3 鎮魂士・続き
(墓場をうろつくハイエナみたいだな。陰気な稼業だよ、まったく・・・。)
内心で毒つきながら表面上は平静そのもので、キシカは深更の廃墟を一巡して次々と死者の魂魄を集めて行く。
焼死者のものなのであまり状態は良くないが、死者の都で浄化、再生の過程を経れば、新しき魂として無事に蘇らせることが出来るだろう。
キシカの仕事は、放置すれば四散するか、悪しき者に取り込まれてしまうだろう魂魄を、回収して再生の都へ運ぶことだ。
回収、運搬、任務完了。単純作業の繰り返し。
鎮魂士は人々が思うほど恐ろしくは無いし、神秘的な存在でもない。
古王国オクシデンス、あるいはヘロデアの一定の支族出身の若者に課される世襲制の雑務が『鎮魂士』なるものの正体だ。
ことさら神秘な存在として喧伝されているのは、鎮魂士の仕事をやり易くするための工夫である。
地味な仕事でありながら鎮魂士に選ばれる若者は、端麗な容姿を求められる。
これもまた、世間受けが良いようにとの配慮だ。
裕福な商人や王侯貴族たちは、自分の死後の魂魄を託す鎮魂士を生前に指定する。
これを行うためには帝国金貨で五千枚ほどの費用を死者の都へ寄贈しなければならないが、富豪や貴族などという連中は、見栄を張るためならば、いかなる出費も惜しまないのだった。
キシカの容姿は残念ながら大金持ちの奢侈な好みを満足させ得る水準に無く、よって今だ高額の寄贈金を獲得した経験がない。
相棒の女鎮魂士・リディアもまた、不人気な鎮魂士だ。
不人気同士でコンビを組まされ、地方ドサ回りの仕事をこなす。
十五歳で鎮魂士として死者の都に召抱えられて三年。
容色が衰えた二十半ばには解任される。
それまでに、何としても日の目を見なければならない。
魔術師ナシルパルと知己を得たのは半年前。
退廃の都マリヤムでの任務中だった。
キシカが通常の魂魄再生過程には乗せられない、心中者の魂魄を、魔道の闇市で始末しようとしていたところ、帝国の官憲と闇市の首領とマリヤム太守、三者三つ巴の抗争に巻き込まれた。
キシカの持つ魂魄を対価に、ナシルパルはキシカの窮地を救った。
方々で敵を作っているらしい魔術師ナシルパルは、キシカの目の前で闇市の首領に捕らえられ、闇の底へと引きずられていった。
さすがにあれでは生きてこの世に帰れないだろうと思った。
ピンピンして何事もなく現れるとは、驚きだ。齢三千年と噂されるだけあって、しぶとい。
しかし、何の用件あって、あの男はこのような辺鄙な土地にいたのか。
ナシルパルが何者かの魂魄を探していることは知っている。
この場所を漂うかも知れぬ、特別な魂魄とは何か。
「ここは、アガテイアの墳墓に近いな。」
キシカが呟くと、リディアは仕事の手を止めて、怪訝そうに相棒の顔を見た。
「サイファスの神殿もある。ゼクソーは、カルルークの聖地だ。」
キシカは爪を噛んで考え込んだ。そして、悔しそうな表情になり、吐き棄てるように言った。
「リディア、やはり、ナシルパルが連れ去った魂魄を取り戻すぞ。」
キシカの額に鎮魂士に与えられる『千里紋』が青く浮かぶ。
この呪文の効果で、鎮魂士は風の精霊のように移動することが出来る。
必死で魔術師の空間移転の先を読む。
魔術師の行う瞬間移動法は十数種もあり、ナシルパルが先ほど用いた術は、任意の範囲に切り取った二つの空間を入れ替えるものだ。
「リディア、風の匂いを読んでくれ。」
ナシルパルが消え去った空間は、交換によって、どこか別の場所から移転したものだ。
「・・・・・人の思念が残っている。それも、たくさんのだ。」
「ゼクソーだ。ナシルパルは二十里先の、街にいる。俺は追うぞ。君は、このまま作業を続けて、一人で帰還してくれ。明け方までには、俺も戻る。」
キシカは、ゼクソーの灯下目指して疾風となった。
地表から空へと上がる流れ星のようだ。
リディアはためらいもせず、キシカの後を追った。