5
4日目
結局、夜通し看病をした凛は朝方眠気に襲われた。
少しだけ、と窓際のソファーに座り目を閉じた。
夢の世界に旅立つのに時間はかからなかった。
翠は薄く目を開ける。
暗い室内が少し明るい。
夜明けなのだろう。
熱に支配された体はまだ怠い。
だが昨日よりは楽になった。
額に乗ったタオルに触れる。
凛が看病してくれたのをうっすらと記憶していた。
虚ろな意識の中で懐かしい夢を見た。
敬愛する兄と愛しい義姉。
初めて愛した人は兄の妻となる人で、ひたすらこの想いを隠した。
どんなに辛くても兄と義姉の幸せを願っていた。
やがて戦争が始まり、兄と共に大切な人を守るために戦った。
最後まで一緒にいるつもりだった。
だが兄は死んだ。
翠を庇って死んだ。
守るべきは弟ではない。
弟こそ兄を守るべきだったのだ。
なのに何故、自分は生きているのだろう?
悔しくてたまらない。
怠い体を起こす。
人の気配を感じて驚いた。
窓際のソファーで凛が寝ている。
心根の優しい娘。
本来なら敵国の王子になど親切にしない。
邪険に扱われても文句は言えない。
だが、凛は違った。
優しくしてくれた。
勘違いしてしまうほどに。
翠は凛に近寄る。
ぐっすりと寝ているようですぐには起きないだろう。
このままでは風邪をひいてしまう。
そっと凛を抱き上げベッドへ運んだ。
細く軽い体を抱きしめる。
寒かったのだろう、凛は擦り寄ってきた。
愛おしいと思ってしまった自分に苦笑する。
起きたら凛は怒るだろうか?
それとも…
そんなことを考えていたら寝てしまった。
目覚めたら見知らぬベッドにいた。
驚いて起きようとしたが動かなかった。
お腹に手が廻されている。
凛は首を捻り、後ろを見た。
翠がいた。
「!!!」
衝撃で声も出ない。
まったく、この男ときたら!
綾の代わりにするのは止めてもらいたい。
どうにか逃れられないかともがいたが無駄だった。
がっちりと捕らえられて動く事が出来ない。
凛は諦めて眠ることにした。
人肌は温かく気持ちを落ち着かせる。
誰かと一緒に寝たのは何年ぶりだろう?
そう思いながら凛はまどろんだ。
翠と夕食を共にとった後、凛は報告に行った。
「で、昨日は何故報告に来なかったの?」
怒った愁に迎えられて凛はひるんだ。
「…翠王子が熱を出して、看病していたのです」
「熱?もういいのか?」
「ええ、もう下がったので平気です。
食事も普通に召し上がりました」
「…そうか。なら仕方ない。
明日もよろしく頼むよ」
愁の怒りが収まったようでホッとした。
一緒に寝ていました、なんて報告したらもっと怒るだろうから黙っておく。
この従兄とは幼いころから仲良く育った。
だから必要以上に凛を甘やかす傾向にある。
どんなに身分が違うと言っても態度を変えてくれない。
それに凛は少し困っている。
彼は王子であるのだ。
そこを分かってほしい。
凛はそっとため息をついた。