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鎮魂歌  作者: enforcer
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38

 夕食の席という事で、カインは、可能な限り一番高い店を選んだ。

 とはいえ、小さな町である以上、それは、高が知れている。

 酒場に、レストランがくっ付いた様な店は、佐東の町で、唯一マトモな料理が食べられる店であった。

 小さな町で、その様な店がやっていけるのかと云えば、さほどの無理はない。

 それこそ、帝都中央に鎮座している様な高級感溢れる店、と言うわけではなく、有り体に言えば、その辺の洋食屋といった方が正しいだろう。

 安い露店なども各種あれども、やはり特別な時、特別な日、特別な人といった時には、せめてもの贅沢を提供してくれるのというのも必要であり、それが、カインの選んだ店であった。


 「…………いらっしゃいませ、どうぞ御腰のモノを」


 そう言う店員に、カインは、腰の剣をソッと手渡した。

 はっきり言っても、人並み外れた端正な顔立ちから、カインは目立つ。

 だがそれ以上に目立つのが、彼が連れている少女の存在だろう。

 言葉を話すことは無く、ただチョコチョコといつも佐東の後ろを歩くだけだが、その存在を知らぬ者は町には少ない。

 ともあれ、少女のお陰なのか、腰に細めの剣を帯びたカインが同席しても、周りには、本来の公爵とは違うモノにも見えてくる。


 【町長不在の際の護衛。 もしくは、佐東に雇われた用心棒】と。


 事実、カインの腹積もりはそれであり、間違いではない。

 町の人間の中にも、やはり少女の事を気に掛けるモノは少なくない。

 親でもない佐東が、一人の女の子を手込めにしているという見方も有れば、元々、売春宿でこき使われていた可哀想な彼女を、佐東が引き取ったという見方もある。

 千差万別ではあるが、それでも、佐東に何かを云おうとする者は居らず、この店の客や店員にしても、カインに、何か余計な事を尋ねるという事は無い。


 しかしながら、この店に少女が来るのは初めての事である。

 元々の性格も相まって、店から料理を運んでもらうという事ならば、佐東もするのだが、素人観衆に観られながらの食事は、未だに彼は好きではない。

 反対に、元々公爵であるカインからすれば、精々が【店が少し汚いか】程度にしか捕らえておらず、他人の視線など、とっくに慣れていた。


 店の天井を支える為にか、そのまま切り出した真っ直ぐな丸太が柱となり、それが、かえって素朴な風情を煽る。

 其処に、洒落た形のランプが相まって、実に良い雰囲気が空間を占めていた。

 

 白い布が掛けられたテーブルへと通された二人は、隣りではなく、合い向かいき座るのだが、此処でも、カインは培ったサービスを怠らない。

 自分から椅子を引いて見せ、少女へと笑いかける。


 「さ、お姫様……どうぞお席へ………」

 

 カインの態度に、周りの女性は思わず見とれるが、少女はと云うと、キョトンとしていた。

 甲斐甲斐しく世話をする佐東ではあるが、根本的には彼の作法マナーはお世辞に素晴らしいモノではない。

 

 客観的には【やったこともない育児を 、若い青年がヒィヒィ云いながらなんとかこなす】というモノが垣間見える。

 対するカインはというと、【此方】へ送られる事、はや二十年と数ヶ月であり、長い間培われたそれは、比べるべくもなく、さまに成っていた。

 だが、そんなカインの言葉と行動を無視して、当の少女はというと、カインが居るのとは反対の方の席へと自分から座ってしまう。


 一人、椅子を持ったまま固まるカインを、ちょこんと座る女の子は、ジッと見ていた。

 

 想わぬ肩透かしに、カインは苦く笑うと、自分で引いた椅子へと腰掛ける。

 つい先ほど迄、微塵たりとも興味を持つつもりは無かったカインではあるが、この僅かなやり取りで、少女への興味が湧き上がっていた。

 何せ、初めての経験である。

 下心など無かった筈なのだが、少女はというと、自分になびく事無く、自ら、カインの行動を無視して見せた。


 しかし、やはり人の目が気になるのか、銀髪の少女は、視線嫌いの佐東と同じく、周りの視線を避けるように、頭を竦めてしまう。

 

 驚き半分で、感動が他を占めながら、カインは少女を興味深く観る。

 成功するのが当たり前を義務付けられた怪物ヒーローは、【無視される】という、ちょっとした贈り物に、我知らず笑っていた。

 

 異性でなくとも、思わず見とれる程の自然な微笑みのカイン。

 

 彼は知らないが、自分から素直に笑えたと言うのは、いったい何時の頃からか、忘れていた。 

 だが、いつまでも黙っていても、自分が招いた淑女レディに失礼に当たると、咳払いを一つ。


 程なく、カインは片手を上げた。

 

「………この店で一番のコースを頼むよ? ……あと、在れば何か果物のジュースを、彼女に………」


 店員が声を掛けるより早く、カインはそう言うのだが、そんな彼の声は、五人の妻達に掛けるそれよりも、余程優しい趣に満ちていた。


 待ち人たる少女が、カインと夕餉ゆうげを交える中。

 

 佐東は、すっかり日も暮れた頃、ようやく目的の村へと辿り着いていた。

 わざわざ暗く成るのを待ったのは、敢えて明るい時間に自分を晒すと言うのを、拒んだからに他ならない。

 余計な波風立て、返って商売に支障を来しては成らないという配慮からだが、それは、あくまでも建て前であり、実の所では、怖かったのだ。

 自分が犯して来た過ちは、消えるどころか、そのまましわ寄せという形で顕現し、被害を産んでいる。

 だからこそ、出来る限り穏便に事を収めたいと、佐東は恐れていた。


 辺りを注意深く見回しながらも、村の村長の家へと静かに近付く佐東。

 途中、彼が滞在していた家の窓から、灯りが漏れているのを観て、正直にホッとしていた。

 だが、敢えてそれには近付く事無く、一路、村長が居るであろう家へと、足を運ぶ。

 恐る恐るドアへと近付くと、静かに息を吸い込み、長く吐き出し、僅かに震える手で、戸を叩いた。


 明るい内こそ、魔獣の類は余り姿を見せることは少ないが、薄暗い森や、人気のない街道では、その通りには行かない。

 ただ、人が密集している限り、その魔獣もまた、人家に近付くという事は余りないのだが、それでも、ガス街灯すら無ければ、夜分に外を歩くという事は、余程の事である。

 一応と、棍棒片手に、村長はそっとドアに近付くと、未だに弱々しく叩かれる音が響いた。


 「………誰かな? こんなに夜に…………用があるなら…………」

 「…………すんません…………」  

  

 返って来た声に、村長は息を飲んだ。

 聞いたことは少ないが、余り良い思い出とは言えない独特の声。

 その声に、村長は確かな聞き覚えがあった。

 二度とは聞くことはないと、タカを括ってはいたが、村長の心臓が嫌な動きを見せる。

 

 「………い、今更、何の用で御座いましょう? 大貴族様がこの村に用が在るとは思えませんが?」

 

 ドア越しとは言え、それなりに声は向こうへは通る。

 何せ、板切れ張り合わせた稚拙なドア向こうには、中の明かりが漏れてもいる。

 ただ、佐東は、カインが駄賃代わりに村に金をバラまいたのは知らない。

 それ故に、いきなり怒鳴られるかとも考えていたが、どうにも杞憂で済んだようであった。

 反面、村長はと云うと、貴族が取り立てに来たのかと、心臓が右往左往し始めてすらいる。

 「え?…あぁ、まぁ…貴族?…えぇと、気分を害したんなら、すみません…………えぇと…………」

 ドアの向こうからは、何かを悩んでいる上に、どうにも謝り慣れて居ない様な声が、僅かに漏れていた。

 「何つうか………えぇと………し、し……商談の件で、ご相談が…………」

 村長の耳に届くドアの向こうの声は、必死に言葉を選んでいるという雰囲気が在った。

 

 正直な所、人間とは、非常に現金なモノである。

 確かに、佐東はある程度の被害を村に及ぼしはした。

 だが、当事者以外からすれば、精々が【かわいそう】という同情程度の認識でしかなく、村を上げて怒り狂うという事は、有り得ない。

 その上、慰謝料という名目で、結構な額をカインは村に投じた。

 この事は、良くも悪くも、金貨をバラ撒いた当人の云うとおりであり、彼等は、力在る者に逆らおうという気概は無く、エサを貰えるのであれば、それに縋る家畜と、何ら変わりは無い。

 第一、村長には村を取り仕切り、存続させていく責務が在る。

 であるならば、アレだけの金額の金貨をバラ撒いた貴族を、むざむざ逃がそうなどという考えは、毛頭無い。

 取り立てではなく、より大きな得を得るのであればと、村長は、急ぎ手の棍棒をその辺に放り出し、いともあっさりとドアを開けた。


 「ささ、どーぞどーぞ……貴族との御商談で在れば、如何様にもお聞きします故」


 揉み手で佐東を迎える村長の顔には、実に薄っぺらい笑顔が張り付いていた。


 佐東が、嫌にご機嫌な村長に悩む中、カインはと言うと、笑っていた。

 お腹が減れば、其処は現金なモノなのか、目の前に座る少女は、出される料理を一心不乱に食べる。

 無論、作法マナーなど、端から期待はしていなかったが、此処までくれば、清々しさすら、味わえた。

 先ずはとばかりに供された前菜オードブルだが、それは、手掴みにて、少女の口へと運ばれていく。

 次はスープだが、様々なスプーンやフォーク、ナイフまでが準備されては居ても、少女は、自分の前にスープ皿が置かれるなり、その皿を手に持って、直接皿から飲み始めてしまう。

 続くサラダは、やはり手掴みである。

 まるで何かの動物の様にして、料理を胃に運んで居るのを見てか、カインは、メインの肉は切り分けてから持ってきて欲しいと、わざわざ店員に注文を付けていた。

 

 完璧とも言える作法を見せるカインとは、真逆の少女。

 片や、キッチリと殆ど無音にて食を進めるのに対して、片や、口の端からこぼれようが気にせず、自分の咀嚼音が響いていたとて、微塵も気にもせずにいる。

 あんまりな食事風景に、周りの客の中には、げんなりする者も居たが、少女の対面に座るのカインは、どこか嬉しそうに笑ってすら居た。


 此処最近どころか、【此方】へ生まれ落ちて以来、【貴族たれ】と育てられたカイン。

 それ故に、【此処】へ来た本人とは、遠くかけ離れてしまっている。

 歯がゆさと窮屈さを感じてもいたが、長く時が過ぎるに連れ、いつしか、それが当たり前に成ってしまっていた。

 しかしながら、目の前の少女は違う。

 彼が逃げ出したい現実から、とうに離れているのか、正に、自由奔放ですら在る少女の姿に、感銘すら受けていた。

 

 カインの五人の妻達は、確かに素晴らしいだろう。

 美貌から仕事の能率、その肢体に至るまでまでが、文句を付ければ罰が当たるといっても差し支えない。

 

 だが、一歩離れて客観的な視点で見れば、体の良いお人形としか、カインには見えなかった。

 見た目は整い、実に綺麗に動き、よく笑い、よく話す。

 作り上げられたそれは、カインには、何かの奴隷か、人形フィギュアの様にしか見えない。


 それでも、カインが嬉しそうに見物する少女は違った。

 外見はおろか、富も名誉も捨て去ったそれは、【現実の奴隷】ではなく、何ものからも自由であるかの様に振る舞う姿は、我知らず、惹かれるモノすら存在する。

 

 しかしながら、面白い事は続くものだと、カインは唸った。

 

 いい加減、周りの目と、自分を眺めるカインの視線が気になり始めたのか、困った様な顔の少女は、覚束ないながらもカインの見よう見まねで、フォークを使い、危なげな手つきを見せてくれた。


 「……彼奴さとうが、君に惹かれるのも、無理はないのかな…………」


 そんなカインの言葉に、少女は反応したのか、片手にフォークを握り締め、口にモゴモゴと、メインディッシュの【鶏のロースト ブルーベリーソース】をほうばりながらも、ジッと、緑色の瞳だけが、カインを見ていた。

 

 殊更に、自分の皿を見詰める少女に、残りの分の鶏肉を分けたカイン。

 相も変わらず、少女の手付きは覚束ないが、それでも、最後にはそれなりの食べ方を見せてくれる。

 そろそろ食事が済んだと云う所なのだが、なにやら、店の外が騒がしく成るのを、カインは感じていた。


 何人かの客や店員も、段々と外を気にし始めてすらいる。

 そんな彼等には頓着を見せず、カインは、優雅にナプキンで口を拭うと、口を開いた。

 

 「…………ウェイター……代金は此処へ置いとくよ?」

 

 そう言うと、銀貨で幾らかの代金にも関わらず、カインは、わざわざ金貨を三枚テーブルへと置き、椅子から離れ、未だに座ったままの少女をソッと立たせ、出口へと向かう。


 「あの、お客様………お釣りが…………」 

 慌てた店員が、カインの剣を返すと同時に、彼は、いつもの薄っぺらい笑みを返した。

 「……良いさ、チップにとっておいてくれ…………」

 

 そう言うと、カインは店員の方をポンポンと叩いた。

 入り口にたむろする人を掻き分け、カインは店の外へと足を進めるが、油や他のモノに汚れた少女の手は、決して放しはしない。


 町のずっと遠くに、篝火にも似た灯りが多数。

 それを観てか、町の人間達も、ざわざわと声を上げていた。


 「……だいぶ遅刻するかと思ったけど……想像していたよりは、早く来てくれたな……全く、そんなんだから、彼氏に置いて行かれるんだよ? ……のろまの【戦姫ヴァルキュリア】様?」


 少女を護るべく、その細い両肩に手を置いて呟くカイン。

 そのせいか、少女は、カインの顔が見えなかったが、今の彼は、酷く虚ろに嗤う。

 小さい声の為に、誰にも聞かれる事はないのだが、その笑いは、【此処】へ着いたばかりの佐東の笑いに、非常に酷似していた。

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