4 招魂魔法・続き・3
魂魄がこの世で活動するためには不可欠な要素が二つある。肉体と精霊だ。人間はこの二つのものを合わせて『生命力』と呼び習わす。
ナシルパルが魔力で作り上げた魂魄には、精霊の生命力がすでに宿らされている。
器となる肉体に侵入すれば、後はもう、普通の人間同様に現世を動き回ることが出来る。
魔術師の力で人工的に作られた魂魄を肉体へと封入された人間は、一つの体に二つの魂を同時に宿すことになる。
人間の体に第二の魂魄を宿すためには、肉体に魂魄を招き入れる『招魂魔法』を施術しなければならない。
ナシルパルは、自らの作り上げた魔道の魂魄の、宿主を求めに来たのだ。
「ユリディアトス。」
ナシルパルは小隊長を呼び捨てた。
筋骨逞しい男の体は、怯えるように、ビクリッと反応する。
保身を求めるユリディアトスの心が、魔道師ナシルパルの力に縋ろうとした瞬間、彼の精神は魔道師の支配下に入った。
「君には誰にも負けない実力がある。だから、今日の地位に昇ることが出来た。しかし、君の実力にとって、今の処遇はまだまだ十分なものではない。そうだね?」
ユリディアトスは冷や汗で全身を濡らしながら、「そ、そうだ。そうだとも。」と魔道師の言葉に頷いた。
「実力は群を抜き、他者を圧倒するというのに、自分には何かが不足している。君は、常々そう思い悩んでいる。そうだね?」
「あ、ああ。その通りだ。」
ユリディアトスの表情は、体の内奥から込み上げる、どす黒い嫉妬と不満と怒りの感情に歪んだ。
「自分に足りないものは、野心、胆力、現状打開の破壊力、大事を成し遂げるためには時に必要な冷酷さ、残忍さ。そう感じているね?」
「そうだ。それさえあれば、俺はどこまでも登り詰めてみせる。」
「どこまでも登り詰める。皇帝位すら望める。」
「そうだ。俺の夢想だ。」
「夢想などでは無いとも。乱世は近い。実力ある者が、あるべき地位につく時代が開ける。今が好機なのだよ。ユリディアトス。」
ユリディアトスの顔が苦悶に歪む。
内面で膨れ上がる欲望と、それを制止しようとする理性が葛藤しているらしい。
ナシルパルはとどめを刺した。
「大望に実力が追いつかないのではないかと、不安なのだね。君の大志を果たすには、さらなる力の源泉が必要なのだ。力が欲しいか。」
ユリディアトスは大きく頷いた。
男の肉体と精神は、異物である魂魄を受け入れる準備ができている。
このような状態に心身を導けば、あとはもう、ナシルパルにやるべき事はない。
魔道師は、木偶のようになった小隊長に冷ややかな目で一瞥をくれると、一瞬の疾風を巻き起こし、消えた。