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夕食の席という事で、カインは、可能な限り一番高い店を選んだ。
とはいえ、小さな町である以上、それは、高が知れている。
酒場に、レストランがくっ付いた様な店は、佐東の町で、唯一マトモな料理が食べられる店であった。
小さな町で、その様な店がやっていけるのかと云えば、さほどの無理はない。
それこそ、帝都中央に鎮座している様な高級感溢れる店、と言うわけではなく、有り体に言えば、その辺の洋食屋といった方が正しいだろう。
安い露店なども各種あれども、やはり特別な時、特別な日、特別な人といった時には、せめてもの贅沢を提供してくれるのというのも必要であり、それが、カインの選んだ店であった。
「…………いらっしゃいませ、どうぞ御腰のモノを」
そう言う店員に、カインは、腰の剣をソッと手渡した。
はっきり言っても、人並み外れた端正な顔立ちから、カインは目立つ。
だがそれ以上に目立つのが、彼が連れている少女の存在だろう。
言葉を話すことは無く、ただチョコチョコといつも佐東の後ろを歩くだけだが、その存在を知らぬ者は町には少ない。
ともあれ、少女のお陰なのか、腰に細めの剣を帯びたカインが同席しても、周りには、本来の公爵とは違うモノにも見えてくる。
【町長不在の際の護衛。 もしくは、佐東に雇われた用心棒】と。
事実、カインの腹積もりはそれであり、間違いではない。
町の人間の中にも、やはり少女の事を気に掛けるモノは少なくない。
親でもない佐東が、一人の女の子を手込めにしているという見方も有れば、元々、売春宿でこき使われていた可哀想な彼女を、佐東が引き取ったという見方もある。
千差万別ではあるが、それでも、佐東に何かを云おうとする者は居らず、この店の客や店員にしても、カインに、何か余計な事を尋ねるという事は無い。
しかしながら、この店に少女が来るのは初めての事である。
元々の性格も相まって、店から料理を運んでもらうという事ならば、佐東もするのだが、素人観衆に観られながらの食事は、未だに彼は好きではない。
反対に、元々公爵であるカインからすれば、精々が【店が少し汚いか】程度にしか捕らえておらず、他人の視線など、とっくに慣れていた。
店の天井を支える為にか、そのまま切り出した真っ直ぐな丸太が柱となり、それが、かえって素朴な風情を煽る。
其処に、洒落た形のランプが相まって、実に良い雰囲気が空間を占めていた。
白い布が掛けられたテーブルへと通された二人は、隣りではなく、合い向かいき座るのだが、此処でも、カインは培ったサービスを怠らない。
自分から椅子を引いて見せ、少女へと笑いかける。
「さ、お姫様……どうぞお席へ………」
カインの態度に、周りの女性は思わず見とれるが、少女はと云うと、キョトンとしていた。
甲斐甲斐しく世話をする佐東ではあるが、根本的には彼の作法はお世辞に素晴らしいモノではない。
客観的には【やったこともない育児を 、若い青年がヒィヒィ云いながらなんとかこなす】というモノが垣間見える。
対するカインはというと、【此方】へ送られる事、はや二十年と数ヶ月であり、長い間培われたそれは、比べるべくもなく、様に成っていた。
だが、そんなカインの言葉と行動を無視して、当の少女はというと、カインが居るのとは反対の方の席へと自分から座ってしまう。
一人、椅子を持ったまま固まるカインを、ちょこんと座る女の子は、ジッと見ていた。
想わぬ肩透かしに、カインは苦く笑うと、自分で引いた椅子へと腰掛ける。
つい先ほど迄、微塵たりとも興味を持つつもりは無かったカインではあるが、この僅かなやり取りで、少女への興味が湧き上がっていた。
何せ、初めての経験である。
下心など無かった筈なのだが、少女はというと、自分に靡く事無く、自ら、カインの行動を無視して見せた。
しかし、やはり人の目が気になるのか、銀髪の少女は、視線嫌いの佐東と同じく、周りの視線を避けるように、頭を竦めてしまう。
驚き半分で、感動が他を占めながら、カインは少女を興味深く観る。
成功するのが当たり前を義務付けられた怪物は、【無視される】という、ちょっとした贈り物に、我知らず笑っていた。
異性でなくとも、思わず見とれる程の自然な微笑みのカイン。
彼は知らないが、自分から素直に笑えたと言うのは、いったい何時の頃からか、忘れていた。
だが、いつまでも黙っていても、自分が招いた淑女に失礼に当たると、咳払いを一つ。
程なく、カインは片手を上げた。
「………この店で一番のコースを頼むよ? ……あと、在れば何か果物のジュースを、彼女に………」
店員が声を掛けるより早く、カインはそう言うのだが、そんな彼の声は、五人の妻達に掛けるそれよりも、余程優しい趣に満ちていた。
待ち人たる少女が、カインと夕餉を交える中。
佐東は、すっかり日も暮れた頃、ようやく目的の村へと辿り着いていた。
わざわざ暗く成るのを待ったのは、敢えて明るい時間に自分を晒すと言うのを、拒んだからに他ならない。
余計な波風立て、返って商売に支障を来しては成らないという配慮からだが、それは、あくまでも建て前であり、実の所では、怖かったのだ。
自分が犯して来た過ちは、消えるどころか、そのまましわ寄せという形で顕現し、被害を産んでいる。
だからこそ、出来る限り穏便に事を収めたいと、佐東は恐れていた。
辺りを注意深く見回しながらも、村の村長の家へと静かに近付く佐東。
途中、彼が滞在していた家の窓から、灯りが漏れているのを観て、正直にホッとしていた。
だが、敢えてそれには近付く事無く、一路、村長が居るであろう家へと、足を運ぶ。
恐る恐るドアへと近付くと、静かに息を吸い込み、長く吐き出し、僅かに震える手で、戸を叩いた。
明るい内こそ、魔獣の類は余り姿を見せることは少ないが、薄暗い森や、人気のない街道では、その通りには行かない。
ただ、人が密集している限り、その魔獣もまた、人家に近付くという事は余りないのだが、それでも、ガス街灯すら無ければ、夜分に外を歩くという事は、余程の事である。
一応と、棍棒片手に、村長はそっとドアに近付くと、未だに弱々しく叩かれる音が響いた。
「………誰かな? こんなに夜に…………用があるなら…………」
「…………すんません…………」
返って来た声に、村長は息を飲んだ。
聞いたことは少ないが、余り良い思い出とは言えない独特の声。
その声に、村長は確かな聞き覚えがあった。
二度とは聞くことはないと、タカを括ってはいたが、村長の心臓が嫌な動きを見せる。
「………い、今更、何の用で御座いましょう? 大貴族様がこの村に用が在るとは思えませんが?」
ドア越しとは言え、それなりに声は向こうへは通る。
何せ、板切れ張り合わせた稚拙なドア向こうには、中の明かりが漏れてもいる。
ただ、佐東は、カインが駄賃代わりに村に金をバラまいたのは知らない。
それ故に、いきなり怒鳴られるかとも考えていたが、どうにも杞憂で済んだようであった。
反面、村長はと云うと、貴族が取り立てに来たのかと、心臓が右往左往し始めてすらいる。
「え?…あぁ、まぁ…貴族?…えぇと、気分を害したんなら、すみません…………えぇと…………」
ドアの向こうからは、何かを悩んでいる上に、どうにも謝り慣れて居ない様な声が、僅かに漏れていた。
「何つうか………えぇと………し、し……商談の件で、ご相談が…………」
村長の耳に届くドアの向こうの声は、必死に言葉を選んでいるという雰囲気が在った。
正直な所、人間とは、非常に現金なモノである。
確かに、佐東はある程度の被害を村に及ぼしはした。
だが、当事者以外からすれば、精々が【かわいそう】という同情程度の認識でしかなく、村を上げて怒り狂うという事は、有り得ない。
その上、慰謝料という名目で、結構な額をカインは村に投じた。
この事は、良くも悪くも、金貨をバラ撒いた当人の云うとおりであり、彼等は、力在る者に逆らおうという気概は無く、金を貰えるのであれば、それに縋る家畜と、何ら変わりは無い。
第一、村長には村を取り仕切り、存続させていく責務が在る。
であるならば、アレだけの金額の金貨をバラ撒いた貴族を、むざむざ逃がそうなどという考えは、毛頭無い。
取り立てではなく、より大きな得を得るのであればと、村長は、急ぎ手の棍棒をその辺に放り出し、いともあっさりとドアを開けた。
「ささ、どーぞどーぞ……貴族との御商談で在れば、如何様にもお聞きします故」
揉み手で佐東を迎える村長の顔には、実に薄っぺらい笑顔が張り付いていた。
佐東が、嫌にご機嫌な村長に悩む中、カインはと言うと、笑っていた。
お腹が減れば、其処は現金なモノなのか、目の前に座る少女は、出される料理を一心不乱に食べる。
無論、作法など、端から期待はしていなかったが、此処までくれば、清々しさすら、味わえた。
先ずはとばかりに供された前菜だが、それは、手掴みにて、少女の口へと運ばれていく。
次はスープだが、様々なスプーンやフォーク、ナイフまでが準備されては居ても、少女は、自分の前にスープ皿が置かれるなり、その皿を手に持って、直接皿から飲み始めてしまう。
続くサラダは、やはり手掴みである。
まるで何かの動物の様にして、料理を胃に運んで居るのを見てか、カインは、メインの肉は切り分けてから持ってきて欲しいと、わざわざ店員に注文を付けていた。
完璧とも言える作法を見せるカインとは、真逆の少女。
片や、キッチリと殆ど無音にて食を進めるのに対して、片や、口の端からこぼれようが気にせず、自分の咀嚼音が響いていたとて、微塵も気にもせずにいる。
あんまりな食事風景に、周りの客の中には、げんなりする者も居たが、少女の対面に座るのカインは、どこか嬉しそうに笑ってすら居た。
此処最近どころか、【此方】へ生まれ落ちて以来、【貴族たれ】と育てられたカイン。
それ故に、【此処】へ来た本人とは、遠くかけ離れてしまっている。
歯がゆさと窮屈さを感じてもいたが、長く時が過ぎるに連れ、いつしか、それが当たり前に成ってしまっていた。
しかしながら、目の前の少女は違う。
彼が逃げ出したい現実から、とうに離れているのか、正に、自由奔放ですら在る少女の姿に、感銘すら受けていた。
カインの五人の妻達は、確かに素晴らしいだろう。
美貌から仕事の能率、その肢体に至るまでまでが、文句を付ければ罰が当たるといっても差し支えない。
だが、一歩離れて客観的な視点で見れば、体の良いお人形としか、カインには見えなかった。
見た目は整い、実に綺麗に動き、よく笑い、よく話す。
作り上げられたそれは、カインには、何かの奴隷か、人形の様にしか見えない。
それでも、カインが嬉しそうに見物する少女は違った。
外見はおろか、富も名誉も捨て去ったそれは、【現実の奴隷】ではなく、何ものからも自由であるかの様に振る舞う姿は、我知らず、惹かれるモノすら存在する。
しかしながら、面白い事は続くものだと、カインは唸った。
いい加減、周りの目と、自分を眺めるカインの視線が気になり始めたのか、困った様な顔の少女は、覚束ないながらもカインの見よう見まねで、フォークを使い、危なげな手つきを見せてくれた。
「……彼奴が、君に惹かれるのも、無理はないのかな…………」
そんなカインの言葉に、少女は反応したのか、片手にフォークを握り締め、口にモゴモゴと、メインディッシュの【鶏のロースト ブルーベリーソース】をほうばりながらも、ジッと、緑色の瞳だけが、カインを見ていた。
殊更に、自分の皿を見詰める少女に、残りの分の鶏肉を分けたカイン。
相も変わらず、少女の手付きは覚束ないが、それでも、最後にはそれなりの食べ方を見せてくれる。
そろそろ食事が済んだと云う所なのだが、なにやら、店の外が騒がしく成るのを、カインは感じていた。
何人かの客や店員も、段々と外を気にし始めてすらいる。
そんな彼等には頓着を見せず、カインは、優雅にナプキンで口を拭うと、口を開いた。
「…………ウェイター……代金は此処へ置いとくよ?」
そう言うと、銀貨で幾らかの代金にも関わらず、カインは、わざわざ金貨を三枚テーブルへと置き、椅子から離れ、未だに座ったままの少女をソッと立たせ、出口へと向かう。
「あの、お客様………お釣りが…………」
慌てた店員が、カインの剣を返すと同時に、彼は、いつもの薄っぺらい笑みを返した。
「……良いさ、チップにとっておいてくれ…………」
そう言うと、カインは店員の方をポンポンと叩いた。
入り口に屯する人を掻き分け、カインは店の外へと足を進めるが、油や他のモノに汚れた少女の手は、決して放しはしない。
町のずっと遠くに、篝火にも似た灯りが多数。
それを観てか、町の人間達も、ざわざわと声を上げていた。
「……だいぶ遅刻するかと思ったけど……想像していたよりは、早く来てくれたな……全く、そんなんだから、彼氏に置いて行かれるんだよ? ……のろまの【戦姫】様?」
少女を護るべく、その細い両肩に手を置いて呟くカイン。
そのせいか、少女は、カインの顔が見えなかったが、今の彼は、酷く虚ろに嗤う。
小さい声の為に、誰にも聞かれる事はないのだが、その笑いは、【此処】へ着いたばかりの佐東の笑いに、非常に酷似していた。




