白うさぎがアリスを急かす理由
「アリス、ほら早く来ないと!!時間が無いよ!!」
「そんなこと行ったって!ウサギさんが速いんだよ!もうダメ……」
「そんなことない!もう少しだ!君なら絶対に間に合う!!」
目の前を行くシルクハットを被ったウサギさんは、何かに追われているような速さで走っている。何回も何回も懐中時計を確認しては私を急かす。
ここに来るまでに色々な事があった。穴に落ちたり、体が小さくなったり大きくなったりして、鳥たちとレースもした。変な猫とも会った。とても笑っている猫だった。
もう限界で足が止まってしまいそう。でも止まろうとすると、後ろも見ていないのにウサギさんが怒り出すのだ。
「ハァハァ……もうげんか一一」
「着いたよ。時間ぴったり。ここがティーパーティーの会場だ。お疲れ様。」
そう言ってウサギさんは私に振り向いた。ウサギさんはシルクハットのつばを持ちながら、紳士みたいに軽くお辞儀をする。私もつられてお辞儀をすると彼はニコリと笑った。
彼は様々な姿をした者達が居るテーブルに向き直る。
「みんな、新しいお客さんだ。おもてなししてあげよう。」
それから私はその中で可笑しい話を聞きながら、出されたなぞなぞに苦戦していた。カラスと書き物机はどうして似ているのか、というおかしななぞなぞだった。
ウサギさんが私に耳打ちする。
「さっさと分からないと答えてしまった方が良い。彼らはどうせなぞなぞの答えなど考えてはいないのです。」
「そんなので良いの?」
「そんなので良いのです。」
ウサギさんはそう言ってニヤリと笑った。私もそれにつられてクスリと笑った。
思った通り、大きな帽子をかぶった人も、もう一匹のウサギも、なぞなぞの答えは考えていなかった。私が言われた様に答えると私も知らないと言った。
私はウサギさんに急かされてお茶会を抜け出した。
「ねぇ。何でウサギさんは私を急かすの?」
「時間がないからさ。」
「なにを急いでいるの?」
「......君はハートの女王を倒さなければならない?」
「倒す?ハートの女王?一体、何のことなの??」
「今は知らなくていい。そのうち分かるときがくる。ほらほら、早くしないと!僕たちには時間が無いんだ!!気を逸らそうとしたって無駄だからね!」
「ふぇぇ。もう走れないよぉ。」
「ホラ、走って走って!!」
目の前に見えてきたのはトランプに手足と頭が生えたトランプ人間だ。
ウサギさんが私を茂みの中に促した。
トランプ人間を叱責しているのは立派なティアラを頭にのせて、ハートマークが至る所に刻まれたドレスを羽織る女の人だった。
その女の人はトランプ人間を足で蹴飛ばした。するとトランプ人間はボンッと煙になって掻き消えてしまった。
私は思わず声を漏らしてしまいそうになる。ウサギさんが口を手で押さえていなかったら気づかれてしまったかもしれない。
「アレがハートの女王だ。理不尽な事で怒っては人々をああいう風に消してしまう。そして今はこの不思議な世界の領土を広げるために現世を乗っ取ろうとしているんだ。君は彼女を倒さなければならない。」
「私があの人を倒すの?できないよ、そんなこと。」
「大丈夫、君ならできる。君にしかできない。」
「どうしてそんなことが言えるの?」
ウサギさんは全くこちらを見ずに言った。
「僕は案内人だ。君がハートの女王を食い止めるための案内人。だから僕は君を信じてる。」
「案内人?」
「そう。僕は君の案内人。白うさぎだ。」
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本当に僕たちには時間がない。
アリスにはいかなければいけないところが沢山あった。それを出来るだけ短時間で終わらせなければ、ハートの女王が現世を乗っ取ってしまう。
僕が持っている懐中時計は時間を巻き戻すことが出来る。巻き戻すことが出来る時間、やり直すことが出来るのは時計の短針を回して巻き戻ることが出来る時間、つまりたったの12時間しかない。やり直しが出来るようにすべてのことを12時間ですべてのことを終わらせなければならない!
残りの時間はわずかだが前に比べても良いペースだった。
何度もトライした。ハートの女王は手ごわく、アリスは抵抗すら出来ずに消されたこともあった。何度も何度も消された。僕はハートの女王が動き出すタイミングも全て知っている。だからここまで生き延びることが出来た。
僕達はやっとここまで来た。
目の前にはハートの女王が眉に皺を寄せて頭に血を昇らせていた。アリスはいわれのない罪で裁判に立たされている。
ここまでは予定調和。
だが、ここまで来られる事も中々無い。このチャンスを絶対に成功させてみせる。
「妾を一体どうする気じゃ!?」
「貴女を倒しにきた。」
「フンッ!!ほざけッ!妾を倒す?ただのウサギと人間風情が何を申すか!」
女王はパチンと指を鳴らす。
するとトランプ兵が次々と現れた。トランプ兵はアリスに槍を向けた。
アリスはたじろいだ。
「やっぱり無理だよ……私には。」
アリスは泣きそうな顔をしてそう言った。
「無理じゃない。君になら出来るよ。」
「ウサギさんに何が分かるっていうの!!」
「分かるよ。全部。」
「え?」
アリスはきょとんとしていた。ハートの女王は言い合いをする自分たちを見て高笑いをしていたが、急に変わった雰囲気に目を丸くしていた。
「僕は君が思っているよりもずっと沢山君の事を見てきた。泣いたり困ったり笑ったり。色々なものが同じ動きをする中で、君だけは毎回違う動きをして、僕を驚かせてくれた。そんな君になら出来るはずだ。」
アリスは目を丸くしたあと、クスリと笑った。
その笑いが出来るなら、大丈夫だ。
僕はパンパンッと二回手を叩いた。
「さぁ!アリス、イメージして!彼女はただのトランプだ!Qだけどクイーンじゃない!ただの12番のトランプだ。君なら出来る。」
アリスは手のひらを合わせる。
女王とトランプ兵の体が光出した。
「おい、何をしておるのじゃ!?やめんか!」
「アリス!やってくれ!」
「夢はいつか覚めるもの!!」
目の前は真っ白く光ってハートの女王はトランプ兵と共にトランプ箱へ仕舞われた。
アリスはパタリと倒れる。僕も段々目の前が霞んできた。
ようやく終わった。
長い戦いだった。
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アリスはスッと目を覚ます。
そこはいつも遊び場にしている野原の大樹の下だった。
アリスは僕を見ると少し困惑した顔で口を開いた。
「貴方は......誰?」
シルクハットをかぶった青年は少し寂し気な顔をした。しかし、すぐに頬を緩めた。
「僕は君の案内人。だけど案内人は案内が終わればいなくなる。それがセオリーだ。ありがとう。君との時間は君にとっては短いものだが、僕にとってはとても長い宝物だ。楽しかったよ。」
そう言うとふらりと茂みの中に消えてしまった。
アリスは何か悲しくも楽しいことがあったのを思い出せずに涙を流した。
勢いで書き上げました。感想などくれたら嬉しいです。