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山の手お屋敷!

「私は着替えてきますので、寛いでいて下さいね」

優雅に微笑みながら去っていく百合華さんを見送り

引き攣った笑い顔で手をニギニギする俺。

「コーヒーをお持ちいたしました」

外国映画で見た覚えの有る、お手伝いさん…いや、メイドさんって言うのか?

まあとにかく、そんな感じの使用人さんがふかふかのソファーに埋もれている

俺の前のテーブルに音も立てずにコーヒーカップの載ったソーサーを置いた。

「あ、ありがとうございます」

慌ててお礼を言った俺ににっこりと素敵な笑顔で笑い掛け、

メイドさんがテーブルの横にすっと控える。

俺はほけ、っとメイドさんを見詰め、いかんいかんと頭を振って

本日二杯目のブラックコーヒーを啜りつつ脳内で回想を始めた。



西園の喫茶室から何とか脱出した俺は、瞳をキラキラと輝かせたままの岬を

近くの駅に放り投げてからやれやれと言った風体で自転車を漕ぎ帰宅していた。

西園と俺の家は、俺達の学校を挟んで反対側なので家までは結構な距離になったが

まあたまには来た事の無い町を散策するのも良いか、と思いながら

適当に走っている内に道に迷い、そんな時に限ってパンクなんぞしやがる。

更に、いつもサドル下のミニバッグに入れているパンク修理キットの

ゴムのりのチューブに小穴が開いてしまっていて修理不能と来たもんだ。

自転車屋さんで修理してもらおうにも財布には小銭しかなく、

そしてATMはもう閉まっていて金もおろせない、と。

泣きっ面に蜂ってのはこの事だな……

仕方なく自転車を引きながらトボトボと幹線道路の歩道を歩いていると、

車道を走っていた黒塗りの高級車がすーっと音も無く停車し、

「あら、ショウくん。どうなさったの?」

後席の黒いウインドウが開き、さっき別れたばかりのお嬢様が声を掛けて来た……



そしてその二十分後、なぜか俺は高台の高級住宅街に有る、

島津百合華さんの大邸宅にお邪魔している、とまあこう言うわけだ。

自転車は、島津家御用達の車屋さんが引き取りに行き、修理してくれている。

「お待たせしました」

ピンク色のワンピースに着替えて戻ってきた百合華さんの微笑みに

一瞬目を奪われてしまい、思わずじっと見詰めてしまう。

「うふ、そんなに見詰められると照れますわ」

言葉と裏腹に全く照れなど見せず、典雅な微笑を俺に向けてくる

百合華さんの言葉に思わずドキっとして

「あ、すみません!」と視線を逸らす。

「ふふ、良いのよ。もっと楽にしてね」

俺はふう、大きく息を吐いて平常心を取り戻し、

「百合華さん、何から何まで申し訳有りません」

と頭を下げた。

「まあ、気にしないで下さいね。困ったときはお互い様です」


いや、万が一百合華さんが何かで困ったとしても、

俺ごときじゃ全く力になんかなれないと思いますがネ……


メイドさんが百合華さんの前にすっと紅茶のカップを置く。

優雅な動作でカップを口に運び、音を全く立てずに紅茶を飲む百合華さん。

やっぱ、本物のお嬢様ってのは何もかも違うんだなぁ……

俺は有る意味、まるで学者が研究対象を見詰める様な視線で彼女を眺めた。

「ショウくんは、今何か夢中になっている物は有りますか?」

と、カップをソーサーに戻しながら唐突に百合華さんが聞いてきた。

「え…?夢中になっているモノ、ですか?」

じっと俺の瞳を見詰めながら、百合華さんが深い微笑を浮かべる。

「そう、夢中になっているモノ。もしくは、夢中になっている事」

その瞬間、俺の脳裏に頬を赤く染めた最愛の少女の笑顔が浮かぶ。

俺の夢中な事…それは間違いなく遥との事だけど、

なんとなく、この場面でそれを言うのはいかにも無粋な気がするな。

そうだ!俺の夢中なモノと言えば……

「そうですね、こんな事を言うと百合華さんの様な人には 

 誤解されるかもしれませんが、今夢中になっているのはバイクですね。

 と言っても、まだ原付しか免許は持っていませんが」

頭の中に浮かんだ遥がムッとしたような顔でアヒル口を尖らせている。

「まあ、オートバイですか。でも、学校で禁止されているのではなくて?」

予想通りほんの少しだが、形の良い眉を潜めつつ百合華さんが言う。

「ええ、基本的には禁止ですが、特別な事情が有る場合は許可が出るんですよ」

「特別な事情……?」

俺の言葉に、不思議そうに首を傾げる百合華さん。

う〜ん、俺の知る中で、最も完璧な女性だよな……


……さっきから頭の中で遥がキーキーと喚いているがシカトする。

大体、どんなに百合華さんが綺麗でも、俺の中では(おまえ)以上の女はいないっちゅーの。


「俺の場合、さっきもお話しましたが、家族を事故で亡くしていますから

 何をするにも、どこに行くにも自分でしなければなりません。

 それに、未だに相手の保険屋と話が着いていないので、

 生活費や学費も結構苦しくて…お恥ずかしい話ですけどね。

 だから色々とバイトをするのにも、免許は必要なんですよ」

「まあ!そうなんですの……」

百合華さんが瞳に同情の色を浮かべながら俯く。

むむ、これではさっきの再現になってしまうか?

「で、でも、俺はバイクが好きで、乗っている時には嫌な事も忘れられるんです!

 あ、誤解しないで下さいね。俺は暴走族とかそういうのは大嫌いで、

 飽くまでもツーリングとか、旅をするのが好きなんで、

 夜中にうるさく走り回ったりとか他人に迷惑を掛けたりはしませんから!」

「……ええ、解ってますわ。貴方がそんな事をする方では無いって言う事は」

すいっと顔を上げた百合華さんの瞳に、美しい涙が滲んでいる。

思わずドキッとしてしまう俺の瞳をじっと見詰る百合華さんに

メイドさんが静かに純白のハンカチを渡した。


「百合華!ドコに居るの!?」

その時、鈴の鳴る様な可憐な声が廊下から響いてきた。

「アイシャ様!百合華様は現在お客様が見えておられて……」

ガチャ!と勢い良く部屋の扉が開き、少し驚きながら振り返った俺の目に

銀色(シルバー)黒色(ブラック)の鮮やかなコントラストが焼き付いた。

「まあ、アイシャ様!いらっしゃるのは明日のはずでは?」

百合華さんの驚いたような声が響く。

「えへへ、お屋敷は退屈だからもう来ちゃった!」

俺の目の前で、煌めく銀髪(プラチナブロンド)と漆黒のドレスを翻しつつ

生きたアンティークドールが溌剌と動き、喋り、微笑んでいる。

そのあまりの美しさと愛らしさに、我を忘れて見惚れてしまう。

「きゃ!お客様がいらっしゃったのね」

俺の視線に気付き、白皙の頬を赤く染めながらもじもじする美少女。

その瞳は燃える様な紅玉(ルビー)色で、少しキツく上がった目尻には

年齢なりの幼さと、大人の様な艶っぽさを併せ持っており、

天使か女神が地上に現れたのでは、とも思えるその表情に

俺は再びほけっと見惚れつつ、少し古い歌の歌詞を思い出していた。

「アイシャ様!」

開いたままのドアから、大人の色香を強く感じさせる

大柄なメイドさんが小走りに入室してきて少女を抱き上げた。

「あん!もう、ミクったら」

不満げに口を尖らせる少女に小声でお説教しつつ、

「お客様、失礼致しました」

と俺に頭を下げて部屋を出て行く。

俺が少女を見ると、少女の瞳も俺を捉え、にっこりと愛らしく微笑んだ。


少女を抱いたメイドさんが退出し、少しの間静寂が部屋を支配したが

「ショウくん、ごめんなさいね。どうぞ座って」

と百合華さんに言われて立ったまま間抜け面を晒していた事に気付く。

「あ、はい」と答えながら座った俺は、

「地上に降りた最後の天使、か……」

とさっき思い出した歌の一フレーズを無意識に呟いていた。



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