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夢現なカインだったが、自宅に到着する馬車の揺れが、昔を 思い出すカインを揺り起こす。
帰って来たカインではあるが、正直な所、彼は帰宅に際し、あまり感慨深いという事はなく、寧ろ、一旦眠ってすっきりした頭には、全く面白みの無いものだった。
皇帝陛下との謁見という、まるで詐欺師が詐欺を働く様な緊迫感もなく、家に帰れば、皆が祝福してくれる。
【お帰りなさい、カイン】と。
ただ、頭の先から爪先まで、カインの皮を被っているだけの【彼】からすれば、余り有り難いと言う感覚はなく、どこか遠巻きに、何人もの美しい女性から、何処かの誰かがチヤホヤされるのを観ている様な気分すら、彼は味わう。
無論の事、最初に此処へ来た十数年は、確かに楽しかった。
だが、そう言った事も、全ては誰かが仕向けていると分かれば、やはり、余り気分の良いモノではない。
仮に、他の異能力や、能力者が現れなくとも、彼は決起し、事を起こした事には変わりはなく、彼からすれば、精々事が運びやすくなるだけの話であり、特に有り難がる様な節はない。
それでも、やはり降ってきた何かを利用するというのは、人の夢だろう。
謁見して分かった事が一つ在る。
カインの思惑とは裏腹に、皇帝は、一向に戦争を嫌がるという事すら、カインに感じさせた。
これでは、意味がないとも、カインは感じる。
せっかく戦争を起こし易い様に、色々と嫌がらせをしてきたというのに、未だに、人界に大規模とも言える被害が出ていない事が、何よりの証拠と云えよう。
カインは、静かに思う。
【ならば仕方ない、あちら側がその気が無いのであれば、例え無理やりでも仕掛けさせてやろう】と。
その一環として、先ずは挨拶代わりにカインが行った嫌がらせの一つは、野良を金で雇い、【ただひたすら戦え】というモノである。
この策が齎す効果を、カインは三つ程期待している。
【将軍への直接的な嫌がらせ】
【皇帝率いる軍勢に対し、道徳の低下】
【少ない予算で、皇帝への反旗を示す】
この三つを、カインが期待している以上、彼の策は、実に素晴らしい結果を招く事となる。
度重なる襲撃は、人界に大きく変化を促した。
命を顧みず、皇帝へ反旗を掲げる者達が居るという事は、一般人の中にも浸透し始め、尚且つ、対手たる将軍の兵士達は、如何に自分達が負う傷が少なかろうと、不死者が攻めてくるという事に関して、酷い心病を患う者まで、現れ始めてしまっていた。
皇帝配下の将軍達にしても、冷酷で在ろうが、残虐ではない。
彼等が暴政と圧政を施すのは、全てが世界の安定の為であり、他意は無いのだが、だからといって、下に居るという事を押し付けられた民衆が、そう思うかどうかと云えば別であった。
とはいえ、まだまだ能力者の数など微々たる数字でしかなく、彼等だけでも、あるいは、在る程度の戦争も可能な事に、間違いは無い。
だが、それではカインは不満である。
【彼】がしたいのは、世界丸ごと巻き込んだ大戦争であり、地方のチンケな権力争いなど、既に公爵と言う立場に在る彼は欲してはいない。
全てを壊し、やり直すという事を、【彼】は望んでいた。
馬車は、彼の大仰な屋敷の前にその車輪を止め、御者は、静かに中のカインに、帰宅したという事をノックで告げる。
馬車から降りる前に、カインは頬を手で叩き、鏡に向かうと、笑顔の練習を重ねた。
全ては、カインの妻達を喜ばせる為であり、借り物である以上、ある程度は持ち主に返さねば、流石に【本当のカイン】に気の毒と言うものだろう。
馬車から、颯爽と降り立つ公爵に対して、待ち構えて居たのか、五人の妻達が我先にと走り寄る。
この時ばかりは、大人びている筈のマルガレーテですら、普段の冷たい顔をほっぽりだし、にこやかに笑ってすらいた。
やはりと言うべきなのか、五人が五人、それぞれに好き勝手な言葉を宣い、それを聞き取る事はカインには困難であった。
それでも、二本しか無い腕を巧みに使い、何とか皆を抱き締めると、口を綻ばせる。
「ただいま戻りました……奥方さま」
カインのその言葉に、妻達は感極まったのか、彼の唇を平然と奪う者まで居り、他の四人が、ズルいだの何だのと喚くのに対して、カインは苦笑いを浮かべている。
彼が仕掛けたゴブリンとの戦の際、いったいどれだけが自分の様に労って貰えたのかを考えれば、寧ろ、金持ちの女房役達を、腹を抱えて嗤いたい所なのだが、そこはそれ、カインの役割と言う枷が、それを押し止めていた。
さて、大切な夫が、窮地から命からがら生還を果たしたとなれば、それを実感として、感じたいと言うのも、無理はないだろう。
誰が今晩の彼を射止めるかという、喧喧諤諤に、可愛い争いを始める妻達に、カインは仕方ないとばかりに、ほんの少しだけ溜め息を漏らした。
「良いよ? ………全員で掛かっていらっしゃい…………」
軽く両手を広げるカインは、その端正な面もちに、何処か蠱惑的な怪しく、其れで居て、何処か人を惑わせる様な笑みを浮かべる。
何千何万という人間を率い、それを操る公爵である夫。
それに対して、妻達は、喉が鳴ったり、僅かに覚え始めた身体の湿り気を感じ、脚をモジモジとさせる者まで、反応は様々であった。
本当であれば、かのカインを独り占めしたいのは山々では在るのだが、それでは、今の彼を支えきれないという事を、妻達は自覚しており、だからこそ、女性特有のある種の団結力すら、彼女達はその心に感じている。
カインを先頭に、合計六人は、一対五という数字ながら、屋敷の中へと消えていった。
【護人官】という役職をでっち上げたカインだが、それは、単に能力者の統率を促すという単純なモノではない。
当たり前だが、全ての能力者達は、それぞれが思考し、また、それぞれに思惑や思想がある。
能力者達の行動倫理は、実に無駄なモノが多く、其処には、生きている個人という大きなモノが在る故に、おいそれと他人に従う者は少ない。
何せ、努力し、経験を高めれば、それはそのまま実力として如実に現れるのだ。
だが、その努力もまた、報われないという事も少なくはない。
元々の個人差は大きく、平然と人を裏切る者も多いが、往々にして、最も恨み辛みを産むのは、装備や希少品の盗難よりも、男女の間柄であった。
分かり易い一例ではあるが、より大きな見返りを求めて、今居るグループを捨て、他のグループへ移る。
コレを行ってしまった為に、在る女性の能力者は、実に大変な目に遭ったとも言える。
ゲームなのだから割り切れと言われた所で、誰がそれを納得出来ようか。
それ故に、男女に纏わる問題は大きく、如何とも御し難いモノがある。
最も、組織や氏族に属し、他者との協力によって、利益を得ようと言うのだから、在る程度の危険は、仕方ないのではないかと、カインは考えていた。
何より、本当にそういう柵が嫌な能力者達は、大勢から距離を置き、野良という立場を取る者が居るのに対して、あくまでも大勢に身を置きながら、自己の利益を追求せんとするならば、罰する者が出てきたとて、何ら不思議ではない。
争い合う能力者を止める為に護人官を作った訳だが、これによっての副次的効果にこそ、カインは期待を寄せている。
今や護人官のお陰か、能力者達の中でも、段々と善と悪といつ曖昧なモノが、明確に分類され始めていた。
本来的に個人が行った結果云々以前に、もはや、建て前がそれにとって変わりつつある。
身勝手な振る舞いは、忘れ去られ、起こった事にしか、人は目がいかない。
護人官という善から、逃げる様な組織や氏族が現れたのは、その効果が覿面に現れた結果と云えよう。
もはやこれまでと、人界を捨て、魔王や皇帝に組みしようとする者が現れるのは、自明の理である。
その結果として、敵方は此方の存在を知る訳なのだが、その遥か後ろに居るカインに辿り着くのは、不可能とも言えた。
何せ、二重三重に覆いを掛けた上に、それを掛けた人間すら、別の者が行っている。
その頃には、カインが望む戦がようやく始まるのかも知れない。
ただ、策謀を必要としないのであれば、アベルか佐東を繰り出せば済む。
あの二人の怪物に掛かれば、万の軍勢で在ろうと、関係は無い。
柏木の様に、使い辛い力ではなく、二人の能力は、実に単純明快であり、それこそ、蟻でも踏み潰す様に殺すというよりも、蹂躙して回るだろう。
だが、【彼】はそれでは面白くない。
必死に考え抜き、知恵で相手を出し抜く事にこそ、【彼】は面白みを見いだしていた。




