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元居た世界とは、別の場所へ現れた青年だが、彼は今のところ、なんとか新しい楽しみを見いだしていた。
調教紛いの行為で在ろうと、青年の怪しい魅力には勝てず、農家の姉妹は、その身を蛇に飲み込まれるネズミの様に、じっくりと丹念に嬲られていたが、最近青年が始めたのは、姉妹同士による睦み合いである
年端も行かない妹ではあるが、此処数日の間、延々と青年にあれやこれやと身体に教え込まれた結果として、今や、彼に教わった様に姉を責めていた。
ベッドの上にて、姉妹が演じる妖艶な絡みを睨め付けながら、適当な酒を呷っていた。
目を楽しませるモノとしては、我ながら素晴らしいと、青年はいやらしく笑う。
姉妹を言うがままに操り、如何に相手を鳴かせるのかを教え込み、それを、目の前にて実践させると言うのが、最近の彼のささやかな楽しみだった。
【調整】の力を用いれば、田舎の小娘程度では、抗う事は出来はしない。
姉妹の両親も、青年の行為は目に余るモノが在るのだが、在る理由から、それは、仕方ないのだと、傍観してすらいた。
青年が殺した頭領から持ち出した金は、それなりの金額であり、青年は、それを半分、姉妹の両親に渡す事によって、黙らせている。
通貨の素材がどうであれ、それは、自然に湧いてくる訳ではなく、造られ、国を回るからこそ、通貨と呼ばれるのだ。
つまり、頭領の集めていたはずの金は、当たり前だが、農村の人達の金も入っている。
それを、着服している以上、両親は、娘達をどうされようが、余り青年に強く出ることは出来なかった。
貧しい農村ともなれば、凶作の際など、死人も珍しくない。
無論、現金さえ在れば、そう言った不幸は避けられる為、姉妹の両親にしても、例え周りに迷惑掛けようが、自分達が生きるためには、仕方ないのだと、他言無用を貫いていた。
結果として、青年は、前に望んでいたが、叶わぬ夢の一つを叶えて、実にご満悦であった。
「ほら………此処だよ、此処………ちゃんとお姉ちゃんの感じるところをさぁ、もっといびってあげなきゃあ…………」
酔いが程よく回ったのか、青年は立ち上がると、ひっくり返した様な裏声で、そう囁くと、姉妹の姉の尻を、片手でパチンと軽く音を立てながら叩いた。
昼日中にも関わらず、淫靡な行為が行われ、元々密閉が良くない農家の家からは、少女の甲高い声が丸聞こえである。
だが、幸いにも、両親は畑仕事に出ている為、娘の哀れな声を聞くことはなく済んでいる。
とはいえ、当たり前に村には姉妹と同い年位の少年も居る。
姉の少女がさらわれて以来、苦々しい想いを感じて居た彼だが、そんなおり、少女が助け出されたという事自体は、村の少年は素直に喜ぶ事が出来た。
ただ、それでも、情けなくも家の影に隠れながら、青年に嬲られ、姉妹の放つ甘い声を聞いては、歯噛みしつつも己の欲求を満たす、という事も、しばしばであった。
訴え出ようにも、生憎と統治していた筈の頭領は既に亡く、衛兵と呼べた筈のチンピラすら、青年に全員が片付けられてしまっていれば、他にどうすることも出来ない。
この事は、実に複雑な問題も引き起こしてすらいた。
統治者が居ない以上、規律どころか、法律は機能せず、今や無法地帯とも言える農村では、治安の乱れが始まっていた。
当たり前だが、人は管理されるからこそ、治安を保とうとするものだが、それが居ない以上、普段であれば、しないような事を行う者が現れたとて、何も不思議ですらない。
なにせ、空き巣をしようが、強盗しようが、それを取り締まる者は居らず、気になる異性を押し倒し、無理矢理に強姦したとて、それを訴え出る相手すら居ないのだ。
自分勝手な我が儘に任せ、統治者を殺すという事の責任を、太目の青年が取ることは有り得ない。
そもそも、過去に彼が居たであろう場所で、如何様に扱われたとて、それは、此処の住人とはなんの関係すらなく、そもそも、彼は単なる異邦人である。
自己のルールに基づき行動しようが、根本的な性格や習性はそっくりそのままである。
つまり、自己が良ければ其れで良いという彼のルールは、そのまま他の者にも伝染し始めていた。
【調整】の力を用いれば、確かに複数人であろうと、女性を手込めにすることは容易い。
だが、彼には性交以外には重きを置けず、相手と恋をするという事自体には、全くといって良いほどに、興味を示さない。
能力云々以前に、青年の中には、人を思いやるどころか、自分の濁った欲望への渇望しかないのだ。
他人に好意を寄せられれば、変われるかと言えば、変われもするだろうが、青年の場合、麻薬で人を溺れさせてはいるのと大差は無く、自己の磨く努力という面に関して、彼にはそれをする気は毛頭無い。
【調整】の力が在れば、生存に必要不可欠な筈の飲み食いをする必要すらない。
人には必要なく筈の睡眠自体も、とる必要すらなく、いつでも、好きなときに、好き放題に、他人の妻で在ろうと、娘で在ろうと、それが例え恋人がいる女で在ろうが、簡単に手込めに出来るとあれば、それも無理は無いだろう。
また、やろうとすれば、魅力にて堕とした相手を、縛り上げた上で魅了を反転し、唐突に現実へと引き戻され、嫌がり泣き喚きながら許しを請う相手を、平然と襲うと言うことも、しばしばであった。
しかし、能力の有効範囲であれば、例えどれほど青年を嫌悪していようが、直ぐ様、彼は楽に人を従えさせる事も容易く、特に働かずとも、楽に暮らして行ける。
元より、世界を救おうなどと考えてもいない英雄は、勝手気ままに生きていた。
一方、別の怪物たる公爵の耳にも、近隣の事情は届いていた。
彼の能力自体、余り他者に影響をもたらすというほどのモノではなく、どちらかといえば、【約束された成功者】でしかない。
どれだけ望もうが、超人的な力を持つことも叶わず、在る程度の努力家たる彼は、それなりに周りを観るという事が出来ていた。
それ故に、彼は常に周りに人員を配置し、情報収集する事を欠かさない。
だからこそ、怪しい風体の青年の事を、知ることが出来た。
「…………それで、その村に、変な奴が居ると?」
自宅である豪邸に在る、執務室には、公爵の優しい声が響く。
彼の机の前では、妻の一人である美麗の女剣士が、彼の言葉に合わせ、ビシッと不動の姿勢を貫き通し、立っている。
夫の言葉に、スッと頷き、その形の良い唇を開く。
「はい………統治者が何者かに殺された以上、それを可能な人間を当たりました所………かの人物が居るという事が分かりました」艶やかに紅に塗られた唇からは、若干低めの声。
そんな女性の言葉に、公爵は微笑みながら立ち上がると、机を横切り、報告してくれた妻を労う様に抱く。
「面倒掛けたね……イライザ。 後一つ、頼んでも良いかな?」
公爵に、耳元でそう呟かれた彼女は、顔を僅かに破顔させながらも、震える手で、夫たる公爵を抱き返す。
「……はぃ……も、勿論です………カイン…………」
いつもで在れば、凛々しい筈のイライザの声は、慌てた子供の様に高くなっていた。
「………いい子だ………今夜はたっぷり御礼をするから?……ね、イライザ」
そんな、公爵の声に、女剣士は、冷たい筈の鎧を忘れる程に、体が熱くなるのを感じてしまう。
だが、妻の一人を優しく抱いている筈の公爵は、妻の慌て様にはかまわず、目の前の壁を睨みながら、策を練り始めていた。
公爵が策を練る頃。
姉妹の二人は、酷い辛労からぐったりとベッドに寝転んでいた。
無限の体力を持つ化け物に、好き勝手に蹂躙されたと在れば、普通の人間では太刀打ちどころか、相手が飽きるまで耐えるのが精々でしかない。
溜め息吐きながら、ベッドの縁に腰を下ろす青年。
したい放題も良いのだが、些か飽きを感じ始めてすら居る彼は、この農村を捨て、どこか別の所へ移ろうかと、模索し始めていた。
相手が妊娠していようが、はっきりいえば彼の知ったことではなく、それどころか、責任という概念は、彼には欠如すらしている。
「あ~あ………なんか、つまんねぇなぁ………また、屑でもぶち殺しに行こうかなぁ…………」
あの硝子を掻き毟る様な嫌みな声で、青年はそう呟く。
クックッと笑う青年の耳に、ドアが叩かれる音が響いた。
「あ? おとーさんですかぁ? まだご飯の時間じゃないと思いますけどぉ?」
とてもではないが、家を間借りしている人間の台詞ではない上に、その声には、明らかに相手を嘲笑すら含まれていた。
だが、戸を叩いたで在ろう人物は、ドアを開ける事無く、一枚の紙切れを、部屋のドアの隙間から差し込んできた。
事実として、部屋に紙切れを差し入れたのは、姉妹の父親ではあるが、彼は、娘を助けようとはしない。
しようとしたところで、どれほど酷い目に遭わされるのかを、父親は知って居るからに他ならず、近くの隣家では、言葉にし難い様な事件すら合った。
若い夫婦だが、夫の目の前で妻は、怪物から陵辱を受け、甲高い声すら上げる。
では、夫は何もしなかったかといえば、両腕両脚の骨をへし折られた上、動ける様な人間はまず居ないだろう。
結果として、事が終わる迄、夫たる男性は、酷い痛みと絶望に苛まれながらも、動けないままに妻の甘い声を延々と床に這いながら聞かされるという酷い事件があった。
【ごちそうさん】という侮蔑的な言葉と共に、夫の両腕と両脚を、一応治しはしたが、心の痛みは当たり前だが、決して消えずにいる。
その癖、犯された筈の妻の心は、あの異様な青年に向いている。
そんな男性が、首を吊るのに、さほど時間が必要ではない。
力を持つ者では在っても、その責任云々について、青年は考慮の余地もなく、無視している。
選ばれたのだから、自分は神なのだと。
だからこそ、この村で青年は前の統治者以上に疎まれ、恐れられていた。
めんどくさそうに紙切れを広い上げた青年は、目を丸くする。
紙切れには、簡単な一文が書かれており、それを読んだ彼は久しぶりに、普通に笑う事が出来といえよう
何故かといえば、最近、この世界では終ぞ見ることがなかった母国語にて、その文面は書かれていたからだ。
今まで以上の期待に胸を膨らませながら、青年はいそいそと身支度を済ませると、誰憚る事無く、農家を後にする。
そんな、彼を見送る誰もが、二度と怪物が帰って来ないことを祈っていた。




