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鎮魂歌  作者: enforcer
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9

 戦場たる草原から、命からがら逃げ出す事が出来た小鬼ゴブリン

 藪に隠れれば、彼の姿は草や木が覆い隠してくれる。

 根っからの森暮らし故か、彼は、その事を熟知していた。

 だだっ広い場所と違い、例え相手を追い立てる立場で在ろうと、その時間は三倍に跳ね上がる。

 ましてや、森に精通している者で在れば、その倍率はもっと上がると言っても過言ではないだろう。

 事実、彼の様に森に逃げ込めたゴブリンの中には、それなりに生存者も居るのだが、それでも、周りには同胞の気配は無く、精々虫や蜥蜴といった者の気配しか無いため、脚の傷に呻きながらも、ゴブリンは【助かった】と、深く息を吐き出していた。

 

 本来で在れば、死んでいてもおかしくはなく、故郷が蹂躙されかねない場合では在っても、彼は、両の肩を腕で抱き、声を殺して、泣いた。


 しばらくしてから、ゴブリンの生き残りは、思わず息を飲んでいた。

 ガサガサと言う激しい雑音立てながら、誰かが森に分け入って来たからだ。

 息を殺して、その辺の草村に隠れながらも、視界だけはなんとか確保すると、様子を伺う。

 残党狩りかと思っていたゴブリンだが、其処で、彼が見たモノは、化け物二人組である。

 ゴブリンの中で、激しく心臓が打ち始め、呼吸が浅くなった。

 どう足掻こうが、あの血染めの化け物に勝てる方法など、思い付かず、彼はただ、相手が気付かない事だけを、必死に祈った。


 「………なぁ、良いのかなぁ?」

 「良いのじゃ…………お仕事はきっちり果たしたぞ? 後は、私に御褒美渡すというのが、主様の御役目じゃろうて………」

 

 若干悩むような声の少年を、適当な木に押し付けながらも、少女は、少年の身体に付着している血を舐めとると、妖艶に語った。

 

 存分に、血を舐ったからか、少女は、荒々しい手付きで、少年の鎧を脱がせに掛かる。

 そして、目の前の少女の行動に、当の少年は、微笑んでそのいそいそとした少女を、眼を細めながら見ていた。

 元々、ほとんど着ていないに等しい彼等だからか、少年は上半身だけを露わにしながら、少女の方は既に産まれたままの如く、その全身は、衣服越しにもかかわらず、血に濡れていた。


 今度は、位置を入れ替え、少女の細い身体を、少年は後ろ向きに押し付ける。

 敢えて、尻を突き出す形なのが、実に蠱惑的だが、それを見てか、少年は、遠慮無く少女の腰に手を添えた。


 「なんだよ…………あんだけ雑魚殺して回って………感じちゃった?」

 そう言いながらも、少年は、少女の身体にミミズがのたくるが如く、指を這わせる、

 「…………契約した故……力の為には、マスターのエナジーが必要なのじゃ……早よう……」

 見た目の歳に似合わず、少女は発情期の猫の如く、甘い声を上げた


 二人の怪物ヒーローが、好き勝手にする声は、森に怪しく響き、隠れるゴブリンにもそれは、聞こえていた。


 浮ついた声が耳に届く中、意を決したゴブリンは、蜥蜴の様に静かに、蛇を様に慎重に地面を這った。

 交尾中の動物は、その行為に夢中に成るあまり、注意が散漫に成る。

 だからこそ、ゴブリンは必死に地面を這う。

 

 【死にたくない】と、ゴブリンは必死なのだが、実は、少年少女共に、草村に隠れている者が居るのは知っていた。

 だが、二人は敢えてそれを無視してすらいる。

 観られた方が興奮するという少女の癖に、少年は苦笑いで合わせただけの事である。

 実際のところ、頼まれた仕事をこなした以上、他の事に関して、少年は気にもしてはいない。

 

 本来、この世界の住人ではない彼に大事なのは、貰った力である。

 

 英雄的資質カリスマ超人的力スーパーパワーと、自ら名付けた力を、如何に利用しながら、生きる事を楽しむかと、同じ様に貰った、目の前で喘ぐ少女をどうしてやろうかとしか、考えていない。

 

 少しばかりの雑魚の生き残り程度、どうとも想っては居らず、逃げ出す小鬼ゴブリンには、毛ほども気にもしては居なかった


 起こってしまった小競り合い。

 此処までを語り終えた魔王は、静かに溜め息を漏らす。

 黙って聞いていた龍は唸り、皇帝ですら眉をひそめた。


 「………有り得ない…………何者なのだ………して、その小鬼は?…」

 

 どれだけ頭を巡らせようが、皇帝の頭の中には、その様な人物に心当たりは無い。 

 それどころか、そんな事が在ったと言うこと自体、初耳でしかなかった。

 少し、俯き加減に悩み始める皇帝を見てか、魔王と龍は、同じ様に何かを感じ取っていた。

 

 『…………なる程…………王よ、我の領域なわばりに現れた者共も、友には知らぬ事らしい…………』

 「うむ…………確かに、友の目に偽りは無い………小鬼に関しては足を無くした以外、今は…………安全だ」


 龍は、どこか嬉しげに、同時に、寂しげにな声を漏らし、魔王もまた、唯一自分の元に命からがらたどり着いたゴブリンに関しては語ったが、彼の故郷がどうなったかに付いては、敢えて伏せた。


 残念そうな様子の龍を、皇帝と魔王の二人は、ジッと見上げる。

 見られている龍はというと、既に無くした眼とは別に、片方の目を閉じた。


 『…友よ……我が領域にも、奇妙な人の群れが現れた……奴らは、初めの内こそ、草をむ者を襲うのみだった……我等も、生きるために彼等を狩る以上、それを咎めようとは思わん………』

 其処まで言うと、龍はグルルと唸る。

 「………では、其方でも何かが起こっているのか? ………龍よ」

 そんな、皇帝の低い声に、龍は、大きな頭を下へと振り、頷いて見せた。

 『……そうだ、友よ……今は違う………奴らは、我が眷属を平然と襲い始めた……言葉も喋れぬ若い竜をな………おぞましいのは、奴ら、死んだむくろから皮を剥ぎ、肉を切り取り、翼や骨までも……その身の飾りに使い始めてすらいるという事だ…………』


 そんな、龍の言葉に、魔王は眉をひそめ、皇帝は、少し鼻を鳴らして唸った。

 だが、其れとは別に、龍は少し低い低い嗤いを漏らした。


 『……必要で在れば………殺しも在る程度は致し方ないと言うことは、我にも分かる……だが、奴らのそれは、生き方ではなく、娯楽の其れなのだろう………王よ………今や、流れが変わったのだろうな………』

 「…………流れとは?」

 魔王の言葉に、龍は、僅かとは言え、火を吹いて見せた。

 激しく空気を燃やしながらも、人間程度なら、跡形も無く燃やせるだけの龍の吐いた炎は、直ぐ様、呆気なく消える。

 『………かような力など、新しい狩人達には通じず………寧ろ、精々見た目に彼奴等きゃつらを喜ばせる為の演舞でしかないのだろう………我らの眷族の中には、活きたまま捕まり、虜囚の嘆きと、死体で出来た玩具にて、彼奴等きゃつらを楽しませるのみ……事実、何百と討ち果たした筈の狩人だが、直ぐに別の者が新しく湧いてくる…………どこからともなく、際限無く……な……』

 

 龍の物言いは、魔王には到底看過出来ないモノがある。


 「では、貴様はこう言いたいのか? 我らは獲物……あの唐突に現れた化け者共の供物だとでも?」

 

 そんな魔王の言葉に、偉大である筈の龍は、静かに唸り、首を縦に振る。

 

 『………そうだ、王よ………聡明なる貴様で在れば、分かりもしよう? かつて、貴様が世の流れを無理矢理に変えたように、貴様に変わり、世の流れを変えんとする者が現れるのは………必然だろう?』

 

 龍の指摘通り、確かに、魔王は、世の中を変えた。

 一方的とはいえ、世界の安定の為に、人間を縛り付け、その数すら抑えた。

 それ故に、人の中には恨みが溜まる。

 それが原因かどうかは知らないが、皇帝には、だからこそ、新たな英雄かいぶつが、世に現れたのではないかと、内心ゾッとしてすらいた。


 そんな皇帝を見てか、魔王共々、龍もまた、少し笑い声を漏らした。


 『……案ずるな…………友よ…………我等とて、意地は在る。 そう易々と、領域なわばりを渡す気など、毛頭無い………』

 「そうだ………友よ………私も、既に密偵を放っている。 今はまだ、奴らの全貌も掴めないが、いずれ、明らかになろうぞ」

 

 皇帝の胸に、かつての仇敵達の頼もしい言葉が、砂に吸い込まれる水の如く染み入っていた。

 

 だが、同時に在る恐れが、皇帝の胸には在る。

 かつて、人の身で進軍した自分も、いつしか歯止めが外れ掛けてすらいた。

 その時に関しては、伴侶を得た事が、彼にとって歯止めと成ってくれたが、もし、その歯止めが無かったなら自分はどうしたのかと。

 人間は、基本的に歯止めが無い。

 止めろと言われるまで、止められないのが性分ともいえよう。

 仮に、普通の人間で在れば、体力の限界や、命の寿命が歯止めとなり得る。

 だが、もし、【無限の体力と命、人外の力】を持つ者が現れたなら。

 皇帝は、そんな恐ろしい事を危惧し始めていた。

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