万葉微笑修復可
数寄屋造りの建物が、こんな山の中にある事に、驚きだが、隣の蔵から、古美術品が、発見されたのは、泥棒のせいだったのには、2度びっくりしたものだ。
6本足の猫脚香炉が、人目を引きすぎたのだ。
三流古美術商には、見た事もない一品すぎたのだ。
羊が岳山中の懐にこの蔵はあった。
三代東京に住んだ子孫が、この蔵と数寄屋造りの母屋とを相続したのは、他の枝葉の子孫が、朽ちてしまったからだ。
だが彼らには、この土地への愛着も思い出も無い。
自ら出向かず、人任せにしての、泥棒騒ぎだった。
神草元義教授率いる古美術鑑定士達が、県の要請で訪れる事になったのだ。
持ち主の一家に依存はなかった。
神草教授は、地元の大学で遺跡の鑑定や美術品の鑑定もしていたが、彼にしても、ここにこんな蔵がある事は、知らなかった。
人里離れた深淵の山の中でも無いが、地形に埋まって、姿を隠していたのだ。
実際、県道から車で20分の距離だったのだ。
泥棒美術品商にも、良いところはあった。
道を切り開いていてくれたのだ。
それでも、百年は人が歩かなかった道は、獣道と混ざり、歩きづらかった。
力自慢の2人が、道の草や邪魔な枝を払って行った。
神経質な神草教授は、落ちている石の1つも見逃したく無いらしく、歩くのが、女子大生達より遅い。
鑑定士3人と、大学生7人が、手伝いに駆り出されていた。
道が整い教授の尻を押し、目的地に着いた。
蔵の鍵は、弁護士の筒井健三が、持っている。
今回は、弁護士付きだったが、前回ついてきていれば、あんな騒ぎは起きなかっただろう。
6脚の香炉を競り落としたのは、代議士の鈴木直之氏だったのだ。
筒井弁護士は鈴木代議士の顧問で、今回の相続人から、全幅の信頼を得ていた。
数寄屋造の母屋が、宿泊に使う事になってるが、鑑定士と大学生達が、掃除と中の備品の為に木造りの階段を八段も上がり、入って行った。
すんなり開いた引き戸も、古いガラスが使われていて、狂いの無いのが、凄い。
人の住まなくなった家は、湿気と埃で、カビ臭くなるのだが、ここはすっきりしてて、湿度も低い。
寺並みの床の高さで、湿気から守られているのだろう。
靴下の上にビニールのカバーを履き、鑑定士達の後をついて、掃除を始める。
事前に聞いていた井戸は、電動と手押しポンプがあったので、ポンプから、水を汲んだ。
午後から、県の担当者が電気を引いてくれるし、現地を見に来る。
ザッと掃除をしたが、母屋には、美術品も、工芸品もなかった。
造りは、しっかりしていて、欄間や床の間が、美しい。
台所横の水屋にも、皿の一枚もなかった。
造りつけられた物以外、空っぽだったのだ。
八畳が3部屋、四畳半が2部屋、台所のある土間と、別棟のトイレと風呂、三畳2間の小部屋が土間を挟んであり、6畳ほどの小屋が二棟北側に建っていた。
庭の木や草は、のび放題だったが、それでも、美しかった頃の面影が、そこかしこにあった。
キチンと手を入れたら、立派な庭になるだろう。
すす払いと吐き出し、拭き掃除が、終わると、昼だ。
持って来たサンドイッチと保温瓶のお茶で、サッと済ますと、神草教授と鈴木弁護士と鑑定士3人は、蔵に帰って行った。
教授と弁護士は、蔵に入りったぱなしだったし。
菊池頼子と田中梨々香の女子大生2人を留守番に残し、荷物運びに、大学生達は、車を乗り入れてある場所まで、往復するのだ。
バンに折りたたみ式のリヤカーを乗せて来ていたが、登りばかりなので、かなりの力仕事だ。
全員の荷物や寝袋や当座の食料、使い捨ての食器類他、細々した物も、かなりあるので、リヤカーは、何回も往復した。
県の職員と電気工事の人達が、来たのもそんな最中だった。
電気が通り、水も台所の蛇口から出るようになったので、今夜から料理が出来る。
現代っ子にかまど起こしは無理なので、電気コンロが持ち込まれていた。
レンジも水屋の上に、備え付けた。
電気ポットに、冷たく透明になった水を入れ、沸かす。
母屋の電気も、人界戦であっと言う間だったが、暗くなるのも早かったので、後は蔵だけだった。
蔵は裸電球を、三箇所とりつけられた。
台所横の三畳の2間を女子がもらい、後は雑魚寝。
開け放した三間流れが、広い。
県から貸し出してもらった長テーブルを並べて、手前の八畳を食卓にして、残りのテーブルも、奥に並べた。
これから、昼夜無く、誰かが食べ誰かが寝て、誰かが調べたり分類するのだ。
県の職員と電気工事の人達が帰った後、もう晩御飯の準備。
幸い飲食店アルバイト経験者が、男子学生にもいたので、手は多い。
空っぽの母屋と反対に蔵は中々の骨董品で、埋まっていた。
余りに遠い親類なので、ここの当主の事は、謎だったが、手記らしきものが、蔵にあり筒井弁護士が、抱えて、戻ってきた。
早速、奥のテーブルが役立つ。
使い捨ての食器だけれど、今晩は無難にカレーライスだ。
あの香炉のような古美術品が、ザクザク出てくる。
時代が特定できず作者不明の物も多い。
次の日、冷蔵庫が届き、土間に板を置いて据え付けた。
水場が少ないので、顔を洗うのは、手押しポンプの横になった。
ご飯以外で教授が、出てきた。
掛け軸を5、6本持っている。
直射日光の当たらない場所で、広げると、美人画が、現れた。
菊池頼子と田中梨々香の2人は、日本画修復の基礎を専攻にしていたので、教授に呼ばれた。
ふっくらした女性の立ち姿が、描かれている。
思うほど古くはなさそうだが、着てる物が、かなり古い時代のものだ。
「アンバランスよね。」
「そう、この描き方なら、新しい感じだけど、着てる物が万葉時代の物みたいで、かなり古くない?。」
微笑む美人画は、誰の手で描かれたのか、捺印が、掠れてて読み取れないのだ。
「調べたら、わかるな。」
教授の言葉に、そうですね、と、2人も頷く。
江戸末期の大皿やらの後、土器まで出てきだした。
桐の箱の中でバラバラになっている、火焔土器や埴輪らしき物だ。
美人画以外の掛け軸は、普通の松や鶴、山水画に仙人などだった。
土器はまとめて、復元することになり、大学に運ぶことになった。
県から貸し出されたジープに乗せて、4人が大学に一旦戻る。
美人画も細部を調べるため、持ち出された。
筒井弁護士が、分類表を作っていたので、すんなり実行出来た。
発見に次ぐ発見の日々から抜け出すと、疲れてることがわかる。
半日かけ、大学に着いた頃には、もう真っ暗だった。
特別に用意した部屋に、土器を運び込む。
鍵のかかる部屋が妥当だ。
何せ、そもそも盗まれたことから始まってるのだから。
次の日から、土器の時代測定と、掛け軸のスキャンが、はじまった。
まずは、掛け軸。
拡大すると捺印が読める。
「しろさわって、読めるけど。」
「白澤は、はくたくって読むよ。」
隣から覗いた梨々香が、白澤を知っていた。
「前に中国の絵画で見たから。
妖怪の名前よ、白澤って。」
頼子が首をかしげる。
「妖怪の名前なんかを、なんで捺印にしたのかしら。」
「人語を操る森羅万象に長けた妖怪だから、まあ人より凄いって事なのかしらね。」
梨々香は、美人画をジッと見ている。
万葉の美女は、微笑む傍らで、秘密を知っていそうに見えた。
現実主義な頼子が、写真を拡大して、アッと叫んだ。
「ここ、シミじゃないわよ。」
指差した先に、文字らしきものがある。
パソコンに取り込んだ写真をクリーニングして見やすくしてみると、日付や名前が出てきた。
「明治25年8月…上村香澄嬢って、読めるわ。」
「でも、でも、それって、変じゃない。」
2人は、パソコンの前で固まっていた。
確かに和紙は古いが、絵のタッチが思っていたより、ずっと新しい。
着てる物とのギャップが、これならわかる。
モデルにわざわざ万葉の衣装を着せて描いたものらしい。
土器の炭素測定も、かなり若い時代の物で、4人は、顔を見合わせた。
贋作を鑑定していたのだろうか。
とにかく、全部を積み込み、データを持って、あの蔵にとって帰る事になった。
鑑定士の2人も、頼子も梨々香も、口を開かない。
夕方、現場に着いた。
なんだか、シーンと、している。
まだ日が落ちる前だが、母屋にも蔵にも人の気配がない。
4人でさがすと、裏の二棟の小屋の前に、教授や弁護士や男子学生達がいた。
覗いた梨々香が、アッと叫んだ。
美人画の掛け軸が壁に下がっていて、その下には、あの6本脚の香炉が、積み重なって、誇りにまみれている。
北側に建っているので、カビ臭い匂いが、辺りにただよっていた。
火焔土器や埴輪は、皮肉にも、1つも壊れていない。
頼子が、香炉の山の中から、印を拾い上げた。
白澤の文字が、ニヤニヤしてるような字で掘られている。
梨々香が、ざっと大学での掛け軸の事と、土器の年代測定の結果を話した。
神草教授と弁護士は、ウンウンとうなずいている。
筒井弁護士が、梨々香に手に持っていた紙束を読むように渡してきた。
頼子と後2人の鑑定士と、母屋にもって帰ってから、広げて読むと、ここの主の道楽が、書き綴られていた。
漢字が古いしカタカナを乱用してるので、読みにくかったが、つまりここの当主の手作りなのだ、全て。
趣味が高じて、色々と手を出し、本人が極めたと思うと、次の趣味にむかうのである。
掛け軸はご丁寧に、古い和紙を手に入れ、モデルにも万葉時代の姿をさせ、書き上げた物で、なんと10枚描いたと、書いてある。
頼子と梨々香は、笑ってしまった。
あの香炉が、余りに傑作で、みんな引っかかったのだ。
「でも、明治の物なら、価値あるかしら。」
梨々香が、首と手を大げさに振る。
「無名の人では、無理よ。」
でも、と、梨々香が腰を上げた。
「私、良い考えが浮かんだわ。」
頼子を、引っ張り立たせた。
「大学教授も代議士の顧問弁護士もいるし、彼らの顔もたつわよ。」
教授と弁護士入れて4人は、夕飯の支度が、終わる頃まで、額を寄せて、話し合いをした。
みんな、顔が明るい。
しょんぼりしてた手伝いの男子学生達も、鑑定士達も蘇った。
次の日早速、県会議員が、やって来た。
仕事は、記録と鑑定。
分類わけも、着々と進み、1年後、道が引かれ、美術館のお披露目の日が来た。
埋もれた明治の巨匠、白澤老の美術館だ。
余りに素人すぎる品は、展示してないが、日本画、陶芸、土器、埴輪、鋳物、仏像、彫金、蒔絵まで、多岐にわたり、見ごたえのある作品が並んだ。
瞬く間に、白澤老は、有名になり、あの香炉もそれなりの価値が着いた。
蔵と数寄屋造りの母屋は、カフェとレストランになり、人気を博している。
県に委託してあるので、維持にも不安はないし、元の持ち主も厄介な美術品の行き場所が決まってホッとしていた。
あのまま売っても二束三文だったろうし、こういったものは、価値観が合わなければ、本当にただのゴミなのだから。
神草教授と代議士先生と筒井弁護士と3人の鑑定士の面目もたったし。
頼子と梨々香は、展示されない方の万葉美人画を、これからスキャンして、仕立て直すのだ。
ふっくらした万葉美人は、その奇数な運命をにこやかに笑っている。
確かに白澤は、森羅万象を、知っていて操ったのかもしれない。
今は、ここまで。




