6 強敵との遭遇
雄志が同行を許された隊商の荷駄車は合計四台である。各荷駄車には御者が乗り、二頭の馬が引いている。
幌は無いので雨が降った場合は全員が合羽を着ることになる。当然ながら荷駄は防水の布が掛けてあった。
《荷駄車というのは車輪が二つある荷駄を載せる車である。四輪車の方が物資が多く運べるのは当然であるが、街道は完全に整備されている場所ばかりではなく、二輪の方が悪路に強く、又、魔物に襲われた場合には、撤退するにせよ集まって防御態勢を取るにしても、機動性があって扱いやすかった。ゆえにこの世界の物資を運ぶ車は荷駄車が一般的であった》
今回の隊商を護衛する冒険者は五人いた。
流石に魔物の強くなる南へ向かう隊商の護衛だけに、全員が実力者揃いであった。
構成はDランクが二名。Eランクが三名で、何度か同じメンバーでパーティーを組んでいるとのことで、連携も抜群であった。
中でもオーランというDランクの五十代の男性は、炎系攻撃魔法に特化していて、他の四人が魔法の使いやすい位置に魔物を誘導し、オーランの火炎流という火系中級魔法で倒すコンビネーションを得意にしていた。
《ちなみに火系の初級は消費MP3の対単体魔法の火球。中級が消費MP6の範囲魔法の火炎流である》
(パーティーなら、こういうやり方もあるんだな)
彼らの戦い方を見て雄志は感心した。ゲームならフォーメーションを入力する必要はなく、各個人の戦い方を入力するか、AIにお任せの機能が付いていた。
雄志も護衛の一人として役に立っていた。彼らが戦っている時は後方を注意し、新たな魔物が現れた場合は警告を発し、護衛の冒険者が常に集中して戦えるように貢献していた。
南へ向かうほど街道の両脇の森は深くなって行き、ファース近辺では見かけなかった動物系の魔物が多くなってきた。
隊商と別れた後は単独で戦わねばならなくなるので、雄志は注意深く出てきた魔物の特徴をチェックしていた。
隊商は途中で二度野宿をし、三日目の夕方に山間にあるセーカン村に到着した。
セーカン村は山間にある盆地の木を、全て切り払い平地とし、周辺の山の木からは距離を取って五メートル近い高さのある木柵を、村の外周に建てて防壁としていた。森から一定の距離を取っているのは、木の上から魔物に飛び移られないようにする為である。
主な産業は林業とキノコなどの山の食材の生産・出荷である。伐採された木は村の中で製材され、年に数回、南の港町から引き取りの荷駄隊がやって来て、船の材料として出荷されていた。
村と言えど木材が高値で取り引きされるので景気は良く、人口はファースより少ないが二千人規模の大きな村だった。
この村もパーサロ王国の直轄領である。
村の門はファースと違って閉じられている。魔物が強いので当然であろう。隊商が門の前に着くと、門の横にある物見櫓から合図が送られて扉が開かれた。
隊商が中に入ると間を置かず扉が閉められた。門を警護しているのはよく見ると冒険者のようである。この村は兵士が駐屯していないようであった。
隊商の代表者が門を守っている冒険者と話をしている。村に入る手続きをしているのであろう。
雄志は村の様子を見ていた。
村の通路はファースと同じで剥き出しの土であったが、くぼみは無くて、良く突き固められて整備されている。道幅は木材を運ぶ為だろうか、ファースより広くなっている。
家々は丸太組の建物がほとんどで、屋根は木皮葺きになっている。
入村の許可が下り、隊商が動き始めた。
雄志は隊の前に行って、先頭の荷駄車に乗っていた代表にお礼の挨拶をした。
当初からこの村まで同行する約束であった。代表の次は同行した冒険者らにも挨拶し、手を振って別れた。
雄志は道行く人に冒険者組合の場所を聞いて向かった。ゲームではセーカン村はメインストーリーでは無かったので、村の地図もほとんど記憶に無かった。
ゲームではメインストーリーの他に、いくつものやり込み要素とサブストーリーがあって、この村はサブストーリーに出てくる村になっている。
雄志はどちらかと言うと、魔物闘技場やカジノのサブストーリーを力を入れてやっていた。それが今後、この世界でどれだけ生かせるか、今はまだ未知数であった。
冒険者組合の建物は、ファースと変わらない造りであったが、やや小ぶりの建物だった。
中へ入ると正面のカウンターへ向かった。カウンターの向こうには若い長い髪の女性がいた。
「こんにちは。Fランク冒険者のユウシと言います」
「こんにちは。ファースで活躍された新人さんですね。活躍の話はこちらにも届いています」
女性は笑顔でそう言った。そしてマリアと名乗った。マリアはユウシより二つ三つ上であろうか。
(それにしても冒険者組合の伝書鳩トーハの伝達力は確実なようである。悪いことはできない)
「しばらくはここを拠点に頑張ろうと思いますので挨拶に来ました。よろしくお願いします」
「分かりました。腕の良い冒険者さんはいつでも大歓迎です。組合長のボンバルトは只今出ていますので、伝えておきます」
雄志は魔物の強さが上がったセーカン村周辺で、しばらくレベルを上げるつもりであった。
黒板の依頼書をチェックしてみた。魔物の討伐依頼も出ていて、E・Fランクでも受けられる依頼があった。
魔物討伐依頼はユウシにとって美味しい仕事である。
倒した数は魔石が証明になり、討伐数に応じた報酬がもらえる上に、魔石も売れるので一石二鳥になる。
「ガノス(熊に似た魔物)が銀貨二枚。ルーサー(木の上に住む、猿に似た魔物)が銀貨一枚か・・・同じく銀貨一枚のスウルって、たしか蛇みたいな奴だったな・・・」
スライム魔石が銅貨五枚(銀貨半分)だったことを思うと、遥かに魔物が強いこの地域の報酬が安いようにも思えるが、この金額はあくまでも討伐報酬であり、魔石は別途の収入になるのでかなり良い報酬と言えた。
当然だが報酬に賭ける対価は命となるのだが。
隊商が着いたのは夕方だったので、冒険者組合を出ると辺りは薄暗くなり始めていた。山間の日はあっという間に沈んでしまうので、マリアに聞いていた宿屋の方へ向かった。
セーカン村の宿屋は中クラスと下クラスの二つしかない。雄志は中クラスの宿屋に来た。
《山の母》と書かれた看板が掛かっていた。
扉を開けると正面のカウンターに、熊のような真っ黒の髭を生やした五十代に見える大男が座っていた。
「泊まりたいのですが、空いてますか」
入った時は「ジロリ」と一瞥した大男だったが、客と分かると破顔した。
「はいはい。空いておりますよ。どのような部屋をご所望でしょうか」
揉み手をしている。
宿の看板は《山の母》だが、これでは《山親父》の間違いであろう。
朝夕二食付きの一人部屋を頼んだ。一泊銀貨四枚とのことであった。確かに山奥で物価が高いのは分かるが、ファースの四倍の単価であった。
まずは五日分で金貨二枚を先払いした。身分保証は冒険者プレートを見せればOKだった。
思いがけない痛い出費である。武器や防具も良い物に買い替えて行きたいので、これは頑張らないと大変なことになると思った。
セーカン村に着いた日は早めに寝て疲れを取った。
次の日、目が覚めると外が騒がしい。泊まった部屋は二階だったので、窓を開けて外を見ると、前の道を空の荷駄車が何台も続いて進んでいた。
荷駄車は馬の二頭引きで、御者が一人と両脇に二人の冒険者が付いていた。
一階に降りて朝食を食べながら、宿の主人の大男(早速、山親父というあだ名を付けた)に外の様子を聞くと、今日は切り出して山に保管してある材木を、村の製材所へ運んで来る日とのことであった。
荷駄車の横に付いていた冒険者は、魔物の襲撃からの警護ということになる。
「お客さんは警護じゃなくて別の仕事なんですかい?」
「うん。僕は魔物討伐専門だからね」
「へえ~!」
山親父は片眉を上げて(本当か?)と疑う顔で雄志を見た。
雄志は、ぼーっとした雰囲気で、全く強そうに見えない。しかも単独である。
魔物討伐専門の冒険者は、たいてい戦士系の筋肉ムキムキが多く、魔法を使える者とパーティーを組んでいることが多い。
腹ごしらえをして、銅貨二枚を払い、弁当も作ってもらって宿を出た。
ゆっくり進む荷駄車の列を追い越して、今日は開けっ放しになっている門の門番に断って村の外へ出た。
荷駄車の列は北のファース方面に向かって進んでいる。途中で街道から外れて山道へ進むのであろう。
雄志は街道を、荷駄車とは反対方向になる南方向へ向かった。道は相変わらず整備されていて、道の左右共に木が切り倒されてはいるが、木の上から飛びかかって来る魔物に対しては無防備である。
魔物は相手が自分より弱いと思えば躊躇なく襲ってくる。一人で歩いている人間は格好の餌食である。
村から二十分も歩くと、いつ魔物が現れても可笑しくない雰囲気になって来て、雄志はより慎重に歩き始めた。何せ命が掛かっている。
「バサッ」っと音がして、案じていたように木の上から影が飛びかかって来た。
雄志が飛び退いた場所に降りて来たのは、ルーサーという体長が一メートルくらいの黄色い体毛の猿に似た魔物であった。
猿と全く違う特徴は毒液を吐くことである。
セーカン村まで隊商に同行していた時も何度か遭遇したが、その時はDランク冒険者のオーランさんが魔法で焼き払っていた。
雄志も炎系の魔法を習得していたが、森の中で火魔法は山火事になることもあるので、今日は風系の魔法を使うつもりだった。
ルーサーは歯を剥いて威嚇すると、毒を飛ばして来た。雄志は右前に半身を倒しながら毒をかわし、地上で一回転して立ち上がりざまに、風系初級魔法のカッターを放った。
「カッター!」
圧縮された空気の刃がルーサーの首を鮮やかに斬り飛ばした。雄志が地面を転がった体さばきは、バレーボールの《回転レシーブ》の要領である。
かわす動作と攻撃がスムーズに連動している優れ物の技である。
(剣を左腰に提げている都合で、右回転しか出来ないけれどね)
ルーサーは一匹では無く、続いて二匹目・三匹目も現れ、毒攻撃を仕掛けて来たが、同じ要領で首を飛ばした。
残心で油断せず、転がって来た魔石を三個回収した。
更に辺りに気を配りながらステータスウィンドウを開いてMPを確認した。
MP 13/25
カッターの魔法はMP4である。あと三回の発動が可能である。
(剣で斬っても良かったけれど、もう少しレベルが上がるまでは、安全優先で魔法で遠くから倒した方が正解だろうな・・・)
カッターの残り回数から考えると、これ以上、村から離れるのは得策でない。雄志は村側に引き返しながら魔物を探すことにした。
MPは宿屋に泊れば全快するが、普通に休んでいても一時間にMP1回復する。歩きながらでは0.5回復するが走ったりすれば全く回復しない。
上手く回復しながら索敵すれば、あと一回分くらい余分にカッターを打てるかも知れない。
その日は無理せず、効率は悪いが村に近い場所で魔物を探し、更に三匹のルーサーを仕留めることに成功した。
夕方まではまだ時間はあったが、MPも少なくなったので村へ帰ることにした。何せ命がけなので、どうしても慎重になってしまう。
村に帰ると冒険者組合に向かった。討伐報酬をもらって魔石も売る為である。ファースで驚かれたような事にならないように、今日は魔石は三個だけ売るつもりである。
組合に行くとマリアの顔が見えた。
「ルーサー討伐の報酬を頂きに来ました」
そう言って魔石三個をカウンターの上に置いた。
マリアは驚いた顔をして魔石を光にかざして鑑定している。
「ルーサー魔石に間違い無いです。凄いですね・・・一日で三体も倒して来るなんて。噂通りの凄腕新人さんですね」
報酬は、討伐報酬が銀貨一枚×三匹=銀貨三枚。魔石買い取りが銀貨二枚×三個=銀貨六枚で、合計銀貨九枚だった。
報酬を受け取っていると、奥から恰幅の良い背の高い男が出て来た。右の頬に凄い傷があった。まるでヤクザである。
ヤクザは顔に似合わない笑みを浮かべて、雄志に話しかけて来た。
「君が噂の新人のユウシか。ワシはセーカン冒険者組合長のボンバルトだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
顔は怖いが良い人のようだ。雄志は頭を下げた。
「いきなりルーサーを三匹も単独で狩って来るなんて見事だな。Fランクだが、EかD並みの実力があるようだな」
「いえ。運が良かったので」
いつもの決め台詞を放った。
ボンバルトはうなづき。
「慢心しないのは良いことだ。命は一つしか無いからな」
「はい。ありがとうございます(本当は六匹狩ったんですけれどね)」
忠告を聞いて組合を出た。そして道行く人に商店街の場所を聞いた。
まだ夕方までは早い時間だったので、商店街に人影は少なかった。武器屋と魔石を買い取りしてくれる店をチェックして歩いた。
討伐報酬の無い魔物を倒した時は、この商店街で魔石を売るつもりだった。ボコボコ魔物を倒して全て組合へ持って行けば、変な噂が立つかも知れない。雄志は出来るだけ目立たぬようにしたかった。
強いとか、特別であることが分かれば、面倒に巻き込まれる可能性が大きくなるからである。
この世界には多くの国があって、ゲームの設定では戦争中の国もある。戦争に巻き込まれてはたまったものでは無い。
雄志はそんなことに構っている暇は無いと思っている。自分が魔王を倒さなければ世界が終わってしまうのだ。
セーカン村の武器屋は打撃系の武器が多かった。固い魔物や、筋肉が隆々とした魔物には有効かも知れない。
店を数軒物色して、斧のような威力を持つ、片手剣の横に吊るせる鉈を買おうと決めた。
鉈があれば、接近戦で目の前に来た魔物の頭を真っ二つにカチ割る戦法が可能になるであろう。片手剣では頭蓋骨を斬っても割れずに滑ってしまう。
値段は・・・金貨二十枚・・・かなり頑張らねば届かない金額であった。
何かお金のことばかり気にしているようだが、現実はこんなものである。ゲームでも序盤はレベル上げと、お金稼ぎと決まっている。
お金が無ければ、魔王を倒す前に野垂れ死にだ。
そんな調子で頑張っていたセーカン村三日目の魔物討伐時に、この世界に来て《最強の敵》と遭遇することになった。