10
9日目
あと2日。
それで何もかも終わってしまう。
凛はとても悲しく、辛く思った。
いつものようにこうして翠の部屋に向かうことも無くなってしまうのだ。
扉をノックすることなく凛は部屋に入り込む。
暗い室内には翠の寝息だけが聞こえる。
そっとベッド際に近寄り覗き込む。
安らかな寝顔だ。
気配に気づいたのか、翠の目がそっと開かれる。
「凛…?」
翠の手が凛の頬に触れる。
「泣いているの?」
翠に言われて凛は初めて気づいた。
泣いている?
私が?
自分の頬に触れると確かに涙で濡れている。
そのことに驚く。
悲しみが押し寄せてくる。
自分の感情を制御出来ない。
涙は止めどなく溢れた。
「おいで」
翠が優しく手を引っ張る。
なされるがままに凛は翠に抱きついた。
「悲しい夢でも見たの?」
翠は優しく凛の頭を撫でる。
その言葉に首を横に振る。
嗚咽で声にならない。
「行か、ないで」
かろうじて出てきた言葉。
逝かないで。
どこにも行かないで。
離れたくない。
一緒にいたい。
翠はぎゅっと抱きしめてくれる。
それが余計に涙を誘う。
翠はただ優しく抱きしめてくれて、何も言わず泣かせてくれた。
凛は思う存分泣いた。
こんなに涙があるのかと思うほど泣いた。
「落ち着いた?」
翠の言葉に凛は頷く。
喉がカラカラで言葉も出ない。
「俺の国の話をしてあげよう」
翠は歌うように言う。
抱きしめられらながら心地よくその声を聞いた。
「魂はね、巡るんだ。
神様がまた巡らせてくれる。
だからまた会えるよ。
これが別れじゃない。
悲しいことはないんだ」
優しい翠の言葉。
それを信じたい。
今はそれにすがりたい。
「今度は一緒に幸せになろう。
歳を取るのも一緒に」
凛は強く頷いた。
その願いが叶うように。
少しでも長く翠と一緒にいたかった。
だから自室へと戻ることはしなかった。
翠はそんな凛を受け入れてくれた。
今はそれだけで幸せだと思えた。
でも願いが叶うなら、時間を止めて欲しいと思った。
永遠に明日など来なければ良いのに。
無常に過ぎていく時を感じながら、凛はただ翠の傍にいた。
報告に来ない凛。
今日で3日目。
嫌な予感は当たってしまったようだった。
きっと凛は翠に恋をしたのだろう。
魅力的な男だ。
充分に理解できる。
だが、翠はもうすぐ死ぬ。
それは避けることの出来ない事実なのだ。
「可哀想に苦しいのね」
ふわりと金髪の美女が現れて愁の頭を抱きしめる。
この国の王冠の精霊である戒は気まぐれに姿を現す。
今はそれがとてもありがたいと思えた。
「凛はどうするのだろう?」
この苦しみを、悲しみを。
「さぁ、どうするのかしらね。
あの王子を生かすためには足りないものが多すぎるわ」
王家の証に宿る精霊に守護してもらえれば、死ぬことはなくなる。
だが精霊が消えてしまっていたら、それはもう無理だ。
「可愛い愁。私は貴方の味方よ」
戒はそう言って愁を優しく抱きしめた。




