黒く粘っこい生きたシミ
友達と電車に乗る。
車内は空いていたけれど、一人分ずつしか座席は空いていない。
見回していると、おばあさんたちが気がついて席を詰めてくれた。
並んで座れる。
麦わら帽子を脱いで腰掛けた時、おばあさんのノースリーブの腕に直に触れ合ってしまう。
くにゃっとした二の腕が冷たい。
か細く筋張った首。
日の光に溶けるような白髪。
なんてかよわい生き物か、と息をのむ。
赤いシートは座ると心なしか沈んで、波打つように乗客が揺れる。
ぐにゃぐにゃの歯茎みたい。
バラバラな乗客は心許ない歯抜けの歯だ。
最近電車の評判をインタビューする動画が流行っているらしい。
夢中になって見ている子供がいる。
気になって覗き込むと、見ている子と同じくらいの年頃の小さな子供が映り、それからママがカメラに向かって喋っている場面に変わった。
まぶたの上にはキラキラのラメの入った太いゴールドのライン。
バッチリ化粧しているのはインタビューのためかな。
突撃っぽいけどそれはきっと演出で、実際は突撃なんかじゃなさそう。
車内はじきに混んできた。
友達は正面で吊革を持つおじさんと話している。
偶然会った親戚だと言う。
白髪まじりの髪を肩までのばしたおじさんは色黒で、歯抜けで、なんだかきもち悪い。
彼女のおじさんは同じ駅で降りてわたしたちについてきた。
友人の袖を引き、やっぱりこっちじゃないよ、なんて言って、敢えて反対口の改札を出ることにする。
しかし改札を出た後になって友達は駅員に呼び止められた。
親戚の叔父さんが急に挙動不審になって、さっきまで一緒にいた君に声をかけたんだという。
改札前で見ていたんだ。
反対口の商店街に回ると、白いエプロン姿の昔ながらの床屋さん然と中年の男の人が、彼を確保していた。
床屋さんには色素の薄いウェーブのかかった髪をした同じ格好の若いスタッフが同行していた。
若い人はめんどうごとに関わるのが心底嫌みたいでため息ばかりついている。
親戚のおじさんは酔っ払いみたいにへたり込んでズボンの後ろを濡らして臭くなっている。
ジーンズのお尻が古い油を染ませたみたいに黒い。
迎えにきた友達が親戚のおじさんを抱えようとしてズボンのお尻に触って手を汚してしまう。
いやっと叫んで友達は手をわたしの服になすりつけた。
空色のシャツが濁る。
わたしは酷いと怒って文句を言った。
それから急いでシャツを脱ぎ捨てゴミ箱に放り込んだ。
車のトランクに着替えを積んであるから、駅前の駐車場まで着替えを取りに行く。
わたしの車のトランクには引き出しがそのまま積んであるのだ。
まるでそこで住んでいるみたいに。
なんでもある。
グレーのカーディガンを羽織り車内で一息つく。
彼女の元へ戻るべきかどうかを考える。
腹立たしいし面倒だが、心配にも思うし、でもちょっと怖い。
しかし放っておくわけにもいかないと思い、車を出る。
彼女と汚れた彼女の親戚のおじさんを助けないと。
憂鬱。
でも元の場所に戻っても、もう二人はいなかった。
騒ぎもおさまって、いつもの人が流れるように行き交う商店街。
駅前広場。
一人で手近な喫茶に入りカウンター席につく。
すると一つ空いた隣に座り、一人でコーヒーを飲んでいた女が突然席を移った。
まだ途中なのに。
彼女の座っていた席で腐臭がして、見ると座面に黒く粘っこいシミがあった。
このシミの色は、さっきのおじさんのジーンズのシミと同じ、古い油のような黒。
そこからムカデのような蠢く赤黒い虫が生えてきているのが見える。
これは彼女の内側から出てきたものだろうか。
椅子に粘っこいシミを落として席を立った彼女は、同席してもいいですかと、テーブル席のおばあさんの輪の中に入っていく。
おばあさんたちは怪訝な顔をしながら受け入れる。
この臭い。
あの女は友達の親戚のおじさんと同じ臭いがする、と思う。
わたしは彼女の後ろ姿をギュッと睨みつけていた。
20191219




