モノリス
私は川底に沈む一枚岩。
そう思っていたのに、違った。
私は……。
ころころと一定のリズムを刻む水音が心地よく耳をくすぐり、私の意識は浮かび上がった。
クレッシェンドみたいに。
子供の記憶みたいに。
いつからなぜここにいるのかわからないけれど、気づいたら存在していたというような不確かな確かさで。
岩の間を滑り、表面を撫でたり弾けたりして攪拌される川の音。
水が肌の上を撫で、走り抜けていく感覚。
眼に映るのは、無数のあぶくの吹き上がる水面。
空が、木立が不鮮明にぼやけ、揺らいでいる。
近くでヤマセミのダイブする破裂音を聞く。
生まれ、震えながら慌てたように立ちのぼり、弾ける泡の音。
少し離れた場所からは子供達のやり取りする声がくぐもって聞こえる。
長靴の立てる、口を開けたままガムを噛んでいるようなべったりとした水音。
太陽が雲から抜け、打ち下ろされた矢のように光が飛び込み、ひらひらと水面を踊った。
岩に弾けたしぶきがきらめく。
川で起こるあれこれがみんな私の目に、耳に飛び込んでくるのは、私がきっと川底の一枚岩だから。
何万年もここに横たわってこれらを見てきたから。
誇らしさに胸を張りかけた時、気付いた。
目の端に映る、弾けない大小の泡。
ほんのりと粘り気を帯び、重なり合う泡に。
かき混ぜられて水面で泡立つのは私の体液。
黄色い膿のようなリンパ液の色。
拡散した血液の赤。
それらが淀みに溜まり、白く泡立ちところどころ油膜のよう汚れた虹色を作っている。
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視界がくるりと逆転し、私は空から川を見下ろしていた。
川の真ん中でオフィーリアのように髪を散らし、天を仰ぐ白い顔の女の姿が映る。
ただし女はオフィーリアとは違い川底に貼り付くように沈んでいて、きっと誰の目にも映ることがない。
ぽっかり黒々とした穴を開けた腹を小魚がつつくと、ひらひらと糸のようにほぐれた肉片が舞い上がる。
少し先の河原では、お揃いのキャップをかぶった三人の男の子が網でテナガエビを掬っているのが見える。
視界はどんどん広くなる。
私は高く、遠くなる。
私は川底に沈む一枚岩なんかじゃなかった。
清流を汚す一人の女。
水底から見上げた光景は私の見開かれた目に最後に写ったもの。
川底の一枚岩になったような光景。
美しい川の生き物たちの生活音。
その体で見聞きしたものが私の妄想なんかじゃなければいい。
本当の感覚だったら嬉しい。
そして、とても残念だ。
自分が美しいものを汚さずにいられなかったことが。
すごく大きい存在になれた気がしたんですよ。夢の中では。




