5 ゴブリン討伐
十日後、日が昇る前に冒険者組合の前に冒険者たちが集まった。現在ファースにいる五十人の冒険者が全員集合している。
一段高くなった台が置かれていて、ファース唯一のDランク冒険者のフランクが立った。
年齢は四十代の前半といったところであろうか、動きやすいチェーンメイルの上下を着て、両手でも片手でも使えるバスターソードを提げていた。
「では、これからゴブリン討伐に出発する。奴らの巣は南の山沿いにある巨大洞窟だと調べは付いている。中は広くて我々五十人が展開しても戦える広さがある。」
「ゴブリンの数も約五十匹と報告に上がっている。Eランクが前面に出て後方からF・Gが補助するんだ。一気に押し切るつもりなので、火球(炎系の初級魔法)が使える者は出し惜しみするな」
「オオーー!」
喚声が上がった。
フランクの、「出発」の合図で全員が動き始めた。
ぞろぞろと冒険者がファースの町を出て行く。それぞれが自分の最高の装備を着込んでいる。命が掛かっているので当然のことである。
雄志は何とか間に合って、念願の片手剣を手に入れていた。そして中古ではあるが、上下の皮鎧も揃えていた。
雄志の周りを歩いているGランクの冒険者の中には、青い顔をして緊張している者が多くいた。毎日の仕事が畑警備の冒険者の中には、ほとんど魔物と戦った経験の無い者もいるようだ。
しかし、冒険者組合から直接発注の依頼は断れない。正当な理由なく断れば、冒険者の資格をはく奪されることもある。
あれから雄志はこの日まで、スライムを狩って腕を磨いていた。当然ながら魔石の収集と言う意味もある。欲しい装備は色々あって、お金はいくらあっても足らない状況である。
スライムの魔石は何ヶ所かの店と、冒険者組合に分けて売っていたが、いつの間にかファースの町には、スライム狩り専門の冒険者がいると噂が立っていた。目立ちたくないので、そろそろ拠点の移動も考えなければならない。
それでも頑張って戦闘を重ねたお陰で、レベルは5に上がっていた。あれから鎧虫クラスラには会っていないが、今なら瞬殺できる自信があった。
魔法も攻撃と補助呪文をいくつか使えるようになっていたが、雄志は単独で行動しているので、彼が魔法を使えるとは誰も知らない。魔法はきっとこれからの戦いを有利にしてくれるであろう。
一団は街道を南下して行った。街道は、このまま行けば林業が盛んなセーカン村に続いている。
途中で街道を外れ森に入った。これだけ大勢の集団だと、スライムを代表とする弱い魔物は、恐れて何も出て来なかった。
森の中の下生えを踏み分け、南西に進んで、やがて山の麓に着いた。ここまで二時間ほどの行程である。山の麓の岩場には巨大な洞窟が、真っ暗な口を開けていた。
「松明を灯せ」
フランクの合図で数人が松明に火を灯した。
この世界には《光る石》と言う物があって、洞窟に棲む魔物の中で光が必要な魔物はそれを使っている。
ゴブリンも光る石を使う魔物だが、光る石は薄暗くて、人間には松明でないと活動は難しい。
「用意は良いか!入るぞ!」
一団は洞窟へ入った。
洞窟は入口の辺りは広かった。天井は三階建ての建物が入るほどの高さである。地面はわりと平坦になっているが、左右とも割れ目があって崖になっていた。よそ見していると転落の危険がある。
「この辺りにゴブリンはいない。最奥の広い空洞に集団で棲んでいる情報が入っている。崖に注意して進め」
フランクが声をかけている。
やがて巨大な空間の洞窟は終わり、車がすれ違えるくらいの広さの洞窟に変わった。小さな脇道の洞窟の穴が、いくつも側面に口を空けている。
「横道にそれるなよ。入ってしまうと迷子になるぞ」
フランクの声が洞窟に響いている。Eランク冒険者が斥候となって先を調べているので、まず、奇襲される心配は無い。
雄志はフランクの注意を無視して、周りの冒険者の目を盗んで、側面に口を空けた小さな洞窟に飛び込んだ。
雄志がいなくなっても周りのGランク冒険者は、余裕が無くて誰も気が付いていない。
雄志はこの洞窟を良く知っている。ゲームの初期にレベル上げに何度も通った洞窟である。
一団の最後尾が見えなくなったところで、レベル4で覚えられる補助呪文のライトの魔法を唱えた。
「ライト!」
雄志の頭上の前方に光球が現れて辺りを照らした。そのまま横道の洞窟の奥に向かって進んで行く。
洞窟はすぐに行きどまりになっていたが、突き当たりの地面に積まれた石を退けると、下から小さな箱が現れた。
知能のある魔物は、コインや武器などを手に入れると、宝箱や瓦礫の下に隠す習性がある。雄志はこの洞窟の全ての宝箱の位置を把握していた。
「よし。ゲームの通りだ」
箱の中には銀貨と銅貨が数枚入っていた。
腰の袋に移すと洞窟を引き返した。それからは冒険者の一団に気付かれぬように、後を追いながら横道に入って宝箱を回収して行った。
宝箱の中には瓶に入った飲む治療薬もあった。
腰袋は少し重くなった。最初に持っていた腰袋から買い替えてはいたが、いつかは大きさはそのままで容量が数百倍という、魔道具の腰袋が欲しいと思った。
魔道具の腰袋の噂は聞いたことがあるが、値段は恐ろしく高いそうである。いつかは手に入れたい憧れの道具だ。
冒険者の一団は最奥部に近付くと忍び足になり、ついに粗末な布で入り口を隠している、ゴブリンの巣がある空洞の前まで辿り着いた。斥候していたEランク冒険者もそこで待機していた。
すでに松明は消していて。光る石を使用している。
フランクは五人のEランクの小隊長を手招きで呼んだ。
「この向こうが奴らの巣になっている。布の向こうの通路は一度に十人しか通れないから、俺が突入したら松明を点け順に小隊ごとに突入しろ。作戦通りF・Gランクは後方に付けて戦わせるように・・・」
「もう一度念を押すぞ、松明を点けて順に突入するんだ。松明が無いと光る石では暗くて戦えないぞ。奴らの方が暗い場所には慣れているからな」
五人は無言でうなづき、自分が指揮する小隊に戻った。
雄志は小隊には帰っていなかったが、暗さと緊張で誰も彼が不在であると気付いている者はいなかった。
雄志は勝手知り尽くした洞窟の裏道を通り、一足先にゴブリンがいる空洞の、裏側の通路に回り込んでいた。
丸窓のような形状の、人が一人通れる小さな穴から侵入し、ゴブリンが居るはずの中の空間を覗いたが、どうも様子がおかしい。
見つからないようにライトの魔法は使っていないので、はっきりと全体が見える訳では無いのだが、薄暗い光る石で照らされた空洞の中には、ゴブリンの集団の姿は見えず、普通のゴブリンより体格が大きい一匹がいるだけであった。
たった一体のゴブリンは雄志に背を向け、入り口の方を向いて立っている。
(何だ・・・五十匹はいるんじゃなかったの?・・・なぜ一匹しかいないの?・・・まさか罠じゃないよね?)
腑に落ちない雄志だったが、あれこれ考えている間も無く、ついに冒険者の一団が空洞に突入して来た。
Dランク冒険者のフランクを先頭に、松明に火を点けた五十人が次々と入って来る。
激しい戦闘を覚悟して、冒険者たちは突入して来た。しかし松明に浮かび上がった広い空間には、ゴブリンの集団はいなかった。
部屋の反対側の一番遠い位置に、体格の良い一匹が立っているだけである。
相手がたった一匹と分かって拍子抜けした冒険者は、ぞろぞろと、その一匹を半円に包囲した。
その時、油断し切った冒険者の頭上から何かが降って来た。天井につかまって潜んでいたゴブリンが襲いかかったのである。
ゴブリンが手に持っている尖った石の最初の一撃で、冒険者の半分が何らかの被害を受けていた。
「うわぁーっ!」
「やられた!助けてー!」
奇襲を受けた経験の浅いF・Gランクの冒険者は、パニックになりかけている。
「う。いかん!」
フランクが叫んだ。一瞬で混戦になり、F・Gランクを救いに行けない。
二十本あった松明も、半分以上が消えていた。
あっという間にピンチになった冒険者を救う為、雄志は窓状の小さな通路を抜けて空洞に入っていた。
飛び降り様に、雄志に背を向けて最初から立っていた一匹に、後頭部目掛けて斬り付けた。
「あっ!」
頭に当たった片手剣は、頭蓋骨に滑って肩を斬り付けていたのである。
「しまった!」
さすがに焦りがあって、刃の軌道が悪かったのかも知れない。地面に降り立った雄志はゴブリンを見た。斬り付けた肩の傷は大した傷では無かったが、頭に受けた衝撃でゴブリンは膝を付いていた。
「やあっ!」
今度は外さないように肩に斬り込んだ。
その時、腹の底から頭に突き抜けるような力がほとばしった。会心の一撃である。
頭を打たれて意識が朦朧としていたそのゴブリンは、左肩から右腰まで切断されて、「ギャウッ」っと一言だけ叫んで倒れた。
その「ギャウッ」と言う叫びに、大混戦だったにも拘らず、その場にいた全てのゴブリンの目が一斉にこちらを向いた。
そして次の瞬間。一瞬で統率を失い、ばらばらに逃げ出し始めた。
「今だ!逃がすな!」
流石に機を見る目は確かなフランクが叫んだ。
そこからは一方的な展開になった。戦うより逃げようとするゴブリンの首が次々と飛ばされて行き、巣から脱出できたのは何匹もいなかったようである。
むっとする血の臭いで充満した巣の中で、フランクが雄志に近付いて来た。
プレートに目をやって。
「Gランク冒険者か。上手く近づいてボスを倒したようだな、助かったぞ・・・良く勝てたな」
そして、ほとんど二つに切断された大きなゴブリンを見て目を剥いた。
「こ・・・これは・・・ひょっとして会心の一撃だったのか。見事なものだ」
「はい。ありがとうございます。・・・幸運でした」
雄志は直立不動で、いつもの説明不要の《魔法の言葉》を使ったのであった。
(上手く近づいたって言われたけれど、最初から裏側に潜んでいたんですけれどね。・・・あの混乱ではどこから出て来たか、誰も見てないでしょ)
雄志の倒したゴブリンは、ゴブリンの上位種のボブゴブリンだった。この辺では滅多に現れない魔物で、ボブゴブリンの統率力で動いていたゴブリンは、それが無くなると無秩序に動き出し、自滅したのであった。
こうしてゴブリン討伐は終わった。ゴブリン側はほぼ全滅。冒険者の被害は死亡が一名、重傷者が五名、雄志以外の全員が何らかの傷を受けていた。
雄志は今回の討伐の戦功第一位であった。ファース冒険者組合の組合長に呼ばれ、その時の状況報告もし、最後にフランクに言った《魔法の言葉》も付け加えておいた。
戦功第一位の雄志には金貨十枚が贈られ、ランクも組合長の推薦でFに上がった。約半月でGからFに昇進することなど、めったにない快挙とのことである。
雄志はこれを機に拠点をファースから変えることにした。ボブゴブリンを倒したことでレベルは6になったが、正直言って、もうこの辺りの魔物を倒しても、レベルが上がらなくなっていた。
ゲームではこの後は北へ向かい、海に突き当たって西へ行けば岩石人間のイベントがあるのだが、あえて順番を変えて南へ向かうことにした。
南は魔物が強いのだが、幾つかある村を拠点に頑張って南の海まで出れば、強い武器が揃っている港町に出ることができる。
イージーモードであるからこそ選んだ、早く強くなる方法である。勿論、命を失えばそれまでなので、より慎重に行動せねばならない。
拠点を移動するとを決めてから、雄志はファースで準備を整えながら、南へ向かう隊商が現れるのを待った。南へ向かう隊商は、魔物が強くなるので必ず強い冒険者の護衛を雇っており、その一行に次の村まで加えてもらおうと思ったのである。一人で行くのは自殺行為だ。
隊商とすれば、Fランクとは言え冒険者が一人でも増えた方が、行程はより安全になる。
雄志は隊商に加えてもらうことをお願いする立場なので、護衛料を要求することは無い。
お互いウィンウィンの関係である。
数日待つと雄志の希望する隊商がやって来た。
雄志は次の林業の村セーカンまでの同行を申し込み、許可をもらった。たまにあることなので、隊商の責任者は二つ返事で了解してくれた。冒険者は身元が保証されているので、こう言う交渉はやり易かった。
隊商は一泊するとのことなので、翌日の朝の待ち合わせの時間を決め、その日はファースでお世話になった人に挨拶をして回っておいた。
いつかまた世話になるかも知れず、人間関係はゲームと違って大切である。それに良い印象を与えておけば、良い噂も立つことになる。
冒険者組合長には、良い腕の冒険者が居なくなるとガッカリされたが、冒険者が移動するのは権利であり、最後は頑張れよと励まされた。
シュリからは「スライム魔石の入荷が少なくなるわね」と言われた。
他にも門番のタマル。宿屋のおばさんと、知り合いになった冒険者にも挨拶をしておいた。
そして次の日、何人かに見送られて、隊商の最後尾に付いた雄志は《始まりの町》ファースを後にしたのだった。
名前 ユウシ オオヤマ
レベル6
年齢 17歳
HP 45/45
MP 25/25
攻撃 35 (会心判定有り)
防御 25
速さ 25
魔力 30
状態 通常
職業 冒険者 Fランク
モード E
あと 1074
現在の資金
金貨十枚。銀貨十二枚。銅貨十八枚。鉄貨十枚。
人類滅亡まで、あと1074日・・・頑張るしか無い。