バレ……た?
「おはよ!」
俺の部屋のドアをバン!と開けて元気な声を響かせながら、にんまりとしたアヒル口を晒した遥が入って来る。
「おはよう、早いな」
俺は苦笑しながら、ムぎゅっとしがみついてくる愛しい少女を抱き締めた。
「それにしても、おばさんも甘いよな……有難いけどさ」
俺の独り言を耳聡く捉えた遥が、
「えへへ、だってママはショウの事が大好きだもん。
あたしはともかく、ショウが落ち込んでたらほっとけなくなるわよ」
胸をくいっと反らしながら、なぜか偉そうに言う遥のおでこをツンと突付き、
「じゃあ、なおさら真面目に生活しないとな。さ、学校行こうか」
と遥の背中を押し出すようにして玄関に向かう。と、
「なにそれ!?せっかく三十分以上早く迎えに来たのに意味ないじゃない!
だいたい、ショウなんてまだ寝巻きのままの癖に!」
見る見る内に可愛らしい頬をぷっくりとフグの様に膨らませ、プンスカと怒り出す。
「あはは、ウソウソ。おいで、遥」
大きな胸を強調するかのように腕を組んでギン!と俺を睨んでいる遥に謝りながら手招きをすると
「バカ!ショウなんてだいっきらい!」
と言いながらにへらっと顔を蕩けさせ、再びむぎゅううっと俺に抱きついて来た。
「あ〜、もう今日の体力半分終わっちまった」
遥を自転車の後ろに乗せ、キコキコとペダルを漕ぎながら俺がボヤくと、
「なに言ってんのよぅ!あたしは一回で我慢しようと思ってたのに、
ショウがあっという間に元気になっちゃうからもう一回しちゃったんじゃない!」
……ハイ、スンマセン……
「それにしても、今日も良い天気だな〜!」
俺は後ろから頬をくっ付ける様にして文句を言ってくる遥から目を反らしながら誤魔化した。
校門のちょっと手前で遥を降ろし、
「じゃあ、今夜はバイトも有るし、昨夜もご飯ご馳走になりにお邪魔してるから
お前の家には行かないから。おばさんとおじさんによろしく言っておいてくれよ」
「えー……」
もの凄い不満気な顔で唇を尖らし、ブーたれようとした遥だが、
「しょうがないだろ?って言うか、あんまり甘えすぎるとそれこそ出入り禁止になりかねないんだから我慢しろよ」
と言う俺の言葉にしぶしぶと頷く。
「……じゃあ、今キスしてよぅ」
……ハァ?おい、お前……
「お前な……いくら朝早くて廻りに他の生徒が見当たらないからって、学校の目の前でキスする訳にいくかよ」
俺が深い深い溜息をつきながら遥の肩をつかんでしみじみと言うと、
「だって!だって、今夜はチュー出来ないんでしょ?だったら……」
大きな瞳に涙を溢れさせる遥の顔を見ていると、心の底から愛おしくて堪らなくなっちまうぜ……
あー、もう!ったく。
「しょうがないな、ほら」
俺はそう言い様、遥の柔らかな唇に自分のそれを重ねた。
「にゃん……」
遥は嬉しそうに鳴きながら、すいっと瞳を閉じる。
俺と遥はそのまま、しばらくお互いの唇の感触を楽しんだ。
「うーす」
「おはよー」
遥と別れ、教室に入ると何人かのクラスメートが登校している。
「お。三バカがこんなに早く来てるなんて珍しいな」
俺はその中に、なじみの三バカの姿を見かけてからかう様に声を掛けた。
「……」
しかし、いつもなら軽口で返してくる三バカが、じろっと俺を睨んで大きく溜息をつく。
ん?なんだ?
「どうした、元気無ぇな」
俺のからかう様な言葉に、
「……ショウ、お前俺たちに何か隠してねぇか?」
と、三バカを代表する様に木村が低い声で俺に言って来た。
「は?隠し事?なんだそりゃ?」
俺はさも意外そうに聞き返す、が、木村の言葉にまるで心臓を氷の手で掴まれた様な気分になっていた。
まさか……まさか、今朝の遥とのキスシーンを見られたんじゃないだろうな?
こんな状況で、しかもあの三バカが軽口っぽくでなく、マジモードで俺にこんな事を言ってくるなんて……
それ以外考えようが無い、が……いやしかし、あの時は絶対誰も居なかったはずだ!
内面世界で右往左往しながらダラダラと冷や汗を掻きつつ作り笑いを向ける俺に、
「お前がこんなに友達甲斐の無いヤツだとは思わなかったぜ。
自分だけ、抜け掛けしやがって!」
吐き捨てるように、村木が悪意の篭った言葉を叩き付ける。
「もう、学校中の噂だぜ?お前の秘密は!」
あ……こりゃ、もう間違い無いか……?
くっ!だからヤバいって言ったのに!
……いや、遥のせいにするのは止めよう。
俺自身が、自制出来なかったのが悪いんだ……
「なんだ?黙ってちまって。
言い難いなら、俺が言ってやるよ!
ショウ、お前は……!」
木村が燃える様な目で俺を睨みながら声を上げる。
よく見ると、俺たちの廻りに登校して来たクラスの連中が何事かと集まってきていて、
このままで木村にバラされたらどうしようも無くなっちまいそうだが……
だが俺は、俯きながら木村の言葉を待つ事しか出来なかった……