主婦が恋してなぜ悪い
主婦になるとは自分にとって、どういうものなのか。毎日の暮らしの中で自分にとっての幸せを模索していく。
私 鈴木冴子42歳 冴えてる子なのに
冴えない主婦。
旦那 啓吾42歳 同い年。
大手の下請け会社に勤務。
俺は技術屋だから。が口癖
長女 実優 高校二年 ソフトボール部。
生真面目な性格に男気溢れる性格。
長男 雅樹 中学二年 野球部。
そろそろ青春に目覚め始めた少年。
そんな家族と平々凡々とした生活を送っている私だけど、実優や雅樹の大学受験や学費などの事を考えると旦那の給料だけでは
やりくり出来るのか…
私がパートに出て食費くらい稼げたら
少しの余裕があるのではないかと思っていたところに友人から自分が勤めてるドラッグストアに一緒に行かないかと誘われた。
これは決めるしかないと旦那に相談したら
旦那も自分の給料だけでは無理だと思ってたようで
「お前が無理しない程度なら」
と優しいお言葉をいただきまして
無事、専業主婦からパート主婦となりました。
実優や雅樹は
「ちゃんとご飯と弁当は作ってよね」
と自分達の事しか考えてない様子。
それでも、外の空気に触れる事を考えると
緊張と嬉しさで顔が緩んでしまう。
実優を妊娠したときに勤めていた銀行を
辞めてから仕事復帰は十八年ぶりだ。
不安な気持ちも無くは無いが嬉しさのほうが
勝っていた。
とうとう初出勤。
午前十時から午後五時までの勤務。
今日は初日だから正社員と一緒の九時から勤務。
店長の挨拶から始まり私の簡単な自己紹介。
「鈴木冴子さんです。初めは品出しから
やってもらうから、みんな宜しく」
「私、鈴木冴子と言います。
精一杯頑張りますので宜しくお願いします。」
仕事はさほど難しくは無かった。
一週間もすると大体の仕事は出来るようになり同僚たちとも他愛のない会話も楽しめるようになった。
三ヶ月ほど経った頃、陳列棚に台所用洗剤を
店員の聡志と一緒に並べていた時に
「鈴木さん、レジが混んできたので
僕、行って来ますけどここをお願いしてもいいですか?」
「はい。大丈夫です。」
聡志はレジのほうに小走りに行った。
聡志は二十六歳、大学卒業後
ドラッグストアの本社に入社し、今はここに
配置されているようだ。
結構、私好みでまずまずのイケメン。
そんな、聡志を見ていたら。
「あの子、タイプなんでしょ?」
突然、後ろから声がしたので振り向いたら
誰もいない。
由紀子さん?パートの同僚の由紀子だと思った。
「あの子、この前フラレたのよ
薬剤師の麻美子って娘に」
「えっ、そうなんですか」
と、また振り返っても誰もいない。
「由紀子さん?」
「…」
何も返事が無い。
気味が悪いと思いつつ仕事をしていたら
「あんた、私の声が聞こえるの?」
「?!」
私は振り向いたけど誰もいない。怖くなったのでその場から離れようとしたら
「ここよ、ここ。」
トイレ用洗剤の棚から声がして顔を向け
目を疑った。
そこにオバサンが立っていた。
なんなの?!このオバサン。
ミニチュア化したような典型的なオバサン
今どき、白い前掛けエプロン姿。
腰に手をあて仁王立ち
目を離すことが出来なかった。
そのオバサンは私にお構い無しに喋り続けた。
「いやだ、私が見える人間に会ったのは何年ぶりかしらね。今の時代にも私が見える人間がいたのね」
なんて呑気に喋っている。
私は何が起きたのか目の前のオバサンが何なのか頭が真っ白になり固まっていた。
そんな中、声を振り絞って言った
「あの、お客様ですか?」
オバサンはキョトンとして
「いやだ、客じゃないわよ。あんたより
ここにいるのは長いわよ。そうね、あんたの
先輩ってとこかしら。名前は文江って言うの
ヨロシクね。でも、この文江って言うのも
昭和になってから使ってるから長いわね。その前はフミって名乗ってたわ、その前は
えーっと忘れたわね。なんだったかしらー」
延々と一人でそのオバサンは喋っていた。
「あっ、あの、オバサンはどういった方なんでしょうか?」
「はっ!?オバサン!?誰に言ってるの!?
あんただって充分オバサンでしょ。人に対していきなりオバサンって失礼でしょ」
人なの?と思いながら
「ごめんなさい。ちょっと、ビックリしちゃって、どう言っていいのか分からなくって。
ごめんなさい、失礼しました。」
「いや、いいのよ。そりゃ、ビックリするわね。私のほうこそごめんなさいね。私のこと
文江って呼んでくれていいから」
文江は自分のことを妖精だといった。
私は妖怪の間違いではないかと思ったがあえて口には出さなかった。
誰もが西洋の妖精を思い浮かべるようだが
その国々によって妖精が違ってくるのは当たり前だと言われた。それもそうだ。
人種が違うように妖精も違って当たり前だ。
文江は平安時代生まれ、妖精の寿命はだいたい二千年くらいらしい。文江はちょうど人生の折り返し地点になったと感慨深げに話してくれた。私も四十過ぎてそろそろ折り返し地点だ。文江とは同い年くらいなのかもしれない。
今日は疲れた。
夕飯も上の空で作り、旦那や子供たちからはよっぽど疲れたんだね。と珍しく優しくされ後片付けは三人でやってくれた。
あの、文江さんのお陰だなとお風呂に浸りながら思い出していた。
なんだったんだろう…
次の日、棚に品物を陳列しながらキョロキョロと
文江さんを探したが出ては来なかった。
次の日も、次の日も。
あれは夢だったのかな。
一週間ほど経った頃、
「あんた、辞めてなかったわねー」と笑顔の文江さんが
台所用洗剤の隣に立っていた。
私は遠距離恋愛でやっと会えた時のようなドキドキ感で胸がいっぱいになった。
「文江さん、どうしてたの?」
「気になる?」
「そんな、じらさないでっ!」
私は恋人のような口振りで言ってしまったことに
少し後悔しながら、どうしてたのか質問した。
文江は友達と旅行に行ってたらしい。
私は友達の事や文江達の世界がどうなってるのか
気になって仕方なかったが
「あんたは真面目そうだから私達のことを口外しないだろうけど売り物にしたがる人間ばかりだから
話さないように決めてるんだよ」
と文江は少し困ったように話してくれた。
私もそれ以上は聞かなかった。
それでも、週に3、4日顔を会わすうちに
色々なことがわかった。昔は民家やレストランなどで
暮らしていたがネズミやゴキブリなど害虫が多く
危険な目に合うことが多かったからドラッグストアや
デパート、百貨店が生活するには最適だと話してくれた。文江と話すのが一番の楽しみだ。
どうして私だけが文江が見えるのか聞いたら
あんたは古くさい人間なんだよ、きっと。
と言われた。昔の人間は自然や言い伝えと共に生活してたから文江たちの事も見えてたし、一緒に暮らしてもいたそうだ。私は自分のことが古くさいと思ったことも言われた事もない。
文江と話すときが一番楽しい時間になった。
旦那や子供も私が仕事を始めたばかりの頃は私の事を
疲れただろうからといたわってもくれたけど、慣れてきたら当たり前のように文句ばかり言う子供たち。
私に興味さえないかのような態度の旦那。
私ひとりが家事と仕事と労力が増えたようだ。
なんだか、世の中に私ひとりきりでいるような気持ちになってくる。
そんな時に
聡志から食事に行こうと頻繁に誘われる。
男性から食事に誘われるなんて何十年ぶりだろう
それも、一回り以上も年下の男なんて。
文江も見てるだろうけど何も言わない。私も言わない。たぶん、私は迷ってるから。
まさか、本気じゃないだろうけど胸の奥では何かを期待してる。
聡志の様子だと食事だけでは終わらないだろう。
女の勘ってやつである。
毎日、家事や仕事におわれ、女としての時間などあるはずもない。旦那としたのはいつだったかな…
聡志から熱っぽい目で食事に行きたい。と言われ
私の女の部分が刺激されてしまったのは言うまでもない。仕事中も聡志と目をからませてる始末。
聡志と自分の休みを合わせ、とうとう明日と言うときに
「あんた、あの子といそしむつもり」といきなり声をかけられた。
私は背中に銃でも突きつけられたように身動きが出来なかった。
「わ わたしは…」 あとが続かない。
当たり前だ何も言い訳など出来るはずもない。
「あんたの勝手だろうけど、その場しのぎだったら
後悔しかあんたには残らないと思うけどね。あんたにとって本当の幸せってもんを忘れてるんじゃないかい」
言葉が出なかった。ウキウキしてた気持ちもあっという間に無くなった。私は聡志とそんな関係を望むほど好きなっていたのか。泣けてきた。
私にとって大切なもの。実優、雅樹、旦那?。
今までの時間。これからの未来。
聡志との時間は大切でも何でもなく、私の寂しさを紛らわせるだけのもの。そんなものの為に壊すことは出来ない。馬鹿だ私。
次の日、聡志のメールに送った。
おばさんにすこしの夢をありがとう。
早く大事な人に聡志くんが出会えますように。
ちょっと、心が晴れた。
私にはやっぱり無理だな。と一人笑ってしまった。
文江さんとおしゃべりしたいなあと思いながら
せっかくの休み買い物でもしようとデパートに寄ったら、化粧品のテスターを使いまくってる人が。
「文江さん?」
「あらっ、あの子とのデートは?
私はこれからデートなのよ、旦那と。」と満面の笑顔で言われた。
旦那って、旦那がいるの?!
「文江さん、綺麗よ。とっても」
ありがとうと澄まして言って踵を返すように歩いていった文江。本当に綺麗。
そろそろ、お昼。
たまには旦那にメールしてみようかな。
たまにはお昼、ご一緒にいかが?
旦那からのメールがすぐに届いた。
どうしたの?どこにいる?何食べたい?
笑ってしまった。私の幸せはここにある。
私もデパートから踵を返すように颯爽と歩いてみた。
冴子と文江が人間と妖精というあり得ない出逢いを通して、冴子が平凡でも家族との幸せが一番だと思えるように文江が促していく。それを冴子も望んでいるというのが伝われば幸いです。