靴を片方忘れたもので
※ジャンル「恋愛」と名乗るのもおこがましいくらい恋愛要素が希薄。給食鍋に砂糖ひとつまみ程度
※エイプリルフール記念と思ったのにその要素はゼロ
やってしまった。やってしまった!
朝もやのおりた庭先を、身をかがめてこそこそ歩く。ついでにきょろきょろ周りを見回していれば、私は完全に不審者だ。
頭からすっぽり被った魔法使いのローブをかき合せる。今朝はずいぶんと冷え込んでいるみたいだ。裸足の足元から冷気が上ってくる。
ぶるりとひとつ身震いをして、私はもう一度、やってしまった、と小さく呟いた。
昨日は夕方から真夜中にかけて城では舞踏会が行われていた。世継ぎの王子の成人を祝う宴。国中の老若男女が集められ、飲めや歌えの馬鹿騒ぎ。
かく言う私は招待客の方じゃなく、もてなす側のひとりとして一晩中ばたばたしていた。王宮付き魔法使いはこういう時厄介だ。花火なんてわざわざ魔法なんかじゃなくて花火師を呼べばいいのに、その花火師も招待客のひとりだからなんて理由で、門外漢の私まで駆り出されてしまったのだから堪らない。
そもそも、火を操る魔法は苦手なのだ。私は確かに王立魔法学校を次席で卒業したエリート(自分で言うのもなんだけど)だが、それは調薬に限った話。在学中に新薬をふたつみっつ開発したおかげでこうして王宮付き魔法使いにもなれたし、研究費だって潤沢に渡されている。でもだからといって、なにもこんな裏方仕事に引っ張り出さなくても良いじゃないか。
火の魔法使いにとって昨夜の宴は最大の見せ場だった。これぞ魔法! と言わんばかりに普段ならしないような大仰な身振りを入れてみたりね。ヤツらは派手好きで困る。その後ろで細かな調節を黒子よろしくやっているこちらのことなどお構いなしで、どんどん大きく複雑な魔法を打ちあげられて、ただでさえ苦手な魔法を使うので神経をすり減らしていた私の体力をガツガツ減らしてくれた。
だからだろうか。ようやく予定していた仕事が全部終わり、ここからは招待客だと嬉々として宴に混じる同僚達を尻目に、私はよろよろしながら会場を離れていた。
魔法には魔力だけじゃなくて、体力と集中力を使う。たった一時間かそこらの花火ですっかり疲れ果ててしまったので、さっさと自室に戻って休みたかったのだ。
宴の開かれている大広間から出て、普段なら使わない大階段を下りて。そこでふらふら歩いていたのが悪かったんだろうか。
十二時を告げる鐘が鳴り始め、その音を遠くにぼんやり聴きながらほとんど夢うつつだった私に、誰かが後ろからぶつかってきたのだ。
「ごめんなさい!」と、一応、謝罪の言葉はかけられた気がする。だけどただでさえ体力の残っていなかった私はそこで見事に転倒。そして昏倒。体のあちこちがまだずきずき痛むということは、そのまま階段を転げ落ちでもしたのかもしれない。
次に目が覚めたのは大階段の下、というか脇の、石膏像とかその他諸々の置き物に囲まれたところだった。どうも上手いこと(と言っていいものか)死角になる場所に転がっていたらしく、宴が終わった後も誰にも気づかれずそのまま放置されていたらしい。
間抜けなことに、あまりに疲れ果てていた私は気絶ついでに熟睡してしまっていたらしく、慌てて見た空は朝焼けで白々としていた。
慌てて自分の状態を見れば、腕にも足にも擦り傷だらけ。いつもだったら常備していた薬瓶がないのは幸か不幸か。手当できない代わりに、割れた薬瓶塗れになることは免れたようだ。
でも何より。忍び寄る冷気に体を震わせたところで、私は茫然と自分の足を見た。
「靴がない」
それも、片方だけ。
落ちた時にその勢いでどこかへふっ飛ばしたのかと辺りを探してみても見当たらない。
それまで自分の失態に苦い気持ちになりながらも比較的冷静だった私は、そこで一気に血の気が引いた。
「し、師匠に殺される……!」
七ヤード靴を知ってるだろうか。もしくはヘルメスの靴でもいい。
御伽話の定番、その靴を履けば一日で千里……は言い過ぎかもしれないけれど、長い距離をあっという間に踏破することができるという、魔法の靴。しかも私が履いていたのは、赤ん坊の頃から貧弱の名を欲しいままにしていた私に、独り立ちのお祝いとして師匠が贈ってくれた特別製だ。
自他共に認めるインドア派魔法使いの私が、嫌でも外に出なきゃいけないのは薬草摘みの時。秘境と言われる場所に行けば新種の薬草を発見しちゃうかもしれないので、こればっかりは他の誰かに任せるわけにもいかないと、見習い時代はひいこら言いながら師匠の後をついて行ったものだ。
もうおわかりだろうが、私は絶望的に体力がない。そんな私にとって師匠からもらった靴はまさに生命線。ついでについでに、アレは師匠の特別製なので、本来の持ち主である私以外の手に渡った時に何が起こるのか、まったく未知数の危険物なのである。
私は目を皿のようにして、まだ夜も明けきらぬ城内を虱潰しに探し回った。残った靴のもう片方を大事に大事に腕に抱えて。
なのに。
「どうして見つからないの……」
やばい、泣きそうだ。
朝もやはいつの間にかどこかへ去り、王宮で働く使用人たちも朝の掃除を始めている。
魔法使いのローブをずるずる引きずりながら、あちらこちらと歩き回る私に声をかけてくる人はいない。魔法使いは変人が多いから、この程度の奇行、いつものことだと流されているんだろう。多分私が彼らでも、ただうろうろしてる私より、今日も元気に爆発音を響かせている上司兼同僚の魔法使いの方を気にする。また何か爆発させたのか、あの人は。
「おい」
「やばいやばい……アレがないと、新種の薬草探しどころか、常備薬用の薬草摘みですらできないし……」
「おい、そこの不審人物」
「そもそもなくしたなんて知られようものなら、師匠が何て言うか……うう。折檻二時間コースどころか、半日コース確定か……?」
「――王宮付き魔法使い、サーシャ・ガーラント!」
「ああ? 何よ、こっちは今忙し……げ」
「やっと返事をしたか」
そう言ってわざとらしくため息を吐くのは、冷たい美貌の大臣様。世継ぎの王子の元教育係という、次期宰相位がほぼ内定しちゃっているエリート文官様でもある。
名前はクラウディオ・ガーラント。忌々しくも、一応、仮にも、私の従兄君だったりもする。年齢差二桁だけどな。
「何の用? 見ての通り、私今取りこんでるから大した用事じゃないなら後にしてほしいんだけど」
「取りこんでる? なんだ、徘徊老人の真似ごとでもしているのかと思ったが」
「はああ? んなわけないでしょ! 私は今! これからの人生を左右するかもしれないくらい大事なものを探してるのよ!」
失礼なヤツめ! これだからクラウディオは好かないのだ。
「お前、昨夜宴を抜け出してどこに行っていた」
「……か、関係ないでしょ」
「ある。それこそ、お前の人生を左右するかもしれないくらい重要なことだ」
そう言って、クラウディオは無造作に手を振った。
一瞬で展開される魔方陣。その中心に立つのは奴で、私はその端っこにかろうじてひっかるくらいの位置にいる。
会話を聞かれないように陣の内と外を分けたのだということくらいはわかるけど、そこまでしてされなきゃならない話とは一体なんなのだろう。……もしかして、私があの靴をなくしたって、もう師匠にバレたんだろうか。
戦々恐々とする私に気づかず、クラウディオはこれでもかというくらいのしかめっ面で――それでも美形なのだから腹が立つ!――「殿下が」と口を開いた。
「昨夜の舞踏会で、妃にしたい娘を見つけたらしい」
「……何言ってんの、あの馬鹿王子」
思わずするりと本音がこぼれた私は悪くない。不敬だぞ、と指摘するクラウディオだって、うんざりとした表情を隠しもしないのだから、きっと似たような気持ちなんだろう。
「隣国のアリーシャ王女はどうなんの? お互いに初恋で、将来の誓いを交わしたって言ってたじゃない」
「カモフラージュだったそうだ、殿下曰く。煩わしい縁談から身を守るための」
「いや本気で馬鹿だろ」
だって、当人達はそのつもりでも、周りはまったくそうじゃなかったんだから。
水面下のこととはいえ、もうふたりの結婚話は細かいところまで進んでいるのだ。婚姻によってできる繋がりで両国が相手に対しどのくらいの譲歩を示すのかとか、交易に軍事同盟、文化交流まで様々に。
それを今更、ただのカモフラージュでしただあ?
「あの馬鹿王子、一回王国東にある黒い森に身一つで放り出してやろうか」
「やめておけ。魔獣の餌にでもなったら痛快だが、後始末が面倒だ」
頭を抱える。そうか。通りで、アリーシャ王女が自国の近衛騎士団長に熱い目を向けているなんて、おかしな噂が届くわけだ。あれは別に本命がいるはずなのに身近な異性にぐらりと来てどうしよう、な話じゃなくて、正真正銘、ただの恋話だったということか。
(ああ、それじゃカーネイル様との共同研究の話も全部パアってわけ?)
きっとそうだろう。魔法薬学の権威カーネイル様は、隣国の筆頭魔法使いなんだから。ただの友好国でしかない我が国と共同研究するメリットなんてない。
「……で。それと私が昨夜何をしてたが、どうして関係してくるの」
「どうも、殿下は昨夜その女に土壇場で逃げられたそうでな。名前も、どこの家の者かも聞けなかったらしい」
「どうしてそんな相手を妃にしたいとか言えんの? 馬鹿なの、本気で、真性の馬鹿なの?」
「俺もそう言ったんだが、手がかりはあるといつになく強気でな」
クラウディオは頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。なんだかんだでコイツも苦労性よね……さっさとあんな馬鹿王子なんて見捨てりゃいいのに、それを躊躇う程度には優秀なのだ、あの王子は。基本的にはただの馬鹿だけど。
「で、その手掛かりって……あー! そ、それは!」
私の靴!
クラウディオが取りだしたソレは、紛れもなくメイド・バイ・師匠の私の靴。さっきまで死に物狂いで探してたものだ。
でも、まさか。恐る恐るクラウディオを見ると、奴は怖いぐらいの無表情で「説明してもらおうか」と……。
私はぺろっと喋った。特に階段の下りを重点的に。多分、私にぶつかってきた誰かが馬鹿王子の探し人なんじゃないかってことと、王子は王子故に王子だから、私の靴を彼女のものだと勝手に勘違いしたんだろうという推測を一緒に。
話の間中ずっと無表情だったクラウディオは、私が階段脇にひと晩明かしたという下りになると深く深くため息を吐いてくれた。し、仕方ないじゃないか。不可抗力だと私は言いたい。
そうして全て話終わると、クラウディオは今度は目頭を揉んだ。いや、眉間か? とにかく、なんだか疲れたオーラをびしばし感じる。
「いろいろお前に言いたいことはあるが、それはひとまず置いておこう」
「別に一生置いといてくれても構わないんだけど」
「いいから黙れ。……つまり、結局殿下の想い人の手がかりはないんだな?」
「……そういうことになるわね」
沈黙が痛い。私達は似たような表情で互いを見た。
「……殿下に自分で探させるか」
「……そうね。自分の足で探させるべきよね」
そのくらいは苦労してもらわないと割に合わない。ここ数年の両国文官達の努力を一瞬で水の泡にしやがって、という私怨てんこ盛りであることは否定しない。きっと目の前にいる従兄だって、必要最低限しか手助けしてやらないんだろう。
とりあえず、アリーシャ王女との婚約(仮)状態をどうやって解消させるかが当面の課題かな。それで一気に押し寄せる縁談に埋もれて本命探しに支障をきたせばいい。何なら今度は王子様のお妃探しって噂付きで舞踏会でも開いてやろう。せいぜい苦労しまくって、お坊ちゃん育ちのそのぽややん思考を鍛え直してもらって来い。あ、アリーシャ王女も同罪なので、早速昼にでもカーネイル様に諸々の事情を世間話ついでにうっかり漏らしておこう。後の対処はそちらさんに丸投げします。
さようなら、熟睡できた日々。こんにちは、会議だらけの毎日。
王族同士の結婚という、わかりやすい友好の証と協力関係の理由付けがなくなれば、今までなあなあだったところも厳格に取り決めないと後々こじれては堪らない。ああ、今の段階までこぎつけるだけでもあんなに時間がかかったのに……!
ようやく手元に戻ってきた靴を履き裸足じゃなくなった私とクラウディオは、これからの日々を思いほとんど同時にため息を吐いた。




