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鎮魂歌  作者: enforcer
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 急に、知らない何処かへ、放り出されたら、人はどうするべきか。

 それが、ただの地面ならば、一応は良いと言えるだろう。

 そのまま手を付き、立ち上がり、辺りを伺う暇はある。


 だが、青年は、唐突に何処かの山中へと、放り出された。

 目に入る景色は、自然豊かに素晴らしいとはいえ、空中で、尚且つ、其処から落ちていく中、どれだけの人間が、景色を楽しめるのか。

 

 そして、独りの青年は、ただ、落ちていた。


 山道を離れて、一人の少女が、山の中の藪を掻き分け進む。

 親が酷い熱病にうなされている為、彼女には、親を助ける為に、珍しい薬草を探し求めて、額の汗を拭いながら、必死に足を進めていた。

 進む内、轟々と流れる水の音から、どうやら、目星の場所を見つけ出したと彼女は足を更に早める。

 

 「あ!…………きっと、アレだ!」

 そんな嬉しそうな声と共に、少女滝壺近くに、ひっそりと咲く一輪の花を、見つけて、そう叫んだ。

 はやる心を抑えず、ひたすら薬草へと歩みよるのだが、滝の音に混じって、深い藪の中から響く音に、少女は気付く事が出来なかった。

 「やっと見つけた…………待っててね………お母さん」

 そんな声と共に、少女が薬草に手を伸ばした時、藪から、一匹の魔獣が、飛び出し、少女の上に覆い被さった。

 猿型の魔獣は重く、なおかつ、不意に背に乗られた事に因って、少女は簡単に地面にうつ伏せに倒されてしまった。

 突然の魔獣の襲撃に、少女は、身体の痛みも忘れて、その可愛らしい口から、張り裂けんばかりに、悲鳴を上げる。

 醜悪な面構えだが、何を思ったのか、魔獣の口は、どこか笑みを思わせる形へと歪んでいく。

 相手が雌なのが分かったからか、魔獣は少女の肌に傷が付こうがお構いなしに、少女の洗い晒しの服を、ビリビリと破っていく。

 未だに、魔獣にのし掛かられ、それでも少女は、必死に地面を引っ掻き回し、なんとか逃げようと努めるが、なにせ相手は重く、恐怖から、思うように力が出てくれない。

 このまま、この化け物の慰み者にされるのではないかと、少女は必死に抗ったが、それでも、彼女の助けを求める悲鳴は、滝の音にかき消されてしまった。

 抗おうと、必死に身を起こした所で、少女の頭は魔獣の前脚に踏みつけられ、地べたへと通し付けられてしまった。


 少女の涙が、地面へとこぼれ落ち、それを濡らす。


 同時に、魔獣は獲物が観念したのを確認してか、長い舌を伸ばして、ベロりと大きい口の周りを舐める。 

 もはや此までかと、少女がその心に、諦めを産んだとき、魔獣は、異様な気配を、感じて、辺りを見渡す。

 必死に左右を確認するが何も見えない。 

 だが、次の瞬間、魔獣の頭に、何かが当たった。

 滝の轟音にかき消されたのは、少女の悲鳴もだが、同時に、上から落ちてきた人物の落下音もまた、水の音によって、偽装されていた。

 固いモノが突然当たった魔獣は、酷い激痛から、意識を飛ばしかけ、のし掛かって居たはずの少女から少し離れて倒れ込む。

 思わず、少女は必死に身を起こすと、魔獣と同じように、だが、此方は必死に頭を抱えてゴロゴロと回る、見たことも無い服を纏った青年を見た。


 「痛ててててて!! クソが!? 痛ぇ…………んだよ、痛みはそのまんまってか!?」


 頭を擦りながら、太目の青年は、立ち上がる。 

 ふと、自分を不思議そうに見ている少女と目が合い、首を傾げた。

 

 魔獣が横に居るとしても、少しの間、微妙な空気が流れていた。

 

 ともかくとばかりに、青年は着ていた上着を、少女にソッと被せると、何やら、手から不思議な光を発していた。 その光は、少女からは見えず、青年が単に手を上げている様にしか映らずにいる。

 当の青年はと言えば、手から発する不気味に輝くモノを見て、自分のスキルを確認してか、ニヤリと笑った。 端から見ていれば、在る意味不敵に笑う様にも、少女から見える。

 だが、青年は少女に関わらず、拳を握り込むと、肩をグルグルと回した。


 「…えと……あの…ち、ちょっと、待っててくださいね………いま、チャッチャッと片付けますんで…………」


 そんな青年の声に、少女は彼の上着で身を隠しながら、訝しむ様な視線を彼に送っていた。

 ちょうど、時を同じく、魔獣もまた、目の回る様な激痛にもメゲず、新しく現れた獲物を睨み、喉をグルグルと鳴らす。


 「来いよ雑魚ザコ! 小手先だが、俺が相手してやるよ………」


 青年は、太目の身体を斜に構え、片手を上げると、クイクイと、相手を挑発した。

 ハッキリ言うと、少女には絶望的な光景である。

 人間では、魔獣を相手にするのには、非常に危険なのだと、彼女は認識をしていた。 だが、目の前の青年は、剣も鎧も、それどころか、石ころ一つ手にはしていない。

 獲物を奪われ、手傷を負わされた怒りから、魔獣は、青年に向かって跳んだ。

 思わず、少女は青年が喰われると、手で顔を伏せるが、次の瞬間には、その耳に、肉と骨の砕ける嫌な音を感じていた。

 青年が喰われてしまった。 

 そんな恐怖から、思わず少女は指の隙間から、音の方を見る。 

 少女の想像とは関係ないのか、彼女は異様な光景を眼にしていた。

 頭を殴り潰され、地べたに転がる魔獣。 

 その近くでは、片手に付いた相手の肉片を見て、げんなりしている青年。

 思わず、少女は、声が出なかった。

 とりあえずと、手を振り回し、血を落とす青年だが、それは全て落とす事が出来なかったからか、少し歩くと、彼は、滝壺近くの水辺で手をジャブジャブと音を立てて、手に着いた血を洗っていた。 

 魔獣を殺した、そう言う恐怖よりも、助けてくれたという安堵が大きいからか、なるべく縮こまりつつ、少女は、青年へと近づいていった。


 「あの…………ありがとう、ございます」

 そんな少女の声に、青年は驚いたのか、ビクッと立ち上がると、不動の姿勢を取っていた。


 「…………ち、ち、ちょっと待ってて…………」

 そんな青年は、さも女性と話した事が無いのかと、少女に思わせ、同時に、それは、あまり間違って居ない。

 青年の経歴はともかく、彼は、ほんの十数分前までは、この世界には居なかったのだ。

 理由の如何は問わず、彼は、半ば無理やりこの世界へと送られ、同時に、力を与えられてもいる。

 少女の顔を見ずに、青年は手の平をジッと見つめ、相手の好感度や、その状況を、つぶさにみていた。

 だが、ぼんやりと光るコンソールは、少女からは見えず、ただ、青年が意味もなく手のひらを見ているからか、首を傾げた。

 「あの…………手、どうかされました?」

 少女は、そう聞いてはいるが、同時に不気味にも思う。 なにせ、相手は魔獣を素手で殴り殺した。 だが、助けてくれたという事実が、少女から警戒心を削いでもいた。

 青年は、咳払いを一つ。 

 「えーとさぁ…………今日さぁ、泊まる所とか、無いんだよねぇ…………悪いんだけどさぁ、泊まれる所とか、知らない?」

 そんな、太めの青年の声に、少女はと言うと、胸の奥から溢れる【この人を助けねば成らない】という想いに駆られていた。

 「あ、それでしたら………助けて頂いたお礼に、家においでになりますか?」

 そんな、少女の申し出を、青年は断る事無く、頷いて返す。

 青年の了承を取り付けたと、少女は素直に喜び、手をたたいた。

 「良かったぁ…………あ、薬草取ってきますので、そこで待っててくださいね?」

 そう言って、本来の目的である薬草目指して、少女は歩く。 そんな彼女の背中を、青年はジッと見ていた。


 その夜、青年は【調整コンソール】を弄り、己の魅力の値を、限度まで高める。 

 

 それが、何を意味するのか、彼は、何故かなんとなく知っていた。

 

 少女は、うっすらと頬を染めながらも、甲斐甲斐しく青年に給仕を勤めながら、我知らず、何故か脚をモジモジと擦りながらも、胸の内に溢れる、雄を欲する欲を、必死に抑えていた。

 それどころか、少女が見つけた薬草に因って、熱から脱した未だに色香衰えぬ少女の母親ですら、旦那の事など何処へやら、潤む自分を慰めたい欲求と闘いながら、鍋をかき回していた。

 母親に在るのは、娘を助けてくれた青年への熱い想い。 

 夫がどうであれ、青年は娘と自分の恩人であり、せめてもの恩返しをしてあげたいと、母親は、深夜に、青年の元を訪れようと、心に決めてしまっていた。 


 夜の帳が降りきる。

 虫も鳴くのを止める程の闇の中、一軒の家からは、ほんの僅かだが、灯りと共に、人の声が、切なげに漏れていた。 


 【調整コンソール】の力は実に偉大である。

 

 その気になれば、回復魔法や幻術行使する事も、相手を魅了するのも、思いのままである。


 【調整コンソール】の力を用いれば、体力どころか、他の事ですら思いのままである。


 早速とばかりに、青年は軽く自分に与えられた力を試していた。

 したことなど無くとも、行為の知識は、在る程度の年齢ともなれば、一応は在る。 

 だが、それ以上に、青年が少し何かをすれば、された女は喘ぎ、高い嬌声を発した。

 

 元居た場所では、過去の因縁から、青年は虐げられ、搾取されるだけの存在であった。

 ろくに働きもせず、普段の鬱憤を意味も無く晴らすことも出来ずに居た彼。

 だが、今は違う。一度、無碍に死んだその身は、神懸かりを通り越し、無敵に近いその力を得て蘇った。

 

 これからどうやって試していこうかと、青年は、未来に想いを馳せて、必死に模索し始めていた。

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