有刺鉄線の内側に芽吹く種
私は現実の世界で他の誰とも変わらない生活している。
けれど本当の体は現実とあちら側の繋ぎ目に縛り付けられているのだった。
私の仕事は誰かの業が解けるのを見届けることだ。
その「誰か」は天に定められている。
サポートが上手く機能して相手の業が昇華されたら、私は繋ぎ目から解放される約束だ。
けれど私は不器用でほとんど相手にアプローチすることができない。
毎日関わってはいるのだけれど、心の内側に触れられない。
私の相手は職場の上司である女性。
児童館職員だ。
有能ではあるが、チームの誰かを必ずスケープゴートにせずにはいられないパワーゲームのコントローラー。
彼女には変化したい動機はない。
業は深まるばかりだ。
サポートは決して気づかれてはならない。
彼女自身に動機付けられ、彼女自身の気づきによって解けるのでなければ、業は却って深まってしまうだけなのだ。
この世界には私のような人でないものが、実はたくさん紛れ込んでいる。
いくつもいくつも。
互いにそれと知れるのに、知らん振りをして通り過ぎなければならない。
隣のシマのBさんも、私と同じようにどこか繋ぎ目に縫い留められた者だ。
上手くいくといいね。
視線でメッセージを送る。
必要でない話はしない。
私たちはほとんど接触することがないのだ。
接触したとしても仕事上の自然な範囲のものに限られる。
私の事情をシェアすることは許されていないから。
本日児童館は大掃除。
ワックスをかけるため運び出していた荷物を戻している。
職員の私は細かな物品を整理しながら、手伝いに来た子供達に指示を出す。
これはあの部屋、あれはそちら。
それはもう処分しましょうか。
子供たちは力を合わせて卓球台なんか運んでいる。
なんて働き者の子供たち。
どうか彼らの業が少なくありますように。
業は個人の自由を縛るもので、その人の個性を奪い、一方向へ縛り付けてしまうもの。
人間には見えない。
当人も周囲も気付くことができない。
「卓球台まだ運ぶのありますか?」
頬を桃色に染めて汗をかく親切な少年の声。
彼が背負っている業が少なからんことを私は知っている。
親切で朗らかな優しい子供。
私は見えたものに蓋をして、彼らに新しい指示を与える。
子供の頃は紐帯が緩んでいるのか少しだけまだ自由な、余白がある。
でも彼という種は細かな有刺鉄線の張り巡らされた土地に芽吹いていた。
そうとも知らず、追いつけ追い越せと周囲と競うように幹を太らせてきたけれど。
早晩逃れようもない刺が食い込み、彼を傷つけ始めるだろう。
張り巡らされた線によって彼は、定められた一つの方向にしか枝をのばせなくなっていく。
しまいに幹をも歪ませて不自然な体制を取らざるを得なくなるのだ。
踊らされ、気づいた時には思い描いたものとはまるで違う、おぞましい私の出来上がりだ。
罠を張り巡らされた荒地に芽吹いたことを知らないから、線は誰にも見えないから、隣のあの子のふくふくとした土地とは全く違っていることに気づかないから、彼は朗らかに笑っていられる。
自分に科せられた運命を、業をなにも知らなくて、一所懸命成長しているだけなんだ。
そしていつの間にか罠に絡め取られる。
完全に繋ぎ目に縫い付けられてしまう。
その時、身は天の人質として捧げられ、意識は放り出される。
私のように。




