No inputted this mind
人工知能ロボットと人間の博士の恋愛短編です。
苦手な方はバックを。
とんでけ、とんでけ、私だけの音。
空を突き抜けるくらい、もっともっと。
欲張りで何がいけないの。
求めて何がいけないの。
私は涙を流せない。
それなら音で泣けばいい。
もっと激しく、もっと早く。
仕上げにばぁん、と勢い良く鍵盤を叩く。
ちょっとだけ手首の人工関節がミシっていったけど、気にしないことにしよう。
私が生(製?)を受けて早十六年。三歳から始まった身体は、毎年のパーツ入れ替えを繰り返して、今や体年齢十九歳。精神年齢なんて私が超優秀だからとっくに二十歳を越してる。超優秀なロボなのよ?私ったら。
さっ、満足したし片付けなきゃ。
名残惜しくフェルトを鍵盤に掛ける。ちらっと辺りを見渡すと、中庭の入り口に誰かが立っていることに気づいた。
「あっ、博士Jr.(ジュニア)!」
「よっ、初期号」
白衣に無精ひげなこのモヤシ男は、博士Jr.こと瀬名和哉。あだ名の通り私を造りだした博士の息子、そして私の最大の理解者でもある。歳も近いしね。因みに二十五歳独身。ひげを剃ればそれなりに格好いいのに、もったいないなっていつも思う。
一方プロトタイプというのは、私の製造に因んだあだ名。博士が初めて造ったのが私だから、初期号という意味合いを込めてプロトタイプと皆に呼ばれている。らしい。小さい頃の記憶って曖昧なんだよね、ロボなのに。でも、個人としての名前もちゃんとある。
澪。
みお、と読む。
この名前も、和哉がつけてくれた。
「また、泣いてたのか?」
彼はこちらに近づきつつ、確信をもって私に問いかけた。
「悪い?ロボだってストレス溜まっちゃうのよ」
「心を持つと大変だな」
とまあ、軽口はいつも通り。でも今日の私はそんな気分じゃなかった。
「人間は良いよねえ、涙流せて」
冗談じゃなくてさ、と付け加える。
私たちには普通のロボと違い、心がある。だからこそ、和哉たちと同じように笑ったり冗談を言い合ったりできるのだ。でも、私はまだ「悲しみ」の感情を理解しきっていない気がする。
そう、それが私の悩みの種のひとつ。
プログラム上、涙は流せるはず。なのに、私たちの中で過去に涙を流せたロボは一人も居なかった。
だから、私は知りたい。
例えそれがプログラムからの命令だったとしても、それは私の意志だから。
「悲しいって、どんな気持ちだろ?」
誰に問うわけでもなく、疑問を口にする。
「心がぎゅって掴まれる感じかな、それとも張り裂ける?」
分かりたい、でも知らない。
「脳は頭にあるのに、なんだか――」
不思議だよね、と続けようとしたそのとき。いつの間にか目の前に来ていた和哉が、私の頬に手を添えた。
人工のはずの心臓がびくっと跳ねる。
「考えなくて、いい。」
和哉が、静かにそう言った。
「でも、私は知りたいの」
研究所の皆は『悲しみの感情なんてろくなもんじゃない』と言うけれど、私は『いらない感情なんてない』って思うから。
それが私の信念。
「もしかして。何か、勘違いしてる?」
「……え?」
和哉はただ、ふんわりと笑っていた。
「どういうこと?」
「もっと、単純に考えればいい。」
単純?
一瞬、私の思考回路が停止する。
「澪はさ、何でさっきピアノ弾いてたの?」
「イライラしてたから?」
そして、少しずつ回り始める。
「そう。じゃ、何でイライラしてたの?」
「それは……」
言おうとして、言葉が喉元でつかえた。だって、だって。
更に思考回路が回る。
だって、和哉が研究所の女の子と楽しそうに話をしてたから。それでなんだかイライラして、どうしようもなく悲しくなった気がしたから、なんて。絶対言えない。
何で言えないの。
答えは、和哉が先に出してしまった。
「やきもち?」
そう、それだ。
理解したとたん、頬が熱くなる。
「あ、ようやく理解した」
こんなの、私知らない。
「なに、これ……っ」
「恋」
彼はさらっと言ったけれど、そんな感情をインプットされた覚えは全くない。
こんなに鼓動がうるさくて、
こんなに体中がとろけて、
こんなに心があったかい感情、
「私、知らない」
「うん。」
「嫌ぁ……っ」
「否定、しないで」
私の体が温かい彼の腕に包まれる。更に強く打ち始める人工心臓。
錯覚?そうだとしても、今はそれでもいいかなって思えた。
「嬉しいと、ちょっと違う」
「うん」
和哉がうなずく。
「悲しいのとも、違う」
「そう」
「楽しいのとも、苦しいのとも違う」
「そうだね」
「愛おしい?」
「うん」
「ひとりじめ、したい」
「うん」
「……大好き」
「うん、僕も」
予想外に帰ってきたその言葉に反応する暇も与えられず、彼は答えると同時に、私の背中に回った腕をぎゅっと強めた。
「でも僕は、それ以上。」
「え?」
「愛してる」
腕の力が弱まったと思ったら、次の瞬間には互いの唇が重なっていた。
***
「結局、悲しみがどんな感情なのか分からず終いだったなぁ」
代わりに「恋」という大切な想いを手に入れたけれど、感情に関する欲求がなくなったわけではない。だって、人間の和哉に恋してるんだもの、少しでも近づきたいと思うのは乙女心でしょ。
「え、まだそんなこと言ってるの?」
「そんなこと、じゃないのよっ。私にとっては優先事項の上の方にあるんだから。」
本気で怒っている訳じゃないから、むう、とふくれてみた。和哉は華麗にスルー。そして私に衝撃の事実を知らせた。
「だって、恋の感情って僕たちインプットしてないもん」
「……なんですって?」
ごめん、うまく聞こえなかったみたい。
私がそう言ったら、和哉が微笑んで答えてくれた。
「僕たちは、澪とほかの子たちに基本の喜怒哀楽とか安らぎとかはインプットしたけど、恋なんて複雑な感情、入れた覚えないよ?」
「……嘘だあ」
「ほんとだよ」
ちゅっ、と可愛い音を立てて彼が私のおでこにキスをする。
「しかもね。その基本感情をすべて理解しないうちは他の複雑な感情を理解させないように、学習能力プログラムに書いてあるんだよ。」
「……つまり?」
「もう澪の身体には、「悲しみ」が入ってるってこと。」
「……嘘だあ」
「ほんとだって」
なんなら試してみる?という和哉の言葉に素直にうなずく。
「澪、ちょっと想像してみて。
僕は澪を愛してる。澪も、僕を愛してくれている。そんなある日、一人の人間の女性が研究所に派遣されてきた。」
突然私の肩に手を置いて語りだした和哉に戸惑いつつも、続きを聞く。
「名前はミオ。その人は外見も内面も澪によく似ていて、そのミオさんはやがて僕に恋をし、告白をしてきた。」
どくん。
私の心臓が跳ねる。
「僕は戸惑う。今は澪を愛しているけど、ミオさんは澪と瓜二つ。しかもロボじゃなくて人間だ。そして僕は決心する。」
和哉が私の肩を軽く突き飛ばす。
彼自身も一歩遠ざかる。
「澪を捨てて、ミオさんと生きる、とね」
「あ……っ」
そう言い放たれた瞬間、心の中の何かが弾け飛んだ。
「ね、「悲しい」でしょ?」
胸がぎゅっと掴まれる。
身体が硬直する。
足から力が抜け、床にへたりこんだ。
ぽたぽたと透明な液体が熱くなった目元からあふれ出る。
「嫌ぁっ……」
「ごめんね、不安にさせて」
和哉はそんな私を上からそっと抱きしめて、背中をよしよしと撫でてくれた。
しゃっくり、とまんない。
「一応言っておくけど、今のは例え。僕は他の女に目移りなんかしないから、安心していて」
「わかって、る……っ」
「あ、澪も。他の男に惑わされないでね?」
「あるわけ、ない……からぁ…っ」
その後、暫く泣き続けた私を、彼はずっと抱きしめてくれていた。
「おさまった?」
「うん、だいぶ」
なめらかに作られた頬を再度ぬぐってうなずく。うわ、袖がびちょびちょ。
「なら、いいよね」
「え、何が?」
和哉がお得意の笑みを浮かべて、更に私を混乱させた。
「ロボが泣いたことないって、あれ嘘」
「……は?」
意味が分かりません、博士Jr.
「賢い君ならさ、『澪』の漢字の意味、分かるよね?」
「まあ、知らなくても調べればいいからねえ。」
脳内(?)でインターネットに接続し、電子辞典のファイルから国語辞書などをいくつか選び出し、広げる。えっと……水脈、水尾……水に関するものが多いけど。
「実はね。君が初めて知った感情は「悲しみ」なんだよ」
「……はあ?」
「澪、小さい頃の記憶がおぼろげだったりしない?」
……する。
「それは「悲しみ」の感情がメモリーから消されてるからなんだよねえ」
「はあ!?何それっ、私知らないんだけど!」
ははは、と笑う和哉。うわ、むかつく。
「澪は生まれたての頃、泣いてばっかりいたんだ。だから、「涙を持つロボ」って意味で、僕が「澪」って名づけたの。でも、あのときは本当に困ったなぁ。」
だって君、他の感情を学び始めたら、恥ずかしいからって泣いてた頃の記憶全部消しちゃったんだもん。念入りに消したこと自体の記憶まで消してさ、ほんと困ったんだよねえ。
と、言いながら彼はお腹を抱えて笑う。
「笑うなっ、私覚えてないもん!私悪くない!想像は簡単にできるけど!」
「性格ほとんど変わってないしねえ。それにしても、うまい具合にリミッターが飛んでくれて良かったよ」
あははは、とそれでも笑い続ける和哉に、なんだか私まで笑えてきちゃった。
過去がどうであれ、今の私たちが居るんだからまあいっか。
「……ふふふっ」
「なんだ、澪も笑ってるじゃないか」
「うるさいな、自分が笑い始めたくせに」
「だな」
「そうだよ」
ひとしきり笑い合って、座ったまま人工物の私と生き物の彼が空を見上げた。
今、私たちの目に映っている空は同じ青さかな。
「あっ、そうだ!」
「何?」
立ち上がった私を不思議そうな目で見る和哉。
「えへへ、ちょっと聴いてて!」
さらっ、とカバーを取り去り、ふたを開けて赤いフェルトをくるくる巻く。そして椅子に座ると、目の前にある白黒の鍵盤に手を置いた。
そして空に届くように奏でる。
とびっきり甘く切ない、ラブバラードを。
……はい。
またまた稚拙な文章をお読みいただきまして、ありがとうございました。
今回は、前々からやってみたかった人工知能モノをついにやらかしてしまいました((汗
まあ、某ゲームの人工知能ロボルートが待ちきれなかったというのも……若干、本当に若干ありますがw
楽しんでいただけたなら光栄です。
それでは。
舞如
※追記
最後に澪ちゃんが弾いていた曲、作ってみました。
http://tmbox.net/pl/337905 ←からどうぞ