掌から生まれる魚
岩礁に立っている。
車道から防波堤を越えて石を渡り、海に臨む先端まで出たのだ。
風に白いノースリーブのワンピースがなびく。
海に呼ばれ、手を引かれているみたいに強く。
「戻ろう、潮が満ちてきたよ」
腕を引かれて、素足の裏が濡れているのに気がつく。
わたしの立つ岩の城を飲み込もうとするように、波は遡上し、みるみるうちに岩場が消えていく。
岩に生えた髪の毛のような茶色い藻が、誘うように足をくすぐる。
「早く」
彼女の手を取って、導かれるまま後を足跡を辿る。
陸の世界へ。
わたしは魚だったかもしれないのに。
子供部屋。
Mさんの書いた歴史物語をベッドで子供に読み聞かせている。
ふくふくした羽毛布団に白いシーツ。
水まんじゅうみたいなふるふるした頬の幼子が二人、すっぽり布団に埋まって、ビー玉みたいな丸い目を向けていた。
わたしの掌にはジップロックみたいな開閉できる穴があって、開くとそこから魚が出てくる。
波と共に溢れ出し、白い布団を濡らして跳ねる。
何度も尾を打ち付けて、子供達の頬をびたびたにする。
わたしの魚。
「いけない魚ね」
黄色い尾びれを掴んでわたしは子供部屋を出る
この誰にとってもどうでも良い、どこにでもあるただの魚にわたしは惹かれる。
逆さにされて連れ出される哀れな魚。
あなたの良さは誰も理解しないから、部屋から締め出さなくてはならない。
解体され、味わわれるためのあなた。
台所に立つわたしをUさんがなぐさめてくれる。
「仕方がないわ。魚は彼らにとっての対象じゃないんだもの。語りかけたり抱きしめたりするような、大切に扱って愛するための」
魚は、テディベアではないの。
頭を落とされ、手足を削がれ、切り身になって冷凍庫の中にあるもの。
冷たくなって、わたしはそこに眠っている。
あなたを描けるようになりたいな。
なるとき、わたしは。
20200209




