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アイリスという、親友の名を受け継ぐ前の少女も、店が違うとは云え、同じく【お仕事】をさせられていた事は、町の女性なら、ほとんどが知っている。
無論、その事を知っている者はもはや少なく、十年としない内に、そんな少女の過去は、世の中から忘れ去られ、煙りの様に消えて行くだろう。
だからこそ、レイチェルは、其処に狙いを定めていた。
佐東の肩に、わざと指を置き、名残惜しむかの如く、指を滑らせる。
ゆっくりとではあるが、レイチェルは、アイリスの椅子の後ろへと陣取ると、キョトンとする少女の唇を、ソッと奪った。
女性同士とは言え、アイリスは、驚くばかりではあるが、反抗の意思は見せず、ただ、黙ってレイチェルの口同士での交わりを、受け入れてしまう。
確かな手応えを、経験豊富な女性は感じ取っていた。
佐東もまた、在る程度の経験が在るとは云え、それは、調整の力を用いた、独善的なモノでしかない。
対して、レイチェルのソレは、嫌々ながらとはいえ、実戦で築き上げられた確かな技である。
上顎を、優しく舐られる感覚に、アイリスは、思わず身体を震わせ、佐東も、思わず止めるのも忘れて、女同士の妖艶なそれに、魅入ってしまった。
そうこうする内に、レイチェルは、アイリスから口を離さず、少女の腕や、脚に、指先を滑らせる。
それだけでも、アイリスの体は、ピクリと震えた。
佐東は、止めるかどうかを躊躇しているが、淫靡な宴が目の前で繰り広げられるという事が、我知らず、佐東の雄を疼かせる。
アイリスの呼吸が浅く成るのを見計らい、レイチェルは、少女の肌への愛撫を強める。
弄ると言うと、簡単だが、経験豊富な彼女だからこそ出来るという事を、レイチェルは躊躇う事なく、年端と行かない少女に、余すことなく施していた。
程なく、少女は身体を僅かに震わせる。
ソッと口付けを止め、アイリスから顔を離すレイチェル。
二人の間に、交わされた唾液が、まるで銀出来た糸の様に伸びた。
すっかり、茹で上がった様に成ってしまったアイリスを、羽交い締めする様に、優しく抱きながら、レイチェルは、佐東へと怪しい視線を向ける。
「さ、英雄様………準備が整いまして御座います………」実に、わざとらしく、レイチェルは、怪しくそう誘う。
静かに成ったはずの町に、僅かとはいえ、明かりが灯り、それを頼りに、何匹かの蛾が、身を寄せ合う様に集まる。
淡いながらに、火に集まるそれらは、忙しく羽をはためかせていた。
明かりも落とされ、町にも、建物にも、音は無い。
狭いベッドに、三人で寝れば、より狭い。
だが佐東を中心に、右にアイリス、左にレイチェル。
川の字でベッドに寝転ぶ。
体力的に、比べるべくもない女性二人とは違い、両腕を枕として提供している佐東は、悩みながらも、ぼんやりと天井を見ていた。
前は、町を発展させる事に集中していた為、忘れる事が出来て居たが、今は、ゆっくり考えられるからこそ、悩む。
力を貰った事に関して文句を付ける訳ではないが、その理由が、全くといって良いほど分からない。
友人と呼べるカインは、容姿は端麗であり財産に関しても、文句の付け所が無い。
見た目と、それに見合う以上に金と力を持ち合わせる友。
はっきり云えば、羨ましいとすら、佐東は考えていた。
対して、自分を思えば、つまらない事で悩んでいる。
【何故、此処にいて、何の為に此処に居るのか】
そんな事が、佐東を悩ませる。
確かに、女性に好かれる事は悪くないが、自分が丹誠込めて作り上げた町を壊され、あまつさえ、町の住民よりも余程多くを死に追いやった。
それを、今更、幾ら考えた所で、何も浮かんでは来てくれない。
やがて、襲い来る睡魔に任せ、佐東もまた、静かに眼を閉じた。
朧気な夢と現実の狭間を、佐東が移ろう時、頬を叩かれる感覚に、彼は、目を覚ます。
「おはよー………昨日は……まぁいいか………どう? 朝ご飯、食べられる?」
そう言うのは、わざわざエプロン姿のレイチェル。
テーブルの上に用意されていたらしき朝食をみて、佐東は、少しだけ笑った。
既に、町の人達の追悼は済んでいた。
遺体を燃やした粗雑な石造りの炉だが、それは、そっくりそのまま、遺骨を安置する墓標として、残されている。
そうでなくとも、町の建物のほとんどが焼け落ち、形を留めて居ない以上、それは、死んだ町だろう。
三人が長々と、死んだ町に滞在しなければ為らない理由は、とうに無くなっていた。
名残惜しさは、佐東よりも、レイチェルの方が遥かに強い。
今からでもいい、あの村に一緒に行こうと、ソッと佐東の手を握るが、握られた佐東は、眼を伏せ、首を横へ降る。
それを観て、レイチェルの鼻からは、深い溜め息が漏らされた。
「………酷い奴……ほんと、ズルいよね?」
言葉は実に辛辣ではあるが、そのレイチェルの声色は、実に優しさに、包まれている。
それを、受け止めた佐東、僅かに、頭を下げて見せた。
「…………すんません…………」
佐東は、誠心誠意詫びを込める。
如何様にも、言い訳や説明を交わす事も出来るが、何をどう言い繕うところで、結局の所、答えが決まっている以上、弁解にも為らないからか、それ以上の言葉を、佐東は口からは出さなかった。
そう言う佐東の頭が、レイチェルによって持ち上げられる。
引っ叩かれるぐらいは覚悟していたが、そんな佐東にレイチェルは、お別れのキスを求めていた。
全くと言って云いほど、こういう事には初心な佐東。
どうして良いかも分からないが、ともかく、レイチェルの背に回りそうに成った手を、やんわりと、彼女の肩に置いた。
口が塞がっているいる以上、二人の男女に言葉は無い。
それでも、お互いが何となくではあっても、相手の言い分を理解出来たと、自分を納得させるしかない。。
ただし、そんな二人の横では、やはりと言うべきか、頬を膨らませて、苛立つ少女が、可愛らしく佐東を睨んでいた。
言葉少なく、三人は、二人と一人に分かれ、反対方向へと、足を進める。
佐東と少女の二人は、一応の知り合いの領地へと。
反対方向へと進むレイチェルは、街道先に在る農村へと。
途中、レイチェルは、振り返るが、遠くを歩く二人が、此方を振り向いてくれない事に、僅かにフンと鼻を鳴らした。
昨晩の、一件、佐東の言葉を優先し、彼の言い分を認めた様な彼女ではあっても、その裏は必ず存在する。
確かに、佐東が少女を一人を特別扱いしているのは、前から知っては居たが、彼処迄とは、思いが至らない。
とは言え、昨日、彼自身が語った様に、彼が、危機に際して、少女を護れる保証が無い事が、レイチェルを納得させる結果ともなり得る。
【巷の言葉に在るように、男が船で在るならば、女は港だ】と。
そうでなくとも、只でさえあの少女を護ると云うことは、骨が折れるのも事実であり、だからこそ、この場は、少女へと譲った。
第一、あの子が死ねば、結果的に、彼が此方へ靡くのではないかという、打算的な含みも存在している。
ソレでなくとも、一年という約束を、あの青年が破るかどうかで云えば、七割の期待と、三割の諦めがレイチェルの心には、既にある。
お別れの際、死んだ町からかき集めた金銭全てが、彼女一人に預けられおり、遠く成りつつある二人の背中が、よりその不安を煽った。
だが、強か者である以上、夢ばかりでは生きられないと、レイチェルは自分に嘯く。
駄目なら駄目で、それも良いかと、レイチェルは、踵を返して歩いた。
行ったことも無い、新天地を、独りで目指して。
心機一転、歩くレイチェルとは違い、佐東が彼女と分かれたのは、ごくごく単純な理由からに過ぎない。
何をどう言い繕った所で、根底からは他人を信用出来ない佐東の本心の現れとも言えた。
では何故、レイチェルを村に預けたかと云えば、これから彼女が行くであろう村では、どう足掻こうと佐東の評判は、誉められたモノではないだろう。
其処に、彼女を敢えて置くのは、そんな自分の噂を吹き込まれ、いつしか、自分を嫌ってくれるのではないかという、ささやかな期待が込められていた。
モノを聞き、考え、語る以上、彼女がどう思い、どう考えようが、余り佐東は気にしていない。
第一、人に嫌われ、疎まれる事にはとっくの昔に慣れてすら居た。
で在れば、一途に、たった一人とはいえ、自分について来てくれる少女が居てくれれば、何を恐れる必要が在るのだと、佐東は自分に言い聞かせる。
この時、初めて【世界を敵に回そうが、たった一人を護る】という言葉の意味を、佐東は理解する事が出来た。
そして、それは、昨日の自問自答の答えとも言える。
レイチェルとの約束を、破る気は毛頭無いが、実のところ、端から他人に何かを期待するのを、青年は諦めてもいる。
突き放した理由は、相手から先に何かされるぐらいなら、此方からという、今の今まで、戦い続けた佐東の経験に因って決められていた。
彼に取って、信用が置ける者のは、ほとんど居ないが、全くのゼロといわけでもない。
脇腹辺りを、コンコンと小突かれる感覚に、佐東が、其方を向けば、どこか辛そうに、眉を寄せる少女と眼が合う。
膝を僅かに落とし、目線を合わせれば、少女は、レイチェルの真似なのか、佐東の頭にしがみ付き、佐東の唇へと自分のそれを、強めに重ねた。
唐突な事に、佐東は慌てたが、それでも、今度はしっかりと少女の背に手を回して、彼女を支える。
口での交合と呼ぶよりも、一方的に、吸われる感覚に、佐東は我知らず微笑んだ。
一頻り、たわいないキスで満足したのか、少女の顔から、厳めしさが取れる。
それを、返事と受け取った佐東は、少女の膝と背に、それぞれ片手を回して軽々と彼女を横抱きに抱き上げる。
「……軽いけど……重いなぁ…………」
腕に伝わる少女の体重こそ、小柄故に確かに軽いのだが、胸中に感じる、彼女の命の重さは、凄まじく、自分のソレよりも遥かに重い。
横抱きにされる少女は、実に御満悦なのか、嬉しそうに笑ってくれた。
振り返りたい衝動に、佐東は駆られたが、振り返ったところで、町の人達は誰も帰ってこない事を、知っている。
だからこそ 、佐東は、少女を軽々と抱きながら、唯一友達と呼べる人の所へと、足を進めた。
さて、佐東の目的地足るカインではあるが、彼は今、執務室にて、書類を読み上げていた。
内容に関して云えば、今後の予定と、現在の進捗状況である。
将軍が居ない以上、其処は、空席であり、統治者が居ない状態が長引けば、治安の著しい悪化を齎す。
それを、止める為にも、代わりとなる領主が必要なのだが、生憎と手駒の中にいる【使える者】は、殆ど使ってしまっている為、悩んでいた。
カインの周りこそ、彼の五人の公爵夫人達が固めてくれてはいても、領地から離れれば、その力は余りに乏しい。
【使える能力者】の殆どが、野良だというのが、何よりの問題だった。
対して、【使えない能力者】の数の多さに、カインは辟易する。
カインの中の【使える】と【使えない】区別は、有り体に云えば、考え、反省という事が出来るかどうかに起因する。
【使えない能力者】の多くが、死んでも生き返るから良いとばかりに、何度でも同じ様な失態や、間違いを繰り返し、其れを笑って誤魔化す。
対して、【使える能力者】の多くが、誰かの下には着きたがらない事から、【護人官】をしてくれているセージには、カインは頭が下がる想いがあった。
一般的な民間人と比べても、能力者は強い事は強い。
しかしながら、その反面、それだけだとも云える。
だからこそ、雑兵としての使い道以外、殆ど何も期待出来ず、【護人官】を任せているセージに、全て丸投げの形に成ってしまうことを、僅かばかりとはいえ、カインは詫びた。
少しずつとはいえ、確実に増え続けている能力者。
数多くの中には、偶には違う者が混じるらしく、この前見たふざけた女もそうなのかと、カインの眼が細くなる。
携帯電話を持っていた事自体はどうという事はないが、自分の顔を、画像として残された事から、カインは、八方手を尽くしてチアキと名乗った女性を探させたが、それが見つからない事から、彼女が、何処に居るのかの当たりを付けた。
ただ、今気にすべきなのは異能力者ではなく、能力者による、犯罪の横行だろう。
死なない事が利点で在ると同時に、最大の欠点でもあった。
能力者の犯罪者を捕らえた所で、幽閉するのは簡単ではない。
なにせ、自殺だろうと他殺だろうと、死ねば再生地点へと帰ってしまう。
最悪、その場所を特定し、石や鉄で頑丈に固め、死のうが生き返ろうが、其れを無視する様な石棺方式にするか、人為的に、行動不能まで追い込み、幽閉する強制方式しか、彼等を押さえ込む手立てが無いからだ。
アベルを使うという手段も在るが、カインからすれば、可能な限り、彼はアベルに関わりたがらない。
その為に、多額の金銭と回りくどい手回し迄して、佐東を焚き付けたのだ。
町一つで満足されては、此方が困ると、カインは、友の為に頭を巡らせる。
唯一無二の友には、もっともっと大きい目標が必要であり、その為なら、百や千の人間など取るに足らない。
だからこそ、此方へと足を運んで貰うために、帰るべき場所を燃やしたのだ。
別の農村へと引っ込んでしまう懸念も在るが、その時は施すべき手段すら用意している。
カインは書類を机の上へと放り出し、椅子の背もたれに身体を預けた。
「………ふぅむ…」と、講釈は鼻を鳴らす。
これからは、カインには別の仕事が待っている。
ノックの後に、僅かに開かれた執務室のドアからは、第二婦人、ロゼッタが、「ごめんなさい………邪魔だった?」と、そんな言葉と共に、顔を覗かせる。
「……いいや……構わないよ」と、カインは、手をヒラヒラと動かし、誘う様に手招きを妻に向けた。
足取りは覚束なく、どこか男を誘うような動きのロゼッタは、実に蠱惑的ですら在る。
それに対して、カインは、椅子から立ち上がると、自ら脚を進めて妻をその手に抱いた。
「…これは……期待していたのかな?」ふと、妻の様子を確認したカインの口からは、からかう様な声が漏れる。
そう言いながら、カインはロゼッタの臀部を撫でさすり、それだけにも関わらず、彼女の口からは熱く切なげな吐息が漏れた。
「お願い、カイン………早くぅ…………」
か細い声と共に、ロゼッタの腰が媚びる様に少しだけ振られる。
それを観て、カインは怪しく嗤うと、自分の顔をよせ、ロゼッタの口へと、唇を当てた。
前までなら、子供に興味を持てなかったカインだが、あの少女と触れ合いから、子育ても悪くないと思える。
それに加え、後世の事を考えれば、必ずや【種】が必要だろうと。
そんな想いを込めて、カインは、妻の舌を自らの舌で舐った。
それだけにも関わらず、ロゼッタの身体は、びくりと震える。
おかしいとは、カインもいつ頃か忘れた前にも、感じていた。
房中術の書籍を読んだが、女性を高ぶらせる為には、相手と本人の努力が不可欠なのにも関わらず、カインの妻達は、簡単に果ててしまう。
まるで、それが当たり前かの様に。
だからこそ、余り行為というモノに興味を失い掛けていたカインだが、友人と連れの少女のお陰か、此処最近、彼は張り切っていた。
妻が五人で在れば、子も五人か、それ以上。
で在れば、例え自分が寿命にて死んだ所で、【種】が残せる事は、素晴らしい事だと、カインは考えていた。
五人の妻達は、それぞれが別に子を育てるだろう。
勿論、一世では思うように行かずとも、世代が増えれば、カインが世界を統治した暁には、カインの子孫達が、互いを憎み合う遺恨という【戦乱の種】を残せる。
五人の妻達は、外見上は仲良くは在るが、それは五角形の中心にカインという抑え置くことに因って、拮抗しているに過ぎない。
どうであれ、根本的な欲求を消している訳ではなく、押さえ込んでいるという形でしかないが、だからと云って、その輪を抜けるということは、呆気なく競争から転げ落ちる事を意味していた。
無論、そんな事はとうに承知のカインだが、余り深くは追求どころか、気にしてすら居ない。
にも関わらず、子を残そうと言うカイン。
コレは、自分だけが【戦い】楽しむのでは、それでは後々の民達に不公平という、カインなりの配慮である。
【何かにつけて、他者と順位を競い、理由を問わず、互いが互いを比べ合う】
単なる順番比べなど、殺し殺されという、【最高の娯楽】に比べれば、取るに足らないほどの児戯でしかないと、カインは考えている。
なればこそ、未来永劫、他人と戦いたがる人を戦い続けさせてあげる為には、人と人の間に、怨念とも言える遺恨が絶対的に不可欠であり、その為ならば、自分も諦めず、佐東の様にある程度の努力も必要だろうと、カインは張り切っていた。
【需要への供給】
それが、【完璧な英雄で在れ】と、妻達から望まれたカインが導きだした答えである。
キスの最中にも関わらず、カインの執務室のドアが開け放たれ、其処では、第一夫人のマルガレーテと、第五婦人、メリーアンが、それぞれ片手に、酒とツマミを持ちながら、両名共に実に色っぽい服で現れる。
「あら………ズルいわ……先に始めるなんて…………」
「本当に…………一言言ってくれても宜しいのでは?」
恨みがましく、そういうマルガレーテとメリーアンに、カインは、やんわりと微笑みかけた。
「怒るなよ…………キチンと、君達も可愛がってあげるから……ね………」
そんな言葉と共に、カインは、荒い息のロゼッタの肩に、ソッと手を置きながらに手招きをしていた。




