12後 幽霊船
二日後、ついに幽霊船調査の指示を受けて、冒険者組合の用意した大型船で港を出港した。
操船は冒険者では出来ないので漁業組合所属の船員が行っている。船はキャラベル船と呼ばれる小回りの利く帆船である。
全長は三十メートル。マストは三本あり、船足は速い。
調査団のリーダーは、Dランクの男前組合長のレンネンだ。
参加したのはフォーダーに約百五十人いる冒険者から選抜された、優秀なD・Eランクの二十人である。
Dランクは組合長と雄志を含めて五人いて、それぞれがEランクを三人率いて四人で一班を構成した。
雄志はB班の班長である。
出航した時は海は穏やかで気持ちの良い風が吹いていた。しかし沖を見ると南東方向の一部の空が暗くなっているのが見えた。
船はそこへ向かって進んで行く。
暗い空に近付くにつれて、風は強くなり海は荒れて来た。雄志は荒れて来た海を見ながら落ちるとヤバイと思った。
軽くて強いミスリル金属の装備を着ているとは言え、海に落ちて上手く泳げるとは思えなかった。
(これって、思ったより危険な仕事じゃね?)
「集合!」
レンネンの声が掛かった。
全員がレンネンの前へ並んだ。
「今回の依頼は、幽霊船に乗り込み内部の調査だ。過去の例から言うと、中にいる魔物をある程度退治すれば、船は嫌がってこの海域を去って行く。けっして無理をして深追いはするな」
全員が短く返事をした。
「船の中の通路は狭い。各班長を先頭にし側面にある船室は中を確認しながら進まないと、後方を塞がれる危険があるから注意するように」
「分かりました!」
辺りが暗くなって来た。荒れる海を船は進み、やがて闇を纏った帆がボロボロに破れた幽霊船の姿が見えて来た。
幽霊船はキャラック船というタイプで、冒険者が乗っているキャラベル船より一回り大きく全長は四十五メートルほどある。マストは四本あって外洋に向いている船で、速度は遅く小回りはきかない船だ。
《よく話に聞くガレオン船と言うのは、このキャラック船をスマートにし、総排水量を上げた船である》
「船を寄せろ」
レンネンの指示に船員たちは緊張した顔で、船を操船し幽霊船へ近付いて行く。
幽霊船の甲板には人影は見えない。薄汚れた船の船首の近くには《モーマルト号》と書かれた船名が読めた。
十分近付くと、こちらの船から何本もの鉤縄が打たれ、船と船とが合わさって結ばれた。幽霊船の方が大きくて甲板が高いので、鉤縄付きの縄梯子が掛けられた。
レンネンが幽霊船に乗り込む前に、船に残る船員に指示を出している。
「甲板の上がった場所に、退路確保の為の一班を残しておく。もし合図があれば俺たちを気にせずに、ここを離れて逃げるんだ」
船員たちは息を飲んでうなづいた。
「登れ!」
レンネンの合図で冒険者が縄梯子を登り始めた。船の周囲は荒れた海。空は暗くて今にも雨が降ってきそうな景色である。
雄志はB班の先頭になって甲板に上がった。甲板の上には動くものは無かった。床は風雨と波を被って濡れていて、所々腐って穴が空いているヶ所がある。
先に登った者が辺りを警戒し、次々と冒険者が上がって来て二十人全員が揃った。
「E班はここで退路の確保をしろ、他は各班に分かれて内部の探索だ。けっして無理をするな」
冒険者は無言で頷き、指示された下層へ降りる階段へ移動して行った。
雄志たちの班は後方右側にある階段の前に集合した。
階段の奥は真っ暗闇である。各班には松明が一本配られていて雄志は松明に火を点けると最後尾に付くEランク冒険者に渡した。
「僕にはライトの魔法があるから」
そう告げて魔法を唱えた。
「ライト!」
雄志の頭の上に光球が現れた。
「おーー」
三人のEランク冒険者から感嘆の声が上がった。
冒険者と言っても全員が魔法を使える訳では無い。特にこのような補助系の魔法を使える者は、攻撃系の魔法を使う者よりもっと少ない。
雄志は階段を下って行き、他の三人も続いた。
通路へ降りると全員が武器を抜いた。雄志は片手剣ではなく鉈を抜いた。狭い場所では刃渡りの長い武器より短くて小回りの利く武器の方が有利である。
もっとも鉈のような重い武器は、かなりの腕力が無ければ片手で振るうことはできない。
通路の幅は一メートル二十センチほどで両側の壁に所々ドアが付いている。
雄志が先頭に立ち、その後ろに二人が並び最後尾の一人が松明を掲げている。
レンネンの指示通り、後方からの襲撃を避ける為に、時間はかかるが各部屋の内部を確かめながら進んで行った。
床も壁もべったりと濡れている。床板は部分的に腐っていて歩くたびに音がして、空気は藻が腐ったような酷い臭いが充満していた。
ライトの光球と松明の火に照らされる中を、一行は無言で進んで行く。側面にある部屋はどれも無人であった。
真っ直ぐ続いていた通路は曲がり角に差し掛かり、それまで全く気配さえ無かった魔物が角の向こうから突然現れた。
「ウオオオオオー」
この世に呪詛を撒き散らすような不気味な叫びを上げて、襲いかかって来たのは破れた服を着て三日月刀という大きく反った剣を握った《動く骸骨》であった。
雄志は先頭のスケルトンを含め三体の頭を一閃でカチ割っていた。そして後方の三人の冒険者に指示を告げる。
「最後尾は後方に注意。他は僕の横を抜けた奴に注意。前には出過ぎるなよ、一緒に頭をカチ割るぞ」
最後は冗談である。
「おらおらおらー!」
雄志は片っ端からスケルトンの頭をカチ割って行く。土竜叩き状態だ。
たまに左右の鉈の届かない下方を抜けて行く奴がいたが、後方の冒険者が始末していた。
二十体ほど倒すとスケルトンが去って行った。襲撃を諦めたと言うより、仲間の残骸で攻撃ができなくなったからであろう。
死を恐れない奴らは始末が悪い・・・(て、最初から死んでいるのだが)
後方の三人に被害は出ていない。一行はスケルトンの残骸を越えて前へ進んで行った。
同じような襲撃を何度か退けながら四階層目に辿り着いた。レンネンの命令でこれ以上は降りないように指示されている。
この階層を調べたら、一旦甲板に戻るつもりである。
慎重に進んで行くと正面にドアが見えて来た。
ドアを開けて中に入った。ライトの光球に照らされた部屋はかなり広かった。巾は十メートル。奥行きは二十メートルはありそうな大空間であった。船の大きさから言えば奥行きは船の半分近い。
部屋の真ん中に黒い大きな影があった。
雄志は鉈を鞘に納め、片手剣に変えた。場所に合わせて武器を選択するのは基本である。
後ろに付いた冒険者は態勢を崩さずに付いて行く。
影は何だろうと更に前に出ると、いきなり影から何かが飛んで来た。
反射的に片手剣で払うと黒い物体の先端が切り離されて、雄志たちの横に転がった。
それは吸盤の付いた蛸の足そっくりなものだった。切り落とされてもグネグネと動いている。切断面は直径が二十センチを超えている。化け物の蛸足だった。
「退避! 逃げろ!」
雄志は叫んだ。
続けざまに襲ってくる蛸足を片手剣で何とか凌いだ。
部屋の中央に陣取っている黒い影は、巨大な蛸に似た魔物だった。
本当は後ろを向いて走って逃げたかったが、後ろのドアは三人の冒険者で詰まっている。何とか順番が回って来るまで時間を稼ぐしか無い。
その時、雄志の足に吸盤が吸い付いた。同時に強い力で引かれて転倒した。
「班長!」
「ユウシさん!」
何とか部屋から抜け出した冒険者が、ドアの向こうから叫んでいる。
「いいから逃げろ! ドアを閉めて甲板へ向かえ!」
入って来られると、逆に足手まといで面倒である。甲板まで逃げる途中でスケルトンに襲われるかも知れないが、そこまで面倒は見切れない。
足に絡んだ蛸足を切り飛ばして立ち上がった。閉まったドアの向こうを走り去って行く冒険者の足音が聞こえた。
蛸足が次々と飛んで来る。雄志は広い部屋の中を移動しながら避けた。
「雷系の魔法が効くって言ってたよな」
思い出して魔法を放った。
「稲妻!」
雷光が飛んで魔物本体に当たった。
空気がビリビリと震えて魔物が動きを止め、目が閉じられた。
(うん・・・やったかな)
一瞬そう思ったが、次の瞬間には何事も無かったかのように、足が攻撃を再開した。
(おい。効かないじゃん)
焦りながら伸びて来る足を避けた。
やはりこれだけの体格の大きな相手である。雷系でも中級魔法しか効かないのかも知れない。雷系の中級魔法は、まだ覚えていない。
(俺ピンチ!)
使える中級魔法は竜巻MP8と火炎流MP6である。火炎流は幽霊船自体にもダメージを与えられるはずである。
躊躇うことなく火炎流を選択した。残りMPは46である。
「火炎流!」
化け物蛸の周囲に火炎が発生し、炎が部屋に充満した。蛸足がバタバタと苦しげに暴れている。
たちまち部屋全体に火が広がって行った。
「やべえ!」
入って来たドアを探している時間は無い。雄志は目に付いたドアを開けて向こうに飛び込んだ。幸いドアの向こうには魔物はいなかった。
身体の具合を素早く点検した。チェインメイルの下に着ていた防寒・防熱の下着のおかげで特に問題は無いようだ。次回から部屋で火炎流を使うのは辞めておこう。
出て来た場所は通路の突き当たりのようだった。閉めたドアの隙間から煙が漏れて、通路に充満しようとしている。
方向感覚が無くなってしまったので、とにかく上に登る階段を探すしかない。雄志は魔物に遭遇する危険を覚悟で、通路を全力で走った。
どこをどう走っているか全く分からない。後方から追って来る煙から脱する為に、上へ上へと向かった。
途中。「あっ」と思った時には、腐った床を踏み抜いて、一層下に落ちてしまった。
「くそ!」
落ちた場所は三メートル四方の狭い部屋だった。中に一体だけいたスケルトンが有無を言わせず襲って来た。
雄志は襲ってくるスケルトンの半月刀を右手の片手剣で受け、同時に左手で鉈を抜いてスケルトンの頭を砕いた。
「ふい~」
他に敵はいないか確認しながら一息ついた。
倒したスケルトンを見ると、明らかに他のスケルトンとは違っていて、立派なロングコートを着ている。
頭と共に半分に割れた帽子は、映画で船の船長が被っている両角が上を向いて尖っている船長帽だ。
(こいつは船長?・・・ここは船長室? ってことは・・・)
雄志は部屋を見渡した。立派な机の上に、薄い光を帯びている地図を発見した。
「うおおー!」
カ〇ジでは無いが、これぞ《圧倒的行幸!》ではないか。
間違い無く情報屋から聞いた《魔法の地図》だった。
雄志は地図を巻くと腰袋に入れた。
後は生きてここを脱出するだけだ。
辺りをもう一度見渡した雄志の目の先に、壁に大きく貼られた、《船の見取り図》があった。
レンネン組合長は甲板に立っていた。
下層から湧き上がるように出てくるスケルトンと戦いながら、脱出経路を確保していた。
四人が重傷を負って冒険者側の船に担ぎ込まれている。まさかこれほど大量のスケルトンが出てくるとは予想外であった。
脱出して来たB班のEランク冒険者の話によると、班長のユウシは、部下を脱出させる為に下層の深い場所に留まったとのことだ。
普通の者には真似出来ない英雄的行為である。
ギリギリまで戻って来るのを待ちたかったが、そろそろ限界であり、この大量の魔物の数から考えて、既にユウシの生還は難しいであろう。
半分以上、雄志の生存を諦めていたレンネンであったが、一番近くの階段から、群れたスケルトンを吹き飛ばすようにして、左右に片手剣と鉈を持った雄志が武器を振り回しながら現れた。
「おお! ユウシ! 無事だったか」
雄志は縦横無尽に辺りの魔物をなぎ倒している。
「ユウシ! もう良いぞ。役目は果たした。脱出だ!」
「分かりました組合長! 最後に船に火炎流を叩き込んでも良いですか?」
レンネンは雄志がサランド村で、インプを倒す為に坑道に火炎流を三連発放った話を聞いていた。
「おう! 良いぞ。派手にぶちかましてやれ!」
三連発では幽霊船は完全には燃やせないが、かなりの被害を与えることが出来るだろう。
雄志はひと際大きく片手剣を振るって前方のスケルトンを薙ぎ倒し、鉈を鞘に納めた。
そして自身が登って来た階段奥に手を向けて叫んだ。
「火炎流! 火炎流! 火炎流! 火炎流! 火炎流! 火炎流!」
残りMPを全て使っての火炎流六連発を放った。下層で蛸の魔物に放った分を入れると、合計七発の火炎流が幽霊船に放たれたことになる。
雄志が火炎流を叩き込んだ以外の階段からも炎が噴き上がり始めた。
驚きで口を開けて硬直しているレンネンの横に雄志がやって来て「脱出しましょうと」促した。
スケルトンは攻撃を辞めて大混乱に陥っている。
「お・・・おう! しかし、お前は化け物か」
レンネンは我を取り戻し、雄志と一緒に冒険者組合の船に飛び降りた。
同時に鉤縄が切られて、幽霊船から船が離れて行く。
冒険者が見守る中で、幽霊船は甲板だけでなく窓と言う窓から火が噴き出して来て、マストも炎に包まれた。
そして静かに海の中に沈んで行ったのである。
(えーー。幽霊船を倒しちゃったよ?)
レンネンは自分の目が信じられない程であった。これまで幽霊船を追い払った例はいくつもあるが、倒した話など聞いたことも無い。
(いったい・・・ユウシって何者だ)
レンネンの横で、沈んで行く幽霊船を涼しい顔で見ている雄志を観察しながら思った。
その雄志の足元には、雄志に身を盾にして助けられたEランク冒険者が、英雄を崇拝する目で見上げていた。
幽霊船退治の報は、瞬く間に港町フォーダーを駆け巡った。しかも盗賊団退治と同じく、戦功第一位はユウシという若い冒険者だった。
幽霊船の中で巨大な蛸の魔物と遭遇し、自分が盾となって部下を逃がした美談は大きな話題となった。
《後に、町の演芸場で芝居化されて、連日の大盛況となったそうである》
本当は逃げようにも、人が出口に詰まって逃げられなかっただけなのだが・・・。
これ以上、話が大ごとにならない様に、雄志はレンネンに頼んで火炎流連発の件は内緒にしてもらった。
魔法の地図は、手に入れた雄志に権利があると認められ、正式に雄志の物となった。
Cランク昇格の話も出たが、Cランクは各地の冒険者組合長が、独自の判断で発行できる最高のランクであり、秀でた結果を何度か出さないと昇格できないとのことで、今回の成果は記録され、今後も活躍を続ければいずれ昇格の可能性があるとのことであった。
そう言えば雄志は今までCランク冒険者に会ったことは一度も無かった。
ランクはその上にもS・A・Bの三段階がある。遥かな高見であるが、目標は高い方が楽しみがある。
大量のスケルトンと化け蛸と戦い、幽霊船を倒して、レベルは三つ上がっていた。




