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2 冒険者になろう

 雄志が《始まりの町》に向かって街道を走っていると、前方右側の草むらがゴソゴソと揺れた。

 街道に顔を出したのは、直径六十センチほどの水の塊のような生物・・・スライムであった。

 《魔王討伐伝》最弱の魔物である。


 道の中央に出てくるまでに、突っ切れば逃げきれそうであったが、幸い相手は一匹である。まずはこれを倒すことが出来なければ、これからの生活がやって行けないであろう。

 雄志は戦うことを決めた。


 しかし、戦うとは決めたがスライムの実力が分からない。いざという時は町に逃げられるように、道の脇にいるスライムを通り越して町を背にした。


 ぷよぷよと身体を波打たせながらスライムは道の中央に出て来た。どこに目があるのか分からないが、何か別の感覚があって、雄志の位置は把握しているらしい。

 雄志は先制攻撃するつもりで飛びかかった。初期装備の樫の棒で、思い切りぶっ叩いた。


 「ボコッ」と音を立てて、スライムはグチャグチャに潰れた。

 オーバーキルである。拍子抜けするくらい楽勝だった。


 (スライムって、最初からこんなに弱かったっけ?)


 良く思い出せないが、初めは数発叩かないと倒せなかったような記憶がある。これもイージーモードの恩恵かも知れない。


 スライムは急激にしぼむと、そこから何かが転がって来た。手に取ると、大きめの飴玉くらいの綺麗な石だった。


 ゲームなら魔物を倒すと、経験値とゴールドが手に入るのだが、そんな感じはしなかった。腰袋の中を覗いてもコインは増えていなかった。


 (これがコインの代わりかな?)


 とりあえず石を袋に入れて雄志は走り出した。腹が減って来ていたし、喉も乾き始めていた。




 それからも同じ要領でスライムを二匹撃破し、森を抜けると辺りは広い草原に変わった。

 草原の先には畑が始まっていて、畑の向こうには《始まりの町》ファースの外周の木柵が見えていた。街道はファースに向かって続いている。


 ファースはこの手のゲームに良くある、中世ヨーロッパ風の尖った屋根の家並みが続く町である。


 雄志はファースの設定を思い出してみた。


 パーサロ王国の直轄領ファースは、人口三千人ほどの小さな町で、領主は居なくて兵士が五十人ほど詰めている。兵士の数は少ないが、この辺りの魔物は弱くてこの人数で十分であった。

 町の治安は兵士が守り、町の外周にある畑の警備は、冒険者組合から雇われた冒険者が行っている。


 冒険者は他にも魔物の討伐や、魔物から採れるアイテム(食材であったり、加工する前の原料)の収集を行ったり、各人の技量に合わせた仕事を請け負って生活している。


 町に定着していない冒険者の中には、商人の隊商の護衛を行ったり、未知の土地を冒険する者もいるが、それは才能のある一握りの優秀な冒険者で、たいていの冒険者は町の周辺で活動をしていた。




 -----冒険者組合は、この世界バンガニアの基本を担っている重要な組織である------




 人々の生活を助ける冒険者組合は国に属さず、世界中バンガニアに広がった一つの組織である。

 国と国との紛争時にも、完全な中立を保つことになっている。

 国も冒険者がいないと国民の生活が立ち行かなくなる為、中立を認め活動にも配慮していた。


 その為、冒険者にも厳しく中立が要求される。もし、どこかの国に利する行動をした冒険者がいれば、除名され組合を上げて追われることになる。

 そんな事態に陥らない為にも、冒険者は自分の出身地とは違う、知り合いの無い町で活動している者がほとんどであった。


 冒険者には個人個人にランクがあって、請け負った仕事で不誠実なことがあればランクが落ちる仕組みになっている。

 《ランクの昇降格も、除名などの連絡も、直ちに伝書鳩に似たトーハという鳥によって、世界中バンガニアの組合に情報が届けられる仕組みになっていた》


 そんなゲームの設定を思い出しながら雄志は歩いて行った。街道の両脇には畑が広がっていて、作業をしている農夫らしき人がたまにこちらを見るが、興味なさげに、すぐに作業に戻っていた。



 ファースの入り口には巨大な門があり、両開きの頑丈そうな扉は一杯に開かれていた。

 門の両側には、鉄製の兜に皮鎧の上下を装備した兵士が短槍を手に立っていて、雄志が近付いて行くと右側の兵士が前に出て来た。

 年齢は三十歳くらいであろうか、立派な黒い髭を蓄えていた。


 「見かけない顔だな」


 兵士が話しかけて来た。


 「はあ・・・」


 ・・・まずは言葉が分かることにホッとした。まあ、設定上そうなっているのか、偶然のどちらかであろう。


 雄志は身の上をどのように話そうかと考えていたが、できるだけ正直に話そうと決めた。当然だがゲームがどうのと言うことは言わない。そんなことを言えば狂人と思われるかも知れない。


 「実は気が付くと森の中に倒れていまして、名前は覚えているのですが、それまでの記憶が全く無いんです」


 「はあ?・・・」


 兵士は怪訝な顔をした。


 「目が覚めて辺りを見回していたところ、ゴブリンと遭遇しまして」


 「なんだと!ゴブリンだと!」


 「はい」


 兵士の血相が変わった。


 「どこだ! どこで見たのだ!」


 雄志はやって来た方向を指差して、できるだけ詳しく説明した。

 もう一人いた兵士も隣に来て、話を熱心に聴いている。


 「以前から冒険者の報告が上がっていたのだが、やはりゴブリンが増えているようだな。これは悠長なことを言っていられない。討伐を早めるように催促した方が良いだろうな」


 兵士たちは顔を見合わせて話している。


 (近々、ゴブリン討伐の動きがあるのかな)


 兵士は雄志に向き直ると。


 「それでお前はゴブリンに襲われて逃げて、倒れた拍子に頭を打って記憶を無くしたのか?」


 「それが全く何も覚えていないのです」


 「ふうむ」


 兵士はしばらく考え込んだ。


 「まあ話が本当とすれば気の毒だな。盗賊にも見えないし、隊商の従者か何かだったのかな? 町に入れてやっても良いのだが、身分の保証がないからなあ」


 「あ。自分もここに来る間に考えていたのですが、自分が何者かも仕事も何をしていたのかも分からないので、冒険者に登録しようと思っています」


 ゲームでも、最初はファースで冒険者登録をすることになっているので、それを言ってみた。


 「そうか。冒険者なら腕が上がれば旅ができるからな。旅をして他所の土地へ行けば、自分が何者か思い出せるかも知れないな・・・よし。分かった」


 (えっ・・・通っちゃったよ)


 兵士は懐から十センチ四方の木札を取り出した。


 「お前は名前は覚えてると言ったな。何て名前だ」


 「はい。大島・・・いえ。ユウシです」


 雄志が名乗ると、兵士は木札に筆でサラサラと何やら書いた。


 「わしは門番のタマルだ。冒険者になるなら、これを組合の窓口に持って行って登録しろ。そして登録が済んだら、又ここへ持って来るんだ。黙って逃げると、お前はお尋ね者になるぞ」


 「はい。分かりました。ありがとうございます」


 「冒険者組合は、町に入って真っ直ぐ行った突き当りの大きな建物だ。すぐに分かるはずだ」


 (助かったなあ。もっと面倒なことになるかも知れないと思っていたけれど、案外、簡単に町に入れたな。ま、こうじゃなきゃゲームが始まらないからな)




 雄志は礼を言って門をくぐった。町の通路は石畳とは行かないが、良く突き固められた舗装になっていた。道巾は六メートルくらいあって、商人風や職人風の人々が行き交っていて、時折、馬にそっくりな動物に挽かれた、荷駄車も通っていた。

 路地裏の方では子供たちが遊んでいるのが見える。服装は雄志と変わらない荒い繊維質のシャツとズボンをはいている人が多かった。


 門番兵士のタマルに言われた通り、一番大きな通路を真っ直ぐに歩いて行くと、正面に大きな二階建ての建物が見えて来た。

 外壁はうろこ状の塗り壁で屋根には二本の塔屋が付いていた。入り口の扉は開いていて、雄志はためらわずに中に入った。


 建物の中は板張りの広いホールになっていた。正面に二階に上がる階段があり、階段の両脇には長いカウンターがあって、カウンターの内側には一定の間隔で職員らしき若い女性が座っていた。


 雄志が入って来た入り口側には、椅子やテーブルが置かれていて数名の武器を持った男たちがくつろいでいる。武器も鎧も種類は人によってまちまちである。冒険者と思えた。

 すぐ側の壁には黒板のような黒い大きな板が掛かっていて、依頼書らしき紙が貼られていて、その前にも数人の男たちがいて何やら話していた。


 雄志はカウンターに歩いて行き、目が合った職員らしき女性に声を掛けた。


 「こんにちは」


 「こんにちは。ファース冒険者組合にようこそ。どのようなご用件でしょうか」


 髪型をショートにした、そばかすの似合う可愛らしい女性であった。歳は雄志よりいくらか上と思われた。


 「はい。冒険者登録に来ました」


 雄志はそう言って、門番のタマル兵士から渡された木札をカウンターの上に置いた。


 「分かりました。登録ですね。こちらへどうぞ」


 女性は慣れた様子で雄志をカウンターの奥にある部屋に招いた。

 部屋は真ん中に小さな机があり。両側に椅子が二基づつ、合計四基置かれた部屋で、応接兼用の部屋といった感じであった。


 「私は受付のシュリと言います。どうぞお掛け下さい」


 言われて雄志は腰を降ろした。シュリは書類を持って反対側に座った。


 「それではまず、名前と出身地と冒険者になろうと思った理由をお聞かせ下さい」


 「はあ」


 雄志は名前を名乗って、記憶を無くして倒れていたことなど、門番のタマルさんに話したことを、もう一度話した。



 「記憶をなくしたって・・・お気の毒です。でも、そんな軽装ですから、きっと故郷は遠く無くて、すぐに知り合いが見つかると思いますよ」


 眉を寄せてシュリは励ましてくれた。良い人のようである。


 (でも、ここはゲームの世界で、どうやって帰るか分からないんですけれど・・・いやゲームの世界じゃ無くて、ゲームの世界に良く似た世界に転移したのかも知れないけれど・・・)


 「えーと。規則ですから、冒険者について説明しますね」


 シュリは冒険者のルールを話し始めた。




 まず冒険者は人類全体の利益の為に行動することを基本とし、特定の国や他の組織の為に行動しないことを宣誓すること。


 冒険者への依頼は組合の中の黒板に貼り出されているが、指名で無い限り自分のランクの一つ上までしか受けられないこと。


 冒険者のランクはS・A・B・C・D・E・F・Gランクの八段階に分けられていて、S・A・Bを除いたランクは、各地の冒険者組合の組合長が実績を独自に考慮判断して、昇格・降格を決めることができること。

 (ちなみにSランクはパーティーに対してのみ与えられるランクであり、A・Bランクは本部の幹部会の全員一致での推薦が昇格条件である)


 貼り出されている依頼書は、組合が手数料を引いている代わりに、報酬を保証し危険性も調べて、無理のないランクが受けることが出来るようになっていること。

 (と言っても、油断すれば死亡する可能性は常にある)


 登録された冒険者は、名前と特徴が伝書鳩トーハによって各地の組合に伝えられ、初めて訪れた場所でも、組合の恩恵を受けることができること。


 そんな説明をしながら、シュリは雄志の似顔絵を描いていた。これは冒険者組合の受付の必須の能力なのであろうか。雄志は自分をイケメンとは思っていないが、ちょっとボーっとしている特徴を捉えた良く似た絵と思い感心した。

 きっとこの絵も伝書鳩によって各地に送られるのであろう。


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[気になる点] 冒険者が中立なのは無理がある。自分の国、生活しているところ、家族を他の国が犯してきたら中立ではいられない。
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