そらちゃんとまきちゃん
ここは家族経営の雑貨屋兼喫茶店。
レジスターの前にはミイラみたいに浅黒い顔したおばあさんが座って番をしている。
腰高の白木の棚には本がたくさん置いてあって、その向こうには青々とした芝生の庭が白っぽい冬の日差しに輝いている。
棚の上には青空の表紙の黄色い帯のかかった同じ本が何冊も重ねてある。
とある父親の書いた、障害と戦う女の子の話だ。
階段を降りる音がして、突然棚の隣の扉が開いた。
この先はプライベートスペースなのらしい。
降りてきた女の子はさっき見た青空の本の帯にあった写真と同じ顔をしていた。
思わずあっと声を上げ見つめてしまう。
一目で障害を持っているとわかる、ひどい猫背でおかっぱ頭の五歳くらいの大きさの、二十歳になる女性。
名前はそらちゃん。
そらちゃんは私の席にハーブティーを運んできた女の子に向かってひどい濁声で「おばちゃん!」と呼びかけた。
緩く三つ編みをした、どう見ても中高生くらいの若い女の子だというのに。
女の子は顔を真っ赤にして唇を噛む。
「まきちゃん、コーヒーお願い」
「はいっ!」
忙しくしていたら絡んでこないだろうと思ってのことだろうか。
奥で新聞を広げていた白髪の男性がまきちゃんに声をかける。
「おばちゃん!おばちゃん!、やーいおばちゃーーーーん」
「そらちゃんやめて」
そんなことには構わず、そらちゃんは大声で意地悪を言いながら、アヒルのように身を揺らして妹のまきちゃんを追いかけた。
「まきってば、なに変な顔してんの。あはははは」
芝生で寝転ぶ白いワンピースを着た色黒の女の人が笑い出すと、カウンターでコーヒーを注いでいたメガネの男の人が芝生の庭をちらりと見やった。
「まったく母さんは……」
「やーい、おばちゃんおばちゃん」
ああ、カウンターにいるこの人がまきちゃんとそらちゃんの父親なのか。
空色の本の著者。
そして庭にいる色黒の人は母親で、レジにいるのがその母親の母親。
細い目の形も色の黒さもそっくりだもの。
父親は妻の母であるおばあさんに遠慮してなのか、母親を咎めるでもなく、そらちゃんの意地悪をたしなめるでもなく、無言でまきちゃんにコーヒーを差し出した。
客の前で辱められているというのに、誰にも味方をしてもらえないまきちゃんは、今にも泣き出しそうになっている。
「おばちゃん、どうしたのぉ? 泣いてんの?」
年上なのに五歳みたいなそらちゃんは、きっと年頃のまきちゃんが羨ましくてたまらないんだ。
そしてまきちゃんはそらちゃんの切ない気持ちを知っているから、何をされても反撃できない。
「だっさ、おばちゃんっていわれたくらいで、だっさぁ」
そらちゃんはしつこくまきちゃんの後を追いからかいつづける。
「そらちゃん、まきちゃんに優しくして」
私は席を立ちそらちゃんの前にしゃがみ込んで目を合わせた。
初めて見るただの客に咎められて、そらちゃんは毛を逆立てたネコみたいに目を大きく見開く。
「ほら、この人も言ってるでしょ。やめてやんな」
私がそらちゃんに注意をすると、外で笑い転げていたお母さんが急に飛んできてそらちゃんを咎める。
そらちゃんはギギギと歯ぎしりをする。
すると、ほとんど半泣きだったまきちゃんが突然取り憑かれたように真顔になって、私の方を指差した。
いや、私じゃない。
もっと後ろの。
振り返るとまきちゃんの指した先には私の夫が座っていて、なんのことやらという顔で首を傾げていた。
・
・
そらちゃんとまきちゃんはかつて、この庭で共に何かを解体していた。
簡単に手で捥いで、肉を削ぎ、チタンの鍋に入れ、骨まで柔らかな濃厚な黄色いスープにした。
笑い合って、幸せそうに。
庭では瓢箪みたいな形の胴だけになった頭のない鶏が、それを知らずにいつものように餌を啄もうとして困惑して歩く。
君にはもう目もくちばしもないんだけど、何度も地面のほうにうつむこうとして……。
この光景は一体、なんだろう。
20191213
冬の日差しと芝生の青、白いワンピース(キャミワンピなんだなーこれが)が不思議なのです。




