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鎮魂歌  作者: enforcer
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6

 安定していた筈の世界には、どこからともなく怪しい力を携えた何者が現れるという、安定を崩すという新たな変化が起こった。 

 だが、それはまだ、ごく小さな始まりに過ぎない。

 

 人間と魔族の住む地帯を、明確に線引きしているモノは無いが、その狭間には、人間側では一番とも言える帝国がある。

 そして、境界線の上には、厳めしくも仰々しい要塞が建てられており、その要塞奥深くには、人に暴政を振るう、かつての英雄が、其処には居た。

 長く、そして意味もなく続いた魔族と人間の百年戦争。

 それを止めたのは、この要塞にひっそりと潜んでいるのは、圧政と暴政の皇帝と揶揄される【堕ちた英雄】である。

 

 過去にあっては、人を率い、率先して彼は戦い抜いた。

 

 長く続く不毛な戦いの中、魔族の使者の者によって、会談の進言が行われ、それを受けた英雄の了承を持って、受諾と相成る。

 英雄は会談に赴こうと、愛用の剣を壁に下ろすが、その時、彼の伴侶は、必死に英雄を引き止めた。

 会ってはいけない、行ってはいけない。 

 【コレは、必ず罠である】と。

 それでも、泣きじゃくる妻を抱きしめ、その背を、優しく撫でて諫めた。

 護衛を引き連れる事無く、英雄は一人、会談の場所として指定された場所へと、胸の内の恐怖を無視して、赴く。

 今や、国の人々は立ち上がった。 だが、同時に長く続いた戦いに因って、酷く疲れ果てている。

 このままでは、上手く云っても意味はない。

 そんな思いから、英雄は、たった一人で、相手の陣営に乗り込むという、蛮行とも言える暴挙に出ていた。

 

 会談の場所にたどり着いた英雄は見た光景に、思わず息を飲んでいた。

 

 辺り一面、黒装束と鬼を思わせる戦面マスクに、顔と身を固めた長身の剣士の軍勢が、憎い英雄を睨みつけるが、その誰もが、誰一人としての、胸の前に大剣を携えながらと、決して動こうとはしなかったからだ。

 

 恐ろしいのは確かだが、例えこの場で自分が捕られたとしても、後に続く者は既に居る。

 伴侶に預けた息子を想いつつ、英雄は会談の為の設営されたらしき大仰なテントへと、臆する事無く、その足を踏み入れた。

 どれだけ戦っても、姿すら見えなかった魔王が、其処に居る。

 体格自体は英雄とそれ程変わらないのだが、身から溢れる魔力は、正に魔王の偉業を表していた。

 「よく、来てくれた…………お座り願おうか…………英雄殿…………」

 魔王の声は、意外なほど、すべらかに柔らかく、そして、落ち着いた声。魔王の言葉に、側近らしいモノは、何やら唱えると、英雄の身体を魔法で探った。

 「王よ…………この者は、丸腰です…………」

 そんな、側近の声に、魔族の頂点は、面白げに笑う。

 「英雄殿…………貴殿は余程の馬鹿者なのか? それとも…………無知の勇者とでも、言うべきだろうか?」

 嘲る調子の魔王の声に、構う事無く、英雄は、魔族が座るのとは反対側の椅子へと、どっかりと腰を下ろした。

 「親玉が、わざわざ会談開こうと使者まで寄越した…………なれば、俺はそれに、恥じぬ返礼をしたつもりだが?」

 本心偽らぬ声で、英雄は、魔王に向かってそう言ってのける。

 だが、彼にはある意味自信すら在った。

 もし、相手がその気であれば、魔王と謁見どころか、姿を見られた時点で殺されていてもおかしくはない。

 しかし、相手はそれをしなかった。

 だからこそ、英雄には、丸腰相手を殺さないだろうという魔王への信頼すら在る。

 英雄の返事に、魔王は、笑うのを止めた。

 「許されよ、英雄殿…………貴殿を試したのだ…………君は、若い故に知らぬだろうが、騙し討ちなど、人間共には当たり前の手段………だが、此方がそんな事をしたのであれば、それは我らの恥と成るからな…………許されよ」

 テントの中には、魔王と英雄、そして、他には魔王の側近しか居ない。 

 次の瞬間、側近は我が眼を疑った。

 魔王は、英雄に向けて、その見事な角の生えた頭を僅かとはいえ、下げて見せる。

 無論、英雄ですら、表面上は平静を装っても、驚き、思わず唾を飲み込んでいた。

 「…………呼ばれた理由を、お聞かせ願う…………」

 そんな英雄の声に、魔王は、ゆっくりと下げた頭を戻す。

 「…………単刀直入に言おう…………争いをめよ、と…………」

 頭を下げて見せた以上に、そんな魔王の言葉は、英雄の耳すら疑わせていた。

 

 魔族と人間の争い、その経緯に付いては、英雄も一応は知っている。

 彼は、兵士へと引き入れられ、其処で歴史のあらましを、簡単にだが教わってもいた。

 人が生活圏拡大の為に、開拓者を送った際、その家族は、現地の魔獣に皆殺しにされた。

 それを受けて、懲りもなく探索隊が送られたのだが、結果は同じだった。

 後は、普段の歴史と変わらず、互いが互いを憎む泥沼状態の戦争が、始まってしまったというのが、英雄の中での歴史である。

 「…………争いを始めたのは、其方では?」

 少し悩んだ後、英雄はそれを口にしていた。 そんな言葉を受けてか、魔王は僅かに眉をひそめる。

 「一つ、聞こう…………牛や豚、犬や猫……四足獣や羽を持つ者……それは、君達に取っては同じ生き物か?」

 魔王の問い掛けに、英雄は悩む。言われた通り、確かに同じ生き物ではあっても、魔王が口にした生き物は、決して人のそれではない。

 「いいや…………違う」

 よくよく考えてから、英雄は、そう口にした。

 「そうであろう…………なれば、魔獣とて、我々にしても、同じ生き物ではあっても、決して同じではないのだよ…………」

 そんな、魔王の物言いに、英雄は、椅子を蹴倒し立ち上がる。

 「では、お前はこう言いたいのか!? 始めたのは此方で、最初の犠牲者は、偶々獣に襲われたのだと!?」

 思わずいきり立ち、英雄はそう宣うが、だからといって、魔王は一切動じず、ただ、静かに頷いた。

 「そうだ、英雄よ……その通り……しかし、君達の王は、我々の言葉を聞かず、手を取り合うよりも、剣と槍を選んだ、それに過ぎない……」

 魔王の淡々とした説明に、英雄は困惑していた。だが、同時に分からないのは、何故に国の王達は、争いを始めたのかと言う事だろう。

 「しかし…………」

 「英雄よ、残念なのは、私にも理解できよう…………信じて戦って来たのに、その結果は、ただの人の欲の為なのだと……仮に、私が死に、全ての同胞が死んだところでどうなる?……今度は、人と人が、ただ争うばかりではないのかな?……それが、欲の限りの無い人の縁、輪廻の為させる業……しかし、それを伝えんと、何度君達に使者を送っても、その度に、彼等は死んだ。 だが、君が初めてなのだよ……騙し討ちもせず、短剣を隠し持つ事も無く、こうして、律儀に話を聞こうとしてくれたのは……」

 魔王の言葉に、英雄はがっくりと肩を落とした。

 コレでは、意味が分からない。 何のためにアレだけ戦い抜き、多くの死に行く友を見送って来たのか。

 もはや、抗う気すら萎えたのか、側近が椅子を起こすのも、ソッとそれに英雄を座らせるのにすら、彼は抵抗の意を見せはしなかった。

 「……友よ……改めて聞こう……輪廻を断ち切って、争いを止めには出来ぬか?」

 そんな、魔王の優しい声は、何故だか、英雄の胸に染み入って行った。


 この頃から、大きな変動が始まった。

 拮抗していた筈の人と魔族だが、あっという間に、旗色が変わり、人は劣勢に立たされていった。   

 人側の頼みである英雄は、伴侶を伴い何処かへと消え去り、彼が率いた優秀な将軍達と精鋭達もまた、同じで様に姿を消した。

 哀れなのは、残された人の軍勢だろう。

 優秀な導き手を失い、後は、ほぼ、一方的な虐殺行為が繰り広げられ、人は、大きくその数を減らして行った。

 近年では、五対五とも思えた、人と魔族の勢力図は、いつしか、三対七と言う、圧倒的な数字へと変わっていってしまう。

 これでもかとばかりに、人から恐れられたのは、消えた筈の英雄や、その将軍達が、魔族と化して現れた事だろう。 

 銀に輝いていた鎧は、漆黒へと変わり、将軍達もまた、その姿を恐ろしい異形へと変貌させていた。 

 

 逸話として、口伝でのみ伝えられているのは、ほんの少数の生存者達が見ていた言葉である。

 堕ちた英雄の顔を覆う兜からは、血のような涙が流れていたのだと。

 だが、そんな話も、時が経つに連れ消え去り、今残っているのは、魔王に屈して、国と己が尊厳すらも売り渡した卑怯者、乃ち【堕ちた英雄】の姿だけである。


 ふと、うたた寝をしていたのか、大仰な椅子に腰掛けていた、かつての英雄は、目を覚ます。

 「……夢……か……」

 そんな、皇帝の呟きに、同じく人の身を棄てた妻がソッと寄り添う。

 「…………聞かせてくれ…………俺は、間違っていたのか?」

 「…………何度、同じ事を聞かれても、私の答えは同じです…………私は、貴方に、ついて行く、それだけ…………」

 年老いる事すら忘れた妻の言葉に、英雄は、縋る様に彼女の腰に抱き付く。

 震える弱気な皇帝の背中を、共に魔族と成っても変わらぬ妻は、微笑みながらも、彼の広い背を、まるで慰める様に、優しく撫でていた。

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