酔っ払ーい!
「ごめんなさいね、ショウくん。お騒がせしちゃって……」
まるで嵐の様に銀と黒の天使が現れ去った後、百合華さんが苦笑いしながら俺に詫びる。
「いえ、とんでもないです。それにしても、綺麗な女の子でしたね……
どなたなんですか?」
俺は疑問に思ったことを率直に聞いてみた。
あの天使は流暢な日本語を話してはいたが、明らかに日本人では無かった。
サラッと流れるような銀髪、くっきりとした高貴な顔立ち、
そして、何よりもあの紅玉の様な輝く瞳……
「……ですの。本当は明日から、遊びにいらっしゃるはずだったのですが
退屈を持て余して早めに来てしまったみたい」
百合華さんの声にハッと我に返る俺。
しまった、彼女の事を説明してくれていたたみたいなのに、
彼女の事を思い出しつつポケっとしてたからよく聞いてなかった!
自分から質問しておいて、聞いてなかったのでもう一度説明お願いします、とは言えないぜ……
「なるほど、そうなんですか」
解かった様に頷きながら、腹の中では大後悔するが後の祭りだ、
アフター・フェスティバルだ。……我ながらくだらねえな。
「アフター…?なんですの?」
小首を傾げながら百合華さんが不思議そうに俺に聞いて来る。
「え!?あ、何でもありません!わはは!」
やべぇ、また口に出てた!いい加減この癖マジで直そう。
それにしても、あの天使の名前、なんて言ってたっけな……?
確か、ア、愛?秋?……ア、が頭文字だったのは覚えているんだが。
よし、名前だけでも!
「ところで百合華さん、さっきの女の子のなま」
「失礼いたします」
俺が意を決し、百合華さんに正々堂々と掠れた小声で尋ね掛けた時、
廊下から声が掛かり、テーブルの脇に控えていたメイドさんがすっとドアを開けた。
「お客様の自転車の修理が終わり、こちらに届きました。
自転車はガレージの方に保管しております」
優雅な動作でお辞儀をしつつ、メイドさんが報告すると
「はい、ご苦労様」
と微笑みながら百合華さんが答えた。
「ショウくん、お聞きの通りですのでいつでも自転車は使えます。
そろそろ七時を過ぎますが、宜しければお食事をしていかれませんか?」
え?もうそんな時間か!
俺の脳裏にぷくうっと頬を膨らませてプンプンと怒っている大切な娘の顔が浮かぶ。
「いえ、お誘いは嬉しいのですが、明日も学校ですしそろそろ失礼します。
それに、百合華さんを待ち兼ねている娘さんも居る様ですし」
そう言いながらソファから立ち上がった俺の言葉にくすり、と笑いながら、
「そうですか、彼女もショウくんをお気に召したようですから残念がると思いますけれど」
と答えつつ百合華さんも立ち上がり、
「玄関までお送りしますね」と言う。
超高級車が何台も停まっているガレージから、百合華さんとメイドさん三人に見送らつつ
自転車を漕ぎ出した俺がふと大きなお屋敷の二階の窓を見上げてみると、
明かりの漏れている窓からさっきの少女が俺を見下ろしている。
逆光のシルエットとなっていて表情は良く見えなかったが、
俺がなんとなく手を振ってみると、少女のシルエットもぶんぶんと手を振ってくれた。
結局、パンク修理代を受け取ってもらえなかったな……
えっちらおっちらと自転車を漕いでアパートに戻ると、俺の部屋に電気が点いている。
おっと、遥のヤツが来てるんだな。
俺は急いで自転車にカギを掛けて、部屋へと入った……ら……
「何やってたのよぅ!!」
鬼の様な表情で腕を組み、頭から湯気を立てる勢いで怒り狂っている遥が仁王立ちで俺を出迎えた。
「何って、文化祭の打ち合わせに西ぞ」
「いくらなんでも遅すぎるわよ!岬ちゃんとデートでもしてたんじゃないの!?」
おい、俺に最後まで喋らせろよ……
「だーかーらー、文化祭交流委員の仕事で西ぞ」
「今何時だと思ってんのよ!!交流委員会だって、遅くても五時半位には終ってるんじゃないの!?」
をい…だから俺に最後まで喋らせれ。
「遥、落ち着け。とにかく、最後まで俺の話を聞け!な?」
「……ヤだ!浮気しちゃダメ!私以外の娘とデートなんかしちゃダメェっ!!」
……?なんか、遥の様子がおかしいな……?
「バカバカバカ!ショウのバカ!大好きだけど大ッキライ!!
ふえ〜ん!」
「おい、遥?どうしたんだ?」
俺はイヤイヤをしながら泣き出した遥を抱き締めた。
……ん?この匂いは……
俺がふと部屋のテーブルの上を見ると、そこには親父が愛飲していた
スコッチウイスキーの瓶と氷の入ったグラスが置いてある。
……もしかして!?
「遥、お前!」
「あによぅ…ういっく」
遥がけぷ、と酒臭いゲップをする。
「お前、酒飲んでるな!?」
「あによぅ、文句あんのぉ?ひっく」
よくよく遥の目を覗き込むと、完全にすわっていやがる……
「ショウのばかぁ……ふにゃあ……えっちちかんすけべおんなたらし……」
ワケ解らん文句をブーたれながら俺の腕の中でくた、となる遥。
そして直ぐにくーくーと可愛い寝息を立て出してしまった。
「しょうがねえなあ、もう……」
俺は軽い体をお姫様抱っこにし、布団に寝かせてから遥の家に電話をして
遥が寝ちゃったから泊めても良いか、とおばさんにお伺いを立て許可を貰った。
「やれやれ」
溜息を点きながらテーブルを良く見ると、その上には
遥の手料理と思われる麻婆豆腐がラップを掛けて置いてあった。
「いただきます」
味噌汁を温め、ご飯をよそい、俺はくーくーと寝息を立てる
愛しい少女に向かって手を合わせると、遅めの夕食をガツガツと食べ始めた。