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鎮魂歌  作者: enforcer
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 世界に魔獣が溢れている。

 それは、魔王に屈伏した人界の皇帝が、魔の者に支配を明け渡した事を意味している。

 とは言え、多生の慈悲が、魔王にも在ったのか、人界の管理は、魔王直下の、人を棄てた皇帝が仕切っていた。

 だが、皇帝と言えど、全てを一人で統括出来るわけもなく、其処は部下が地域一帯を治めている地域も多い。


 帝国中心部からだいぶ離れた所では、在る人物が、其処を統括している。

 在る程度の領地からの上がりは、その上に納めるものの、横流ししては、暴利を貪る者など、特に珍しくも無いだろう。

 この地域を治めていたのも、皇帝直下ではなく、遙か下から、適当に引き抜いた元山賊であった。

 体格が大きく、粗暴で野蛮、如何にもな人材ではあっても、ある程度の仕事をこなしていれば、特に上からの小言も無く、頭領自体の生活は、周辺の没落間近の王族貴族と比べても、その生活の質は、天と地で在った。

 

 そして、この地を治めるのは、元山賊の頭領。 

 

 日がな一日、今日もまた、その辺の村から、半ば無理やり献上させた少女を手に掛け、彼は、醜い欲求を満たしていた。


 閉ざされた部屋からは、僅かに声が、漏れていた。

 

 芥子を用いた軟膏を用いれば、例え生娘だろうと、喚き、嫌々ながらでも、頭領に言われるまま、奉仕という名の行為を強いられる他は無い。

 

 召し上げられた少女は、この地獄がいつ終わるのかと、心の内で嘆く。


 だが、現時点で世界が安定している以上、それが、覆る事はない。

 過去、人が動物を家畜化していった様に、皇帝側に属する者達もまた、人間を家畜として飼い、肉を得るように、人の人生をもぎ取っていた。


 皇帝自身、下で何が起こっているのかは、一応は知りはしても、それを無視していた。

 例え、半ば無理やりだろうと、人を抑えつけぬ限り、人は数を増し、武器を集め、必ずや反乱を起こすという事を、皇帝は知っている。

 万物の安定と引き換えに、皇帝は、多少の悲劇は仕方ないと切り捨てていた。

 仮に、押さえる事無く、安定を保つ方法に付いては、魔王から伝えられている。 

 

 一対のつがいに対して、子が二つで在れば、世界は安定する。

  

 生が二つで在れば、死も二つ。

 余計な利を捨て、平和に生きる。 

 そうであれば、必要以上の繁殖は起こらず、生存圏の過剰な拡大という過ちは、起こらないとすら、魔王は考えていた。

 数に関して言えば、魔王や皇帝がどう足掻こうと、勝手に増え始める。

 この為、皇帝は娯楽の発展に力を入れ始めてはいたが、結局の所、それを有利に使い、人より多く儲けんとする者が必ず現れた。

 どう悩もうと、足掻こうと、人は争い事を止めようとはしてくれず、それ故に、暴力を用いた支配もやむなし。 それが、魔の者の答えで在った。


 しかしながら、人々はそれを暴政、圧政と野次り、口々に皇帝を罵る。

 それでも、皇帝は我が身を象徴的な敵として、敢えて、人々に恐怖の足りえんとしていた。 

 皇帝の苦悩が功を奏し、人の世も、表面上は安定をしていたが、それは、単に怯えて動かないだけであり、火種が在れば、民衆は業火と成って燃え上がるだろう。

 その時には、またしたも剣を振るう事も持さない皇帝ではあったが、事実、全てを見通す事など出来ない彼には、知る由も無い出来事が起こっていた。


 ぐったりと成った少女だが、そんな哀れな獲物を、ベッドから蹴り落とし、頭領は寝酒と言わんばかりに、ぐっと酒瓶を呷った。


 実のところ、彼自身は元々小心者であり、皇帝直下の将軍から、多少手荒い統治を命ぜられ、その通りにしているに過ぎない。

 元々、頭領自身が山賊へと身を落としたのには、訳が在る。


 過去、何の変哲も無い農家の産まれた彼だが、生来の見た目からか、余り異性に好かれる事無く、失意の日々から、いつしかふとした弾みで、過ちを犯し、そして、彼はそのまま、身を山賊へと堕としてしまった。

 

 もし、彼が母や姉、近くに住む異性から、せめて優しく接して貰って居たならば、話は違ったかも知れない。 

 

 だが、そんな頭領の想いも虚しく、蔑まれると言う過去は、そっくりそのまま見ず知らずの相手にぶつけると言う形で、発散を示していた。

 良心の呵責など、等に投げ捨てていても、過去の事が、頭領の頭を過ぎる。

 特に何かをしたわけでもないのに、指差し蔑まれ、時には影で侮蔑され、そして、それを誰もが慰めてもくれない。

 そんな事を考える内に、ムラムラと怒りと情欲が湧いた頭領は、ベッドの脇に転がる獲物へと、己の怨念をぶつけんと、腕をゆっくりと伸ばした。


 突然、木板がひしゃげ、バリバリと割り裂ける音が、頭領の寝室に響き渡る。


 咄嗟に、ベッドから立ち上がり、腰巻きを素早く身に着ける頭領。

 破られたドアからは、頭領の子分だろうか、頭を半分無くした死体が、ぶら下がっていた。

 滑る中身と血が、それぞれ違う音を立てながら落ち音に混じって、ドアの向こうの暗がりから、在る人影が現れる。


 「んだぁ!? テメェは!?」

 

 大声でそう叫びつつ、頭領は壁に掛けて置いた戦斧を構える。

 所々に、刃こぼれと、血によるサビを有してはいたが、生身の人間程度で在れば、頭領の斧に掛かれば、取るには足らない。

 

 思わず、唾を飲み込む頭領が目にしたのは、どこかとぼけた顔をし、見たことも無いような服を纏った青年である。

 「どこのどいつだ!? この野郎!?」

 出来る限り、頭領はドスを効かせた声を張り上げる。  


 可能であれば、殺傷沙汰は彼も避けたいのが、本音であった。

 

 だが、床に転がる少女からは、青年は、目を離す事はない。

 「其処に転がってる雌の家族カスからさ、頼まれちったんだよね~……うちの子を、たちゅけて! ……ってねぇ……後よぉ、お前みたいな屑をぶち殺せってさぁ……」

 青年の言葉と、ヘヒャヘヒャという不気味な嗤いに、頭領は迷いを捨てた。

 召し上げた女性の家族から、命を狙われたのは、コレが初めてではない。

 何度となく、老若男女を返り討ちにし、彼は土地の安定に貢献した。

 この時もまた、青年の【殺す】という言葉に、頭領は正当な反撃の下さんと、戦斧素早く振り上げ、青年に突進した。


 攻めの基本は、先にある。


 如何なる相手で在ろうと、それが、化け物でない限り、動ける速さは、ほぼ同じである。

 だからこそ、頭領は頭の上まで振り上げた斧を、勢い良く振り下ろした。

 鈍い風切り音が響き渡りつつ、斧の刃は確実に青年の頭に向かう。

 繰り返し、何度となく行ってきた、必勝の瞬間。

 

 いつもなら、グシャリという、肉と骨、そして、中身を叩き潰す感触が在る。

 それでも、頭領の手には、いつもの感触が伝わらなかった。


 頭領は、我が目を疑う。 

 

 何人となく、人を確実に殺して来たはずの斧は、青年の構えた片刃の剣に因って、止められてしまった。

 何をどうしようが、頭領に取っては、有り得ない事だ。

 

 通常、重厚な斧であれば、青年の構えるチンケで細身の剣など、そのまま両断出来るか、もしくは、相手の刀身による防御諸とも、容易く切り裂く筈。

 にもかかわらず、実際には、金属と金属がぶつかる凄まじい音と共に、斧は止められ、尚且つ、僅かでは有っても、剣の方が、斧に斬り込んでいた。

 

 「おぉ~……さっすがぁ……正宗って名前付けただけは在るわなぁ………つか、お前…弱すぎ………ゴキブリが………」

 

 青年の声は、まるで蠅でも払うかの如く、気負わないモノであった。

 事実、驚き固まる頭領を、そのまま、単純に力で払う。

 食い込んでいた刀は、僅かな傷すら付かず、寧ろ、斧の刃を抉った。   

 転がされ、それでも、何とか構えを取り直す頭領。

 ただ、構えこそ立派ではあっても、頭領は汗をかき、焦りを隠すことが出来ずにいた。

 恐ろしいという感覚は無く、ただただ不気味に、そして、不敵に青年は笑う。


 「………命乞いでも、してくだちゃいねぇ? そうすっとさ、んっふぅ……たぶん……助けてやれるかも、ちれまちぇんよぉ? くっそざっこさぁん?」

 頭領に向かって、青年はまるで、チェスでの降伏を言うように、不気味な声で気軽にそう言ってのける。

 だが、頭領にその意志と、選択は無い。

 如何様に、自分が領民に対して、酷いことをして来たかについては、頭領自身が一番良く知っている上に、例えこの場で、青年に伐たれずとも、降伏などした場合、どうなるのか、実に簡単である。

 であれば、頭領の選択は一つしかない。

 目の前の何者とも知れない化け物に、死ぬ気で戦い、活路を見いだす他はないのだ。

 第一の激剣と同じく、頭領は、斧を振り上げ、そのまま足を進めた。

 先程の手加減は、今度は用いない。 

 力の限り、頭領は斧を必死に振り下ろした。


 だが、今度は、剣や青年にも、斧が掠る事すらなく、床へと叩きつけられ、使い古した斧は、呆気なくその刃を割った。

 唐突に、相手が消えた、としか、頭領には見えないが、すぐ横では、あの不気味な気配を、僅かに感じ取る。


 「幻影イリュージョン! 霞切断ミストスラップ!」


 聞いた事も無いような、怪しい青年の叫びと共に、頭領の両手は、宙に舞った。

 一瞬、痛みも無く、それでいて、喪失感に、頭領は目を細める。

 次の瞬間には、激痛と共に、激しく吹き出る血。

 絶叫と共に、床を転げ回る頭領など気にもせず、青年は自分の手の刀を見ていた。


 「へぇ……俺……ちょ~強ぇえ!!…………ホントに必殺技って、出来るんだ!!……うっは!……マジ俺、最強じゃね!?」


 声が裏返してまで、太目の体を揺らし、青年は気が狂ったかの如く叫んだ。

 ひとしきり、狂った笑い声を上げていた青年は、壁際で呻く頭領へと、ゆっくりと足を踏み出す。

 突然現れた化け物に、両手を切り飛ばされ、尚且つ、生死すら握られてしまった頭領だが、そう長くは、苦しみは続かない。

 「…………げう!?」

 呻く様な悲鳴に混じって、頭領の心臓目掛けて、青年は刀を突き立てた。

 「んっふぅ………初期ボス……ちょ~雑魚じゃね?……マジカスなんすけどぉ!? は~い! 糞雑魚さっん……ごくろーさーまっ!」

 硝子を掻くような高い声でそう言うと、青年は、握り締めた刀の柄をを捻る。

 死に逝く頭領は、最後に見ていた。


 まるで、過去に自分を蔑んだ女達と、全く同じ笑みで、酷く醜く笑う青年の顔を。

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