3 鎮魂士・続き・4
ゼィゼィ、ハァハァという子供たちの息遣いが、冷たい風の吹く、満月に照らされた丘の麓に響く。
姉の不在に気がついたサンケ少年は、直感的にミリアムはまだ村外れの丘に居ると思った。
「おにーちゃぁあん、まってよー。」
かなり遅れて後ろから、妹のニケがついて来る。
サンケは駆ける足を止めて妹を待った。
置いて行っては、今度は妹まで探す羽目になる。
「だから、家へ居ろって言ったろう!」
嫌な予感に焦る少年は、ついキツイ調子で、とろい妹を責めてしまう。
べそをかきそうになる妹に、ぶっきらぼうに手を差し伸べて、丘の上へと登る。
満月の丘の上に立つと、月光に照らされた、辺り一帯の低い丘陵の全景が、ほぼ見渡せる。
(居た、ミリアム!)
姉は、村とは丘を挟んで反対側の麓の、針葉樹の林に近い所に居た。
針葉樹の林は、木立の内部で何かが光っている。
サンケは恐ろしくて腰が抜けた。
ストン、とその場に尻もちをつく。
「わぁ、きれい。あれ何?お月さまが空からおっこちたのかしら。」
おっとりと感嘆の言葉をつぶやいて、ニケはずりずり丘の斜面を滑り降り、姉ミリアムの方へ近づいて行く。
サンケは、妹の大胆さと言うか、危機意識の鈍さに驚いた。
腰を抜かしたサンケを置いて、とうとう妹は、姉のすぐ側まで行ってしまった。
「お姉ちゃん!」
「ニケ?!」
「探しに来たよ。サンケといっしょに。ねえ、あのひと誰?」
美しい鎮魂士は、ミリアムを困った顔で静観していたが、さらにもう一人、闖入者が加わって、どうしたものかと迷っているようだ。
「きれいなお兄さん・・・。お伽ばなしの、王子さまみたい。」
うっとりとニケは見惚れる。
「神官さんよりも、あの人のほうがキレイ。ニケは、ああいう人の方がすき。」
「しぃっ!鎮魂士のお仕事を邪魔しちゃいけないわ。」
呑気な妹のお陰で、恐ろしさで金縛りになったミリアムの緊張が解けた。
妹の肩を抱いて、じりじりと後ずさりする。
丘の上に目をやると、弟サンケが尻もちをついて座っている。
サンケのシルエットがピクリとも動かないので、鎮魂士に魂を抜かれたかと不安に襲われる。
妹の手を引き、ミリアムは弟の姿目指して斜面を登った。
「サンケ!大丈夫なの?返事をして!」
返答がない。
ミリアムは、悲愴な気持ちになり、林の鎮魂士を振り返って叫んだ。
「弟の魂を返してちょうだい!!」
林の中で、廃墟からさらってきた五つの魂魄に魔術を施しているナシルパルは、途中で魔術を止めるわけにもいかず、闖入してきた二人の村人の動静に気を配りながら、魔術を続行していた。
しかし、「弟の魂を返してちょうだい!」と村の娘に悲痛な声で叫ばれるに至り、「え?!」っと驚き、魔術に集中できなくなった。
ナシルパルの動揺は即、実行中の魔術に作用し、制御を乱された魔法は、暴走しかける。
危ういところで消去魔法を使い、魔術を収束させる。
ナシルパルは五つの光玉を、胸元にかき集め、抱きしめた。
スッと光が弱くなり、ついには消える。
魂魄の光の玉は、ヒュドラとセラフィー同様に、ナシルパルの体に封印された。
光源を失った林の中は急に暗くなり、針葉樹の梢の隙間から射し込む月光が、まだらに林の地面を染める。
射し込む月の光を避けると、ナシルパルの姿は少女達から見えなくなるはずだ。