙に舞う。


 「かはっ……」


 幸いなことに、背中に何か固いものにぶつかったおかげで勢いは殺される。

 だが、肺の空気は搾り取られ、鈍い衝撃が関節に響いた。


 「な……なにが……」

 「……ふぅん。」


 頭に生ぬるい暖かかな物がした滴り、視界が歪む。

 痛む頭を上げると、そこには、先ほど秋音たちがいた位置に一振りの白鞘の太刀が突き刺さっていた。

 刀身は黒く染まり、バチバチと灰白色の稲光が迸っている。


 ――まるで、刀そのものが先ほどの『雷』の様に


 「楽しそうなことしてんじゃねぇか。」


 静寂の中、陽気な声が響く。

 同時に、どこからか眼前の刀の『頭』に一人の青年が降り立つ。

 音もなく、ただその声が存在を証明している不気味さに、不思議と秋音は見とれる。


 「随分、遅い到着ですね、『抑止力』」

 「あぁ、なかなか賽の女神が振り向いてくれなくてね。」


 コウは、最初に私に見せたような仮面のような笑顔を張り付け、青年に話しかける。

 それは、心待ちにしていたデザートが来てくれた子供のような。

 それは、忌まわしい蟲が出てきたような。

 憎たらしくて慈愛に満ちた笑顔のように感じられた。


 青年は、そんなコウを軽く流しながら、こちらを見る。

 私は、その真っ直ぐな目に、思わず体を竦めてしまう。


 「……へぇ、これが徹の言ってた。『夢見の少女』ってやつかね。」

 「あ……えっと……。」

 「おっと、レディをまじまじと眺めるもんじゃないな。失礼。」


 青年は、優しい笑みを浮かべながらコウに向き直る。

 着ていたコートをこちらに投げて、背中越しに語り掛けてくる。


 「着ときな、多少死ぬ確率は下がるだろうさ。……ここからは、結構やべー戦いになりそうだからな。」

 「あら、多少は友好的に行こうとは思わないのかしら?」

 「残念ながら、その工程は過ぎ去ったかと。」

 「そんなにお友達を『食べた』のが気に障った?……フフッ、貴方も彼と一緒で友達思いなのね。」

 「それもまたハズレだ。そもそも俺達は、死んだ人間だぜ?わざわざ()()()()()()でいっちょ前に人権なんてあるとは思ってねーよ。」

 「そう?薄情なのね。」

 「どうかな?むしろ助けたらあいつに叱られそうなもんだが。」

 「あらあら、フフッ。面白い人たちね。」

 「あぁ、おかげさまで悪くない人生だった。」


 青年は話しながらすたすたと歩みを進め、突き刺さった刀の元で、立ち止まった。

 峰を足で軽く払うと、黒き刀身は一回転し青年の手に収まる。


 「さて……、えぇっと、なんて呼べばいいのかね?」

 「『コウ』よ。一応漢字は、『(くれない)』の方ね。」

 「ってことは日本人?いや、中国人ってこともあるのかな?」

 「どちらでもないわ、ただこの言葉が気に入っただけよ。」

 「へぇ……。まあ、いいや。とにかく『コウ』、……どうして、『抑止力()』が刃を向けるか分かるか?」

 「そうですね。候補は幾つもありますけれど、それと同じくらい狙われる意味も理解できません。」

 「だなぁ、おれも正直。あんたが『脅威』である意味が解らん。」

 「あら?意外ですね。それは、私が『弱すぎる』からかしら?」

 「馬鹿言ってんじゃねぇよ。……あんたがこちらの世界に牙を剥く理由がねえからだ。」


 その言葉に、初めてコウは素の表情を見せたような気がした。

 クリクリの両目をさらに開き、ポカンと口を半開きにする。なんだか、彼女の容姿も相まってか年相応の表情にも感じられる。


 「……驚いた。いや、これは流石に驚きました。まさか、そんな考えをする阿呆がいるなんて。」

 「えー、そうかね?俺としては結構自信あるんだがなぁ……。」

 「それ、貴方の友人の行動を否定していますよ。いいんですか?」

 「逆に聞きたいね。()()()()()()()()()()()()()になるのかを。」

 「……フフッ、アハハハッ!」


 少女は、腹を抱えて大笑いする。

 だが、そんな姿は一瞬にして消え――


 「――馬鹿じゃないの?」


 次の瞬間には、青年の背後に降り立ち、細身の刃を首筋に当てていた。

 燃え滾るような刃とは裏腹に、凍り付くような声でコウは話し続ける。


 「貴方、友好的にされたら、お友達にでもなれたつもり?私が、気まぐれでこの世界を滅ぼさないとでも?夢見るのもいい加減にした方がいいわ。」

 「…………………………。」

 「……いえ、根本的に違うわね。……同じ匂いがするわ、『血とドブの腐敗した臭い』。……私とあなたは、同じものね。夢を見て、裏切られて、諦めて、達観した。そんな人ね。」

 「同じもの……ね。」


 姿勢も変えぬまま、二人は静かに殺気立つ。

 青年の体からは、幾つもの稲光が走り始め、少女からは小さな炎が立ち込める。


 「けれど、お生憎様。私は貴方とは違うんです。根本的な部分が同じでも、貴方みたいに『抑止力』になれるほどお人よしでもないんですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……私は、そんなに優しい生き物じゃありませんよ?」

 「そりゃ……残念だ。」


 その刹那――

 少女の眼前には何もいなかった。否、数秒前にはいたと書くべきか。白い月夜に木霊する金属の残響が彼女の脳裏に過る。少し驚くが刃を逆手に構え、殺気の方角へと伸ばすと、刀身が鈍い音を立てて震える。

 だが、続けざまに四方八方からの殺気。岩、瓦礫問わず破壊の限りを尽くす。

 周囲には、幾つもの電撃が包囲するように迸る。

 姿なき斬撃を、紅蓮の刃で焼き尽くす。だが、彼の発する風、振動、塵ですら。彼女に牙を剥く。

 やがて、砂利をこすり砂塵を巻きながら青年は再び姿を現す。

 その体は、傷一つついていない。……もっとも、それは自分も同じだが。


 自然現象ですら己の剣とする剣術。

 彼の『それ』は、現代の魔術と技術で、到底到達しうるものではない。

 以前、どこかの世界でこの剣技を見たことがある。

 その名は――


 「――『神域(God's)剣術(Stance)』。……あなた、どこでそれを?」

 「……趣味が読書でね。」

 「そんなので身に付いたら、全世界樹の賢者が泣きますよ?」

 「さすがに冗談だよ。これは貰い物だ。」

 「あぁ、『雷帝』の。」

 「正解。さて、何分耐えられるかな?」


 そう言い残すと、青年は再び姿を消す。

 だが、コウは表情には余裕の色が見て取れた。


 「仕組みさえ理解できれば、簡単ですね。まあ、当初の対抗策と同じでしたが。」


 コウは刃を地面に突き刺し、右足を半歩下げると、思い切り地面を蹴散らす。

 砂塵が舞い、小石が周囲にまき散らされる。

 少女は柄を握り、力を籠める。


 「さて、では行きますか。」


 バチリッ、と()()電気が走る。

 すると、少女を守るように砂塵を巻き込みながら竜巻が発生する。


 (それで守ったつもりか……。いや、違う!?)

 「『弾け』」


 竜巻から、小さな小石が吐き出される。

 通常ならば、脅威にすらならないのだろう。()()()()()()()


 「さあ、問題です。青年は音速で動いています。では、時速数キロの小石は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 「クソッ!?」


 青年はすぐさま、攻撃を中断。しかし、反応が遅かった、減速が間に合わない。

 いくつかの小石が、容赦なく青年の手足の肉を抉る。

 体のバランスを崩し、無様に地面を転がる。


 こうもあっさりと、剣技の頂を攻略されては流石に笑えてくる。

 それは、人間の限界を嘲笑われている用だった。


 「……らしくないですね。あなたがそんなミスをするなんて。」

 「別に、まだ調子が戻ってないんですよ。」

 「嘘おっしゃい、魔術の大半を失っているくせに。」

 「あーあ、ばれてるのかよ。」

 「えぇ、何でもお見通しですから。……それでも、『居合』すらせずに私と戦うなんて本当に勝つ気あるんですか?」

 「……勝ってやるよ。勝たなきゃなんねぇからな。」

 「……本当に馬鹿ですね。」


 その言葉を皮切りに、二人は再び姿を消す。




 ――私は、何を見ているのだろうか。

 無数の斬撃と、雷電。暴風が吹き荒れる。周囲の景色は原形をとどめてはいなかった。

 だが、『あの夢』のような惨劇ではない。だからこそ分かる。


 この人たちは、()()()()()()()

 出せば、この儚く脆い世界はいともたやすく崩れてしまうだろう。

 だが、それでもどこかの岩は破壊され、地面は抉れる。

 ――これがもし人間だったら?ここが、あの時みたいに、『町』だったら?


 (……私のせいだ。)

 

 私が、傲慢にも『生きたい』と望んだから。

 『強く』なりたいと願ったのだから…………。

 世界が滲み、不安定な天秤の様に揺れる。

 『現実』にひびが入り、『夢』が入り混じる。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……。」


 迷惑かけてごめんなさい。

 弱くってごめんなさい。

 ――気づかなくってごめんなさい。


 「――っざけんじゃねーぞっ!!」


 いつの間にか、青年が目の前に降り立ち、胸倉をつかまされ、持ち上げられる。


 「『自分が悪い』!?それこそ傲慢にもほどがあるってんだよ!いったい誰が言った!?誰がそう望んだ!?誰が、その方がいいと願った!?」

 「私は……でも……」

 「だから、『頼れ』ってんだ!」

 「だって……だって、それじゃ。何も解決しないじゃないですかっ!?」


 手を強く振り払う、とめどない涙をぬぐうこともなく。私は、積み重なった『不満』をぶちまける。


 「頼って何が解決するんですか!?貴方もコウみたいに、あの人の『愛玩人形』になれとでも!?おとなしく、誰かの望むままになればいいとでも!?」

 「それが近道だ。」

 「ふざけんな!私だって『生きて』いるんですっ!それを望んで何が悪いって言うんですかっ!?けれども、それはダメなんでしょう!?だからっ……だから私は、この世から消える覚悟を決めたんです。それを……それを『ふざけるな』!?こっちはいたって真面目に考えていますっ!!人の気持ちも知らないでっ……私の……私の『覚悟』を笑うなっ!!」


 ひび割れたガラスのような、か細く悲痛な叫びが響く。

 ――だが、その叫びも長くは続かなかった。


 「……忘れられるのは、とても心外ですね。」

 「――っ!?」


 不意に、秋音は強く手を引かれる。

 同時にうなじに、風を切るような感覚と髪の焦げるようなにおいが鼻を衝いた。

 手を引いた張本人の青年は、そのまま秋音を抱えると後ろに飛翔する。


 「地球の危機に優先順位はあるんだよ。」

 「二又はモテませんよ~?」

 「俺は、一途なんでね。」

 「あらあら。……で、どうしますか秋音さん?私としては、こっちに来てくれればいいんですが?」

 「……それも……いいかもしれませんね。」

 「………………。」


 だが……。もう答えは出ていた。


 「()()()()()()。世界を消す?無かったことにする?ふざけんな。私は、そんな世界で満足しない!」


 真っ直ぐに、秋音はコウを指さす。

 まだ、赤くはれた瞼で睨みつける。


 「いいか!これは、勝負だ。生きて生きて生きて!最後に笑って死んでやる!私は、『世界』に喧嘩を売ってやる!死んでも泣いたまま死んでやるものかっ!」


 これが、覚悟だ。やけくその意固地になった覚悟だが、不思議と悪い気はしなかった。

 今まで、私が欲しかったものが今わかった。……『確信』だ。

 寄り添うための居場所なんかじゃない。私は私であるための強い心が欲しかったのだ。

 コウは、少し悲しそうな、嬉しそうな表情をする。


 「……うん、いいと思うな。……あなたのその覚悟、凄くかっこいい。」


 けど……と、刃を構える。


 「でもね。私がここにいる目的はもうないからさ、『返して』欲しいんだ。」

 「……っ!」


 わかってはいた、分からないふりをしていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 青年は、私をかばうように前に移動する。


 「……やはりか、面倒な。」

 「元々、私の好奇心であげた力だからね。これ以上は必要ないでしょ?」

 「一応聞いておこうか、……力を奪ったら、この子はどうなる?」

 「さあね。元々『死ぬ定め』の女の子だもん。本来なら、死んでいるかもしれないし、もしかしたら生きているかもね。」

 「つまりは、確信はない、と。」

 「そうね。」

 「なら、渡せないな。何せ、あんたは彼女を殺そうとしているわけだ。」

 「あら?与えたものを返して欲しいだけなのに?」

 「そうだよ。人間は傲慢でなぁ……。一度もらうと自分のものにしたがるんだ。それが、『生死』に関わるならなおさらだな。」

 「……つまり?」

 「あんたは今、正式に『人類の脅威』となった。」


 青年の髪が白く変色する――。

 眼も――

 服も――

 そして、刀も白刃へと変わってゆく。

 そして、彼の腰には、『鞘』が刺されていた。


 コウの顔から、『慢心』が消える。

 青年は、刀を鞘に納めゆっくりと向き直る。


 「――『神格化』。」

 「これで対等だな。『不死鳥』。」

 「ですね……。まあ、地球(ここ)が安全かはわかりませんが――。」


 コウがそう言い終わるか否かに、青年の輪郭が()()()

 懐深くに潜り込み逆風に切りかかり、すぐさま反転――唐竹に切りかかる。

 コウは、素早く半歩下がり体制を整える。――が、青年の突きの繰り出しの方が早かった。


 「ガッ――。」


 そのまま、全体重を預ける様にコウに向かって突進。そのまま岩へと串刺しにする。

 だが、コウの反応も早かった。そのまま、体が切断させることを承知の上で、跳躍。

 腹部から下半身を二つに切断されながら、少女の体は宙に舞うとそのまま火だるまになって炎上する。

 地面に降り立った、炎の塊は、やがて人の形になると、また『コウ』へと変化する。


 「な……何が……」


 起きて……、その声が発せられることは無かった。

 瞬時に、コウの首は落ち、再び炎の塊となって炎上する。

 だが、今度は人型を形作った瞬間に、青年は再び居合の構えをとった。

 青年の手が刀に触れた瞬間――目の前の景色は二つに『寸断』される。

 炎は虚しく塵と化し、やがて消滅する。

 先ほどまでの爆音とは打って変わって、痛くなるような静寂が包み込む。


 「…………………………。」


 ……圧倒的だった。

 敗北すら生易しい、一方的な『蹂躙』。


 これが、『抑止力』。

 世界を破壊せんと働く、正常で異常な『超自然現象』なのか。

 秋音は地面にへたり込む、足が震えて、情けないことに、もう立てる見込みはなかった。

 だが、絶望はすぐにやってきた。


 「あらら、数回死んじゃいました。」


 明るい声とともに、コウは伸びをする。


 「うーん、強いですねー。正直侮っていましたよ。ここの世界の『抑止力』には。」

 「そりゃどうも。」

 「で、何割ですか?」

 「…………六割。」

 「あっちゃー、完敗です!」

 「………………………………。」

 「仕方ないですねー、今回は諦めましょう。」


 コウはやれやれと、頭を振りながら背中から紅の翼が生える。

 ふわりと宙を舞い、数メートル浮上したところで、


 「では、またいつか会いましょう。私、結構諦めが悪い神なんで。」


 そして、少女の姿は紅い羽根を残して消える。

 それを見届けると、青年は大きくため息をつき岩場にどっかりと座り込む。


 「あ”~~~、疲れた。」

 「……『抑止力』も疲れるんですか?」

 「いや、確かにさっき『人権』が無いなんて言いましたが、残念ながら人ですからね~。腹は減るし眠くもなるんですよ。」

 「そんなもんなんですか……。」

 「そんなもんなんです。……で、君これからどうすんの?」

 「え?」


 唐突に、そんなことを聞かれ、戸惑う。

 さっきはあんなことを言ったが、いざ、実際に具体的に聞かれるとどうすればいいか分からない。

 けれど――


 「……よかったら、私を鍛えてくれませんか?」

 「ん?なんでさ。」

 「『抑止力』は人類の脅威の排除なんですよね?でしたら、私が強くなって、力をうまく扱えたら、『脅威』じゃなくなるんですよね?」

 「…………一休さんじゃないんだから。」

 「だめ……、ですか?」

 「…………………………………………………………………………。」


 小一時間、青年はうなり続ける。様々な葛藤が青年の中にありそうだ。

 やがて、堪忍したように青年は大きくため息をつく。

 

 「……わかった、あんたが胸張って戻れるようになるまでな。」

 「っ……!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 「ああ、もう。泣くなよー。」


 安堵で、何度目かわからない涙を流す。

 新条さん、ごめんなさい。


 必ず……

 必ず帰ってきますから……。






※目が覚めた後は自由に書いてください。


 「……お別れは済んだのか?」

 「はい、もう十分です。」

 「……はあ、だったらせめて泣き止んでくれよ。なんかこれじゃ俺が誘拐したみたいじゃないか。」

 「そんなことは……。」

 「わかってる。冗談だよ。」


 少女は、必死に涙をぬぐい、歩みを進める。

 青年は、少しだけ振り返り。独り言のようにつぶやく

 いまだ、覚めない方がいい夢を見ている彼に――


 「あんたのしたことは、世の中から見れば『悪』だったのかもな。……それで、あんたは少女を救った気になったんだろう。だが、そうじゃないんだよ……。」

 「『あの時』、あんたはこいつを『叱る』べきだった。……『怒る』べきだったんだよ。」


 人はいつだって、過ちを犯す。

 だが、それおかげで人は学び、成長することができるのだ。

 行ったことすべてが肯定される『世界』は、傍から見れば虚しく悲しい物なのだ。

 だからこそ、それを正しく導ける人間は存在しないのであろう。


 「あんたは、『間違って』はいない。……けれど、あんたの思っている以上に、この子は強かった。……それが、この『枝』になっちまった証拠だろうな。」

 「……次に会ったときは、この子を『娘』の様に見てやりな。決して『キャラクター』なんかじゃない、本物の生きている娘の様に――。」


 空が明るみを増す。夜明けは近いのかもしれない。


 「おじさん?どうしたの?」

 「――んにゃ、なんでもねぇよ。」


 数歩先にいる少女の方へ、青年は歩き出す。


 「……これは、試練であり。……罰でもある。」


 その言葉は、自分に向けている様でもあった。

 当然か、何せあの時、少女は『戦って』すらいなかったのだから……。


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