《3 鎮魂士》
月明かりの下、焼け落ちた集落の廃墟で魔術師ナシルパルは静かに歌を歌っていた。
オルキア帝都の下町で冴えない吟遊詩人が歌っていた歌だ。
鎮魂士に扮したナシルパルの周りを薄紫や白や薄紅色の光の玉がたゆたう。
夜行をする旅人が、遠くからその情景に出会い、足を止め、息を呑む。
そして、恐ろしくなり足早に立ち去る。
唯一の友であるセラフィーを封印してしまった魔術師は、久方ぶりに一人ぽっちだ。
澄んだ声は綺麗だが、いささか調子はずれのナシルパルの歌を、いつもならお喋り鳥が「へたくそ!」と評してくれるが、今宵はそれもない。
廃墟の夜は寂しくて、さすがの魔術師といえどもシンとした気分になった。
鎮魂士は夜半から明け方までに活動する。
人々が寝静まる頃、どこからともなく現れて、鎮魂士たちは死者の魂を死者の都へと導く。
白髪を藍で薄く染めた独特の風体の彼らは、『死神の使い』と呼ばれて、人々に恐れ敬われる。
ざわ、と風が吹き、気配が立つ。
(ようやくお出ましか。)
ナシルパルは歌うのをやめ、漂う色とりどりの光球を自身の周りにぐっと引き寄せた。
これらの光球は、大事な取引材料である。
現れた鎮魂士は二人組みだった。
片方はナシルパルの知り合いだ。しかし、女の方は初対面だ。
「やあ。奇遇だねキシカ。」
ナシルパルはにっこり笑い、陽気にあいさつした。
キシカと呼びかけられた青年は眉を顰めた。
「ナシル・・・か?生きていたのか、お前。」
魔術師はにやりと不敵に笑ってみせた。
「まあね。八大魔王と取引をしたのさ。八万の魂をかり集めて、魔王の御前に奉げますから、わたくしめを解放して下さいってね。そういうわけで、魔術師から鎮魂士へ転職したんだ。
よろしくね、ご同輩。」
陰気な美しさの女鎮魂士は、興味なさげな冷たい目でナシルパルを見ている。そして、完全無視して、ナシルパルに纏わりついた光球を、掴み取ろうとする。
ナシルパルはひょい、と身をかわして女から遠ざかった。
「人様のものを、黙って頂戴しようなんて、行儀がわるいな。」
「それを導くのは我々の仕事だ。」
暗い声で言い放ち、女はするりと腰に下げた細身の剣を抜いた。
「気が早いね、君の連れは。」
ナシルパルが呆れると、シュパ、と剣が下から上へ振り上げられる。ナシルパルは魔術師らしく、忽然と消え去った。
女鎮魂士は驚きもせず、同僚を振り返った。
「何者だ、あの男。」
「当代一の魔術師、ナシルパル。名前くらい耳にしたことはあるだろう?」
「あれがか。随分と軽薄そうだが。」
「見てくれはな。でも、三千年以上生き続けている化け物だ。」
「奴に奪われた魂魄はどうする。」
「勝手に持っていかせろ。俺達の力じゃ、奴にはかなわないぜ。」
キシカはさっさと仕事に取りかかる。
死者の魂魄を集めて、死者の国へ連れて行くのだ。
鎮魂士の特殊な目には、生命の残骸が見て取れる。
夜明け前にそれらを採取しなければならない。