《2 へーコの村》
丘陵を縫うように流れる小川のほとりに広がる集落は、屋根も壁も全て木造で、鱗型の屋根には赤や緑、青でほんのりと色が付いている。お伽話の一服の挿絵のようだ。小川のせせらぎの岸辺は新緑の草花で覆われて、村の小路では子供たちが駆け回っている。
「あ、おっどうだ!」
その中のやんちゃそうな少年が、村の入り口で荷馬車を降りるへーコとエメスの姿を発見して一目散に駆け寄ってきた。
「おかえり〜ッ!おっどう!」
ジャンプして、へーコに飛び付く。
「おう、サンケ、もう昼飯くったか!」
「ううん。おっどうを待ってたよ。」
エメスが微笑ましく親子の様子をながめていると、遠くの丘の上の羊飼いの少年も叫んだ。
「おっどう、おかえり!」
「おう、タウロ、放牧ごくろうさん!」
小川で洗濯している少女も手を休めてへーコに声をかける。
「おっどう!またそんなに汚して!早く着替えて汚れものをこっちへ持って来て!」
小石をけって遊んでいた五人の幼児が一番大きい建物の中へぞろぞろ入って行く。
「かあちゃ〜ん!おっどがねぇ、帰ってきたよぉ!お客さんも一緒だよ!」
「あ、父さん、お帰り。」
馬小屋で馬の世話をする青年もへーコを父と呼ぶ。
「父さん、ミアの新しい靴、作ってみたんだけど、これで平気かしら。」
「おお、あとでな。出来具合みてみっから、そこ置いとけ。」
「おっどう、おかえり!」
「だー、だ、おあー。」
「あのう・・・・・。」
「ん?何だ、神官さん。遠慮するこたぁねえぞ。この村は、おらの家族だからよ。」
どうやらそのようだった。
へーコを出迎える人全てがへーコを父と呼ぶ。
「だ?」
エメスは衣を引っ張られる。足元に目をやると、ようやく歩き始めたばかりの赤ん坊がエメスの神官服の裾に掴まっていた。
「この子は、一番末っ子だぁ。ただいまぁ、ミルっぺ。」
へーコは相好を崩して赤ん坊を抱き上げた。
「えーと、あそこにいるのが長男坊。こっちが三男。あれが四女。このいたずら坊が十三男のサンケ。それから・・・・。」
「アンタ、いつまでお客さんをそこへ立たせとくつもりだい!?いいかげんにおしよ!はやく家入って、昼飯くっちまいな!」
母屋の入り口から、恰幅の良い女房が仁王立ちでへーコを一喝した。そしてエメスを見ると、太陽のようにニッコリ微笑んだ。
「いらっしゃい、神官さん。さ、早く上がってくださいな。汚い家ですけど、暖かいパンとスープを召し上がれ。」
「オレも食う!」
サンケと呼ばれた少年は、まとわりついていた父の元を離れ、矢のような速さで家に飛び込んだ。
「さぁ、おらたちもメシにしょうや。」
へーコは照れながら頬を掻いている。
エメスは愉快な気持ちだった。
神殿の冷たく重苦しい建物の外には、このような人々の営みがある。
エメスはへーコとその家族をとても愛おしく思い、好きになってしまった。
家も家具も日用の道具類も、全てへーコと家族の手作り品で、野菜、小麦、ヤギや牛の乳から作る乳製品も自家製だ。
「このジャムは、子供たちが去年の秋に摘んだ山苺で作ったのよ。」
少しよそ行きの声でへーコの妻は、客人に様々なものを勧める。
「オレは、はちみつ係りなんだぜ!味見させてやるよ、エメス!」
サンケはすっかりエメスを気に入った様子で、蜂蜜の壺を取りに椅子を飛び降り、すぐ駆け戻ってきた。
皮の蓋を外し、木のさじを壺に入れて、黄金色の蜂蜜をすくうと、エメスの前に「なめてみろよ。」とさしだす。
指先をつけて口にすると、「本当だ、すごく美味しい。」エメスは素直に感動してしまった。
少年は、得意満面だ。