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鍼の山<FA:萩尾滋さんから>
深夜目覚めてトイレへ行く。
墨を撒いたような黒。
何も見えない。
私の手も見えない。
すり足で歩き
手探りで引き戸をスライドさせる。
廊下へ出ると青白く光る線が映る。
それは、視ることが出来るのが奇跡のような。
今にも解けて粉になり、なくなってしまいそうな。
触れても気づくことができないくらいに、細い鍼だ。
冷蔵庫、レンジ、籠の中の食器。
みんなウニのように長短の鍼で覆われている。
キッチンマットに書かれたアルファベットの凹凸。
ゴミ箱から覗くゴミやサイクロン掃除機の埃の形もなぜか透けているようにくっきり感じられる。
鍼は僅かに青白く光って見える。
私は眠っていない。
そうか、と思い部屋へ戻る。
とても静かだ。
目を閉じる。




