潔白証明?
「おまえ……!」
木村の鋭い視線が俺に突き刺さり、俺は無意識にゴクリ、と唾を飲み込む。
くそ、とうとう……
俺の焦りを見透かした様に、木村が怒りの咆哮を上げた!
「おまえ、一昨日、西園学園生徒会長にして超お嬢様の、島津百合華様のお屋敷に招かれたんだろ!
なんて、なんてヤツだ!この裏切り者!卑怯者!!」
……は?
呆気に取られる俺を怒りの目で睨みながら、更に声を上げる木村。
「大体だな、お前が文化祭企画委員をやってる事が間違いなんだ!
しかも、交流委員にまで選ばれやがって……どうなってるんだこの世の中はぁ!!」
とてつもなく狭い範囲の世の中への燃えるような怒りに震えながら叫ぶ木村を眺めつつ、
俺は心の底からの安堵感を感じてヘナヘナと近場の椅子に座り込んだ。
良かった……遥と学校の目の前でチューしてた事がバレたんじゃなくって……
ふにゅ
「おあ?」
と、座り込んだ椅子が妙にやーらかい事に気付き、ふと振り向くと
「重いよ〜」
そこには我がクラスの男子に高い人気を誇る天然ボケ系美少女、
坂巻絵里が困ったように俺の背中に顔をくっつけてじたばたしている。
「うわっ!すまん坂巻!」
バッと飛び退いた俺に
「ショウ!貴様、坂巻にまでコナ掛けるつもりかぁっ!!」
光の速さで木村&残りの二バカが詰め寄ってくるのにマジで恐怖した俺は
「ま、待て!今のは事故だ!」
と必死で後退して逃げようとした。が、
ぽにょん
俺の背中に再びやーらかい感触が走り、
「今度は何だ!?」
もう半泣きの俺がバッと振り向くと、そこには腰に手を当てて微笑む岬が立っている。
「み、岬!良い所へ!こいつらに何か言ってやってくれ!!」
と縋るように叫んだ俺の悲痛な叫びを聞いた岬は微笑みの色をぐっと濃くしながら、
「ねえ、ショウくん?一昨日、私を駅に送ってくれた後、百合華様のお屋敷に招待されたってホント?」
と、夜叉もかくやと言った感じで俺の襟首をきゅっと締め始める。
げえ、岬まで敵に廻るなんて……
それにしても、百合華様、って、お前まで西園の連中みたいに様付けしてんじゃねーよ。
そんな事をふと考えているうちにも、岬の手の締め付けが厳しくなってきやがる!
「ぐえ!ま、待て岬!」
俺の顔に自分の顔をすーっと近づけながら上目遣いに睨む岬の恐ろしい微笑にビビり、
必死で事情を説明しようとする俺だったが
「私を帰した後、一人で百合華様のお屋敷に行くなんて……」
俺にしゃべらせる積りなど毛頭ないと言った風情の岬には、何を言っても聞く耳無さそうだ。
って、ぐえええ!マジ苦しいんすけど!
「待て、聞け!誤解だ!理由が有るんだ!!」
必死で叫びながら首を振りまくり、視界の端に映る教室内の違和感に気付く俺。
「……げげ」
良く見ると、俺と岬の廻りに、俺たちのクラス以外のヤツまでが鈴生りになっていたのだ。
「ショウのやつ、西園の生徒会長と良い仲になったらしいぜ」
「なんだって!?あの、噂に名高い女王様と?」
「ショウくんって女なんかに興味ないみたいな雰囲気出してたのに、意外とスケコマシなのね……」
「文化祭の交流委員の癖に、そんな事してるなんて!職権乱用なのだわ!」
「汚いぞショウ!俺にも西園の子を廻せぇ!」
……をい、おまえら、いい加減にしろよな……
余りのアホらしさに天井を仰ぐ俺の首根っこからようやく手を離した岬が、
「さあ、弁明が有るなら言って見なさいよ。聞くだけは聞いてあげる」
と両手を組んで俺に詰め寄る。
ようやく解放された俺がぜえぜえと荒い息をつきながらふと野次馬に視線を投げると、
その中に頬をぷっくりと膨らませてブンむくれた遥の顔を見出してしまい、
俺は絶望の余り体中の力が抜けて行くのを感じながら床へとへたり込んでしまった。
「早く言いなさいよ!」
しかし、岬の高圧的な態度にさすがにムカっと来た俺はバッと立ち上がり、
「あの日、お前を駅に放り投げてから帰ろうとしたら、自転車がパンクしちまったんだ!
んで、仕方なく自転車を引いて帰ろうとしたら百合華……島津委員長が通り掛って、
自転車の修理を手配してくれて、それを待っている間にちょっとお邪魔しただけだ!
どこで知ったか知らないが、俺みたいな男をあの島津委員長が相手にする訳無ぇだろうが!」
と大声で一気に捲し立てる。
「……え?そうなの?だって、鈴木君が……」
俺の言葉を聞いた岬と廻りの生徒連中がポカン、と間抜けな顔で三バカの一人、鈴木を振り返る。
「え……?だ、だって俺の中学時代の連れの妹が西園に通ってて、
そいつがショウが百合華委員長の家に特別ご招待されたって昨夜騒いでたらしくて……」
鼻白んだ様に喋り出した鈴木だったが、最後の方は消え入りそうな調子で尻すぼみとなった。
「お前、ちゃんと連れの妹に確認したのかよ?
島津委員長は西園学園の女王様なんだから、ちょっとした事でも大げさになっちまうだろうが!
事実関係も確認せずに、風説の流布をするんじゃねえ!」
俺がここぞとばかりに畳み込みながらぐっと鈴木に詰め寄ると、
「……スンマセン」
と小さくなった鈴木が小声で謝った。
「なんだよー、人騒がせな」
「そうよね〜、あの島津百合華委員長がこのショウくんとなんて有り得なーい」
「まったく、驚いて損したぜ」
野次馬連中がてんでに勝手なことをホザきながら教室から出て行く中に、
ブンむくれながら俺を睨みつつ出て行く遥の顔を見つけた俺は自分の失敗に気付いてしまった。
そうだ、遥にまだこの件を話してなかったからな。
こりゃ、後で面倒な事になるだろうな……一難去ってまた一難かよ。
俺はようやく静かになった教室の自分の席に座り、大きな溜息をつきながら窓の外に視線を移した。