38 墳墓の守護者
巨大な空間が、雄志の《ライト》の魔法の明かりの中に浮かび上がった。
石積みの巨大な部屋は、奥行きと幅が三十メートルほどあり、天井高は十メートルはあるだろう。
進入口は雄志が現れた通路しか無くて、部屋の一番遠い反対側の床に、下へ下りて行く階段が見えている。
石積みの部屋と形容したが、実際は床と天井は石は見えずに、黒い影で真っ黒に染まっていた。
よく見ると、どちらの黒い影も、脈打つように小さく動いている様子が分かった。
床の黒い影は港町フォーダー近郊の草原にいた、蛇系魔物のスールークに良く似た魔物であり、天井の黒い影は、逆立ちして天井に掴まっている蝙蝠のような魔物だった。
魔物は《ライト》の眩しい光に戸惑っているようだが、何が切っ掛けで一斉に襲い掛かって来るか分からない。
(やばい! どうするか?)
魔物の数を合わせれば数百匹になるだろう。
弱い魔物なので、今の雄志なら一匹一匹倒すことは簡単だろうが、討ち漏らした魔物が通路に行けば、リーグらが被害を受けることになる。
下手すれば彼らは全滅する。
ゆっくり後退して逃げても、一本道のどこかで追いつかれれば結果は同じことであるし、そして何よりも、ここを突破しなければ八階層に行けない。
そうして考えている間にも、魔物たちのざわめきが大きくなり始めている。
(よし! 決めた!)
初めての試みであるが、条件はそろっている。前から試そうと思っていた戦法を使おうと決意した。
雄志は魔物に向かって左手を突き出した。
使うのは閉鎖空間での、魔法の複合技である。
気配を察したのか、魔物が雄志目がけて動き始めた。その魔物目がけて、雄志が魔法を発動した。
「火炎流! 火炎流! 火炎流! 火炎流!」
床と天井に向かって、それぞれ二発ずつ、範囲魔法の火系中級魔法を放った。
たちまち魔物たちは炎に包まれ、大混乱に陥った。
そして、更に。
「竜巻! 竜巻! 竜巻! 竜巻!」
今度は同じように、範囲魔法の風系中級魔法を四発放った。
巨大な空間は、たちまち暴風の真空の刃と、火炎の竜巻で充満した。
雄志は右手に鉈。左手に片手剣を握って、部屋と通路をつなぐ場所に立って、通路へ逃れて来ようとする魔物を片っ端から斬り捨てた。
目の前は炎が渦巻いて、焦熱地獄のようなありさまである。
雄志はミスリルのチェーンメイルを着て、その下に防寒防熱の下着を着ているが、それでも熱が伝わってくるほどの高熱であった。
(複合魔法が上手く決まっちゃったよ)
条件が良かったとはいえ、半端無い威力であった。
通路の離れた場所で、リーグと従者の二十人は、夢でも見ているかのように、唖然として途方もない威力の魔法を眺めていた。
ここまで来ると、彼らの想像外の世界であった。
炎が完全に鎮火してから、一行は巨大な空間の部屋へ入った。
床には身体を切り裂かれ、黒く焼け焦げた魔物の死骸が散乱している。
焼け焦げた肉の臭いに顔をしかめながら、それらの残骸を踏み砕いて部屋を通り過ぎた。
リーグは部屋を通過しながら、辺り一面に散乱する魔物の死骸を見て、背に寒気が走るのを感じた。
恐らく、自分たちだけなら、この七階層で全滅していたであろう。
ここにいる二十名はウシャンガ族でも精鋭と言える者たちであるが、あと何人仲間を連れて来ていたとしても、この部屋を通過することは不可能に近い。
その日はこの七階層が最大の試練で、八階層、九階層を突破し、最下層へ続く階段の前で眠ることになった。
八階層も九階層も、魔物は全て雄志が一人で倒し、リーグの従者に全く被害は出ていなかった。
従者たちも命を懸けるつもりで墳墓に挑んでいる為、忸怩たる思いはあるのだが、雄志の圧倒的な実力を見せられては、何も手伝えることは無かった。
五階で睡眠を取った時と同じように、通路の両側に歩哨を立て、まずは食事の支度を始めた。
リーグの従者は火を起こし、雄志は魔道具の腰袋から、まだ温かい弁当を出して食べ始めた。
食事をとっていると、リーグとタジルが雄志の傍にやって来た。
「ユウシさん。本当にありがとうございます。貴方がいなければ、とてもじゃないですが、ここまで来られませんでした。命を掛ければ何とかなると思っていた自分の甘い考えが、今となっては恥ずかしいです」
「ですから、最初に難易度が高いですよと忠告していたんですがね」
「おっしゃる通りです。我々だけで無茶をしていたなら、大切な部下を無駄に失っているところでした」
リーグは素直に頭を下げた。
(大切な部下・・・って言いながら、その大切な部下を、自分の名声の為に死地に向かわせるのは、何故なんだろう?)
その質問をしてみたいが、雄志は口にしなかった。
質問をしてもリーグは答えないだろう。答えたとしても、本当のことは言わないであろう。
代わりに雄志は別の話を始めた。
「僕は《召喚水晶》のことは良く知らないのですが、どんなものか教えてもらえませんか」
「はい。この《忘れられた墳墓》は、昔から《召喚水晶》があることで有名ですが、《召喚水晶》は全てのダンジョンにある訳では無く、出来やすいダンジョンと、できないダンジョンがあると聞きます。・・・出来るダンジョンはダンジョンが自然のエネルギーを集め、最下層もしくは最上階に、たまたま存在した水晶の一つにエネルギーが集まって、中に《精霊獣》と呼ばれるエネルギーを込めた《召喚水晶》を作り上げます」
雄志はうなづきながら聞いている。おおむね雄志が知っている知識と合っている。
「《召喚水晶》は一つのダンジョンに一つしかできないのですが、それが持ち去られると、今度は別の水晶にエネルギーが集まって行って、長い時間をかけて、再び《召喚水晶》が出来上がるそうです」
「《召喚水晶》は召喚師だけが中の《召喚獣》を使役できて、一度開放すると再び水晶には戻らずに、使い切りだそうですね」
「そうです。水晶から解放された《召喚獣》は、召喚師だけしか扱えません。もともと自然のエネルギーの塊なので、わずか数分しか存在できずに消えてなくなります。・・・召喚獣の力は強大なので、もし《召喚獣》が消ずにそのまま暴れたなら、世界は大昔に滅んでいただろうと言われています」
「凄いですね」
雄志は素直に驚きを口にした。
ゲームでは召喚師は育てるのが難しく、《召喚水晶》も入手が困難なので、一度も真剣に育てたことが無かった。
威力は半端ないことは知っていたが、水晶は使い切りで効率が悪く、不人気の職業だった。
「命懸けで水晶を持ち帰っても、使い道が無いなら勿体ないと思いますがね」
雄志は何となく口に出した言葉であったが、リーグとタジルは視線を外して微妙な反応をした。
「それでは、明日はついに最下層です。よろしくお願いします」
二人は急によそよそしくなって、従者の方に行ってしまった。
(やっぱり、何かあるよなぁ)
確信を持ったが、聞いても彼らは何も言わないであろう。
しかし、何かを隠しているのは疑いようが無かった。
休息を取り、MPは完全に回復した。
多めに買い込んできたMP回復薬は、巨大部屋で魔法を連発した後に、一度使っただけである。
もっと手こずってMPを消費すると想像していたのだが、自分で思っていたより、自分が強くなっていたことと、地図ナビ係がいてくれて、地図とにらめっこしなくて楽だったり、寝る時も歩哨がいてゆっくり休めたのが大きかった。
リーグたちは全て雄志に任せ切りで、悪く思っているようだが、十分、雄志の役に立ってくれている。
さて、今日は墳墓に入って三日目である。
ついに最下層突入の日である。
最下層では、どのような魔物が現れるのかと、一行は戦々恐々といった面持ちで階段を下りて行った。
流石にここまで来れば、雄志一人では追いつかないほどの魔物が出て来るであろうと、全員が剣を抜き、魔物の襲撃に備えた。
・・・そんな風に想像していた一行の意気込みに反して、魔物は全く現れる様子が無い。
通路は不気味なほどに静まり返っている。
結局、魔物は全く現れずに、最下層の中心部にある部屋の前にたどり着いた。
目の前には幅ニメートル。高さは三メートル近い両開きの金属製の扉がそびえていた。
こういう場合はこの最後の部屋に、大ボスが控えているはずである。
「さて、どうやらこの扉の向こうが、最終目的地のようですね」
雄志が一行を見渡した。
「我々にも、何なりと仕事を仰って下さい」
リーグと彼の従者は、決意をみなぎらせた目で雄志を見る。
「出来ることは頼むつもりですが、この扉の向こうの部屋では、七階層にあった巨大部屋のように
魔法を連発するわけには行かないでしょうね」
「はい。もしも《召喚水晶》が壊れれば、とんでもない事態になります。召喚師がいない場所で《精霊獣》が出現すれば、辺りは全て破壊尽くされるでしょう」
タジルが唾を飲み込んで警告した。
精霊獣が実体化できる時間は数分だが、その数分を無事に切り抜けられるとは思えない。
「部屋には、まず僕が入ります。魔物の数が多いなら、扉を開けたここで相手をしますので、討ち漏らして、部屋から出て来た魔物の対処をお願いします」
リーグらは無言でうなづく。
「タジルさん。地図はどうですか?」
「はい。赤い点は、地図には一つしか反応がありません」
(敵は一体なのかな・・・その代わり、メッチャ強い奴ってパターンだな)
とにかく、ここに至っては前に進むしか選択はない。
雄志は片手剣を抜いて扉の前に立った。《召喚水晶》を傷つけないよう、魔法は使う訳に行かないので、決着をつけるのは剣しかない。
「では、扉を開けて下さい」
リーグの従者の内、二人が前に出て、両開きの扉の左右に分かれた。
扉の真ん中に立った雄志を確認して、肩を扉に当てると、部屋の奥に向かって押し開けて行った。
「ギギィギィー」
ドキッとするほど大きな軋む音を立てて、扉が開いて行く。
雄志の頭上で輝く《ライト》の魔法の明かりが、部屋の中に広がって行って、内部の様子が浮かび上がって来た。
部屋の広さは二十メートル四方はあるだろうか。天井の高さは五メートル近くある。
壁や天井のあちこちから、大人の腕ほどもある太さの水晶が、生えて来たような格好で飛び出していた。
この中のどれかが《召喚水晶》なのであろう。
明りが部屋に広がって行くと同時に、部屋の中央にうずくまっていた影が立ち上がった。
どうやら魔物はナビの通り一体しかいないようである。
光の中に完全に浮かび上がった魔物は、見上げるような巨体であった。
長い二本の角が、両耳の上から前に向かって伸びている。
首から下は筋肉の鎧に覆われた人の体で、腰には布を巻いている。
身長は三メートルはあるだろう。両腕には、それぞれ抜き身の巨大な両刃の斧を提げていた。
「ミノタウロス!」
タジルが叫んだ。
最下層の部屋のボスは、牛の顔を持つ巨人。ミノタウロスだった。
雄志はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
同じような体格の巨人とは、ホランガ帝国の首都ブランガスに行った時に戦っている。
魔物軍を率いて侵攻してきた、カトブレパスである。
その時は仲間の冒険者と共に戦い、何とか連携で倒すことができた。
カトブレパスは石化の魔法と、毒を吹く厄介な敵であったが、このミノタウロスはパワー系の魔物である。
両腕に持っている巨大な斧の一撃をまともに受ければ、吹き飛ばされるか、剣が折れて身体を両断されかねない。
リーグと従者たちは、息を呑んで目の前の光景を見ていた。体格だけなら大人と小さな子供ほどの差がある。
いくら雄志でも簡単に勝てそうにない相手に見える。万が一雄志が敗れれば、リーグたちも全滅であろう。
雄志は片手剣を鞘に納めた。
回転レシーブからの必殺技で倒すつもりだが、勝負は早く決めなければならない。
ミノタウロスに暴れられて《召喚水晶》が壊れれば、《精霊獣》を相手に戦わなければならなくなる。話を聞く限り、さすがの雄志も《精霊獣》と戦っては無事では済まないだろう。
雄志が慎重に近づいて行くと、ミノタウロスもゆっくりと近づいてきた。身長が三メートルもある筋肉の塊が近づいて来ると、物凄い威圧感がある。
ミノタウロスの頭から、天井までの距離は約ニメートルである。鉈を振る時は注意しなければ天井を叩くことになる。
雄志は慎重に距離を確認した。
「ウウウオオオー!」
部屋の空気を震わせてミノタウロスが咆哮した。
そして、いきなり全力で突進してきた。
雄志も同時に相手に向かって突っ込んで行った。
そのままぶつかれば、体格の違いで雄志は木の葉のように吹き飛ばされるであろう。
激突する寸前に、ミノタウロスが右から斧の一閃を放って来た。
雄志は急ブレーキをかけ、鼻の先を斧が通り過ぎて行く風を感じながら、後方へステップ。
すぐに再度、頭からミノタウロスへ突っ込んで行く。
今度はミノタウロスは左から斧を一閃。
このタイミングを計っていた雄志は、自分に向かって振り下ろされてくる斧の下に身を投げ出しながら、ミノタウロス左後方へ、床を転がって回転レシーブを決めた。
そして、ミノタウロスの後方で立ち上がった時には、既に鉈を引き抜いている。
同時にジャンプ。
斧を躱されたミノタウロスが振り返ると、床に転がったはずの雄志の姿はそこに無い。
「はっ」と見上げた空中に、両手で鉈を上段に構えた雄志が目前に迫っていた。
天井ギリギリの空間を通って振り下ろされた鉈が、ミノタウロスの眉間から首元まで、二つに立ち割っていた。
その戦闘を緊張して見ていたリーグたちには、辺りの一切の音が消え、スローモーションの映像を見ているような、不思議な感覚であった。
雄志は両足を、硬直しているミノタウロスの両肩に当てると、足を踏ん張って鉈を引き抜き、後方にトンボを切って飛び降りた。
カトブレパスを倒した時と同様の、雄志の必殺技が完璧に決まった。
雄志が飛び降りた反動で、ミノタウロスは大の字に後方へ倒れ、魔石が転がり出て来た。
「・・・凄い!」
静寂の後・・・リーグが絞り出すような声を漏らすと、呪縛が解けたかのように従者たちも動き出し、雄志の周りに集まって歓声を上げた。
雄志は息を吐いて鉈を拭き、鞘に納めると。
「それでは目的である、《召喚水晶》を探して下さい」
その言葉に、歓喜に沸いていた従者は我に返り、《召喚水晶》を手分けして探し始めた。
部屋のあちこちから、水晶が飛び出している。どれかが《召喚水晶》なのだ。
雄志は従者らと同じ様に、水晶を探す格好をしながら、部屋の奥の右隅に向かった。
右隅から二番目の石板を踏むと、わずかに動いた。
雄志は辺りの目を確認してから、腰袋からナイフを取り出し、石の隙間に先をねじ入れると力を込めて捻った。
石板が外れ、下から出て来たのは、現在、雄志が左手の中指にはめている《ラーネの守り》によく似た、銀色のリングだった。
雄志は石板を元に戻し、リングを左手の薬指にはめた。
(うっしゃー! 目的達成!)
小さくガッツポーズをした。
リングは裏アイテムの《破界の指輪》こと、通称エスケープリングである。
自分を含め三人まで、塔やダンジョンなどの中から、一瞬で外に脱出できる魔法の指輪である。
一方通行だが、絶対の危機に陥った場合の保険になってくれる。
「おーー! あった! あったぞ! 《召喚水晶》だ!」
従者の中の誰かの声が部屋に響いた。
雄志も興味にかられ、水晶はどんなものかと覗いて見た。
径が六センチ。長さが四十センチほどの六角柱の透明の水晶の中に、赤い光が波打っている。見ていると吸い込まれそうな気になる怪しい光だ。
確か赤い色は、炎系の《精霊獣》のはずである。
水晶を見つけた従者が、リーグに恭しく渡した。
リーグは震える手で受け取り、水晶の中でうごめく赤い光を見詰めながら、一言漏らした。
「これで・・・我らの願いが叶う・・・」
・・・変な言い回しだと雄志は眉を寄せた。
(ん? 我々の願いが叶う・・・私の願いが叶う、の言い間違いではないのか?)
それとも従者を含めた皆の願いと言う意味で、我々と口に出したのか?
雄志の疑問の目線に気づいたリーグは、我に返って水晶をタジルへ渡した。
タジルは布に包み、専用に持って来ていた頑丈そうな金属の箱に水晶を収めた。
リーグが雄志の傍に寄って来た。
「これで、私の成人の儀式のアイテムが手に入りました。ありがとうございます。全てユウシさんのお陰です」
頭を下げ、そして雄志を見詰めた。
その顔は晴れ晴れとしていた。
(さっきは、《私》じゃなくて《我々》って、言ってたけれどね)
わざわざ言い直したことが引っ掛かったが、そのことは問わなかった。




