愛するものと一緒にて他(人)のことを考える(時)11
「あんた、なに者?」
と、会主はさっきよりも格段に低い声で言った。
「馬鹿女じゃないよね」
「ぼくは赤ん坊だよ」
と、僕は言った。
「フザケテルとこいつらみたいに喰うよ」
と、唐突にローブを脱いだ。
赤い上等な布が床にふわりと落ちた。
「あたし、露出狂なのよね」
と、顔を紅潮させてくねらせた裸体には綺麗な乳房とは別に、大きさは同じくらいの異形な突起が三つ、突き出した下半身にあった。
「!?」
僕は驚きで声が裏返った。
裸に驚いたわけじゃない。
会主の裸体はグラマーで魅力的だったが、その腰には男の頭が二つ、下腹部には女の頭が一つ埋まっていた。ローブの上から爆弾かとおもったのは、これだったのか。
会主は左側の男の頭を撫でながら笑った。
「殺した亭主でしょ。隣はあたしのお兄ちゃん。下はお兄ちゃんの彼女よ」
「家族総出で復讐ですか?」
「ふふふ、あら、何を知っちゃったのかしら」
「御手手つないだときに、ちょっとだけ」
「あら、覗き見しなくても出し惜しみはしないのに」
「あー、露出狂ですものね」
「お行儀の悪い覗き魔は、腹ん中に腕を突っ込んで掻き出して、丸呑みしてみしちゃおうかな」
とんでもない変態だな。
冷静になって観察してみると、喰った奴の力も喰ってるって奴みたいだな。
会主が腹の中に手を突っ込む仕草をした。
「掻き出して顔をみながら話したいわね」
というと握手していない方の腕が縄のように伸びて王妃のドレスの中に入っていった。
「これは腹の女の力よ」
と、伸ばした腕の先端が鉗子のように変形して、股間を押し広げて子宮へと進んでくる。
「えーと、忠告しとくよ。僕に触らない方がいい」
「ふーん」
と、会主は鼻で笑うと、
「ダメって言われると、余計にしたくなっちゃうのよね」
と、尖った先端が胎児の僕に触れた。
「喰うわよ」
会主の黒目がひっくり返って恍惚の表情になり、涎が胸を濡らした。
「あー、いいわ。いい、あんた、すごく、美味しいわ」
と、腹の女が叫んだ。鼻の高い細面の美人顔が叫んでいるが、瞼は縫い付けてらていて、潰れている。よく見ると二人の男の顔も同じように目が潰されている。
僕も喰われたら、あのかわいいヘソの横あたりに目を潰された胎児の顔になるかな。
鉗子が細い糸状に変化して僕を包み込み、細胞レベルに食い込み始めた瞬間に、僕は仕込んでおいた「卵」に霊子を送りこんだ。
やれやれだ、と思いながら、僕は王妃の体に仕込んでおいた虫を起動させた。魔法の力が低下するなら物理的な仕掛けを用意するのはお互いさまだ。卵は握手した手のひらや子宮の中、その他諸々に仕込んである。わずかな霊子で指令を与えられ、羽化した虫は相手の霊子と生命力を餌にして相手の脳へ入り込んで中枢神経の流れを支配する。その上、その過程で幾何級数的に繁殖する。
会主の全身はすぐに真っ黒くて細長くてふにふにの虫に覆われた。
この部屋での会談が決まってから、万が一のために王妃に虫の卵を仕込んでおいた。この虫は敵の生命力を吸収しつつ産卵と成長を繰り返す寄生虫式対人制圧兵器だ。
さて、どうしたものか。
とりあえず公主の脳に侵入した虫からの情報を精査する。
「うん? なんにもないって、どういうことだ?」
脳へ入った虫たちは細胞の隅々までチェックしたが、人体の行動に関する以外、記憶も情動も霊的活動についても何ない。隠しているのか?
「まるで死人だな」
「あら、失礼しちゃう」
と、今度は可愛らしい声がした。
想定外の相手が話しかけてきた。
「わたしの腕を返して」
と、公主の下腹部にある女の口が話しかけてきた。女は自分の顔の周りの虫を伸ばした舌で喰い尽していた。体の中の虫たちも徐々に喰われて数が減らされているな、と僕が思っていると、王妃の膣で固定していた腕を無理やり引き抜かれた反動で体は壁まで吹き飛ばされた。
「残念ね」
と、目を潰された顔がニヤついた。
「あなたが成長したあとなら、いい手駒になったのに。とりあえず来世に期待してね」
と、突き出した舌が槍になって胎内の僕へ、正確に突き刺さった。
あー、これでやっと、だ。
もう、この不自由な胎児から脱出できる。
さぁ、目覚めな、と次の卵へ霊子を注ぐ。子宮の中に用意した虫は、公主に寄生させた黒い虫とは別種だ。白くて半透明な蛆虫のような虫。回復虫だ。淡い希望だったが、公主の力が規格外だったから目覚めた虫たちは、本来はあの馬鹿げた戦闘狂の世界で完全死に陥ったときに瞬間再生するための武器だ。尤も、起動には莫大なエネルギーが必要で、滅多には使えない。
公主の鉗子状に変形して腕が細胞レベルで僕に入ってきたときは、やった、と思ったね。これだけの変形能力を生み出す霊子力があれば、こいつらは間違いなく僕を成長させてくれる。
突き刺さった槍に白い虫が絡みつき、僕を殺したつもりで引き抜いた穴から僕もろとも外へと引きずり出した。勿論、王妃の腹にあいた穴は虫を使ってちゃんと閉じてやった。
舌へと戻っていく槍先から落ちた白い塊の中に僕はいた。
胎児だった僕は白い虫たちがあつめにあつめた霊子と爆発的に増え続けている虫たちを取り込んで瞬間的に成長した。
まぁ、公主に踏みつけられて潰されそうになって、はねて避けたけどね。
「なにこれ? 気持ち悪い!」
と、しつこく踏みつけようとするから逃げまくった。
どうやら霊子の量が足りないか、この魔戒の部屋が持っている性質のせいか、機能が充分に発揮できない。
このままじゃ、踏みつけられて潰されてしまう。
「不気味で醜くて弱いわね、それがあなたの本体なの?」
公主は僕に相対した。
「喰って噛んでわたしのわたしにしちゃおう」
四つの口を目一杯開いて体全体で覆いかぶさってきた。
女以外の二人の男の頭がどんな力があるかは不明だが、あー、こいつ、気持ち悪いから! やる!
僕は持ってる霊子を全部解放した。