3 鎮魂士・続き・3
村で一番大きな家屋の最も広い部屋に設えられた、急ごしらえの巨大食卓の、俄かごしらえの『貴賓席』にエメスは座っていた。
「あの、何か手伝いましょうか?」
へーコの一家総出、つまりは村をあげての『客人をもてなす手作り晩餐会』の準備中である。
客人とは、もちろんエメスのことだ。
皆が忙しそうにバタバタと立ち働いてる間、自分は一体どうしたらいいのかと、エメスは居心地悪い。
「あの・・・、お手伝いを・・・・・。」
走り回る婦人に声を掛ける。
すると、忙しさに血走った目でキッっと睨まれた。
「エッ!?なに!?なんか言った!?」
「い、いえ、あの・・・・・・・。」
へーコの妻マーシャそっくりな恰幅の良い婦人は、頭の上に巨大な水差しを担いだ姿で、ドタドタ走り去ってしまう。
「あの、お手洗いはどこでしょうか・・・・?」
さっきから幾度も尋ねているのだが、喧騒にかき消されてしまい、エメスの声は誰の耳にも届かない。
「かーちゃん、おしっこー。」
やはりマーシャそっくりな三歳くらいの男の子が、指をくわえて部屋の入り口あたりをウロウロしている。
「こら、イッケ、ここに来たら危ないから駄目っていったでしょう!」
ミリアムによく似ているが、凛々しくて気の強そうな赤毛の女の子が、両肩に皿を二十枚ずつ重ねて運ぶ足を止めて、幼い弟を振り返る。
「でもー・・・。母屋のトイレ、ねーちゃん達が占領しちゃってるよー。男は外でシィーして来いって言うんだ。けど、お外でシーすると、蚊に刺されるから、おいら嫌なんだ。」
「ああもう、わかった、しょうがないわね。ちょっと、アンタ、これ持ってて。」
赤毛でポニーテイルに髪を結わえた少女は、エメスの膝の上に四十枚の皿を置いた。
弟の手を引いて、ツカツカと、部屋を出て行く。
「ジェイミ!ジャスリン!ジョディア!あんたたち、また弟をいじめたわね!」
廊下を叫びながら去ってしまう。
下腹部を皿の重みで圧迫されるエメスは、限界に近づきつつある。
(ううっ。こういう拷問方法、オルキアにありましたね。抱き石の刑でしたっけ。・・・そんな事を考えてる場合じゃない、このままだと、マズイ。)
決壊寸前の生理現象をこらえながら、内股で重たい皿の山をどうにか持ち上げ、いそいでいままで腰掛けていた椅子に下ろすと、エメスは猛ダッシュで、赤毛の少女と弟の後を追尾した。
「よっ!エメス!・・・・・何か顔色わりぃーぞ、ダイジョブか?」
呑気に廊下をうろつくサンケに呼び止められて、顔を覗きこまれる。
「・・・・・・・さい。」
「あん?」
「私の進路を塞がないでくださいっ!」
「お、おお。・・・・・・・。」
エメスの気迫に押されて、サンケは飛びのいた。
同時にエメスは廊下を駆け出す。
「おい、廊下を走ると、ねーちゃん達に叱られっぞ!」
エメスは聞いちゃいないようだ。
「なんだよ、アイツ・・・・。」
「神官でも、走るものなのね。」
サンケのすぐ下の妹二ケが妙に感心した声で言った。
「しょせんは、ただの男よ。ミリアムが見たら、幻滅するぜ。」
「ミリアムがどーしたの?」
おっとりとしたニケは、おっとりとした調子でサンケに訊いた。
「ふふふっ。あのな・・・・・。」
誰も聞き耳など立てていないのに、サンケはもったいぶって妹の耳に手を当て、ミリアムが案じている通りの、あること無い事を囁いた。
「・・・・・・・。・・・・・・・・・。・・・・・・・・・。ええっ!」
「オマエ、反応遅いよ。」
いつもワンテンポずれているニケは、口元に手を当てて赤くなってはしゃいだ。
「やだぁ、そんな、はずかしー!」
バシバシとサンケの腕を叩く。
「なんでオマエが恥ずかしがるかな。痛てぇよ。」
「・・・・・・ところでお兄ちゃん、ミリアムお姉ちゃん見かけないね。」
「台所にいるんじゃねぇか?」
「・・・・・・・うーん・・・・うーん・・・。ううん。居なかった。」
ニヤ。っと、サンケは笑う。
「部屋でめかし込んでいるのさ。いやだねー、色気づいちゃってぇ!」
「・・・・・・うーん、とねぇ。部屋にも居ないの。」
年の近いニケとミリアムは相部屋だ。
「さっき覗いたら、歓迎準備の大部屋にも居なかったな。あれ?」
少し心配になり、サンケは考えこんだ。
「オレ、ちょっと探してくるわ。」
「お兄ちゃん、私も行く。」
「いやだよ、オマエ、足遅いもん。」
「えーっ。さっきニケに教えてくれたこと、母さんに告げ口しちゃうから。」
「待てよ!勝手にしろよ、もう。女って、これだからイヤだよ。」
言うが早いか、サンケは廊下を駆け出した。
「コラーっ!廊下を走るなって、いっつも言ってるべ!」
サンケとニケに向けて、へーコが怒鳴る。
「こりゃあ、おめーら、どこさ行くんだぁ?!宴の手伝いもしねぇで!・・・・・ったく。」
とっておきの酒甕を担いで、へーコは大部屋に入る。
「おーお、みんな、頑張ってるな。」
「父さん、スプーンとグラスが足りないの!」
「おう、ナディアばあさん所で借りてくるわ!ちょっくら待ってろ!・・・・ん?神官さんはどこへ行ったんだ?」
主賓の姿がいつの間にやら消えている。
へーコは大広間で忙しく動き回る家族の人数を確認した。
「おい、ジュリーはどこだ?」
「さっき、イッケを連れてトイレへ行たわよ。」
「ふーん。おい、リリスは?」
「マリリンばあさんと一緒に、赤ん坊たちの面倒を見てますよ。」
「そうか。おい、ロトとトマは?」
「何を言ってるんです、あそこの窓際に、ちゃんといるじゃありませんか。」
(誰か足りない気がするんだよなぁ。はて。)
へーコは首をかしげながら、母屋を離れ、ナディアばあさんの家へ向かった。