ラスカと貝の国<FA:萩尾滋さんから>
地下鉄から降りて、階段を登り地上へ出る。
地上には空気中に細かな虹色の粉が舞っている。
目を開けられない。
ザックの上ポケットからゴーグルを取り出す。
フードにゴーグル、口にはバンダナ。
肌は出来るだけ出さない。
道行く人がみなそのスタイルなのはこの粉のせいだ。
付けたばかりのゴーグルの表面にも粉が貼り付き始める。
足元には雪のように粉が降り積もっていて、踏むとキュッと音を立てた。
私の隣には三児の母となった友人のラスカがいる。
ラスカの長女、長男は共に小学校中学年。
それから少し離れて末の娘は二才前だった。
ラスカは70リットルはありそうな、背負うと自分の背よりも高いブルーのザックと、パッションピンクのショルダーバッグをそれぞれ前後に抱えていた。
姉弟は二人で手をつなぎ歩き、末娘は私が胸に抱いて歩いた。
我々は揃ってある場所へと向かう。
ここはかつての銀座。
煌びやかなビルの立ち並ぶ通り。
ビルの表面には砂がつもり、壁全体がホログラムシートを張り付けたように色を変え煌めいて見える。
まるで貝殻でできているみたいに美しい。
エレベーターの列はビルの外まで伸びていた。
最後尾はビル風の強い裏道。
季節はもうすぐ年が明ける頃。
風が冷たい。
姉弟は互いの手をこすり合わせて暖をとる。
私は湿度の高い息を吐いて眠る末娘に頬を寄せた。
エレベーターに乗る順番が来たとき、目を覚まして立ち歩いていた末娘が飛び出した。
エレベーターの細い隙間につまづいたかと思うと、そのまま吸い込まれるように落ちてしまった。
床を掴む小さな指を剥がしなんとか引き上げると、末娘はぎゃあと泣いた。
抱くとママがいいと大粒の涙を零した。
ゴーグルに溜まるのは虹色の涙。
エレベーターは最上階へ。
降りてすぐまた行列。
列の先はビルの外へ伸びている。
ビルの外には大きな巻貝のようなオブジェがあって四方に長い棘のようなものが伸びている。
みな棘を掴み巻貝を登っていく。
貝の軋む音。
人々はゴーグルを外しバンダナを取り、重いコートを脱ぎ捨てて下着一枚になって登る。
ここは寒くも暑くもなかった。
湿気ても乾燥してもいない。
飛び込み台のように伸びた巻貝の口から人々は飛んだ。
貝はガラスでできているかのように細く脆いから、飛ぶたびに軋んでふわりと貝の粉が散る。
一人胸で指を組んで飛んだ。
二人輪になるように手を結んで飛んだ。
私たちは飛ぶためにここに来た。
長い旅をしてきたのだ。
ラスカの荷は死んだ人。
捨てられない大切な人を連れてきた。
どんな風に飛ぼうかと姉弟が無邪気に話している。
ポーズのこと。
二人は一緒に飛ぶつもりらしい。
体重制限は大丈夫だろう。
末娘はどうしようか。
ラスカは死んだ人を送り出して先に。
上の二人は、二人で一緒に飛ぶ。
最後に私と末娘で飛ぼう。
ラスカとはそう話してあった。
子供達が泣いたらママが先に行って待っているよとなだめてくれと頼まれていた。
末娘はきっとママがいいと泣く。
いまもう既に泣いている。
死んだ人とラスカの家族で一緒に飛ぶには、ガラスのような先端がもたないだろう。
私は。
私は泣く末娘をラスカに押し付けて、一人エレベーターを降りた。
私は飛べない。
早足でビルを出て、元の道を辿り地下鉄を目指す。
外の列でキスをする恋人たち。
その正面で飛び降りて虹色の粉になる人たちの群。
みんな最期の時と分かっている。
振り返り仰ぎ見るも、煌めいて眩しくて目を開けられない。
この粉はラスカだろうか。
愛らしい姉弟、末娘。
ゴーグルは粉でキラキラしすぎて、もう上も下もよくわからない。
私はグローブでゴーグルを擦り、虹色のポストに一通の年賀状を入れた。
酷く寒い。




