15 闘王ロイ登場
闘王ロイが登場する日、雄志は闘技場の前の広場にやって来た。
ロイの登場は三試合目とのことだった。さすがに闘王が登場する日とあって、入場口は人が山のように集まって大盛況である。
いつもは入場券を売っている発券係りのダルトンは、今日は入場券は完売しているので、入場口近くで観衆の整理をしていた。
雄志は彼を見つけて人を掻き分け前に立った。
ダルトンはすぐに気が付いた。
「あ。どうも旦那!」
そう言って素早く入場券を渡してくれた。
(どうにも旦那と言われるのは慣れないが・・・)
「楽しんで来て下さい」
「ありがとう」
雄志は笑顔を見せて入場口に向かった。
券には5-A20と書かれている。
賭けはしないので、賭け券を売っている窓口を素通りして、クッキーに似た焼き菓子を買って席に向かった。席は五階の最前列であった。
すり鉢状になった闘技場の全体が見渡せ、遠い席だが悪くないと雄志は思った。
観客席はすぐに詰まって行って満員になった。雄志の隣に座った三人組が本日の試合の組み合わせが書かれた紙を取り出して、ああでも無いこうでも無いと話し合いながら、〇☓を付けている。
彼らはかなりの常連のようで、出場者の過去の戦い方や特徴を元に予想をしていた。
第一試合は、人対人。
闘技場の戦いが行われる場所は長径九十メートル短径七十メートルの楕円の形状をしているが、闘技場の中心に直径二十メートルくらいの円形に柵が組まれた。柵の高さはニメートルほどあるが、観客席は高くなっているので中の様子は良く見える。
腰布を巻いて片手剣を装備した格好の闘士が、右と左から一人づつ柵で囲まれた試合場に入った。
二人は五メートルほど離れて立った。
彼らは双方共に金をもらって生計を立てている、闘技場の専業闘士である。
勝敗は片方が「参った」をするか、柵の外から見ている審判が状況により勝敗を判断する。
死ぬまで戦うことは無いが、事故が起きて死者が出る場合もたまにはあるそうだ。
大男ボンダ闘士と、やや背の低いスズカ闘士の対戦である。賭け率は大男のボンダがやや有利である。
競技場が静かになり、魔道具と思われる拡声器を使って、二人の出身地や過去の戦績が告げられてから、戦いの始まりを告げる銅鑼が叩かれた。
「ワーー!」と大歓声が上がった。
「ボンダー!。一気に押しまくれ」
隣の三人組はボンダに掛けているらしく、大声で応援している。
試合開始と共に、体格で勝るボンダが右から左からと剣を振り下ろし、スズカは受けたり交わしたりしながら後退して行く展開になった。
「それ!そこだ!もう一丁!」
三人の声援に熱がこもる。
ボンダの一方的な攻撃だが、スズカは半円を描きながら下がって行くので、追い詰められている感じでは無い。
やがて焦れたボンダが、ここだとばかり大きく踏み込んで上からの一撃を放ったが、スズカが見切って剣は勢い余って地面を斬り込んだ。
スズカは地面に食い込んだ剣の背を踏んで、自分の剣の切っ先をボンダの喉元へ突き付けた。
「勝負あり!スズカの勝ち!」
審判の声が拡声器を通して闘技場に響く。
「わーー」とも、「ああー」とも聞こえる喚声が上がり、第一試合の決着が付いた。
隣の三人組は、賭けに負けたにも拘らず、勝ったスズカ闘士のどこが良かったかなどと感想を話し合っている。(・・・やっぱ常連は違うな)
第二試合は、人対魔物。
人は既に死刑を宣告されている盗賊が十人。魔物はラージルが三匹の複数戦である。
闘技場の人対人用の柵が外され、直径が三十メートルほどの柵が要領よく組み立てられて行く。柵は四メートルの高さになり、魔物が飛んでも逃げられない高さになった。
柵が用意されている間に、払い戻しと次の試合の賭けが行われていて、両方の窓口は大混雑している。
十人の盗賊が柵の中に入れられ、武器が与えられた。その間に盗賊の罪状が拡声器で闘技場全体に伝えられている。
「罪人は盗賊団に属し、何々村でこれこれの悪行を行い・・・」
罪状を聞いた観客からは、盗賊に向かって罵詈雑言が浴びせかけられている。
「死ね! 苦しめ! 引き裂かれてしまえ!」
観衆の中には、盗賊に怒鳴りながら、盗賊の勝利に賭けている者もいた。
この試合は魔物にストップは掛けられないので、どちらかが全滅するまで行われる。
檻に入れられた三頭のラージルが運ばれて来た。
盗賊たちはあらかじめ相談していたのであろう、魔物側の反対の柵を背に、半円に隊形を組んで迎え撃つ隊形をとっている。冷静な作戦であるが、遠目にも彼らが緊張している様子が分かる。
ラージルは観衆の喚声を聞いて興奮し、檻の中で忙しげに動き回っている。
檻と柵がつなげられ、銅鑼の音と共に柵の中に三頭のラージルが放たれた。
「わーー」っと大歓声が上がり、興奮したラージルは目の前の人間に飛びかかって行く。
ラージルは本能的に毒を飛ばしてから飛び掛かる。その毒を避けられなかった盗賊二名が悲鳴を上げて倒れ、土の上をのたうち回った。
倒れた二人を無視して、他の八人は決めてあった通りに自分に一番近いラージルに斬りかかった。
盗賊は犠牲覚悟の戦法である。全員が最初から逃げていたのでは、最終的にラージルに一人ずつ殺されていたであろう。
捨て身の盗賊の最初の攻撃で、ラージルの一匹が致命傷を受けた。他の二匹は一旦距離をとり、又もや毒を吹きながら盗賊を襲った。
それが二度繰り返され、ラージルは全て倒されたが盗賊の被害も多かった。十人の内、三人がその場で死亡。残った七人も全員が傷を負っていて、動けなくなった重傷者が二名いた。
生き残った盗賊は、槍を突き付けられて武器を取り上げられ、鎖に繋がれて闘技場を出て行った。今日を運良く生き残った者も、死ぬまでここで戦わなければならない運命である。
さて、次が本日のメインイベント《闘王ロイ》の試合だ。人対魔物複数のハンデ戦である。
賭けは成立しないので、行われない。
ロイの勝利は決まっているからである。
観客はロイがどんな風に、颯爽と勝つかを見に来ているのである。
柵が片付けられ、地面が綺麗に均されると、拡声器の大きな声でロイが呼び出された。
「常勝の~大陸最強の男~無敵の戦士~。現在千五百六十連勝中のマールダール闘技場の生きている伝説~。ロ~イ~!ガルバハーーーーン!」
闘技場が実際に揺れるほどの大歓声が沸き起こり、入場口から男が闘技場へ入って来た。
身長はニメートル。伝説の武具六点セットに身を包んだ、生ける伝説の登場である。
英雄の兜。英雄の上鎧。英雄の下鎧。英雄の籠手。英雄のブーツ。そして英雄の槍。
金色に煌めく武具は耐熱・耐寒・耐電・防毒・防麻痺などの効果を持ち、あらゆるステータスの低下も防ぐ。
手にした英雄の槍は、長い穂先の刃の下に半月形の斧が付いていて、刺突だけでなく払って斬ることもできる。その切れ味は最硬質と言われる龍の鱗も斬り裂くと言われていた。
世界最強の戦士が、世界で最も優秀な武具を装備しているのであるから、雄志の住んでいた世界で言うところの《鬼に金棒》の状態である。
この防具を買う為に、当時のマールダール一番の商人で、伝説の武具の持ち主だったボールトンにロイは自分を売った。
ロイは闘技場に出場し、勝った賞金でボールトンに自分の借金を返済して行き、返済の途中でロイが敗れれば、伝説の武具はボールトンに返すと言う不公平な契約であった。
どれほどロイが強くとも、いずれ敗れる時が来ると、その当時ボールトンだけでなく誰もが思っていた。
しかしロイは勝ち続け、そして欲を掻いたボールトンが破滅したことは、今や誰もが知る伝説の通りである。
ロイは闘技場の中央まで進むと、槍を左手に静かに立った。兜に隠れた顔は見えなくて表情は分からない。
ロイの視線の先にある闘技場の壁の一部が開かれて、中から巨大な魔物の影が現れた。
中から出て来たのは白紫の体毛の、巨大なゴリラに似た魔物であった。
三人組が「ボンガーだ」と叫んでいる。
体長は二メートル五十センチ。ゴリラと決定的に違うのは、左右に二本、計四本の腕があることだ。巨大な牙を剥き出して、喚声を上げる観客に興奮して吠えている。
ボンガーの後ろから、もう一頭のボンガーが現れ、壁の扉が閉められた。後から現れたボンガーも観客に向かって吠えている。
客席と闘技場の段差は六メートルあり、ボンガーの跳躍では届かない。当然ながら観客席まで飛べるような魔物はこの場に連れてくることは無い。
二頭の巨大な魔物を見てもロイは微動だにしない。静かに戦いの始まりを待っている。
観客に向かって吠えていたボンガーの一頭が、闘技場の中央に立つロイに気が付いた。
怒号のような雄たけびを上げてボンガーはロイに向かって突進し、遅れて気が付いたもう一頭も走り始める。巨大なボンガーにとって、自分より小さい生き物は全て食物である。
ロイは悠然と、英雄の槍を水平に構え直した。両者の距離が一気に縮まり、ボンガーが飛び掛かった瞬間にロイの姿が霞んだように見えた。
ロイは巨体からは想像できないスピードで踏み込み、瞬時にボンガーの喉を三度。心臓を三度突き、三度目は引かずに斧の部分まで切っ先を突き入れた。
そして槍にボンガーの体重を載せたまま、後方高く投げ捨てた。速さも膂力も人の域を超えている。ボンガーは血煙を上げて地面に落ちた。
続けて襲ってきたボンガーには、一頭目を天高く投げ飛ばした流れのまま、石突き(刃の反対側)を突き出し、目に突き入れた。
槍から手を放し、激痛に怯んでいるボンガーの片腕を取ると、巻き込むように腰に載せて投げ飛ばしていた。
身長で五十センチ、体重は三倍の差があるボンガーが、嘘のように軽々と宙を飛んで頭から落ちた。
衝撃から覚めたボンガーが身体を起そうとしたところを、槍を持ち直したロイの斧部分の一撃が襲い、ボンガーの頭が二つに割れていた。
「うわああーー!」
闘技場の全ての観客が歓声を上げていた。
勝ち名乗りを受けたロイは、軽く闘技場全体を見渡すとゆっくりと去って行った。
(凄いな)
単純にそう雄志は思った。
自分も少しは強くなったと思い始めていたが、こんなものを見せ付けられると桁が違うと思い知らされた。魔法も効かない武具を装備された状態では、文字通り今の雄志には手も足も出せない。
但し、闘技場を後にするロイの後ろ姿は寂しそうだった・・・雄志にはその理由が分かっている。いずれフラグが立つまでは、それは解消できない問題だった。
(ロイ・ガルバハーン・・・待ってろよ)
雄志は心の中でロイに呼び掛けていた。