女王様の目にも涙?
俺達を遠巻きに取り囲んで、きゃいきゃいと騒いでいる女生徒達を
横目で見ながら、ずず、とブラックコーヒーを啜る。
「高校に喫茶室なんてモノが有るとはね」
小さく呟く俺の脇腹を岬が肘鉄で突付き、横目でキッと睨む。
「うふ、仲がよろしいのね」
目の前に座った島津百合華・生徒会長兼文化祭実行委員長兼文化祭交流委員が
廻りに薔薇の花でも舞っていそうな笑顔で微笑んだ。
「と、トンでも有りません!!私たちはそんな関係じゃ……!!」
おー、岬が見事に挙動不審に陥ってんな。
ウチの学校内では大人っぽく落ち着いて見えてるが、
まあこの百合華さんの前じゃ緊張するわな。
「落ち着けよ岬。そんなに慌てると、身に覚えが有るみたいに見えるぜ」
俺は再びコーヒーを啜りながら岬に声を掛ける。
「!な、何言ってんのよ!!バカな事言わないでっ!」
…ダメだ、こりゃ。
穏やかな微笑のまま、音も立てずに百合華さんがミルクティーを飲む。
う〜ん、確かに絵になるわ、このひと。
「ところで、ショウくん。ちょっとお聞きしても良いかしら?」
百合華さんがカップをソーサーに静かに戻しながら俺に聞いてくる。
「はい、なんでしょう?」
俺もカップを置きながら聞き返す。
「先ほど、委員会の開始時に私が貴方に自己紹介を振った時、
ほんの少々の戸惑いは見えたけれど、直ぐに落ち着いてスラスラと
自己紹介をしましたよね?
普通、あの状況で突然指名されれば大抵の人は慌ててしまうと思うの。
それも、初めて西園に来た他校の男子生徒なら、ね。
貴方はどうしてあんなに落ち着いていられたのかしら?」
両手の膝をテーブルに突き、組んだ手の裏に形の良い顎を乗せて
まるで挑発、いや誘惑するかの様な妖艶な微笑を俺に向けて来る。
なるほど、俺達を、いや俺を試したんだな。この女王様は……
「そうそう、私もそれを聞きたかったのよ。
ショウくんの後だった私でさえあんなにうろたえたのに、
どうしてショウくんはあんなに落ち着いていたの?」
う〜ん、どうすっかな……それを話すと不幸自慢するみたいで嫌なんだが。
ま、でもここは正直にいっとくか。
「あー、そうですね。
岬は知っていると思うが、俺は昨年の夏に自分以外の家族を
交通事故で亡くしまして、親戚も殆ど居なかったんで
警察や弁護士、保険屋さんとのやり取りやら加害者との話し合い、
葬儀の準備や進行、裁判所での争議、お世話になった人への御礼なんかで
人前に出る事や大勢の人の前で話をすることに慣れちまったんですよ。
まあ、もちろん、俺の近所の幼馴染のご家族に物凄く助けて頂いたんで
出来た事なんですけどね」
ははは、と笑いながらコーヒーを飲み干す。
しーん……
あれ?なんかやたらと廻りが静まり返っている様な気がするぞ?
カップを置いてふと廻りを見回すと、いつの間にか遠巻きだった女生徒達が
ぐるっと俺達のテーブルを取り囲んでいる。
「うお」
思わず声を上げながら百合華さんに視線を向けると、
麗しの女王様はハンカチーフを顔にあてながら涙ぐんでいた。
な、なんですかこの状況は!?
「……そうなの、ごめんなさいね、辛い事を思い出させてしまって」
百合華さんがすっと涙を拭い、キラキラとした瞳を俺に向ける。
その美しき無言の迫力に思わず椅子ごと後退る俺。
ぷにゅ
しかし、ちょっと下がったら後頭部が何やらやーらかい物体に当たって止まる。
ふと振り向くと、後ろにいたなかなかグラマーな女生徒の胸に顔が埋まった。
「あ!ご、ごめん!!」
思わず謝りながらテーブルにギュンと戻る。
「本当にごめんなさい。私は、とても失礼な事をしてしまったわ……」
静かな呟きと共にテーブルに突いた俺の右手が、
少しヒンヤリとした柔らかい物で包まれる。
「ほえ?」
バッと振り向くと、そこには俺の右手を両手でぎゅうっと包み、
大きな瞳からキラキラと涙を零した女王様の姿が有った。
「ああああああのそのこのどの」
真摯な瞳から流される、宝石の様な涙に思わずドギマギしてキョドる俺。
「私は、いえ私達は誤解していました。
今まで、貴方達の学校からやって来る交流委員の男子生徒は
例外無く西園の生徒と仲良くなり、あわよくば彼女を作ろう、
という気満々の困った人達でした。
今回も間違いなくそう言う方が来るだろうと決め付け、
まずは貴方の出鼻を挫こう等と考えた私をどうか許して下さい……」
ハラハラと涙を零しつつ、握った手に力を込める百合華さん。
いえその、そんな大した事じゃないんだってば。多分……
俺は救いを求める様に岬の方を見る。が、
そこには両手を胸の前で組み、少女漫画の主人公の様に
キラキラと瞳を輝かせ、だーっと涙を流している岬の姿を見出してしまった。
良く見ると、取り囲んだ女生徒達全員がポロポロと涙を流しつつ
何とも言えない、生暖かい視線を俺と百合華さんに注いでいる。
誰か……この状況を何とかして下さい。
俺は喫茶室の天井を見上げ、長い溜息を一つついた。