9
8日目
俺が話をするのはきっと君に覚えていてほしいからかもしれない。
そう言っては翠は寂しそうに笑った。
君の隣があまりにも心地良くて。
まるで夢のようだと思っていた。
あの苦しい戦場で見ている夢だと。
翠は遠くを見つめる。
その先には亡くなった綾さんがいるのだろうか?
凛は翠の隣に座り、話を聞いた。
夜は更けて日付はもう変わってしまった。
それでも翠はは静かに語り出す。
初めて綾と出会ったのは6つくらいの時だ。
彼女はとても可愛くてクルクル動く表情が魅力的だった。
それは兄も同じだったのだろう。
俺と兄は同じ人に恋をした。
そして綾は兄に恋をした。
俺は二人とも好きだったから、我慢をしたよ。
二人を失いたくなかったからね。
やがて大人になって二人は結ばれた。
幸せそうな姿を見て俺も幸せだった。
戦争が始まるまでは。
あの日に知らせを受けて、俺が父王の元へ向かったらすでに兄は戦場へ向かったあとだった。
それほど急がなければならなかったんだ。
俺も慌てて後を追ったよ。
玄関には立ち尽くした綾がいた。
兄を送り出したまま動けなかったんだろう。
あの時、綾のお腹には兄の子供が宿っていた。
不安でしかたなかったと思うよ。
俺が声をかけたら泣き出してしまった。
慌てて侍女を呼んで介抱を頼んだ。
それが最後になるとは思わなかったな。
最後が泣き顔なんてね…
だから綾が心配だった。
彼女は弱いから生きていくことは出来ないと思ったよ。
覚悟はしてた。
それきり翠は黙ってしまった。
深い悲しみに満たされているのだろう。
凛には何も出来ない。
凛はそっと翠の手に触れた。
そこから悲しみが伝わってくるようで、凛はとても悲しくなった。
愁に報告に行く足が重い。
凛は行きたくないと初めて思った。
今まではそんなこと考えたこともなかったのに。
翠が恋をした人。
これからも想い続ける人。
永遠に心に住まう人。
そう思ったら悲しくなり、自然と足は止まってしまう。
きっと愁は報告を待っているだろう。
昨日も行かなかったから不審に思っているだろう。
だから行かなくてはならないのに。
足は動かない。
結局、報告には行かなかった。
初めて、愁を裏切ったように思った。