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1 サイファスの朝・続き・2

 御者の心得のない神官の手に頼りなく託された荷馬車は悪路を疾走し、激しく弾み揺れる。

 その度に二人の体は大きく飛び上がり、ともすれば御者台から転げおちそうになる。

漆黒の怪鳥の不快な鳴き声と、車輪の音、馬の荒い息遣いと駆ける蹄の音、へーコの叫び声でエメスの周囲は狂騒状態に支配されている。

 左手で馬を御し、右の手で放り出されそうなへーコの体を引っ掴みながら、エメスは必死に自身の記憶を走査した。

 いつも入り浸っていた神殿の書庫で、『退魔法』なる怪しげな項目を、古文書で読んだはずだ。効力があるのかどうか知らないが、伝説の怪物を目前にしている以上、それを退治するものとして伝承された呪文を試しに用いてみるしかない。

(あれは、確か・・・・。)

(古いオルキア語だ。)

古代文字の発音を思い出そうとする。

へーコが絶叫する。

「あんた、神官だろう!早く、どうにかしてくれよッ!!早くッ!あああッ、また、来る、こっちへ来る、お助け、ヒーッ!!!」

「わかりましたから、静かにして下さい!しがみつかないで!」

古代文字の発音など、このような渦中には思い出せないと悟った。

『人面鳥』は、からかうように、再び荷馬車に向けて急降下して来る。キッとそれを見据えて、エメスは怪鳥を待ち受けた。

へーコの手から、鞭をもぎ取り、最接近した瞬間、鞭で思いっきり『人面鳥』の顔面を打ち据える。


ぎゃイイイイイーーーーッ!!!


バシ、と鞭が当たると同時に奇怪な鳴き声を響かせ、漆黒の怪鳥は逃げ去った。

「へーコ、手綱を、手綱を取って下さい!」

「お、おう、貸しな!」

ようやく落ち着きを取り戻したへーコは、あわててエメスの手から手綱を受け取った。

荷馬車は道の轍を外れてしまい、草の茂みに突っ込もうとしている。

大きな石に車輪が乗り上げた拍子に、エメスは御者台から地面へ放り出された。

長身の神官の体が丘の斜面を転がる。

「おい、大丈夫か!」

馬車を止めたへーコが、生い茂る草で歩き難い中を、草を掻き分け掻き分け、エメスに近寄ってくる。

「ええ。無事です。」

エメスはようやく返事をし、ギクシャクと立ち上がった。

白い神官服は、草の汁と土で汚れてしまい、悲惨な有様になっている。

外套は土埃にまみれて、だらしなく背の高い草の上にひっかかり、風にはためいていた。エメスは拾いに行く気力も無く、呆然とそれを見やった。

「いやぁ、びっくりしたなあ。久しぶりに化け物に遭って、すっかり動転しちまったよ。」

「久しぶりにって、以前にも、あのような怪異があったのですか。」

「ああ。時々な。忘れ頃にやって来る災難よ。おらは一年ぶりだなぁ。前回は、ゼクソーの郊外で、『べったら』に遭ったんだ。」

「べったら?」

「べたーん、べったーん、と歩く、ぬらぬら光る皮膚をした、でっけえ蛭か、蛙のような化け物さ。馬や牛を食っちまうんだ。」

精魂尽き果てた二人は、そのまま黙って暫く風に吹かれていた。

「なあ。」

静寂を破ってへーコが訊いた。

「どのお守りが効いたんだと思う?」

へーコが上着の裏側をエメスに見せた。上着の裏側には、びっしりと護符が貼り付けてあった。

神に仕える神官であるエメスにも、化け物に対する護符の効力など分かりようもなかった。

「・・・・・。いつもこのような危険を押して、街の市場までの道を往来しているのですね。街道警備兵は動いてくれないのですか。」

顔の前で手を振りながら、農夫はしかめっ面をした。

「ぜんぜん。駄目さ。こったら田舎道、知ったこっちゃねえだと!」

「私の居た神殿の領内には、いかなる怪異も現れませんでしたが、一歩聖域の外へ出ると、どこの地も、このような怪異があるものなのですか。」

「他所の土地なんざ、おら知らねえよ。ここらへんは、まあ、こんな感じよ。怖くなったか。神殿さ戻るか?それとも、おらの護符一個あげようか?」

「いえ・・・。」

エメスはよろよろと歩き、すっかり汚れ切った外套を拾いに行った。

外套の埃を手で叩きながらへーコのほうに戻り、思うところを口にした。

「旅の衣装を購入するよりも、護身のための武器を調達する必要があるようです。あなたの村で入手可能ですか。」

「おお。何とかなるべ。さあ、出発するか。昼飯時に間に合わなくなっちまう。」

エメスは笑った。言われてみれば、腹がすいている。

「あんの化け物め、焼き鳥にして喰っちまえば良かったな。」

馬をなだめながら荷馬車を道に戻して、二人は御者台に座った。

田舎道は、春の陽光降り注ぐ、穏やかな風景を取り戻している。

「ハイヨーッ!」

パシ、と合図を送ると馬は走り出した。




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