夏休みスペシャル:さよなら、夏の日 前編
こんいちは、作者です。
いつもご愛読頂きましてありがとうございます。
最近は生活の変化により多忙となりなかなか小説を更新できなくて申し訳有りません。
八月後半には一段落着きそうなので、定期的に更新出来ると思います。
お待たせしてしまいますが、どうぞお待ち頂ければと思います。
また、今回から前・中・後編にて夏休み特別企画をお届けします!
高校三年生の夏、つまり本編から約一年後のショウと遥の夏休みタンデムツーリングを描いた本作は、近い内に番外編として投稿しようと思い執筆していた物です。しかしまさにシーズン真っ盛りの今を逃しては勿体無いと思い、投稿させて頂きます。
本編は少々お休みしますが、楽しんで頂ければ幸いです。
それでは、お楽しみ下さいませ!
「きゃ〜!海よ海〜!!」
昨夜泊まった野沢温泉の旅館を出てから細い山道を駆け上り、
やっとの思いで頂上を過ぎて下り始めた時にキラキラと輝く日本海が姿を現した。
その雄大な景色に感動し、タンデムシートで歓声を上げながらひょいと立ち上がる遥。
って、おい!
「ちょ!おま!危ねぇっつうの!!」
いくら遥が軽いと言っても、たかだか125ccの小型バイクでは、
急激な荷重変動に耐え切れずグラグラとフラ付いてしまう。
「んきゃ!」
スッテン、と言った感じでシートに転び座りながら悲鳴を上げ、
「もうバカショウ!危ないじゃない!」
と自己中心的な不満を漏らしながら俺にむぎゅっとしがみ付いて来る。
ふにゅ
ぬお、遥のバカでかいおっぱいが背中に押し付けられる感触に、俺の一部に元気が漲って来ちまった……
「んふふ〜、あたしのおっぱい、気持ちイイ?」
見なくてもどんな顔をしているかハッキリと解るような甘え声で言ってくる遥に
「バカもの。気持ちイイに決まってんだろ!」
と照れ隠しも含めて吐き捨てるように応え、ギアを一気に二段落としてアクセルをワイドに開けると、
ギュオーーーーン!と元気な排気音を響かせながらGS125Eカタナは穏やかに加速を始めた。
……やっぱ、荷物満載で二人乗りの4スト125cc単気筒じゃ猛ダッシュってワケにはいかねぇな……
るるるー、と哀愁を漂わせながらしくしくと涙を流す俺の気も知らずに、
ふんふんふふ〜ん♪とか軽快なメロディで鼻唄を奏で出した遥が再び俺にむぎゅっとしがみ付いてきた。
「やったぁ!パパとママの許可が下りたわよ!」
夏休みに入って三日程経った暑い日の夕方、俺のバイト先のバイク屋に
満面の笑顔にアヒル口を張り付かせた遥が飛び込んで来た。
「え!?マジか?」
十中八九ダメだろうと思っていた俺が思わず大声を出しながら遥を見詰めると
「マジマジ!一週間位だったら息抜きにね、って!これで二人っきりのタンデムツーリングに行けるわね!」
心の底から嬉しそうに笑っている遥がドーン!と俺に抱き付いて来る。
「お、遥ちゃんいらっしゃい」
社長がタンクトップから零れ落ちそうにぽよんぽよんと揺れている遥の胸に向かって嬉しそうに声を掛けると、
「あ、社長さんこんにちは〜!ショウは真面目にやってますかぁ?」
とウキウキした気分を隠そうともせずに遥が応える。
「ああ、汗だくになりながらやってるぜ。自分のGSの整備をな」
少し意地悪そうに言う社長に、
「な!何を言ってんですか社長!今日はもう自分のバイク整備しろって言ってくれたんじゃ……」
あたふたしながら俺が言い掛けた時、俺のバックを取った遥がチョークスリーパーを掛けて来た。
「こ〜ら〜!ダメじゃないバカショウ〜!」
「ぐええ、ギブギブ!」
むぎゅうとくっ付いてジャレあう俺達を見て、
「いいなあ、ショウ。遥ちゃん、俺にもその技掛けておくれ」
唇に油塗れの人差し指を当てながら物欲しそうに呟く社長。
「え〜、でもそんな事したら奥さんに怒られちゃうモン」
俺から離れないまま、可愛コぶりながら答える遥に向かって深い深い溜息をついた社長が
「なあに、大丈夫さ。もう俺とカミさんの間にはキミ達の様なトキメキなんざ残ってないから。
大体、カミさんにそんな技掛けられても、胸がムギュっと来る前に三段腹がモギュッと来ちまって
色気もへったくれもありゃしないぜ。十年前はそんな事無かった……んだが」
と半笑いで答えつつ、俺と遥がサーっと青ざめて行く様子に気付いた。
もう遅いけど、社長、後ろ!後ろ……
「あ、あ、だがな二人とも!長い年月を一緒に越えてきた夫婦ならではの味ってもんが痛い痛い母ちゃん痛いよ!!」
そう、社長の後ろにはいつの間にか菩薩様の様な微笑を湛えた奥さんが立っていたのだ……
「ショウくん、自分のバイクの整備は終わった?」
生きたままヒグマに喰われているような社長の声にならない悲鳴を縫って、
社長の耳朶を掴んだ奥さんの穏やかな声が俺に向けられる。
「ひゃ、ひゃい!終わりましゅた!」
俺がその迫力に恐れ戦きながらカミカミで答えると
「そう、じゃあ今日はもうアガって良いわよ。バイクの片付けも宿六に全部やらせるから」
と神々しいほどの微笑を俺に向ける奥さん。
「で、でもまだ時間も残ってるし……」
涙目の社長が俺を拝んでいるのに負け、なんとか奥さんに食下がろうと試みたのだが、
「いいのよ、もう帰りなさいね。遥ちゃんも迎えに来てくれた事だし?」
奥さんの全身から噴出す圧倒的な迫力と怒気に心臓を掴まれてしまい、
「ひゃ、ひゃい!お疲れ様でした!」
俺は愛車を店の外に引っ張り出し、遥を乗せてエンジンを掛け暖気もせずに走り出す。
社長……死なないで下さいね……
俺は心の中で手を合わせ、アパートに向かってカタナを走らせた。
「おじさん、おばさん、ツーリングの許可頂きましてありがとうございました」
遥の家で夕食を頂いている時、俺はおじさんとおばさんに向かって頭を下げる。
香奈と沙里は三泊四日の林間学校に今朝方出掛けたばかりなので、
今日の夕食はいつもよりかなり静かな時間となっていた。
「そうね、三年生の夏休みなんだから本当ならとんでもない話なんだけど、
遥もショウくんも期末試験で二十位以内に入ったし、ま、あなたたちが付き合いだして
最初の夏だからね。高校生最後の夏でも有るし、少しくらいは大目に見るわ」
やれやれ、と言った風に微笑みながらおばさんが俺を見詰める。
「そうだな、ま、ショウと遥なら大丈夫だろうし。
但し、本当に安全運転で行ってくれよ。後、能登のおばさんに迷惑を掛けない様にな」
「はい、肝に命じます」
俺は、以前から俺と遥が行きたがっていたタンデムロングツーリングの許可が意外にあっさり下りた事に喜びながらも、
おじさんとおばさんの信頼に必ず応えなければ、と気を引き締めた。
ふと隣に座る遥を見ると、珍しく神妙な顔をして俯きながら話を聞いていた様だ。
「パパ、ママ、ありがとう。あたしもショウも必ず元気に帰ってくるから」
ふうっと頭を上げた遥の大きな黒目勝ちの瞳から、ポロポロと涙が零れている。
「なあに、遥。泣くほど嬉しいの?」
それを見たおばさんが苦笑しながら遥にティッシュを渡すと、ちーん!といい音を立てて遥が鼻をかんだ。
「うん。だって、あたし、ショウと一緒に……」
そこまで言うと再び涙を溢れさせて言葉に詰まってしまう。
俺は遥の肩を抱きながら、
「遥をお預かりします。必ず元気に帰って来ますから」
と言い、再び深く頭を下げた。
「わあ、綺麗な夕日……」
砂浜の海岸にカタナを停め、しばらく二人で海で戯れていると空が紅く染まりだし、
程なく辺りは真っ赤な夕日の中に溶け込み始めた。
「ねえ、ショウ……」
さっきまできゃあきゃあとはしゃいでいた遥が、メインスタンドを立てたカタナのシートに座った
俺の隣にひょい、と身を寄せて座りつつぴと、とくっ付いて来て大きな瞳を潤ませながらじっと俺の顔を見詰める。
「……お前は夕日よりもずっと綺麗だよ、遥」
俺は普段だったら絶対に言えない、歯の浮く様なセリフをすらっと言えた自分に驚きながらも、
嬉しそうに微笑んで瞳を閉じた遥の愛らしい唇にそっと自分の唇を重ねた。