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7 無人村

 セーカン村にやって来てから、順調に魔物を倒していたので、少し油断していたのかも知れない。


 その日、出会ったのはガノスと言う熊に似た魔物であった。知識としてこの周辺の魔物では最強と聞いていた。

 体長は三メートルもあり、他の魔物とは迫力も全く違っていた。


 組合長のボンバルトからは、単独で遭遇したら、躊躇ためらわず逃げろと言われていた。ガノスは足が速いので走っては逃げ切れないので、できるだけ太い木に登るように忠告されていた。


 しかしガノスとの初遭遇は、気が付いた時には、相手が後方五メートルの位置に仁王立ちしている状況だった。もう、逃げられる距離では無い。


 魔法を放つ時間も無かったので、突進してくるガノスの右前方へ回転レシーブを決めて攻撃をかわし、同時に引き抜いた片手剣でガノスの腰辺りをぎ切った。


 片手剣は確かにガノスに当たったが、剛毛で弾き返されて全くダメージを与えることは出来なかった。


 「うそぉー!」


 叫びながら雄志は逃げ場所を探した。突進をかわされたガノスは、巨体に似合わず俊敏に方向転換をしていた。

 MPは先ほど調べた時は、あと15あったはずである。残量があって良かった・・・風魔法は効くかな。


 炎系の魔法は火が付いたまま森に逃げ込まれると山火事になりかねない・・・いざとなったらそんなことを言っていられないが。


 雄志は風魔法を選択した。唯一皮膚の出ている顔面を目掛けて放った。


 「カッター!」


 風魔法は狙い通りガノスの顔面に当たった。


 「ガアアーー」


 叫びを上げてガノスは顔を押さえて地面を転げ回った。

 雄志はその隙に一目散に森に駆け込み、径が五十センチほどの太さの木に素早く登った。


 街道の方を見ると痛みが薄らいだガノスがこちらを凝視していた。どんな生物でも目は鍛えられないので顔を攻撃されると怯むものである。

 しかし魔物は逆に怒りが頂点に達したのか。大きく咆哮ほうこうすると、雄志の登っている木の下までやって来ると、立ち上がって両手で木を挟み、全力で揺すり始めた。


 物凄い怪力で木は大きく揺れた。雄志は落とされないように必死でしがみ付いた。まさか木が折れはしないだろうが不安になって来た。

 雄志は下を向いて、牙を剥いて咆哮しているガノスの顔に向けて、再度カッターを放った。


 「カッター!」


 カッターは狙い過たず顔面に炸裂し、ガノスは痛みで再び顔を押さえて転げ回っている。残りMPは7である。これで逃げ出してくれないと、もう一度カッターを撃つか、使いたくないが炎系の中級魔法の火炎流MP6を放つしか無かった。


 しばらく転げまわっていたガノスはようやく立ち上がりこっちを見た。雄志は威嚇するつもりで片手を振り上げて、カッターを撃つ格好をして見せた。

 ガノスは身体をビクッと震わせると、一声吠えて背を向け、森の中に走り去って行った。


 「ふえーー」


 雄志は安堵に胸を撫で降ろした。しかしそのまま油断せず樹上で一時間過ごし、MPが溜まりカッターが二度撃てるようになってから下に降り、村へ向かって歩き始めた。

 この日はルーサー三匹しか倒していないので、赤字では無いが予定が狂ってしまった。


 しかし、おかげでガノス対策が何と無く分かった。早期発見すれば、顔狙いのカッター二発あれば追い払えそうである。(カッターは見えない風魔法なので、ガノスが避けるのは無理であろう)

 倒すのは炎系魔法を使わない限り、今の雄志には無理だろう。鉈が手に入るまではMPの残量に注意して狩りをせねばならないと心に刻んだ。




 四日目。この日も雄志は南に向かって街道を下っていた。ルーサーは用心深くなったのか、初日ほど出なくなっていた。


 村から一時間ほど歩いて来たが、戦果はまだルーサー二匹だけである。MPの残量は回復分を入れて残り20なので、あと五発カッターが放てるが、帰りのことも考えてピンチにならない限り片手剣で倒そうと思っていた。


 その時、前方の道を曲がった向こうで炎が上がった。


 この辺りで炎を使う魔物がいると聞いたことがなかったので、何事かと向かってみた。道を曲がった場所には人が倒れていた。

 倒れている人の向こうには真っ黒に焼けたルーサーが二匹煙を上げていた。幸いにも森には火は移っていない。


 倒れている人に駆け寄ると、その人は隊商を警護して南に向かった五人組の冒険者の一人で、火系魔法を得意としていたDランク冒険者のオーランだった。


 服はボロボロになり、身体中が傷だらけであった。

 ルーサーにやられた傷ではない。黒焦げのルーサーの向こうには誰もいないし、オーランはどこかで傷つき、一人でここまで引き返して来たのであろうか。


 「オーランさん! オーランさん! ユウシです。大丈夫ですか!」


 雄志は肩を揺すった。

 オーランはゆっくりと薄目を開けた。


 「こ・・・子供・・・」


 たったそれだけ言うと、オーランは気を失った。


 (子供って何だ?・・・それは置いておくとして、不味まずいな)


 セーカン村からここまで約一時間かかる。このまま彼を置いて助けを求めに村まで行けば、帰って来るまでに魔物に襲われて命は無いであろう。


 (出来るだけやるしかないな)


 気を失っているオーランを抱き起し、腹の辺りに自分の左肩を当てて一気に担ぎ上げた。

 幸いにもオーランは小柄だったので、何とか担いで歩けそうである。


 もし魔物が襲ってきた場合は、気の毒だがオーランを放り投げて戦うつもりである。自分の命が掛かっているから当然である。丁寧に降ろしている時間はない。

 ガノスが現れた場合は、運がなかったとオーランには諦めてもらうしかない。今の雄志には逃げるので精一杯である。


 


 村までの行程は、オーランの重さと魔物への警戒で、この世界バンガニアに来て最大の苦行であった。

 それまでの三日間でルーサーを減らしていなかったら、村に帰り付けなかったかも知れない。ガノスに遭遇しなかったことも行幸である。

 それでもルーサーには二度襲われ、申し訳ないがその度にオーランを投げ出して戦った。


 村の門が見えた時は疲労困憊していたのでホッとした。

 手を振ると物見櫓ものみやぐらで警戒に当たっていた冒険者が駆け付けてくれて、疲れ切っていた雄志は緊張の糸が切れて倒れ込んでしまった。


 オーランは大至急、診療所に運ばれ、雄志は宿泊費を前払いしている宿屋《山の母》へ担ぎ込まれた。運ばれる時に短く報告だけはしておいたが、宿屋に担ぎ込まれると、疲れでそのまま朝まで眠ることになった。


 次の朝、元気を取り戻した雄志は冒険者組合に顔を出した。

 雄志の顔を見ると、マリアが奥の応接室に案内してくれて、出て行くマリアと入れ替わりに、見た目ヤクザのボンバルト組合長が現れた。


 「ユウシ。昨日は御苦労だったな。自分の危険をかえりみず、仲間を見捨てずに連れ帰ってくれたことで、お前は村の冒険者全員から《英雄》と言われているぞ」


 雄志は目をパチクリした。


 「え・・・そうなんですか。英雄は言い過ぎですよ。無理ならオーランさんには悪いけれど、置いて逃げようと思っていたし・・・最後は意地になっていましたけれどね」


 雄志は本音を言った。


 「それでも大したものだよ・・・それと報告だがな。傷を負っていた冒険者・・・オーランだったかな。奴は、いまだに意識が戻らないぞ」


 「そうですか・・・意識不明のままですか」


 「大治癒魔法を使える奴が居れば簡単に回復できるだろうが、そんな奴がこんな田舎の山奥にいるはずが無いからな」


 ボンバルトは首を振った。

 大治癒魔法と言えば、Cランクで回復魔法に特化した人で、使える者がいると聞いたことがある。雄志が今まで出会った最高ランクはDである。Sは伝説。Aは真の英雄。Bは天才が努力して登れる最高到達点と言われている。



 ボンバルトは、オーランの一行が村を出発した日にちから逆算して、村から二日ほど行った場所にある、石炭を産出しているサランド村で何かあったのではないかと推測していた。


 オーランは意識が戻らないままなので、何があったかは分からないが、恐らくオーランが警護していた隊商は全滅している可能性が高い。


 セーカン村の木材の引き取り先である、港町との中間に位置するサランド村で何かが起きたとすれば一大事である。


 「明日、早朝より南のサランド村へ調査団を送ることになった。ご苦労だがユウシも同行してくれ。報酬は組合から出るからな」


 ボンバルトに頼まれた。

 組合からの依頼は、原則、冒険者は断ることができない。


 「分かりました」


 「それと、これは傷ついた冒険者を見捨てることなく助けた報奨金だ」


 ズシリと重い袋を渡された。


 報奨金を払うことで雄志を賛美し、他の冒険者たちに冒険者同士が助け合う手本としての宣伝効果があるのであろう。《何かがあった時は仲間が助けてくれる》と言った実例である、

 雄志は遠慮なく受け取っておくことにした。


 雄志は組合を出ると武器屋に向かった。報奨金は金貨十枚だった。


 元から持っていた金貨と合わせて念願の《なた》を手に入れた。刃の巾は八センチで、刃渡りは五十センチある。鉈は通常の剣とは反対側に反っていて、斬るのではなく叩き割る武器である。これならガノスの頭蓋骨も割ることができるであろう。

 手持ちの資金はピンチになったが、生きて行く為の投資である。


 更に片手剣を差しているベルトを改造し、へその下辺りに、横を向けて水平に鉈を差せるようにした。正面から雄志を見ると左腰に片手剣を差し、鉈は握りを左にして、下腹に水平に差した格好である。

 片手剣は右手で前方を払うように抜き、鉈は左手で身体の横へ水平に抜くのだ。


 鉈を手に入れた雄志は村の外に向かった。今日は魔物を狩るつもりでは無く、練習して鉈の使い勝手を身体で覚えて起きたかった。


 村の中を歩いて行くと、雄志に気付いた冒険者が声をかけて来る。遠くにいる冒険者も雄志に気付くと手を振っていた。


 雄志は会釈しながら、恥ずかしいので通りを急いだ。目立たぬように冒険者生活をしたかったが、このセーカン村では有名人になってしまった。次の土地では目立たないようにしよう。

(そう思った雄志だったが、次の土地では、もっと有名になってしまうのである)


 村の外へ出て、誰の視線も無くなった場所へ来た。


 雄志は片手剣を抜いたり差したり、鉈を抜いたり差したり。あるいは同時に抜いて、何度も動作を確認した。

 回転レシーブも繰り返して、立ち上がった瞬間に鉈を抜いて飛びかかり、想定した魔物の脳天をカチ割る動きを繰り返した。


 スムーズに動けるように武器の位置も微調整しながら反復練習を繰り返した。

 この技はかなり使えると感が告げていた。




 夜は明けて、隣村のサランド村へ向けて総勢二十名の冒険者の一団が出発した。

 隊長は組合長のボンバルトが自ら務めた。何とボンバルトは現役のDランク冒険者だった。

 他はEランクが二名。残りはF・Gランクの十七名である。


 ファースの冒険者と違って、村のF・Gランクは魔物と戦うことに慣れているので頼もしかった。当然ながら指名により一団には雄志の姿も含まれている。




 《バンガニア大陸の移動は、徒歩での移動がほとんどである。馬は荷駄車を引くことに使われるが乗って移動することはほとんど無い。野宿する場合、魔物の襲撃に備えて馬の警護が必要になるからである。荷駄車を引く馬は野宿の場合は荷駄車で円形に壁を造り、馬を中央に置いて冒険者がその周りを囲むようにして警護する。もし、人が乗った馬の数が増えればそういう方法が取れなくなる》




 総勢二十名の冒険者の集団ともなれば、流石に魔物も怖がって近寄らない。サランド村への二日半の行程の中、魔物は一度も襲って来なかった。

 野宿を二泊してサランド村に着いたのは昼過ぎのことであった。

 セーカン村と同じように、森の平地になっている部分の木を切り払い、高い木柵を壁にして村の周囲を囲っていた。


 セーカン村と違うのは、村の奥が切り立った崖のような岩山になっていることである。その崖が壁の兼用となって木柵の代わりになっている。

 岩山からは昔は石炭が採れたと雄志は聞いていた。その頃は林業のセーカン村より賑わっていたそうであるが、石炭の産出量が減った今では、人口も最盛期の十分の一の、二百人ほどに落ち込んでいるらしい。



 冒険者の一団が村の門の前に到着したが、物見櫓に人影は見えない。門の向こうも物音一つしなくて静まり返っている。


 ボンバルトが目配せすると、Eランク冒険者がかぎが先端に付いたロープを取り出し、柵の向こうへ投げて引っ掛かりを確認すると、慣れた様子でロープを手繰りながら柵を登って向こうに消えた。

 待つことも無く門の扉が内側から開かれた。


 二十人は中の様子を伺いながら村に足を踏み入れた。

 セーカン村と同じく丸太組の家が並んでいるが、通りには誰も居なくて村全体が静寂に包まれていた。


 「怪し過ぎるな」


 二百人も住人が居てこの静けさは異常である。

 ボンバルトは二名いるEランク冒険者の一人を呼んだ。


 「お前と、あと九人連れて右回りに村の中を調べろ。ワシは他を連れて左回りで調べる。必ず一団となって行動しろ。緊急の場合は笛を吹くんだ」


 Eランク冒険者は頷き、適当に九人選んで連れて行った。迅速な行動は頼もしく感じた。雄志はボンバルトの隊だった。


 通りに沿って一軒ずつ家の中を調べて行った。どの家も人の姿は無くて、家の中は慌てて出て行ったのか、椅子が倒れていたり、皿が落ちて割れていたりした。


 ちょうど村を半周して、反対から回って来た隊と合流した。どうやら反対側も同じ様子だったようである。

 日は傾きかけている。


 残りは鉱山のある村の奥の岩山の方である。鉱山の前には大きな建物が建っていた。《鉱山組合》と書かれた看板が掛かっている。丸太で組まれた二階建ての建物だ。


 ボンバルトの合図で二隊に分かれて建物の内部を調べた。

 住民の家と同じで室内は荒らされてはいないが騒然とした感じで、慌てて出て行ったという感じが強くした。


 ここにも何も無いかと思われたが、地下室が見つかり、ボンバルトがライトの魔法を使って先頭に立ち調べたところ、一番奥の部屋で鎖に繋がれたボロボロのマントと、頭巾をかぶった子供を発見したのである。


 子供は頭巾とマントのまま布に包まれ、Gランク冒険者に抱かれて地下室から出て来た。

 ボンバルトがいくつか質問したが、衰弱しているようで「あうあう」と声を出すだけで要領を得なかった。頭巾の中の顔色も凄く悪かった。


 建物を出ると、日が森の木々の間へ落ちそうになっていた。

 あといくらもしない内に、暗くなってしまうであろう。

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